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2014年4月29日 (火)

No.177 人類は、過ちを次世代に伝えられるのか──IADLブリュッセル大会とポーランドの旅(その2)

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◆アウシュヴィッツとは
 ブリュッセルでのIADLの大会に参加(4月15~17日)した後、私たち関西グループ10人は、ミュンヘン経由で空路ポーランドのクラクフに行き、4月19日、クラクフから約4時間半バスに乗り、アウシュヴィッツに到着した。
 アウシュヴィッツとは、よく知られているように、第2次世界大戦中の1940年~1945年にかけてポーランド南部(現地名オシフィエンチム)に作られた、強制収容所の施設群である。第一収容所(基幹収容所)、第二収容所(ビルケナウ)、第三収容所(モノヴィッツ)の3つの施設があり、私たちが行ったのは第一と第二である。
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 ヒトラーのナチス党政権下のドイツが行ったホロコースト(ユダヤ人などに対する大量虐殺)の象徴とされる。記録が残されていないため、ここでの死亡者数自体が数十万人から数百万人まで諸説があるが、公式の数字は、第二収容所の慰霊碑に記載された「150万人」だと思われる。
 アウシュヴィッツの説明については、ウィキペディアの「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」が詳しい。
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◆アウシュヴィッツに行こうと思った理由
 私は、戦争や虐殺の実態を記録・展示する施設はできるだけ見学するようにしてきた。
 国内では広島の「平和記念資料館」、長崎の「原爆資料館」や沖縄の「平和祈念資料館」。
 海外では韓国(ソウル)の「独立記念館」や「ナヌムの家」、中国の盧溝橋や「中国人民抗日戦争記念館」、ハルビンの「731部隊罪証陳列館」、ベトナム(ホーチミン市)の「戦争証跡博物館」など。また、中国(大連)やマレーシア、カンボジアの戦争被害者からの聞き取り調査にも参加したことがあった。
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 そんな中で、唯一・最大の残っていたものが、「アウシュヴィッツ」であった。
 大阪でよく海外ツアーにでかける仲間の中では、「この次はアウシュヴィッツに行こう」といった声が出ていたが、今回ブリュッセルのIADL大会参加とセットにする形で、ついに実現したのである。
 もっとも、上記の他の施設もそうであるが、このような施設自体は「暗く、重い」ものであり、「もう、行かなくてもいいかなあ」みたいな消極的な気持ちも、正直言ってあった。
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 しかし、それでも今回意を決して参加することにしたのは、次のような理由であった。
 ① 私にとっては、これまでの国内・国外の戦争証跡施設見学の「総仕上げ」のような面があること。
 ② これまで見てきたのは、ベトナムの戦争証跡博物館を除いて、日本の侵略・戦争に関わるものが圧倒的だったが、アウシュヴィッツはナチスドイツの侵略・戦争に関わるものであり、やや距離を置いて見ることができると思ったこと。
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 ③ 単純な侵略や植民地政策ではなく、「ドイツ民族の優越」を根拠に「ユダヤ人の絶滅」を目的としたものであり、「人間が人間に対してここまでのことがやれる」ということを示すものであること。
 ④ 最近の日本での熱狂的な劇場型政治や、ヘイトスピーチなどに見られる排外主義の高まりは、ナチス台頭前のワイマール憲法下のドイツに似ているという指摘があるが、加害国ドイツを含めたヨーロッパは、この「負の歴史」をどのように次世代に伝えようとしているのかを知りたいと思ったこと。
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◆アウシュヴィッツで見たもの
 事前に多少の予備知識はあったものの、やはり現実に自分の目で見るのとそうでないのとは、全然違った。
 第一収容所の入り口。高圧電流が流されていた有刺鉄線。広大な敷地に建ち並ぶ建物。山のように積み上げられた収容者たちの頭髪や眼鏡、男性・女性・子どもたちの靴、名前を書かされた革の鞄、身体障害者たちの義足。数十万人が「処分」されたガス室と焼却炉。初代所長が死刑を執行された絞首刑台。
 第二収容所へ夥しい数のユダヤ人を運んできた鉄道の引き込み線。家畜小屋よりも酷い居住棟。1日2回15秒間一斉に用便を強制された、穴だけが並んだ便所‥‥。
 これらについては、インターネットで詳細な説明や写真が紹介されているので、ここでは省略するが、本当にここで何十万人もの人々が収容され、残虐に管理され、拷問や生体実験がなされ、殺戮されていったのか。それを完全にリアルにイメージするには、私の想像力はあまりにも貧困すぎるが、そのための材料は、間違いなく提供された。
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◆アウシュビッツで得たもの
 他方、将来に向かって希望を持てることとして、次の3つがあった。
① 施設全体が、「もはや人類はこのような過ちは起こさない」という静かな決意が伝わってくるものになっていること。
 ガス室の中の説明碑には、次のように書かれていた。
 “You are in a building where the SS murdered thousands of people.Please maintain silence here:remenber their suffering and show respect for their memory.”
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② 若者たちをはじめ多くの人々がこの施設を訪れていたこと。
 ガイドブックによれば、これまでに全世界から3000万人以上が訪問し、毎年100ヶ国以上から100万人近くが訪問している。最近では年間150万人が訪問し、過去最高の数字だそうだ。移民労働への攻撃や人種的偏見が強まる欧州のなかで、多民族共存のための教育施設としての位置づけられているという。日本人も訪問者は年間1万5000人になっているが、お隣の韓国からは4万7000人と、3倍以上が訪問しているそうである。
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 確かに、私たちが第一収容所から第二収容所に移動しようとするころから、続々と見学者がやってきた。これまで見てきた前述のような施設では、これほどの参加者を見ることはなかった。
 これに対して、日本ではどうだろうか。また、この点に関連して、今年2月に日本の各地の図書館で「アンネの日記」を破棄する事件が相次いだことは衝撃的であった。このアウシュヴィッツを見て同じことができるだろうか。
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③ 日本人の唯一の公式ガイド・中谷 剛さんのお話を聞けたこと。
 この方のお話は、私たちが普通にイメージする「ガイド」ではない。覚え込んだ知識を披露するのでなく、すべて自分の言葉で説明し、語りかけ、考えさせる。感情的にならず、押しつけをせず、事実を淡々と伝えることにより、一人ひとりが自ら課題を背負う。まるで牧師か、哲学者のような深みをもった方である。1966年神戸市で生まれ、1997年に博物館公式ガイド資格を取得されたとのこと。
 帰国して、中谷さんに教えてもらった次の著作本を、さっそく注文した。
 ・『アウシュヴィッツ博物館案内』(凱風社 2005年)
 ・『ホロコーストを次世代に伝える―アウシュヴィッツ・ミュージアムのガイドとして』(岩波書店 2007年)

◆ドイツと日本の違いを考える
 日本とドイツは、イタリアとともに日独伊三国同盟を作って第二次世界大戦で連合国と闘い、敗北した元「同盟国」である。しかし、その後の総括と約70年間の行動は、全くといってよいほど異なっている。
 ドイツは被害を与えたすべての国と人々に謝罪する一方で、戦争責任を徹底的に追及し、戦争責任に時効はなく、現在でもナチスを賛美する言動は犯罪としている。これに対し、日本はどうだろうか。また、日本での最近の動きはどうだろうか。

 人類は、国・民族が他の国・民族を侵略し、殺戮するという歴史を繰り返さないことはできるのか。ヨーロッパはどうか、アジアと日本はどうか。そんなことを考える機会と材料を与えてもらえた今回の訪問企画に、心から感謝したい。

 ※写真は、上から順に
 ① 第一強制収容所の入り口
 ② 広範なヨーロッパ各地からアウシュヴィッツに収容者が送られてきた。
 ③ ガス室のある建物の入り口
 ④ ガス室内部。ここで数万人が息絶えた。
 ⑤ 第二強制収容所の入り口の遠景
 ⑥・⑦ 収容者たちが押し込まれて生活した居住棟
 ⑧ ガス室内の説明碑
 ⑨・⑩ ぞくぞくと訪問してくる人々
 ⑪ 日本人唯一の公式ガイド・中谷剛さん


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