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2011年5月の10件の記事

2011年5月30日 (月)

No.26 16年前の被災地・神戸で、東日本大震災と住宅の安全性について議論~欠陥住宅全国ネット・神戸大会~

 欠陥住宅全国ネット(欠陥住宅被害全国連絡協議会)の第30回大会が、5月28・29の両日、神戸市内で開かれ、全国各地から102名が参加した【写真】。Photo

 欠陥住宅全国ネットは、阪神大震災の翌年である1996年12月、欠陥住宅被害の救済と予防をめざす弁護士・建築士・研究者・市民のネットワークとして、被災地神戸で結成された団体である。
 その後年に2回程度、全国各地で大会を開き、欠陥住宅についての最先端の取組みと交流を行うとともに、地域組織の結成や強化を図ってきた。今年4月1日現在で会員は弁護士約630名、建築士280名を含めて約1060名に達し、地域的にも、北海道から沖縄まで全国をカバーしている。

 私は結成当時から関わり、特に1999年5月の第7回大会(広島)から、2007年11月の第23回大会(岐阜)までの8年半、事務局長を務めさせていただいたので、大変思い入れのある団体である。

 今回の大会は、阪神大震災の被災地であり全国ネット発祥の地である神戸で開かれたこと、第30回という節目の大会であったこと、奇しくも3月11日に発生した東日本大震災後の最初の大会であったことから、大変印象深いものとなった。

Photo_4  内容を詳しく紹介することはできないが、仙台の吉岡和弘幹事長(東北ネット)【写真】から「東日本大震災の報告と被災地からの要望」、神戸NETの永井光弘・津久井進両弁護士から、16年前の被災地神戸からの「欠陥住宅を作らないためのアドバイス」が報告されたのは、とても貴重であった。

 その他、①外壁タイルをめぐる問題、②各地の裁判や判決の検討、③日弁連の土地住宅部会の活動紹介、④各地の地域ネットの活動報告、⑤この7月2日(土)に全国で行われる「欠陥住宅110番」の取組みの説明など、充実した報告と討論が行われた。

 次回大会は、11月26(土)~27(日)に、東日本大震災の被災地である仙台で行われることになった。参加者による被災地の視察や、復興における住宅の安全性についての議論も行われると思われる。

 この大会は、欠陥住宅問題に関心のある弁護士・建築士はもちろん、欠陥住宅の被害者など一般の方でも参加できる。関心のある方は、ぜひ参加していただいてはどうかと思う。

Photo_6  大会終了後の27日午後は、関西ネットの仲間たちと一緒に、神戸南京町(中華街)にある老舗【民生廣東料理店】で昼食をいただいた。
 大会の来賓あいさつで兵庫県弁護士会の笹野哲郎会長が紹介してくれた、看板料理「いかの天ぷら」【写真の左上】をはじめ、期待どおりで、大変美味しかった。

 また半年間、それぞれの地域で頑張ろう──参加者は、そんな元気と、あたたかい気持ちをもらって帰途についたのではないだろうか。
 そんなネットワークがあり、たくさんの仲間がいることを、うれしく思う。

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2011年5月25日 (水)

No.25 民事・行政訴訟にこそ裁判員裁判を!~裁判員制度2周年に思う~

 今年5月21日、裁判員制度の開始(平成21年5月21日)から2年が経過した。
 最高裁の発表によれば、今年3月末までで
 ① 選ばれた裁判員 11,889人
 ② 選ばれた補充裁判員 4,241人
 ③ 1事件あたりの開廷回数 平均3.8回
 ④ 1事件あたりの評議時間 平均8時間34分
 ⑤ 公判前整理手続にかかった期間 平均5.4か月
とのことである。
 また、最高検によれば、今年4月末までで
 ① 裁判員裁判の判決を受けた被告人 2,126人
 ② 実刑判決を受けた被告人 2,126人
 ③ 無罪判決を受けた被告人 8人
であったとのことである(以上、朝日新聞5月21日付け)。

 まず何よりも、この間裁判員裁判の手続きに関与された市民の皆さん、裁判官・検察官・弁護人の皆さんをはじめ、関係者の皆さんのご苦労・ご努力に、心から敬意を表したい。

 私は、一般論としては、裁判員制度は国民が三権の一つである司法に積極的に参加し、国民の健全な良識(社会通念)を司法に反映する民主的な制度の一形態として、積極的な意義があると考えてきた。
 しかし、いざ、実際始まってみると、さまざまな問題が指摘されており、また弁護士の中からも、厳しい批判がなされている。
 この点、私自身はまだ裁判員裁判の弁護人を経験したことがなく(同じ事務所の弁護士や親しい弁護士たちの多くは、既に経験している)、余り発言権がないと感じているので、もう少し見守っていきたい。

 私がここで問題提起しておきたいのは、裁判員裁判の対象を、民事訴訟・行政訴訟のうち社会的な関心・影響の大きいものにも広げるべきではないか、ということである。

 現在の裁判制度の建前では、裁判官は「最も良識ある社会人」であるはずであるが、実際は必ずしもそうではない。人間の「良識」は、結局のところ学生時代までの「勉強」と、その後の「社会経験」で決まると思うが、大学やロースクール、司法試験での「勉強」だけで世の中がわかるはずはなく、裁判官になった後の「社会経験」は、狭い裁判所と宿舎の範囲にとどまり、貧弱といわざるを得ないからである。

 例えば、私が日常的に関わっている労働事件や過労死事件についていえば、自ら憲法上の権利であるビラまきや署名運動を行った経験もない裁判官が、それを尾行され不当逮捕された人の気持ちがわかるのか。
 自らサービス残業や持ち帰り残業を日常的に行い、労働組合もない裁判官が、サービス残業代を請求したり、組合を結成したら不利益を受けた労働者の気持ちがわかるのか。

 欠陥住宅事件や日照・眺望事件でいえば、例えば、官舎住まいしかしていない裁判官に、欠陥住宅をつかまされた人の苦悩がわかるのか。
 眺望がいいとセールストークをされて買ったマンションの目の前に、別のマンションを建てられた人の悔しさがわかるのか。

 私は、「裁判官にはわからない」とか「わかっていない」とは言わない。しかし、「裁判官だけがわかっているというのは傲慢そのものである」ことを強調したいのである。
 民事訴訟や行政訴訟に裁判員制度が導入されれば、一般市民の裁判員と一緒に合議することにより、裁判官自身にとっても「世間の空気」に触れる機会になる。普通の市民である裁判員たちの感覚や意見は裁判官たちにとって極めて新鮮で、刺激的なことは間違いない。

 この点については、裁判員裁判の実に1年も前に、作家の高村薫さんが、時事通信の「社会時評」(中日新聞平成19年5月18日付けなど)で、次のように述べている。

 「さて、裁判員制度なるものが民意を裁判に反映させるために導入されるのであれば、なぜ死刑か無期かを争うような刑事裁判から始まるのだろうか。血まみれの犯罪死体の写真を一般市民にさらし、強姦等の一部始終をいちいち読み聞かせるのが、開かれた法廷だというのだろうか。
 民意を広く社会常識と捉えるなら、それを活かすところは、加害者も被害者も個人である刑事事件ではなく、むしろ公害訴訟や薬害訴訟、あるいは近年増加している労働訴訟や行政訴訟のほうだろうと思う。裁判の長期化の弊害はこうした民事裁判も同様であるし、公害問題や労働問題は私たちにとってより大きな問題であり得る。(中略)想像してみよう。もし薬害肝炎訴訟を私たち裁判員が裁いていたなら、はるか昔に国と製薬会社の責任を認めて賠償を命じていたはずだ。」

 まさに、卓見だと思う。裁判員の方々に、極めて難しい重大刑事事件の事実認定と量刑を行う能力があるならば、公害、薬害、労働(セクハラ・パワハラ、解雇・雇止め、偽装請負、使用者性や労働者性など)、労災(過労死・過労自殺など)、行政事件(一票の格差、自治体の違法支出など)について判断能力がないはずがない。

 ちなみに、日本が何かにつけお手本にするアメリカでは、刑事及び民事双方の陪審裁判を受ける権利が憲法上規定されており、ほとんどの事件(刑事では1年以上の懲役刑、民事では20ドル以上の請求)が陪審裁判に付されているようである。

 日本でも、民事・行政訴訟への裁判員制度の導入が、本格的に議論されるべき時期に来ているのではないだろうか。

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2011年5月21日 (土)

No.24 「女性専用車両拡大への疑問」 追記

 このブログに投稿した記事はまだ20本余りだが、その中でも最も反応が大きかったのは、4月24日に投稿したこのテーマである。
 いくつもコメントをいたただき、また個別メールを下さった方も数名おられた。感謝するとともに、この問題への関心の高さを感じる。

 いくつかの点について、補足しておきたい。
① まず、「男性客が女性客よりもかなり多いのであれば、女性専用車両を設けても男性が不利になるわけではないが、そのような統計は聞かないし、少なくとも大阪では、乗客数に男女差がさほどあるとは思えない。」と書いたのは誤りではないか、との指摘を受けた。
 「女性客が男性客よりも‥‥」とすべきところを逆に書いたようだ。正しい指摘と思うので、訂正させていただくこととする。
 また、乗客数の男女差については、自信があるわけではない。統計などはあるのだろうか。

② お年寄りや障がい者でも「優先」座席」しかないのに、女性「専用」車両というのはおかしい、女性「優先」車両であればまだわかる、というご意見もあった。それも一理あるように思う。ただ、痴漢被害は「優先」で減るだろうか、という疑問は残る。

③ 前回の投稿で「「女性専用車両は憲法違反だ」という訴訟でも起これば、面白いかもしれない。しかし、今の裁判所では、「あくまで任意のもので、従うことは義務ではないから、問題はない」と判断する可能性が高いと思われる。そんな点だけは「ものわかりがいい」のが、現在の裁判所である。」と書いたところ、実際そのような裁判があり判決もあったが公開されていないようである。
 確認したところ、判例雑誌等には掲載されていないようだ。たとえ敗訴判決であっても闘いの結果でもあり、問題提起としての意味は十分にあるのだから、ちょっともったいないと思う。

④ JR西日本が、混雑していない時間帯にまで女性専用車両を拡大するのは、トイレや化粧室を女性向けにしたり、女性客をターゲットにした吊り広告を行うなど、女性客の利用を増やし広告収入を挙げるための営業政策ではないか、特にこの時期に拡大に踏み切ったのは、5月4日にオープンした「大阪ステーションシティ」に女性客を動員するための営業政策ではないか、という見方があるようでである。
 うがった見方かもしれないが、私は、JR西日本の企業体質を考えると、十分にあり得る話ではないかと思う。そうだとすると、話はまったく違ってくる。男性だけが混み合う車両に乗らされる理由はなく、同じように「男性専用車両」を作らないと不公平ということになるだろう。その点、監視していきたい。

⑤ 「反対する会」の方々は、その正義感から、あえて女性専用車両に乗り込んだり、駅の職員に「任意」の「協力」であることの確認を求めるなどの行動を取っておられるようだ。
 私自身は、そこまでのガッツはないが、一般車両が座れるかどうか微妙で、女性専用車両がガラガラであるような場合は、多少の勇気を出して女性専用車両に乗ることにした。
 そうしてみると、意外に、女性専用車両に乗っている男性は多いことに気づくのである。

 思えば、シルバーシート(お年寄り・障がい者などの優先座席)が設けられていたとしても、その席を必要とする人が周囲にいなかったり、車両全体がガラガラの時には、あまり気にせずにそれに座るのが普通だろう。そう考えると、「任意」の「協力」でもあるのだから、比較的空いているような場合は、あまり肩肘をはったり目をつり上げるのではなく、自然な形で利用してよいのではないか。
 それも含めて、結局は他の利用者への思いやりの問題ではないだろうか。

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2011年5月20日 (金)

No.23 今年の「サラリーマン川柳」 私が選んだベスト10

 私は、毎年1回発表される「サラリーマン川柳」を密かに楽しみにしている。
 サラリーマンの悲哀を詠むもの、父親の寂しさを詠むものなど、共感したり苦笑したり。もちろん、OLや主婦からの投稿もある。
 5月18日、今年(第24回)の上位100首の得票結果が発表された(全部の結果は第一生命HPに掲載)。
 私が選んだベスト10は、次のとおり(カッコ内の順位は公表された順位)。

① 久しぶり~ 名が出ないまま じゃあまたね~ (第1位)
 これは思い当たります・・。

② ときめきは四十路過ぎると不整脈 (第4位)
 不整脈は私も経験者だけど、やっぱり「ときめき」の方がいいな。

③ 「パパ嫌い」 だけどお前は パパ似だよ (第18位)
 これを詠んでいるのが、お父さんなのか、お母さんなのかが、なぜか気になります。

④ ご飯いる? 家にいるのに メール来る (第19位)
 これも冗談じゃなくなってきてますね。ちなみに私の家でも、妻からの「ご飯できましたよ」は携帯にかかってきます(無料なので)。

⑤ 初孫の 笑顔にまたも 拝観料 (第25位)
 お孫さんをお持ちの方は実感じゃないでしょうか。

⑥ 月給日 「ゲゲゲ」と女房 肩落とす (第40位)
 「ゲゲゲの女房」を使ったのは他にも2つありました。

⑦ 父さんの 機密費すでに 底をつく (第46位)
 いいなあ、自由に使えて使途を公表しなくていい機密費。私もほしいです。

⑧ 誉め言葉 初めて聞いた 送別会 (第66位)
 これは、切ない。やっぱり人間、普段から少しは褒めてほしいですよね。

⑨ 言葉より 別れの予感 絵文字なし (第70位)
 これ、マジこわい。絵文字は、実は愛情の印なのか・・。

⑩ ツイッター 私が言っても ひとりごと (第85位)
 これは笑えました。

 この「サラ川」はもう第24回とのことなので、始まりは1987年(昭和62年)、バブル真っ最中のときということになろうか。昔のものと読み比べてみるのも楽しい。

 それにしても、第4回の時は応募総数61,145首、投票総数192,521だったのが、第23回(昨年)は応募総数29,215首、投票総数93,706と、ほぼ半減しているのが気になる。
 日々の仕事の中で、川柳を詠む余裕もなくなってきているとしたら、それも寂しい。

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2011年5月14日 (土)

No.22 「騒音たれ流し営業」の非常識

 「『ピタッと来たんですけど!』 『ピタット、ハウスですから』 ♪ピタットハ・ウ・ス」
 この、日本語的にもおかしい、人を馬鹿にしたような音声CMを、朝から晩まで開店中ずっと流し続けている不動産仲介業者がいる。
その名は、「ピタットハウス天王寺店」。私の事務所のすぐ近くで、「あべのルシアス」の向かい側にあるのであるが、ルシアス側まで大きな音が響きわたってくる。店舗の2階の外壁にスピーカーを取り付け、大音量で流し続けるのである(恐らく、自分の店内には聞こえないようにしていると思われる。)。

 私は、このような宣伝行為は、強く批判されるべきだと考える。
 ① チラシや看板など、視覚に訴えるものであれば、受け取らなかったり、目をそむければいいが、「音」は、耳栓でもしない限り逃れることはできない。例えばチラシの配布でいえば、通行人に無理やり受け取らせたり、ポケットにねじ込むようなものである。

 ② 経費がほとんどかからない。ティッシュ配りのアルバイトでさえ、時給800円といった人件費がかかるのに、このやり方は、わずかな電気代だけで済むのである。

 ③ 近所には、薬屋、花屋、メガネ屋、消費者金融、学習塾など、たくさんの営業店舗があるが、これらのお店がみんなこのような音声CMをやり始めたらどうなるだろうか。
おそらく付近は騒然とするだろうし、お互いの音声CM同士が邪魔をし合って、何のCMなのかわからなくなるだろう。
つまり、この「うちだけならいいだろう」という身勝手な音声CMは、周囲の店の良識を逆手にとり、通行人に苦痛を与えることによって、宣伝効果を挙げているのである。

 「騒音被害」は、厳密にいえば、次のように類型化できよう。
 (A)それ自体は意味のない「単純騒音」(例えば工場の操業や工事による音など。空港や米軍基地の騒音もこれに当たる。)
 (B)嫌でも中身を聴いてしまう「意味騒音」(言語や楽曲、不快な音)
 (C)音を出している生活状況を嫌でも想像してしまう「生活騒音」(例えばマンションの上階で走り回る音や風呂・トイレ・掃除機の音など)

 もちろん、これらは完全に分かれるのではなく、複数の組合せがあり得る。
 重要なことは、(A)も音量によっては苦痛だが、(B)や(C)は、音量にかかわらず、「聞こえること自体が苦痛」だということである。
ところが、現在の法令(騒音規制法や自治体の条例など)で規制しているのは、(A)の「単純騒音」をその大きさ(デシベル)で規制しているのみであり、(B)の「意味騒音」や(C)の「生活騒音」は、良識に任されているのである(もっとも、マンションの遮音性能については、(B)の「意味騒音」や(C)の「生活騒音」に対して建築基準法などで一定の量的規制がある。)。

 冒頭の音声テープは、(B)の「意味騒音」であり、多少の音量であれば違法にはならない。
それだけに、このような無神経、非常識な宣伝行為には、消費者や市民からの厳しい批判が必要だと思う。

 居住物件を探す人たちには、最近は「音」にこだわる人が多いと思われる。
公共の場に平気で騒音を垂れ流す仲介業者が、真に音に配慮した物件を紹介できるとは思えない。

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2011年5月 9日 (月)

No.21 「2011母に感謝のコンサート」

 5月8日、大阪城ホールで開かれた標題のコンサートに、妻と2人の息子(25歳、22歳)と義母(妻の母)の5人で行ってきた。
昨年は子どもたちを除いた3人で来たが、とてもよかったので、子どもたちにも母親孝行、祖母孝行をさせたいという気持ちも込めて、今年は子どもたちも誘い、5人で参加した次第である。

 午後3時過ぎにJR大阪城公園駅を降りると、大阪城ホールまでの道のりは参加者でぎっしり。開会時刻になると、会場はほぼ満席になった。
会場には、車椅子の方も含めて年配の方が多いが、家族連れや若い人も多かった。今年は東日本大震災があったこともあってか、参加者がみんな寄り添いあうような温かみを感じた。1105082011

 今年の参加アーティストと曲目は、次のようなものだった(記憶なので必ずしも正確ではない。)。
 ①夏川りみ 「ゆりかごの歌」「涙そうそう」
 ②玉城千春(Kiroro)「未来へ」「Everything」
 ③島津亜矢 「帰らんちゃよか」「感謝状~母へのメッセージ~」
 ④由紀さおり・安田祥子 「母さんの歌」「故郷」ほか
 ⑤麻衣 「大きな木」
 ⑥秋川雅史 「千の風になって」「翼を下さい」
 ⑦植村花菜 「トイレの神様」
 ⑧南こうせつ 「加茂の流れに」「道」
 ⑨徳永英明(サプライズ出演) 「ドアを開けて」「時代」「僕のそばに」
 ⑩森山良子 「アメイジング・グレイス」「家族写真」

 どの曲も、しみじみとしたとてもよい曲だった。特に今年は、出演者が東日本大震災のことに触れてから歌うことが多かったため、いっそう胸に迫るものがあった。

 恒例のサプライズ出演者として、徳永英明さんが登場すると会場ではどよめきが起こった。こういうニクイ演出は、なかなかいいと思う(ちなみに、昨年は岩崎宏美さんだった。)。

 そして、最後に、森山良子作詩、南こうせつ作曲で出来たばかりの「母へ」という曲を、参加者・会場全員で歌って、今年のコンサートは終了した。
このようなほのぼのとした温かいコンサートは、これからも続いてほしいと思う。

 ちなみに、私の母は2005年8月に76歳で亡くなった。母が生きていたら連れてきてあげたら喜んだだろうなあと思った。

 思えば、私たちが受験していたかつての司法試験(旧試験といわれる)では、5月の第2日曜日(つまり母の日)が択一式(担当式)試験の日だった。択一・論文・口述という3つの試験の最初の関門の試験で、私は最終合格までにこの択一試験を6回受験したので、「僕の場合、母の日は親不孝の日だ」と自虐的に言っていたことを思い出す。
 その旧司法試験に合格したのが1985年だから、もう25年以上が経つ。
 「親孝行 したいときには 親はなし」とはよく言ったものである。

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2011年5月 5日 (木)

No.20 「ニッポンの男たちへ」の素敵なエール(その6)

 朝日新聞のオピニオンページの「リレーおぴにおん」コーナーの連載「ニッポンの男たちへ」シリーズの感想である。

 第6回(2011.4.20) は、京都・宇治川の鵜匠、澤木万理子さん(37)(「鵜の扱い 夫婦仲に通じる」)。

 澤木さんは、平安時代からの歴史を持つ宇治川の鵜飼いで、初めての女性鵜匠になって10年になるそうである。鳥と一緒に仕事がしたくてこの世界に飛び込んだとのこと。

 「先輩の3人の男性鵜匠はいずれも70代。初めて女性を受け入れてやりにくかったと思いますが、親身に教えてくださった。私の体力のなさもさりげなくカバーしてくれる包容力があります。この熟年世代はプライドを持って、寡黙に仕事をなし遂げる。日本の男性の理想像ではないでしょうか。若い人にも見習ってほしいですね。」

 「鵜に魚をはき出させる姿をご覧になった観光客の男性の中には、「わしらも鵜と同じように、家内にネクタイをキュキュッと締められ、給料をはき出さされているんや。身につまされるわ」とおっしゃる方もいます。切ない気もしますが、私たち鵜匠は年間約100日の鵜飼いシーズンのために、365日鵜の体調を気遣い、愛情を込めて育てています。鵜たちを舟の上に連れて行くと、「さあ、やるぞ」という意欲がみなぎっているようです。」

 「お父さんたちも家族の愛情に支えられているでしょう。それに、鵜が取ってきた魚を全部取り上げるんじゃなくて、小魚は食べさせてあげるんです。お父さんにも、奥さんからのお小遣いやお子さんの笑顔といったご褒美があるんじゃないでしょうか。」

 「鵜の操縦術は夫の操縦術に通じるか、ですか? いやー、どっちも大変ですよねえ。鵜と手綱でつながっていると、鵜匠の気持ちが鵜に微妙に伝わります。私がイライラしていると鵜たちも落ち着かず、ちゃんと動いてくれない。鵜飼いのときには、鵜のことだけを考えて集中します。要は相手を思いやること。そこが夫婦の仲とも通じるところかな。決して夫のネクタイを引っ張ってるわけじゃないですよ。」

 「近年は、茶どころで源氏物語ゆかりの地でもある宇治を訪れる女性観光客が目立ちます。彼女たちはアンテナを張り巡らし、多くの情報を素早く取り入れ、積極的に行動に移している。男性は自分の生活範囲だけで完結してしまいがちでは。男性ももっと外に向かって積極的になってほしいですね。」

 サラリーマンが、鵜飼いを妻に、鵜を自分に重ねるのは確かに切ないが、そう言っているご本人は、単なる自虐ではなく、「鵜飼い」である妻や家族のために、一生懸命稼いでいるんだというささやかな自負と誇りの裏返しで言っているのではないかと思う。

 澤木さんが「小魚のご褒美」を、「奥さんからのお小遣いやお子さんの笑顔のご褒美」に例えたり、鵜飼いの気持ちが手綱を通じて鵜に伝わるので、鵜飼いのときには鵜のことだけを考えて集中する、要は相手を思いやることが大切で、そこが夫婦の仲とも通じるとおっしゃるのは、ほのぼのとして温かい気持ちになる。
鵜に深い愛情を持って接している澤木さんだからこそ言えることであろう。

 また、最後の言葉は、男性として重く受け止めたい。男性は、「鵜としての仕事」にやりがいを感じつつも、それだけに終わってはいけないのである。
 ところで、「魚が取れなくなった鵜」は、どうなるのでしょうか・・。そこにも、男性に例えられる悲哀があったりして。(笑)

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2011年5月 3日 (火)

No.19 宇賀神 直 先生の「傘寿」を祝う

 4月27日、宇賀神直(うがじん・なお)弁護士の「傘寿」(数え年80歳)をお祝いする会が、天王寺法律事務所の元所員ら14人が参加して開かれた。110427_7
会場となった「リストランテ ベツジン」(もと「別人倶楽部」)は、天王寺らしくない(?)おしゃれなイタリア料理店で、天王寺法律事務所時代によく行った、なつかしいお店である。

 宇賀神先生が初代所長となって1970年に開設した天王寺法律事務所に、私は1988年から1995年までの7年間お世話になった。その後蒲田豊彦弁護士と一緒に天王寺法律事務所から独立し、あべの総合法律事務所を開いて、現在に至っているのである。

 宇賀神先生は、数々の弾圧事件、労働事件を手がけられ、戦前からの歴史を持つ弁護士の全国組織である自由法曹団の団長まで務められた、大阪の「硬派弁護士」の草分け的な存在である。お顔は少しいかついが、優しくナイーブな方である。

110427_6  昔から感心するのは、その記憶力である。弁護士になってからのことを全部覚えているんじゃないかと思うほど、昔のことを詳細に覚えておられる。
 そのうえ、この年齢で、毎日インターネットやメールを使いこなしている。好奇心と柔軟さがないと、できることではない。

 先生の弁護士生活は50年以上。何だかんだいっても私はその半分にも満たない。
お体もご健康そうである。背筋をピンと伸ばして、とても姿勢がよい。かくしゃくとしているというのは、こういうご様子を言うのだろう。

 先生には、傘寿のお祝いということで、参加者からささやかであるが傘をプレゼントした。
これからも、弁護士としてのみならず、人生の大先輩として、私たち後進の者を導いていただけることを、心から願う次第である。

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2011年5月 2日 (月)

No.18 元キャンディーズ 「スーちゃん」の死を悼む

 4月21日、キャンディーズの3人娘の一人、「スーちゃん」こと田中好子さんが亡くなった。1956年(昭和31年)4月8日生まれとのことなので、私と同学年である。

 キャンディーズが大ヒットしたのは、1973(昭和48)年~1978(昭和53)年で、私の高校後半から大学時代と重なる。コンサートに行ったことはないが、当時はカセットテープ、その後はCDをずっと聴いてきた。

 キャンディーズの魅力は、一人一人がすごく違っていて、その3人が文字どおりキャンディーのようにカラフルに、美しいハーモニーを奏でることだろう。Photo
 4月23日付け読売新聞の「編集手帳」は、「私はスーちゃんを妻にし、ランちゃんを恋人にし、ミキちゃんを秘書にしたい」と作家の山口瞳さんが語ったと、コラムニストの青木雨彦さんが自著『にんげん百一科事典』(講談社)に書き留めていることを紹介し、「「キャンディーズ」を知る世代には、このいささか欲張りな望みにうなずく人もいるだろう。 田中好子さん(スー)、伊藤蘭さん(ラン)、藤村美樹さん(ミキ)それぞれの個性を、一筆書きの素描に写し取っている。」と述べている。
 「言い得て妙」というのは、こういうのをいうのだろう。

 ちょっと太めだったスーちゃんは、男性なら「ひざ枕」でもして甘えてみたいような、日本女性らしい優しさがあった。最近は女優としても活躍していたと聞く。「編集手帳」子が言うように、55歳は早すぎる。

 その上に世間を感動させたのは、4月25日に行われた告別式で公表された、スーちゃんの肉声の“遺言”である。
 まず最初に、自分が死を目前にしているのに、2週間前に発生した東日本大震災の犠牲者の冥福を祈り、「私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると、負けてしまうかもしれません。でもその時は必ず天国で、被災された方のお役に立ちたいと思います。それが、私の務めと思っています。」と述べる。
 そして、参加者たち、とりわけランちゃん、ミキちゃんに心からのお礼を述べながらも、「映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。」と、絞り出すように話し、最後に、「いつの日か、妹(義妹)の夏目雅子のように、支えてくださった皆さまのように、社会に恩返しできるように、復活したいと思ってます。カズさん(夫・一雄さん)、よろしくね。その日まで、さようなら。」と締めくくるのである。

 自分の死後に公表されるテープで、こういうことが言えるだろうか。
 アイドルとは、女優とは、人間とは、何かということを考えさせられる。
 そんなお人柄だからこそ、告別式に2000人以上が参加したのだろう。

 一度もお会いしたことがないままであったが、同世代の仲間、ファンとして感謝の言葉を申し上げるとともに、ご冥福を祈りたい。

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2011年5月 1日 (日)

No.17 「ニッポンの男たちへ」の素敵なエール(その5)

 朝日新聞のオピニオンページの「リレーおぴにおん」コーナーの連載「ニッポンの男たちへ」シリーズ(最初の4回連載)について感想を書いたが、その後第5回~第8回連載まで、感想を書く前に連載が終わってしまった。
(週2回程度しかブログが書けないのに、週2回の連載の感想が書けるはずがない。)

 諦めようかとも思ったが、上記連載のキーワードでこのブログを見に来てくれる方もおられるようなので、遅ればせながら、残り4回についても感想を書くことにする。

 第5回(2011.4.19) は、前首相夫人の鳩山 幸(みゆき)さん(67)(「認めてあげれば元気になる」)。

 「家の中でも社会でも、男性はいくつになっても認められたい気持ちはありますものね。夫が帰宅した時、私はちゃんと玄関で「お疲れさま」と出迎えます。「あら、居たの?」なんてことはありません。夫も「ありがとう」を必ず口に出して言ってくれるタイプ。奥さんがご主人を認めない家庭が多ければ、日本の男性は元気になれません。私たちは認め合っているから、夫も私も元気ですよ。」

 「でも、この「認める」というのが、とても難しいんです。特に日本では意見が合わないだけで「仲が悪いんじゃないか」とか「けんかしてるみたい」って思われるから、はっきり自分の意見を表明しない。男性も女性も、会社や家庭で言いたいことを言えない場面が多いでしょう。だから、元気を失ってしまうのかもしれませんね。」

 この方は、世代的には、「その1」「その1・付記」で書いた、戦後の「男性正社員終身雇用制」が一般的であった世代の方なので、玄関に出迎えることで「認めてあげる」ことが、「自分が家族を支えているし、支えなければいけない」と思っている夫とうまく行く、標準的な方法といえるだろう。

 とはいえ、「認めてほしい」というのは、社会的存在としての人間の、基本的な要求であり、世代を超え、また夫婦関係にとどまらず、友人、同僚、上司と部下など、あらゆる場面で妥当する。
そして、この「認める」のがとても難しいことも、どの世代・場面でも同じである。

 ところで、「認め合う」ことと「あいさつ」は、共通している面がある。
例えば、あまり親しくない人とすれ違った場合、「こんにちは」と自分から言うかどうかは、実は難しい。
先にあいさつをするのは、何となく自分が「下」であることを認める感じがしたり、自分があいさつをしたのに相手に無視されたらイヤだなと思ったりして、迷うのである。
こんなとき、つまらないメンツや不安を振り切って、「まず自分からあいさつする」のがいいと、私は思っている。
そうすることによって、お互いが気持ちよく接することができるからである。

どんな世代、相手でも、「認め合う」ためには、「あいさつ」と「感謝の気持ち」を、まず自分から言う勇気が必要ではないだろうか。

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