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2012年9月の3件の記事

2012年9月18日 (火)

No.92 同世代の観客のなごみ感──LIVE「君と歩いた青春」(大阪城ホール)

 3連休の最終日、標記のコンサートに行ってきた。今年でもう5回目になるそうだが、参加したのは初めてである。
 どんな感じかなあと思いながら行ったが、とてもよかった。
 大阪城ホールは隅々まで満席。5月の「母の日コンサート」よりも、参加世代が相当近くて、50歳くらいから60代前半くらいが多かったと思う。
 出演は伊勢正三、南こうせつ、イルカ、太田裕美、尾崎亜美、杉田二郎と、特別ゲストで北山修。

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 覚えている範囲で、歌い手と曲名は次のとおり(100%の自信はない。知らなかった曲名などは帰宅してから調べた)。若干の感想とあわせて書いておきたい。

(1) 全員 「ささやかなこの人生」
(2) 尾崎亜美 「オリビアを聴きながら」
(3) 尾崎亜美 「スープ」
(4) 尾崎亜美・イルカ 「雨の物語」

  ※これは、伊勢正三さんが作った曲である。
   尾崎亜美さんとイルカさんの声や雰囲気が似ているということを、初めて知った。
(5) イルカ 「まあるいいのち」
  ※いのちと地球を大切にしましょうという、イルカさんらしい曲。先日お盆明けに、韓国のチェジュ島であった国際会議に参加し、1万人の前で歌ってきたとのことである。
   それにしても、あのイルカさんが「還暦プラス1歳」で、中学生のお孫さんがおられるというお話には、会場からどよめきが起こった。 
(6) イルカ 「共に生きる・・・この時を」
(7) 太田裕美 「木綿のハンカチーフ」
(8) 太田裕美 「金平糖」
(9) 太田裕美・伊勢正三 「九月の雨」

  ※「なごみーずバージョン」とのことで、ボサノバ的なリズムというのか、すごく大人っぽい曲になっていた。
   私的には、この日一番気に入ったのは、この曲だった。
(10) 全員 「天使のウインク」
  ※松田聖子の歌ったこの曲の作詩・作曲が尾崎亜美さんだというのは、知らなかった。

<特別ゲストの北山修さんが登場>
(11) 全員 「帰って来たヨッパライ」
(12) 全員 「風」
(13) 全員 「さらば恋人」
(14) 全員 「白い色は恋人の色」

  ※これは、ベッツィ&クリスという女性2人のグループが歌ってヒットした曲だが、作詩北山修、作曲加藤和彦というのは知らなかった。そういえば、メロディも歌詞も、「あの素晴らしい愛をもう一度」に似ていると思った。
(15) 全員 「戦争を知らない子供たち」
  ※北山修さんは、この歌が、これから生まれてくる子どもたちにもずっと歌い継がれることを願いながら作詩し、杉田二郎さんは、その歌詞を読んで運命的なものを感じながら作曲したとのことだった。
(16) 杉田二郎・太田裕美・北山修 「祈り~prayer~」
(17) 南こうせつ・伊勢正三 「神田川」
(18) 南こうせつ・伊勢正三 「あの人の手紙」
(19) 南こうせつ・伊勢正三 「ひとりきり」
(20) 南こうせつ・伊勢正三 「22歳の別れ」
(21) 南こうせつ・伊勢正三 「君と歩いた青春」
(22) 伊勢正三 「海風」

<アンコール>
(23) 全員 「うちのお父さん」
(24) 全員 「なごり雪」
(25) 全員 「あの素晴らしい愛をもう一度」
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 このように、びっしり3時間半にわたって、70年代フォークを楽しませてくれた。
 特に、北山修さんの曲が好きなこと(カラオケでも歌うことが多い)、昔から太田裕美さんのファンであること、イルカさんやかぐや姫も好きな私にとっては、本当に贅沢なコンサートだった。
 それにしても北山修さんは声もいいし、話も知的で面白い。本業は精神科医だが(九州大学の教授を退官されたこともあってか)、「年に1回くらいは歌ってもいい」みたいなことをおっしゃっていた。これからが楽しみである。

 歌手や曲名もさることながら、観客の「なごみ感」がすごかった。カラオケで70年代フォークを歌っても一緒に歌ったりして楽しめる世代は少数派だが、ここではほとんど全員だ。そんな時代の文化を世代として共有できているのは、やっぱり幸せなことなんだろう。

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2012年9月11日 (火)

No.91 男の「ニオイ」を考える

 男はクサイ。本当にクサイ。自分が男でありながら、時々、男であることが嫌になる。

 まず、10代から20代前半の男性の場合は、俗にいう「男クサさ」である。成長期で男性ホルモンが活発に働き、汗などと混じって独特の臭いを出すのである。運動部の部室の、あのムッとくる、酸っぱいような臭いだ。この年代の男性の汗には、フェロモンも含まれているようで、女性の中には、好みの男性の臭いに惹かれる人もあるとのことだが、少なくとも同性の私にとっては関係がない。
 そういえば、私も高校時代、少しだけ運動クラブに所属していたことがあるが、あのクラブの部室のクサさといったらハンパではなかった。「鼻が曲がる」というのは、ああいうのをいうのだろう。
 ニキビ面の男子高校生たちが電車に乗り込んでくると、申し訳ないが、「シッシッ」としたくなる。

 成人したらマシになるかと思いきや、今度は「加齢臭」である。
 「1粒で二度おいしい」というCMがあるが、「男は二度クサイ」のである。
 加齢臭は30代、40代以降と言われるが、中には20代から発する人もいるという。
 「整髪料のポマード」「青チーズ」「ろうそく」「押入れの中」「古い雑誌」の臭いなどに例えられるが、臭いもその程度も、かなり個人差があるように思う。
 加齢臭を発生させているのは、「ノネナール」という名称の物質だそうだ(「クサイノネ、ナールホド」と覚えましょう)。特に運動不足でありながら脂っこいものを好んで食べる人は臭いが強いという。また、ストレスが強いと臭いが強くなるそうである。
 それに、その人のワキガ、頭髪、足の臭い、汗臭さ、口臭、タバコの臭いなどが混じり合って、その人独特の臭いになる。

 香水でごまかすことも考えられるが、男性が香水の臭いを振りまくのは、周囲を不快にさせることも多い。時々、いかにも不潔そうな男が香水をプンプンさせているのに出くわすと、なぜか無性にむかつく。嗅ぎたくもないトイレの芳香剤を無理矢理嗅がされているような気になる。

 加齢臭がやっかいなのは、自分ではその臭いがわからないということである。自分の臭いには慣れてしまって、マヒしてしまうからだそうだ。タバコを吸う人はタバコくさいが、本人はわからないのと同じである。これは私もかつてタバコを吸っていたから経験がある。

 他人の臭いのことは、直接面と向かっては言いにくい。家族や、よほど親しい友人でもない限り、「あんたクサイよ」なんて言えるものではない。
 対策というのは特になく、よく入浴し清潔にしていることが一番のようである。もっとも、最近は、「竹炭」や「柿渋」などを使うなどして、男性の加齢臭を抑えることをウリにした石鹸もある。私も意識して使うようにしているが、もしかしたら周囲の人に嫌な思いをさせているのではないかと心配になる。

 そこで、ご提案。自分から勇気を出して、「私ってクサクないですか?」と尋ねましょう。そして、尋ねられた人は、勇気を持って正直に「そうですね。はっきり言ってクサイです」と答えましょう。
 私にも、もしクサかったら遠慮なく言って下さい。言いにくいとは思いますが‥‥。

 さて、私はこの一文で、何回「クサイ」という言葉を使ったでしょう?
 数えないで当てた方には、加齢臭を抑える石鹸を差し上げます(笑)。

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2012年9月10日 (月)

No.90 法曹になって四半世紀の重み──司法研修所第40期25周年記念大会

 9月8日(土)、司法研修所卒業25周年記念大会(同窓会)が、石川県の加賀温泉にあるホテル「瑠璃光」であり、1泊2日で参加してきた。

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 私たちの頃は毎年の司法試験合格者は500人くらいで、そのほとんどが司法研修所に司法修習生として入所し、2年間の司法修習を受けた。最初の3か月の「前期修習」を東京の湯島にあった司法研修所で勉強し(その間私たちのような地方から来た修習生の多くは、千葉県にある「松戸寮」という寮で生活した)、続いて1年半くらいの間全国各地に別れて「実務修習」(民事裁判、刑事裁判、検察、弁護)を行なった後、再び研修所に集まって授業を受け、最後に卒業試験(「2回試験」と言われた。)を受けて、合格すると晴れて法曹(裁判官、検察官、弁護士)になれるのである。
 もちろん、研修所の勉強は楽ではないが、苦しかった司法試験の受験勉強から解放され、決して多くはないが給料をもらって、もう一度学生生活を送るような晴れがましさと解放感があった。
 そして、最後の暗い後期修習も励まし合って過ごし、無事2回試験に合格して(私たちの期は不合格者はゼロであった)、法曹として1歩を踏み出した。
 それから25年が過ぎたのである。

 このような大会は、10年目には熱海、20年目には京都で開かれたが、25年目からは、だんだん先が短くなってくるからであろうか、5年毎に開かれるようである。

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 ホテルについて少しくつろぎ、風呂に入ってから、クラス毎に分かれて記念撮影。
 そして、いよいよ大懇親会の始まりである。
 1組から10組まで10クラスあるが、それぞれ参加者は20人前後と思われるので、参加者は200人くらいであろう。まさに、壮観。
 ちなみに、わが1組は教官4人と元修習生21人。教官のうち刑裁の中山隆夫先生が所用で急きょ参加されなかったが、それ以外の大石忠夫(民裁)、佐々木茂夫(検察)、明石守正(民事弁護)、丹羽健介(刑事弁護)の4人全員が参加して下さった。先生方は皆さんまだまだお元気で、むしろ、私たちのほうが年寄り臭くなっているのではないかと反省した。

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 乾杯の音頭は、我が1組の民裁教官であった大石忠夫先生が発して下さった。
 途中、勇壮な太鼓も楽しみながら、たくさんの懐かしい仲間たちと話した。
 クラス毎にエリアが分かれているが、寮の仲間、大阪修習の仲間、青法協の仲間などクラスを超えた友人も多い。当然、話ができるのはごく一部だけ。ちょっと残念・・。

 その後は、幹事の部屋に集まって、1組のクラスだけで2次会。
 裁判官、検察官、弁護士を問わず、みんなそれぞれの自分の仕事、立場で、本当に頑張っているなあと思いながら、一人ひとりの話をしみじみ聞き入った。
 私は同期のみんなにも事務所のニュースを送っているが、みんな「読んでるよ」と言ってくれて嬉しかった。

 さて、次は5年後となると、もう還暦を超えてしまうことに愕然とする。
 日々の過ぎる速度は速くなる一方だが、もう一度初心に返り、1日1日を大切に過ごしたい。
 最後に、クラスだけでなく全体の幹事まで自発的に務めてくれた下谷さん、本当にありがとう。

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