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2011年3月20日 (日)

No.5 「元祖 マンガ・アニメ世代」

 私は1956年(昭和31年)生まれである。
この年は、前年の1955年に1人当りの実質国民総生産(GNP)が戦前の水準を超えたことから、経済企画庁の経済白書が「もはや戦後ではない」との有名なフレーズを記述した「節目の年」であった。

その象徴として、テレビ(もちろん白黒である)・洗濯機(水を切るのは手動で2つのローラーの間を通すものだった)・冷蔵庫(「三種の神器」と言われたそうだ)が普及しはじめたとされる。
しかし、一気に普及したわけではなく、また、当然貧富の格差があるから、お金持ちの家から順に普及していった。

私の生まれ育った町(和歌山県の紀ノ川沿いの打田町という町。現在は合併して紀ノ川市になっている)では、小学校低学年ではまだテレビは一般的ではなかった。小学2年生だった1964年(昭和39年)の東京オリンピックの頃はまだテレビがない家が多く、小学校の中の畳の部屋でみんなでテレビを観た記憶がある。

小学校4、5年の頃から、テレビが普及しはじめた。私の家にまだテレビがなかったため、テレビのある近所のY君(土建屋さんで、お金持ちだった)の家にお邪魔して、「おばけのQ太郎」をみせてもらったりした。Y君の家が夕食の用意ができたのに帰ろうとしないので、迷惑そうな顔をされたことを覚えている。

 小学校中・高学年時代の思い出は、とにかくマンガとアニメである。マンガ雑誌は近所の子どもたちの誰かが買うと、それを回し読みした(うちは貧乏だったので、もっぱら読ませてもらう側だった)。定番の少年サンデー、少年マガジン、少年チャンピオン、少年キングのほか、月刊誌で「少年」や「少年画報」というのもあった。また、「ガロ」や「COM」といった、ややマニアックな雑誌もあった。
マンガ雑誌とテレビのアニメは、連携しあっていた。

 思い出すものを挙げてみる(リンクはユーチューブである。リンク切れになったらゴメンナサイ)。

一番多かったのは手塚治虫の作品だろう。「鉄腕アトム」、「ジャングル大帝」、「マグマ大使」、「W3(ワンダースリー)」、「悟空の大冒険」、「どろろ」、「火の鳥」など。
手塚治虫のマンガに流れているのは、「人間への愛」、「生命への讃歌」、「科学への信頼」ではないだろうか。
そして、私たちの世代の多くは人間や社会を見る根底に、手塚治虫の影響を受けているように思う。

他の有名漫画家では、横山光輝の「ビッグX」、石森章太郎(後に「石ノ森」と改名)の「サイボーグ009」、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」など。

これらに触発されたのか、なぜか「宇宙もの」「超人もの」「妖怪もの」が多かった。
スーパージェッター」、「宇宙少年ソラン」、「遊星少年パピイ」、「遊星仮面」、「宇宙エース」、「エイトマン」、「妖怪人間ベム」。中には違いをよく思い出せないものもあるが、主題歌(テーマソング)だけは今でもほとんど歌えるのがコワイ。

「自然もの」では、「狼少年ケン」はちょっとアメリカ的なアニメだった。放映期間は短かったが、私は「冒険ガボテン島」がものすごく好きだった。5人の子どもたちが無人島に流れ着き、ケンカしながらも力を合わせて生きていくという設定である。

お笑い・ギャグ系では、藤子不二雄の「おばけのQ太郎」、「パーマン」。赤塚不二夫の「おそ松くん」、「天才バカボン」。永井豪の「ハレンチ学園」は、当時の子どもには衝撃的だった。。

「スポ根もの」の先駆けで、ちばてつやの「ハリスの旋風(かぜ)」、「あしたのジョー」。梶原一騎の「巨人の星」も大人気だった。

こうしてみると、その後何度もリニューアルされる有名な作品の初代は、この時期に連載・放映されていることがわかる。

毎日毎日、放課後から暗くなるまで外で遊んで、夜はアニメを見て、合間を見つけてはマンガを読むという小学生時代だった。塾に行く子もあったが、どちらかというと寺子屋的な感じで、行かない子も多かった。
私についていえば、家で予習・復習を多少ともするようになったのは、小学校5年ころからだった。

 私たちの前の昭和20年代から30年代初頭にもマンガはあったが(「赤胴鈴之介」や「のらくろ」など)、上記の手塚治虫以降のマンガとは、恐らく質的に違うのではないだろうか。

その意味で、おそらく私たちが、「元祖マンガ・アニメ世代」だと思うのである。

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6-1 思いつきエッセイ」カテゴリの記事

コメント

私の従姉も打田に住んでいます。
伯母宅は桃山町でこの時期ぐらいから桃の花が咲き出します。
伯父とワラビを採りに行ったり従姉と土筆を摘んだり。
私が母になっても夏春と滞在させてもらってました。
息子二人連れて。

春は桃。
梅雨の時期は蛍。
夏は桃やはっさく、スイカで納屋にいっぱい。
冬はみかん。

子供たちが大きくなっても交流があり、亡くなる前年度のお正月は
大阪に来てくれて、みんなでボーリング、カラオケに行きました。
うちの子は一番最初に曲を入れ音痴ながらも かりゆし58の“アンマー”を
歌ってくれました。

私にとっては和歌山桃山町は田舎の存在です。
私が子供の頃よりずっと整備されお店もたくさん出来て、
車もいっぱいで、星も綺麗じゃなくなりましたが・・・

始めたばかりのブログなのに、コメントありがとうございます。
桃山町には、私も知り合いがたくさんいます。
自然の美しい町ですね。
今は、桃山町も含めて、近隣の町が一緒になって「紀ノ川市」になっているんですよね。
これからも、よろしくお願いします。

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