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2012年2月の5件の記事

2012年2月18日 (土)

No.62 今年のサラリーマン川柳 私が選ぶベスト5+1

120217  2月16日、第25回の「サラリーマン川柳コンクール」のノミネート100句が発表された。第一生命のホームページで、これらの句を読むことができるし、気に入った句に投票することもできる。
 応募2万7184句の中から選ばれた100句だけあって、どれも力作だが、その中で私が特に気に入ったベスト5を挙げるとすれば、次の句である。

第1位(No.18) 円高だ! 海外行くぞ 円が無い
 これには吹き出しました。ノリもいいし、最後に「ガクッ」と来るところが最高! たぶん、投票でもいい線行くのではないでしょうか。

第2位(No.24) 俺知らぬ 妻のつぶやき 世界知る
 昨年は、「ツイッター 私が言っても ひとりごと」に笑いましたが、今年はこれに笑いました。しかし、よく考えると、そもそも「つぶやき」って、人に聞こえないように言うものでは?

第3位(No.32) 最近は 忘れるよりも 覚えない
 そのとおり、最近は、いったん覚えたものを忘れるというより、最初から覚えていないのです。
 よく似た感じのものに、「立ち上がり 目的忘れ また座る」(No.98)っていうのもありました。

120217_2 第4位(No.1) 女子会と 聴(き)いて覗(のぞ)けば 六十代
 確かに、「女子会」は年齢不問なのでしょう。
 でも、男性の場合も、年配の方々ほど「男子の本懐」や「日本男児」などと言いたがるので、偉そうなことは言えないようにも思います。

第5位(No.45) 毛虫いる さわげば娘の つけまつげ
 確かに、最近の若い女性の「つけまつげ」は本当にすごいですね。重さで瞼が下がってくるんじゃないかと、ハラハラするくらいです。

特別賞(No.76) 震災で 絆と優しさ 思い出す
 これは、日本人全体の実感ではないでしょうか。
 同じ川柳といっても、楽しいズッコケや皮肉系とは系列を異にし、しみじみとかみしめる句です。

 とはいえ、いろいろ論評するのは簡単ですが、実際に川柳を作るのは、本当に難しいと思います。
 発表された川柳を詠まれた皆さん、勝手なことを言ってすみません。
 私も、気のきいた川柳が詠めるようになりたいです。

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2012年2月16日 (木)

No.61 「日本型バレンタインデー」の楽しみ方

120215  2月14日のバレンタインデーが、女性が男性にチョコレートをプレゼントするという日本だけに独特の習慣として定着したのは、1970年代後半(昭和50年代前半)のようである。
 私が中学のときはもちろん、高校時代(70年代前半)には、まだなじみがなかった。少なくとも、もらった記憶がない(笑)。

 この習慣で笑いが止まらないのは、チョコレートを製造している会社であろう。恐らく年間の売上げの大半をこの日の前後が占めるのではないか。

 とはいえ、女性からチョコレートをもらうのは、たとえ「義理チョコ」とわかっていても、やはり嬉しいものである(「甘い」「とろける」というイメージがあるので、なおさらかもしれない)。
 ただ、「ホワイトデー」でお返しをするのは、苦手である。お返しのいらない献身的(?)なチョコがいいな、などと思っているのだから、ワガママ極まりないと思う。

 ところで、最近は、「本命」や「義理チョコ」にとどまらず、「マイチョコ」(自分にあげるもの)や「友チョコ」(友人に広くあげるもの)なども広がっているそうだ。特に、後者になると、渡す数も増え、また「あの人はもらったのに私はもらっていない」といった、人間関係の葛藤にもつながっているという(2月12日付朝日新聞)。
120215img_37212 少なくとも、甘いチョコレートの楽しいやり取りでトラブルが起こることのないようにしたいものである。

 ちなみに、今年、我が事務所の女子事務局+女性弁護士のWさんが私にくれたチョコはこれ(右写真)。
 う~む、ここに込められたメッセージ何だろう???

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2012年2月 7日 (火)

No.60 日本人に「熟議」は可能なのか

 今日の朝日新聞の「ひと」欄に、「「熟議は民主主義の魂」と唱える米スタンフォード大教授 ジェームズ・S・フィシュキンさん」が紹介されていた。

120207 熟議──あまり聞き慣れなかった言葉だが、文科省が使ったり、この言葉が標題に入った本が出版されたりして、最近時々目(耳)にする。
 「人びとが対話や討議のなかで、みずからの見解や判断を変化させていくこと」「問題に関わる様々な立場の当事者がその問題について学習し「熟慮」と「討議」を重ねながら解決策を見出し、政策を形成していこうとするプロセス」などと定義されている。

 語感もよく、大変よい言葉だと思うが、日本人とは最も遠い言葉ではないか。
 そもそも日本人は、議論自体をしない。会議でも、発言するのは司会とごく一部の人だけというのが多い。しかも、特に組織内では、ある物事についての純粋な討論というよりは、「その発言者や意見者」に対する態度表明として受け取られる。そして、より深い観点から異論を唱えようとすると、その場の雰囲気や「和」を壊すかのように迷惑がられることが多いように思うのである。

120207_2 本来の討論や議論というものは、論点と問題の所在を確認し、自己の意見の結論と理由を示し、反対意見や異論にも十分配慮を示し、一致点を確認し、相違点へのフォローも忘れない。このような討論こそが「熟議」と呼ぶに値すると思うが、そのようなものを見ることはほとんどない。
 NHKの討論番組では時々「さすが」と思わせるものがあるが、「朝までナントカ」とか、「そこまで言ってナントカ」といった類のテレビ番組では、声の大きさや威勢のよさばかりが幅を利かせているし、大阪府知事に続いて大阪市長になった橋下徹氏も、相手に反論を許さない徹底した攻撃ばかりが目立ち(これは相手を打ち負かすための論争=ディベートに過ぎない)、相手の意見に耳を傾け、相手の立場や思いも理解したうえで、共感・共同し合おうという姿勢は見られない。本来、言論の府であるべき国会でさえ、無内容な攻撃的質問と、事なかれ的な官僚答弁、これに対する激しい野次ばかりが目立っている。

 この点、裁判所で行われる裁判官たちの「合議」や、双方の代理人も含めた「進行協議」、代理人弁護士同士の「示談交渉」は、本来の意味での「議論」に比較的近いかもしれないが、「熟議」とまではいえないだろう。

 冒頭のジェームズさんは、これまで欧州や中国など20カ国以上で「討論型世論調査」(DP)を行ってきたという。これは、①政策について世論調査を行い、②回答者の中から数百人を一同に集めて徹底討論を行った後、③再度、調査と同じ質問をすると、思いつきでなく考え抜いた回答に変わる。これこそが国民の本当の声だというのである。なるほどな、と思わせるものがある。

 もともと民主主義という制度は、利益相反や階級対立関係にある人たち同士も含めた社会が、分裂や内戦を避けるために、「議論を尽くしたことを理由に、多数決で決めた結論を少数者に甘受させるための装置」にすぎず、議論すれば最後は意見が一致するというのは幻想だという見方も可能である。
 しかし、そのことを自覚しながらも、粘り強さと、相手の立場に立って考える想像力によって、少しでも真理や長期的な共同利益に近づく努力ができることが、人間のすばらしさではないか。
 その意味で、「熟議」ができるようになるには、議論のやり方に慣れることとともに、人格的な陶冶と豊かな感受性が必要ではないだろうか。

 ※画像は、いずれも文部科学省のHPより。

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2012年2月 6日 (月)

No.59 命を吹き込まれた「石ころ」達──石ころアートの魅力

 毛利泰房さんの「石ころアート展」(2月2日~7日、千里中央の「せんちゅうパル」1階)に行ってきた。
120205_2 「石ころアート」というのは、自然の中で見つけてきた石ころの形や色をそのまま利用し、「アクリル絵の具」で着色した動物のアートである。

 「石ころ達の声に耳を澄まし、命を吹き込む」とのキャッチコピー。
 作品を見せていただくと、まるで生きているようで、また茶目っ気に溢れている。奥様の成子さんによれば、石ころを探してくるのは成子さんで、それをどのような動物に仕上げるかを長い時間をかけて温めるとのことである。

 既にかなりの作品が売約済みになっていたが、残っていた中から「カバ君」にするか「ライオン君」にするか悩み、「ライオン君」を購入することにした。
120205_3 何か、動物を引き取るような不思議な緊張感を感じた。

 毛利さんはフリーの漫画家で、あちこちの大学・専門学校等で講師をされたり、幼稚園や小学校で石ころアートの「課外授業」&「出前教室」をされている。聞けば、うちの2人の子どもたちも20年近く前、毛利さんの石ころアート教室に行ったことがあるとのこと(私はよく知らなかった)。

 今回の個展は、約50年間にわたる石ころアートの集大成とのことである。
 毛利さんとは、私が堺市の南花田町の「サンロード大泉」というマンションで暮らしていたころ(1988~1994年)、同じマンションにおられ、私が管理組合の理事長、毛利さんの奥様(成子さん)が副理事長として一緒に活動したことがあったことから親しくなった。今回お会いしたのは、15年ぶりくらいだったろうか。とてもなつかしかった。

 大変活発なご夫婦なので、過労死防止基本法制定の署名をお願いしようと、署名用紙やリーフレットを持参していたところ、毛利さんのほうから、「署名のほうを協力をさせていただきましょうか」とおっしゃって下さった(恐らく、私の事務所のニュースに書いていたのを読んでいて下さったのだろう)。
毛利さんのご協力をいただければ、一騎当千を得た思いである。

 これからも、ご夫婦で、「石ころ出身」のかわいい動物たちを作り続けてほしいと願っている。

 ※写真上は、絵はがきにあった「フクロウ」、写真下は、私が買った「ライオン君」。
  毛利さんのサイトには、他にもいろいろな作品が紹介されている。
   http://www.h6.dion.ne.jp/~steelnut/space_mohri/html/art/stone.html
 http://www.ac.auone-net.jp/~mohri/gallery.html

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2012年2月 5日 (日)

No.58 凍てつく夜に思う

 先週あたりから、日本を「最恐寒波」が襲っているそうだ。連日、ほぼ全国で最低気温が氷点下になっている。一昨日のテレビでは、愛媛県の松山市で、道路が凍結して歩行者や自転車があちこちで滑って転倒している様子が報じられていた。

Kogarashi3
 屋外を歩くと、風が顔にチクチク刺す感じがする。歩いているだけなのに手袋がほしくなる。この感覚で、2つのことを思い出した。

 一つは、この風の感触は「スキー場を吹く風」に近いということ。そういえば、もう10年以上スキーに行っていない。

 もう一つは、小学生の頃の新聞配達。私は確か小学5年の冬から中学1年ころまで、朝夕の新聞配達(100軒くらい)をしていた(更に、当時は戸別配達があったヤクルトも配達していた)。当時はなぜか子どもたちの間で新聞配達が結構流行っていて、山田太郎という歌手の「朝刊太郎」という曲まであった。
 ♪僕のアダナを知ってるかい 朝刊太郎というんだぜ
  新聞配ってもう三月 雨や嵐にゃ慣れたけど
  やっぱり夜明けは 眠たいなァ
というような歌詞だった(年配の方は、今でも歌えるのではないだろうか)。

 私の実家は和歌山県の紀ノ川沿線の打田町という小さな町だったが、そんな南の町でも、冬は水道が凍って蛇口から水が出なくなり、軒先から氷柱(つらら)が下がり、池や水溜まりは凍り、稲刈り後の田んぼには高さ数センチの霜柱が立っていた。そんな中を自転車で走ると寒風が顔に突き刺さる。手袋をして、防寒帽をかぶっても、手や耳に霜焼けができた。
 だから、冬の新聞配達は、やはりつらかった。

 あのころは、やはり今よりも気温が低かったのだろう。もし、地球温暖化がそんな形で進んでいるのであれば、たまにはこんな厳冬があると、ちょっと安心な感じもする。

 とはいえ、大阪でもこれだけ寒いのだから、東北や北海道では大変だろう。特に、東日本大震災の被災地のことを思うと、心が痛む。
 何もできないが、暖かい気持ちだけは送り続けたいと思う。

 ちなみに、あんなにつらい思いをした新聞配達の給料(多い月は3000円以上あった)の大部分は、当時流行っていた記念切手の購入にあてた。
 その切手たちは、今でも残っている。

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