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2011年5月 2日 (月)

No.18 元キャンディーズ 「スーちゃん」の死を悼む

 4月21日、キャンディーズの3人娘の一人、「スーちゃん」こと田中好子さんが亡くなった。1956年(昭和31年)4月8日生まれとのことなので、私と同学年である。

 キャンディーズが大ヒットしたのは、1973(昭和48)年~1978(昭和53)年で、私の高校後半から大学時代と重なる。コンサートに行ったことはないが、当時はカセットテープ、その後はCDをずっと聴いてきた。

 キャンディーズの魅力は、一人一人がすごく違っていて、その3人が文字どおりキャンディーのようにカラフルに、美しいハーモニーを奏でることだろう。Photo
 4月23日付け読売新聞の「編集手帳」は、「私はスーちゃんを妻にし、ランちゃんを恋人にし、ミキちゃんを秘書にしたい」と作家の山口瞳さんが語ったと、コラムニストの青木雨彦さんが自著『にんげん百一科事典』(講談社)に書き留めていることを紹介し、「「キャンディーズ」を知る世代には、このいささか欲張りな望みにうなずく人もいるだろう。 田中好子さん(スー)、伊藤蘭さん(ラン)、藤村美樹さん(ミキ)それぞれの個性を、一筆書きの素描に写し取っている。」と述べている。
 「言い得て妙」というのは、こういうのをいうのだろう。

 ちょっと太めだったスーちゃんは、男性なら「ひざ枕」でもして甘えてみたいような、日本女性らしい優しさがあった。最近は女優としても活躍していたと聞く。「編集手帳」子が言うように、55歳は早すぎる。

 その上に世間を感動させたのは、4月25日に行われた告別式で公表された、スーちゃんの肉声の“遺言”である。
 まず最初に、自分が死を目前にしているのに、2週間前に発生した東日本大震災の犠牲者の冥福を祈り、「私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると、負けてしまうかもしれません。でもその時は必ず天国で、被災された方のお役に立ちたいと思います。それが、私の務めと思っています。」と述べる。
 そして、参加者たち、とりわけランちゃん、ミキちゃんに心からのお礼を述べながらも、「映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。」と、絞り出すように話し、最後に、「いつの日か、妹(義妹)の夏目雅子のように、支えてくださった皆さまのように、社会に恩返しできるように、復活したいと思ってます。カズさん(夫・一雄さん)、よろしくね。その日まで、さようなら。」と締めくくるのである。

 自分の死後に公表されるテープで、こういうことが言えるだろうか。
 アイドルとは、女優とは、人間とは、何かということを考えさせられる。
 そんなお人柄だからこそ、告別式に2000人以上が参加したのだろう。

 一度もお会いしたことがないままであったが、同世代の仲間、ファンとして感謝の言葉を申し上げるとともに、ご冥福を祈りたい。

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