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2011年10月の3件の記事

2011年10月23日 (日)

No.50 すばらしかった憲法ミュージカル「ドクターサーブ」

111023  きょう10月23日、大阪府岸和田市の「浪切ホール」で上演された、大阪・神戸憲法ミュージカル2011年公演「ドクターサーブ」を観に行ってきた。

 「憲法ミュージカル」は、大阪の若手弁護士が呼びかけ、一般公募されたあらゆる世代の市民100人以上が数か月間にわたって練習を積み重ねて公演を行うもので、慰安婦問題をテーマにした「ロラ・マシン物語」(2008年)、諫早湾の環境問題をテーマにした「ムツゴロウ・ラプソディ」(2009年)に続き、今年が3回目になる。今回は神戸の弁護士・市民も参加して「大阪・神戸憲法ミュージカル2011」となった。

 私は劇団四季のミュージカルを時々観て、洗練されたプロのミュージカルの美しさと完成度の高さに心が洗われるが、この憲法ミュージカルは、人権・環境・平和といった社会的テーマを押しつけがましくなく取り上げている点、また、普通の市民の人たちが、すばらしい指導を受けて心を一つにして練習し、芸術的にもかなりのレベルに達している点で、観客を心から感激させるものを持っていると思う。

 特に今回は、同期の弁護士で親友の西晃さん、大学の後輩で親しい中島宏治さん、神戸大の学生時代から大阪過労死問題連絡会に関わってくれ、その後弁護士になり神戸で仕事をしている今西雄介さん、私が以前所属していた法律事務所で働いていて、その後土地家屋調査士になって仕事をしている樋口剛さんといった親しい人たちが、自ら(樋口さんは息子さんも)出演している。
 また、我があべの総合法律事務所の若手弁護士の中森さん、和田さんや事務局長の春名さんをはじめ、たくさんの友人・知人が裏方として熱心に活動しているのだから、観111023_2ないわけにはいかない(なお、第1回の「ロラ・マシン物語」に、私の二男が出演させていただいたということもある)。

 今回のミュージカルは、パキスタン、アフガニスタンでハンセン病の治療等の医療活動や、井戸や用水路といった水源確保事業に半生をかけてきた医師の中村哲さんを描いたもので、ソ連侵攻、内戦、大干ばつ、9・11後のアメリカによる空爆などに翻弄されながら現地の人々に貢献し、「ドクターサーブ(先生様)」と尊敬される中村医師の生きざまに胸を打たれる。

 もっとも、今回のシナリオ中のアフガンのハンセン病患者の描写をめぐって、ハンセン病回復者の人たちから抗議がなされ、協議を経て、脚本・演出が一部修正されたと報じられた(10月17日付朝日新聞)。差別され苦しめられた当事者の思いと、演劇による表現行為の自由の調整という難題にぶつかったのも、今回の特徴だ111023_4った。
 しかし、悪意のある人は誰もいないのだから、互いの人権と心情を尊重し合った話し合いは決して無駄ではなく、相互理解が進み、双方とも一段と高い人権意識に止揚されていくと信じたい。そういう議論自体が、「憲法ミュージカル」の名にふさわしいといえるかもしれない。

   「ドクターサーブ」の公演は、あとは10月30日(日)の神戸公演(神戸文化ホール)を残すのみとなった。関係者の皆さんの、あと一頑張りに、心からエールを送りたい。
111023_5 当日券もありますので、皆さんよろしければ観に行って下さい。
 (なお、公式サイトはこちらです)

※ 画像は上から順に、①パンフレットの表紙、②公演終了後のロビーの様子、③中島・中森弁護士と私、④西弁護士と私です。

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2011年10月22日 (土)

No.49 高校生たちとの「一期一会」~出張授業に行ってきました~

 10月20日、大阪弁護士会から派遣されて、大阪府立長尾高校の3年生のクラスに「出張授業」に行ってきた。出張授業は、昨年の北千里高校に次いで2年目である。

111021kousya1_3  長尾高校は、枚方市の北東の端のほうで、京都府に近い高台にあり、環境も見晴らしもすばらしい学校である。
 ちょうど2年生が修学旅行中で、校長先生はそれに同行されているとのことで、教頭先生が出迎えて下さった。教頭先生によれば、大阪でも少し田舎の高校になるので、おとなしい素直な生徒が多いとのことだった。ほんの少し話しただけだが、学校への愛着、生徒たちへの深い愛情が伝わってきた。

 授業は、3年生の7クラスを7人の弁護士が担当する。私とO先生を除く5人はみんな若く、弁護士3~5年目くらいだと思う。生徒にとっては、自分の父親と同じくらいかそれ以上の年齢のオッサンよりも、お兄さんのような年代の若い弁護士のほうが刺激的だったに違いない(2組の皆さんゴメンナサイ)。

 授業の内容については、「労働者の権利について話してほしい」というだけで、内容についてはすべて講師の弁護士に任されている。いろいろな切り口があるだろうが、私は過労死問題に関わっていることから、若者の過労死・過労自殺の実例から入っていくことにした。
111021_2  過労死については、1998年に23歳でクモ膜下出血で亡くなった、デザイナーの土川由子さんの事例、過労自殺については、2008年8月に27歳で過労自殺し、この9月に民事訴訟を提訴した、飲料配送会社員のNさんの事例(No.45で紹介)について、お母さんの手記(陳述書)を読みあげてもらうところからスタートした。なくなった人たちと年代が近いからか、みんな真剣に話を聞いてくれた。

 この世の中のすべての商品、サービスは、労働者の労働によって作られている。労働は、生活のための手段であるとともに、自分を実現し、世の中に貢献するすばらしいものである。
 しかし、労働はぐったりと疲れる。それを回復するには、十分な休息、休日と、自分のための時間、家族との団らんが必要である。
 他方で、雇う側は、安い賃金で無限に働いてもらうのが最も効率的。だから、放っておけば、際限のない低賃金と長時間労働になっていくので、労働基準法は1日8時間、週40時間を始めとする労働条件の最低限を定め、また労働組合法が労働者の集団的な行動を保障している。
 しかし、現在の日本では労働基準法が守られていない場合が多く、また労働組合の組織率や活動が低下していることから、労働者は過酷な働き方を余儀なくされている。過労死・過労自殺は、無理をして働かざるを得ない中で生まれている。

 ここ数年のうちに社会に出ていく君たちの労働環境は、過去にない最悪の状況となっている。君たちの先輩、親の世代として責任を感じている。
 労働者にはどんな権利が保障されているのか。いま、ご両親やきょうだいの人たちの働き方は大丈夫か。過労死・過労自殺しないためにはどうしたらいいのか。みんなで一緒に考えていこう。
──うまく話せなかったが、私が言いたかったのはこんなことだった。しかし、あっという間に50分が経ち、チャイムが鳴った。

 高校3年生の多感な、珠玉のような人生の一時期の若者たちに、たった一度だけ会って、弁護士として、人生の先輩としてメッセージを送る。人生の一瞬の交差。「一期一会」というのは、こういうことを言うのだろうと思う。
 生徒たちの心の片隅にでも、今回の話が残ったらいいなあ。そんなことを思いながら、他のクラスを担当した弁護士たちといっしょに帰路に着いた。

(写真上は、長尾高校のホームページから借用しました。
 写真下は、土川由子さんの学生時代の作品です。)

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2011年10月21日 (金)

No.48 労働組合の「原点」を思う ~ある過労死行政訴訟の結審を迎えて~

1 10月19日、大阪地裁809号法廷で、ある過労死事件の行政訴訟が結審した。
 被災者の塚野保則さん(死亡当時35歳)は、報知新聞社の大阪本社の事業部で12年もの経験を持つベテラン部員であったが、平成16年6月6日、報知新聞社主催のキス釣り大会で徳島に出張し、大会の裏方業務をしている最中に、クモ膜下出血を発症して倒れ、6月28日、入院先の病院で死亡した。

2 それから1か月あまりしか経っていない8月上旬、職場の労働組合(報知新聞労組)を通じて相談があり、私の呼びかけで4人の弁護団を結成し、取り組みを開始した。
 しかし、天満労基署への労災申請は不支給となり(平成18年3月)、大阪労災保険審査官への審査請求は棄却された(平成20年11月)。労働保険審査会に再審査請求をするかたわら、平成21年6月2日、行政訴訟を提訴した(なお、再審査請求も平成22年1月に棄却された)。

3 ほとんどの過労死事件では、①持ち帰り残業やサービス残業も含めた労働時間の立証、②その業務の質的過重性、③被災者の基礎疾患の有無・程度と業務による増悪(悪くなること。「ぞうあく」と読む。)が問題となるが、この件でも同じであった。
 私たちはこの件で、①塚野さんはほとんどの土日は、報知新聞社が主催していた「ボーイズリーグ」の大会の観戦やあいさつに出かけていたこと、②前年10月に同期入社の同僚が退職して人手不足の中、様々なイベントが集中したこと、③被災者はお酒とタバコを好んでいたが、それだけでクモ膜下出血を発症することはないことを、全力で主張立証した。

 そして、山場となった5月と7月の証人・原告本人尋問、そして最終準備書面の提出を経て、冒頭の結審期日を迎えたのである。

4 傍聴者は法廷に入りきれず、廊下にあふれた。弁護団の最終準備書面は「陳述します。」だけで終わりだが、原告の信子さんの最終意見陳述は本当に感動的だった。必ずや裁判官の方々の胸に届いたと信じる。

1110195 この件で特筆したいのは、支援してくれる労働組合のすばらしさである。
 職場の労働組合である報知新聞労組が加入する新聞労連(日本新聞労働組合連合)は、全国の新聞社と通信社に働く労働者の約8割の約2万7000人が加入する「産業別労働組合」(産別労組)である。その新聞労連が、「塚野さんの件は人ごとではない」として、「塚野過労死裁判を支援する会」を組織するとともに、全面的に支援してくれているのである。

 新聞社同士は互いに競争関係にあるのに、労働者は企業の壁を超えて連帯し、団結している。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という、労働運動の原点を教えてくれる。すばらしい組合、すばらしい人たちである。
 もちろん、人間が作っている組織である以上、いろんなことがあるかもしれない。しかし、職場で過労死や過労自殺が起こっても、労災申請を支援する組合さえほとんどない中で、産別組合として全国で取り組む姿を見ていると、胸が熱くなる。「労働組合は、本当はこんなにすばらしいものなんだ」と。

6 判決言渡し期日は、12月26日(月)午後1時10分と指定された。
 この日が、「1日遅いクリスマス」でも、「5日早いお正月」でもいい。塚野さんと、新聞社に働く人たちにとって、記念すべき日となることを願う。

(写真は、10月19日の結審後の報告会の様子である。手前左から4人目が塚野信子さん。)

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