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2011年9月の3件の記事

2011年9月30日 (金)

No.47 「プロの魂」に感動! 小田和正コンサート

110925 ◆9月25日(日)、京セラドーム大阪で開かれた小田和正のコンサート「2011 どーも どーも その日が来るまで」に夫婦で行ってきた。

 オフコース時代、1970年代後半の「さよなら」「Yes-No」「愛を止めないで」などのヒット曲は結構好きだった。
 オフコースが解散しソロ活動をするようになってからはあまり関心がなかったが、最近になって、生命保険会社のCMの曲「言葉にできない」と「たしかなこと」がとても気に入っていた。

 それと、たしか数年前にNHKでドキュメント番組で取り上げられ、一人の男性、一人の人間(イメージは20代だったのに、いつの間にか「アラカン」になっていた!)としての小田和正さんに興味を持った。

 そんなことから、機会があればコンサートに行きたいと思っていたところに、今回の大阪ドームのコンサートがあり、「よし、行こう!」と思ったのである。

◆このコンサートで、驚いたことがいくつかあった。

 ①まず、大阪ドームが超満員だった。恐らく4万人以上はいたのではないか。世代的には、私よりも少し上の還暦前後の人がやはり多かったように思うが、他の幅広い世代の人が来ていた。

 ②歌声について、高音域で透明感と伸びのある声は予想していたが、声量も相当なものだった。
 しかも、あれだけ長い間歌い続ければ、普通なら声が枯れてしまう。
 高音の声域とともに、この声量と持続時間も、誰にも真似ができないのではないか。

110925_2  ③一番驚いたのは、小田さんの運動量である。ちょうど菱形とその対角線の形に通路が作られており、その通路を走り回りながら、あちこちで歌うのである。フロアにも降りて走り回るし、更には自転車に乗りながら歌うのも、びっくり仰天だった。それでも、音がまったく外れないし、息切れもみせないのである。

 ④最後に、コンサートの時間の長さである。午後5時から始まり、数えきれないほどたくさんの歌を次々と歌った。もうそろそろ終わりかな、これが最後の曲かなと思ってから20分くらい、アンコールになってから更に20分くらいあり、終わったのは午後8時を回っていた。実に3時間以上であった。

◆小田さんは1947年9月20日生まれとのことで、ちょうど64歳になったところである。
 その小田さんが、これだけハッスルして、これだけ頑張って歌っている。
 その曲には「あなたを守りたい」「自分らしさを大切にしようよ」というメッセージが多いこともあって、とても励まされる。
 しかも、通路を走りながら、観客におじぎをし、「どーも」「どーも」と声をかけ、車イスの観客のコーナーでは握手をして回る。最後の最後まで観客を大切にするのである。
 歌声ももちろんだが、そんな小田さんのサービス精神と腰の低さに、4万人もの観客は、みんな満足して帰ったのではないか。

◆例えば、今、季節の変わり目で風邪が流行り始めているが、仮に風邪を引いて声が出なくなったら、2日間のこのコンサートはどうなるだろうか。
 また、3時間のコンサート中に、お腹が痛くなったらどうするんだろうか。
 そんなことを考えると、あんな風にラフに見えながら、恐らく体調管理にものすごく気を遣っているのだろう。

 自分一人の歌声を聞きに、数万人もの人々が、高い入場料を払い、忙しい時間を割いてコンサートに来る。そんな観客に対して、客が楽しむ、満足して帰るという結果を出す。
 そのために、周到に準備をし、3時間にわたって歌い、語り、パフォーマンスをする。どんなに疲れても、最後までやり切る。
 私はそこに、プロとしての「魂」を見るように思う。

 私の裁判に数万人が来ることはないし、私たち仕事は相手との闘いなので、常に「勝訴という結果」を出すことができるとは限らない。
 だが、プロとしての「魂」は学ばなければならないと思った次第である。

(挿入した画像は、いずれも当日配布されたチラシの一部を借用しました。)

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2011年9月10日 (土)

No.46 ネクタイのない生活

 ネクタイをしない夏の軽装(クールビズ)も、ずいぶん慣れてきた。
 これは確か、2005年ころ、当時熱狂的な人気のあった小泉純一郎首相がキャンペーンを行ったことから、一気に普及したものである。最初は違和感があったが、今はこれが普通になった感じがする。

1109079c53f017  特に今年は、猛暑のところへ福島原発事故の影響で節電が叫ばれたために、ノーネクタイはもちろんのこと、ポロシャツやアロハシャツ、ジーンズ、スニーカーも認めらるところも現れたようだ。

 さらにはワイシャツの下に肌着も着ないとか、一見革靴に見えるサンダル(踵の部分がない)の是非が議論になるなど、猛暑の自衛策としての軽装化がいっそう進んだようである。
 クールビスの期間を、これまでの9月いっぱいから、10月いっぱいまで延期する企業も増えているとのことである。

 ノーネクタイはリラックスでき、また、首周りが汗でグッショリにならなくて済むというメリットがある。
 しかし、他方、もともと男性の仕事スタイルは女性に比べて個性を出せる部分が少なく、この点でネクタイの果たしていた役割は大きい。
 また、やはりネクタイをすると、見栄えも気持ちもキリッとすることも事実だ。

 節電政策は今年だけで終わらないだろうから、ネクタイのメリットとデメリット、服装におけるマナーなどの点で、日本のビジネス文化は、今しばらく模索が続くのだろう。

 ノーネクタイのリラックス感を楽しみつつ、少なくとも周囲の人たちや関係者に、だらしのないイメージを与えないよう、気をつけたいと思う。

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2011年9月 9日 (金)

No.45 若者の過労自殺 3つの新聞記事

 就職氷河期であったために就職できず、5年間のアルバイト生活後、ようやく正社員として就職できた(と本人は思っていた)27歳の若者が、入社してわずか4か月弱で過労自殺し、労基署から労災と認定された件で、今般、会社に対して民事訴訟を提起した。
(弁護団は、当事務所の上出恭子、他の事務所の須井康雄の各弁護士と私である。)

 この件で、3つの新聞が、それぞれ提訴を報道してくれた。
 それぞれ着眼点や表現の仕方に違いがあるが、記者の方々の熱意や思いが伝わってくる。

 変な話だが、私たち自身もこのような新聞報道に励まされ、「頑張るぞ!」と思うのである。

 また、下記の毎日新聞記事でコメントをされている森岡孝二関西大学教授が、「働き方ネット大阪」のホームページの「森岡孝二の連続講座」で「就職を巡る若者の地獄絵」の意味を解説してくれている。あわせてご覧いだきたい。

110905朝日新聞(2011年9月5日 大阪版) 

  自殺「パワハラ・過酷勤務が原因」 両親、会社を提訴へ

 先輩社員から浴びせられた暴言などが原因で男性(当時27)が自殺したとして、両親が大阪市の飲料配送会社に慰謝料など約8千万円の支払いを求める訴訟を大阪地裁に近く起こす。代理人の上出恭子弁護士は「パワーハラスメントを受けた社員は声を上げられないことがある。訴訟では、企業の職場管理のあり方を問いたい」としている。

 訴状などによると、男性は2008年春に入社し、トラックでの飲料運搬や大阪市内の担当エリアにある自販機への商品補充を担当していたが、同年夏ごろにうつ病を発症。8月2日に自宅で首つり自殺した。

 両親は「連日2千本以上の飲料補充を指示され、自殺直前3カ月の時間外労働は月平均81時間だった」「作業が少し遅れただけで先輩から『のろま』『殺すぞ』などと言われた」と指摘。経験の浅い男性が精神的に追い込まれ、うつ病を発症したと主張している。

 ※なお、右の新聞記事のコピーの方が詳しくなっています(クリックで拡大)。

毎日新聞(2011年9月5日 大阪朝刊)

 「過労でうつ、自殺」 兵庫の遺族、配送業者を提訴へ

 飲料水配送会社に勤めていた08年8月に自殺した兵庫県尼崎市の男性(当時27歳)の両親が近く、過労でうつ病を発症したのが原因だとして、会社に計約8300万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴する。男性は就職難の中で得た仕事を失いたくないと思い働き続けたといい、両親は「厳しいノルマを課され、心理的負荷が大きかった」と主張している。

 訴状などによると、男性は大学卒業後約5年間、アルバイトをしながら正社員職を探し、08年4月に大手飲料メーカーの配送業務を行う「日東フルライン」(大阪市住之江区)に就職。自販機の補充業務を担当した。同年7月から1人で業務に就いたが、夏場で販売量が増加。早朝出勤や深夜退勤が重なり、8月2日早朝、自宅で首をつって自殺した。

 両親は「過労によるうつ病」として労災を申請し、大阪西労働基準監督署は昨年6月に認定。タイムカードでは、うつ病発症前1カ月の時間外労働は約104時間、3カ月平均は約81時間だった。

 同社代理人は取材に「週休も取っていて過労とは考えていない」としている。

 両親によると、男性は採用が決まった際、「きつい仕事みたいだが、やっと正社員になれたから頑張る」と張り切っていた。しかし、7月初旬ごろから帰宅が遅くなり、職場日報には「倒れそうです」と書かれていた。

 森岡孝二・関西大教授(企業社会論)は「過労死や過労自殺が若年化している。正規雇用されても過労死しかねないという、就職を巡る若者の地獄絵図を見るようだ」と話す。【牧野宏美】

産経新聞(2011年9月5日朝刊)

 「猛暑配慮なく過労自殺」新入社員の両親、7日提訴

 自動販売機に清涼飲料水を補充する仕事をしていた兵庫県尼崎市の男性=当時(27)=が、入社約4カ月後の平成20年8月に過労自殺したのは繁忙期の猛暑にかかる負担への配慮がなかったためとして、両親が男性の勤務先だった大阪市住之江区の運送会社に対し、約8280万円の損害賠償を求める訴えを7日に大阪地裁へ起こすことが4日、関係者への取材で分かった。

 大阪西労働基準監督署は22年6月、自殺1カ月前の時間外労働(残業)が100時間を超えていたなどとして、労働災害(労災)を認定。運送会社の代理人弁護士は産経新聞の取材に「安全配慮義務違反はなかったと考えている。提訴されれば、きちんと主張して争いたい」と話している。

 訴えによると、男性は20年4月に入社後、大手飲料メーカーの清涼飲料水を積んでトラックを運転し、ノルマとして1日15台前後の自販機を巡回、商品を補充していた。ほかに自販機の故障や客からの苦情があれば対応しており、出発前の洗車や帰社後の商品搬入なども業務だった。

 気象庁によると、20年7月の31日間のうち、大阪では最高気温30度以上の真夏日が24日、35度以上の猛暑日は5日あった。男性の両親に対し、会社関係者は「商品が一瞬で売れ、全員くたくただった」と明かしたという。

110905trl11090506590001n1  自殺する1週間前の7月26日の業務日報には、男性が「倒れそうです」と書き残し、同僚の従業員も「体調管理したいです」などと過労を訴える記述をしていた。父親(64)は「このとき会社が何とかしていれば、息子は死んでいなかった」と話している。

 男性は就職氷河期さなかの15年に大学を卒業しており、運送会社に正社員として採用されるまでの5年間はアルバイトなどを続けていた。遺品には、ぼろぼろに使い古した担当地域の地図や商品コードを覚えるための自作の単語カードもあり、両親の代理人の上出恭子弁護士は「男性はようやくつかんだ正社員の職を捨てるまいと、必死で仕事をしていた」と話している。

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