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2011年6月19日 (日)

No.32 なぜ、人間だけが「泣く」のか

  40代になったころからだろうか。とても涙もろくなった。そして、その「涙もろさ」は、年齢を重ねるほど「進行」していっているように思う。

 110618_3 つやつや、ぷるぷるの赤ちゃん。無心におもちゃで遊ぶ幼稚園児。運動会で懸命に走っている小学生。入試で合格して飛び上がって喜んでいる受験生。疲れ切ってぐったりと電車の中で居眠 りをしているサラリーマン。年配の奥さんらしき女性の車イスを押している男性。
 人間だけに限らない。飼い主を一生懸命待っている犬や、子ザルのノミを取ってやっている母親ザルにも、感情移入して泣けてくる。
 テレビドラマや映画を観ても、小説を読んでいても、コンサートで心に染みる歌や音楽を聴いても、すぐに涙が出そうになる。
 関西の人気番組「探偵!ナイトスクープ」で、西田敏行局長が、ちょっとしたことですぐに涙で顔がグショグショになっているが、同じ感じである。
 これは、どうしたことだろうか。

 そもそも、なぜ人間は泣くのだろうか。
 感情が高ぶって(情動で)泣く(「鳴く」ではない)動物は、人間だけのようである。人間にもっとも近いと言われるオランウータンやチンパンジーでさえ、涙を流して泣くことはないようだ。

 あらゆる生体反応には必然性、根拠があるはずだから、人間だけが泣くのは理由があるはずである。私が思うに、これは、脳が高度に発達した人間の「社会性」と強く関係しているのではないか。
 すなわち、人間が泣くのは、社会と自分とのあつれき(悲しみ・悔しさ・喜び)による感情の高ぶり(自己情動)を融解し、また、他人や動物、自然の姿に自分の経験や想像を投影すること(投影情動)によって、社会と自分とのつながりを確認しようとしているのではないだろうか。

 だとすると、涙は社会生活上の潤滑油といえる。だから、私たちは、その時々の自分の気持ちに正直に、時には思い切り泣いた方がいいのである。
 実際、思い切り泣いたあと、なぜか気持ちがすっきりした、という経験は誰にでもあるのではないだろうか。

110618_2 私たち男性(特に中高年の年代)は、「男は涙を見せてはいけない」と小さいころから言われてきたし、今でも、「男が泣くのは恥ずかしいことだ」というプレッシャーを感じている。これに対して、女性が泣くことに強い批判はなく、時には同情の対象となることもある(逆に、泣かないと「冷たい女性だ」「可愛げがない」と言われることもあるのではないか)。
 私は、社会でぶつかる困難に対して、女性の方が「しなやか」であり、男性の方が「折れやすい」ように思うが、それは、女性の方が泣くことで自分を立ち直らせる方法を知っているからではないだろうか。

 それでは、冒頭の話に戻るが、年をとるとなぜ涙もろくなるのだろうか。
 私が経験的に感じるのは、次のようなことである。
 すなわち、人生の半ばを過ぎてくると、先行きが短い寂しさと、自分のこれまでの生き方はこれでよかったのかという自問自答の思いをいつも持っている。それだけに、この世のあらゆる生というものをいとおしく感じ、また、子どもや少年、若者を見ると、昔の自分や、自分の子どものことを思い出し、またその時々の苦労を思い出して、つい感傷的になるのである。

 いずれにせよ、涙もろくなっているということは、まだまだ社会や現世とのつながりを自分の中で強く求めているということである。これが無頓着になったり、感動がなくなったときは、本当に人生が終わりに近づいているということだろう。
 だから、涙を流せる自分を大切にし、無理して我慢しないようにしよう。

※ 写真(下)は、韓国ドラマ「冬のソナタ」の最終話の場面である。ユジン役を演じるのは「涙の女王」と呼ばれるチェ・ジウ。この涙にやられてしまいました。

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6-1 思いつきエッセイ」カテゴリの記事

コメント

 岩城先生、こんばんは。

 6月19日は「父の日」でしたが、ご子息お二人からは何か感謝のしるしを感じられましたか?

 私の父は平成7年3月7日に通勤災害で交通事故で即死しましたので、もう親孝行できる父はいません。63歳でした。

 私は「鉄の女」と言われていて、ずっと男社会で27年間働き続けていますが、仕事場では仕事関係では一度も泣いたことはありません。だから、女は駄目なんだと言われることが絶対い嫌で、どんなに辛い屈辱的なことがあっても泣いたことはありません。

 その代わりと言っては何ですが、結構DVDの映画とか観て、いつも泣いています。人間社会でも、悲しかったり苦しかったりすることで泣くことはありませんが、嬉しかったりするときは、家に帰って号泣していることもあります。

 やはり、私も人前で泣くことはありません。
そういう風に社会的訓練ができていて、人知れず泣いているというのが本当のところです。だから、当然と言えば当然ですが、一番泣いている姿を見ているのは、一緒にDVDとか観ている夫でしょう(笑)。ただ、家庭内でもリアルな話しでは、どんなに辛い話しでも原則として私は冷静で泣きませんから。

 しかしながら、岩城先生。

 私が、こういうふうになったのも日本の男社会では、女性が仕事場で泣くと「だから、女は」と言われていたのを見て育ったから、絶対に泣かないのです。だから、キャリアウーマン(表現が古い!!)のほうが、男以上に我慢して泣かないと思っていますよ。本当は、心は苦しくて、寂しくて、悲しいのに。

 最前線の日本社会の男社会で生きている女性達は、男性達以上に息苦しいんですよ(笑)。
岩城先生に、分かって貰えるかなぁ(笑)・・・。

◆久保利子 様
コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、日本の職場や仕事関係の場では、泣くことは禁物ですね。
特に男性中心の仕事の場で、女性が泣いたりすると、「だから女は・・」と言われる可能性が高いので、泣きたくても耐えている「キャリアウーマン」も多いと思います。

ただ、これは、男社会だからというよりも、仕事というものの厳しさに由来するような気もします。
例えば女性が中心になって経営している会社とか、男女同権の欧米の企業でも、女性が仕事の場で泣くようなことは、「泣いたら問題が解決するの?」と批判されるのではないでしょうか。

私の意見は、泣くというのは「自分を回復するために必要な行為」だから、少なくともプライベートな場では男性も時には自分に正直に泣いた方がいいし、そのような「泣くことが許される場」が必要ではないかということです。
妻の前でも泣かず、友だちの前でも泣かず、一人になっても泣かずに、ただ耐えている男性が多いように思います。

久保さんは、お家でDVDを観て、ご主人の前で泣ける「場」があるのは、とてもよいことだと思います。
意外とそれが、ストレス解消の場になって、明日からの仕事にまた頑張れるのではないでしょうか。

人間はなぜ泣くのでしょうか?

わが親父からは、「男は一生の間に3回泣いても良いと
言われました。

1.生れた時。2.結婚する時。3.両親が死んだ時(これは2回?) 合計4回になりますね(笑)。

何か理由があるのでしょうかね?

 私の周りの男性達だけが泣くのでしょうか?

 会社員時代も、全て当職の下に就いた後輩・部下は全員が職場で泣き、
「男のくせに、泣くな!」と注意しましたが、現在ではトップ・セールスに育っています。士業者になってからも、勤務から、

「僕は、久保先生の期待に応えられません。そんな、能力はありません。」と泣かれましたが、私が世の常識を超えるほどキツイのでしょうか? ただ、理不尽であれば泣かないと思うのです。的を射ているからこそだと思っているのですが。

 男性も当職の前では、普通に泣きます。

 富士通グループ時代の友人も、部長になれなかった時に、3歳年上ですが泣くので、

「いくら業績が良くても、支店に枠が無くて(部長枠が無い)、就任できなかったのだから、仕方ないだろう。それを承知で一部上場にいるのだから、泣くな!!」と慰めたことがあります。

「それが、大企業だろう。気に入らないなら、私のように起業しろよ。」と慰めた?経験があります(笑)。

 当職の前では、普通に男性が泣く姿を見ているので、私には泣いても良いと思われているのでしょうか?友人の男性達は、全員当職の前で泣いたことがあるので、余り岩城先生の投稿には、はてなでした。

 裏を返せば、私の前だけでは泣けるというのは、貴重な存在であって、友人として、人間として、認めてくれていることなのでしょう。

 私は普通に、仲良く付き合っている全ての男性達(顧問先会社を除く)が、泣いているところを見ています。
 本当に、全てです。

◆ セイサ居酒屋ブログ(三軒)様
 いつもコメントありがとうございます。
①生まれた時には、泣かないわけにはいきませんよね(笑)。
②結婚する時には、泣かない男性はいるように思います(私については触れません)。
③両親が一緒に亡くなることは普通ないので、そうすると4回になりますね(笑)。

 両親が亡くなった時も、私は家族や参列者の前では、思い切り泣けませんでした。あの時、もっとオンオン泣きながら、両親とのことを思い出したり、お礼を言ったりできた方がよかったと思います。その点、今も「不完全燃焼感」があります。

 ちなみに、私も小さいころ、駄々をこねてビービー泣いていると母親から、「男だったら、母親が死んだ時にだけ泣け!」と叱られたことを思い出しました。
 その母が亡くなって、もうすぐ7年になろうとしています。

◆久保利子 様
 更なるコメント、ありがとうございます。
 私は会社勤めをしたことがないので、よく知らないのですが、一部上場企業では、男性も職場で「泣く」のが一般的なのでしょうか。

 また、その場合でも、「泣くことが認められる」職場の場合と、「上司の指導やノルマが厳しすぎるために男性でも泣いてしまう」職場の場合があるように思います。

 もちろん、出世競争などで負けて、居酒屋でグチを言ったり泣いたりすることはあり得るとは思うのですが、それはプライベートな場ですよね。

長文を送っていたのに、また消えたのです。私の今夜の掲示板に続き2度目で、結構カリカリ来ています(笑)。

 岩城先生、一部上場の企業で皆の前で泣いたら、それで出世は終わります。あくまでも、先輩、上司という2人の関係のことです。当然じゃないですか。

 玉木弁護士にもいつも申し上げるのですが、先生方は世事に疎いですよ、本当に。一般の弁護士よりも労働者側なので、それでもマシなのですが、もっと世事に精通して頂かないと。

 玉木弁護士も私の前で泣いたことがあります。
侠気のある顧問先会社専務と飲んでいるときに、玉木弁護士が弁護士のバッジが付いたその数日後に、お父様は肺癌で亡くなられたそうです。最後に親孝行出来たのではないかと仰っていました。

 泣けるかどうかは、その人がどんなに頑張ってきたかと言うことと、それを享受する周りの環境であるかと考えているのです。
どんなに凄い人達でも、周りの環境が整えば普通に涙を流し、泣くと想っているのです。

 人間にはプライドがあり、誰の前でも泣けるものではありません。泣くことができる、涙を流せる人達がいるということが、幸せなのではないでしょうか。

岩城先生

 最後に締めくくって?おきますが、私は前職、前々職の同僚の前で私的に飲んでいる場でも泣いたことはありません。いつも泣くのは、男性のほうです(笑)。現役時代もそうでした。

 現在も8年間付き合っている玉木弁護士でも、面と向かって泣いたことはありませんが、現在の岡山県会との裁判で提訴する際に、電話で泣きました。後は電話で嬉しい報告を玉木弁護士にする時に涙ぐんでいることはありますが、兄妹以上の関係である玉木弁護士の前ですら、面と向かって泣いたことはありません。

 だから、キャリアウーマン??のほうが息苦しいと言ったのですよ(笑)。当職も父が通勤災害で亡くなったとき、会社員でありましたが、夫も当職も管理職であり、また当職はVIPの方々にこよなく愛されていたので、凄い方々が参列してくださり、泣き崩れるような状況ではありませんでした。反対に皆様に粗相があってはいけないと考えておりました。

 それでも父は、取り乱した当職ではなく、凛とした娘で送ってくれたほうが本望であったのではないかと、今でも思っています。

 総括すれば、男性が心を許せる優しい良い女がいれば、男性のほうが直ぐに泣くと思っていますよ(笑)。

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