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2014年5月 5日 (月)

No.180 GHQの憲法草案作成に関わったベアテさんのこと──憲法記念日に寄せて

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 朝日新聞5月4日付けの「憲法を考える・中」に、当時22歳でGHQの日本国憲法草案作成委員の一人として、男女平等の実現に力を注いだベアテ・シロタ・ゴードンさんのことを紹介していた。

 昨年12月8日の投稿(No.155 日本国憲法の基礎を作った人々の情熱を熱演──劇「真珠の首飾り」)で、ベアテさんたち民生局員の活動について書いたので、今回の記事を嬉しく思った。
 以下は、朝日新聞記事のベアテさんに関する部分である。

普通の人々、普通の理念 140504

 2012年1月。天皇皇后両陛下は、五日市郷土館(東京都あきる野市)を視察した。展示された五日市憲法草案を見ながら、2人は言葉を交わした。

 展示を説明した市職員の関谷学(56)は、美智子皇后から「何歳くらいの人たちが活動していたのですか」と問われた。「20、30代の青年が中心です」と答えると、皇后は黙って何度もうなずいたという。

男女平等を強く主張

 皇后は昨年10月の誕生日に出した文書で、憲法にまつわる人との交流にも触れた。12年に死去したベアテ・シロタ・ゴードン。皇后は「日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させた」と功績をたたえた。

 ベアテはユダヤ人で、1923年にオーストリア・ウィーンで生まれた。戦時中にナチスの迫害で亡くなった親族もいた。5歳の時に東京音楽学校教授に就いたピアニストの父や母と来日し、15歳まで日本で暮らした。戦時中は米国の大学にいたが、戦後日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)の民政局に入り、再び来日。当時は22歳だったが、25人のGHQ草案作成委員の1人として男女平等の実現に力を注いだ。

 女性の権利にこだわったのは、多感な時期に日本の女性の姿を見聞きしたからだ。「おめかけさん」と同居する妻、親に売られる娘、親の決めた相手と結婚する女性……。ベアテは後に刊行した自伝で「日本女性の味方は私一人しかいない」と、当時の心境を振り返っている。

 しかし、ベアテらが短期間でまとめたGHQ草案をもとにつくられた現行憲法を「押しつけ」と批判する声も多い。首相の安倍晋三は昨年4月5日の衆院予算委員会でこう主張した。

 「25人の委員が、全くの素人が選ばれて、たったの8日間でつくられた。そういう事実をちゃんと見ながら、自分たちで真の独立国家をつくっていく気概を持つべきだ」

 外国の「素人」が関わった今の憲法には価値はないのか。ベアテの娘で米国在住の弁護士、ニコル・ゴードン(59)は安倍の言葉に反論する。「母は確かに、私のように法律の知識はない『素人』だった。けれど母は日本の女性がどれだけ苦しんでいるのかを、よく理解していた。女性の権利を日本国憲法に盛り込むことを使命と感じていた」

 ベアテの自伝は米国ではいったん廃刊となったが、シカゴ大学出版が今月3日に新装版を刊行。日本の戦後史研究で知られ、自伝に序文を寄せた歴史学者のジョン・ダワー(75)は彼女が新憲法をつくるキーパーソンの1人だったと語る。

 日本側は当時、女性の権利条項の削除を求めた。これに対しベアテは男女平等の理念を新憲法に盛り込むよう強く主張。その考えは「婚姻は両性の合意のみに基いて成立」「法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定」などと規定した24条に生かされた。

 「彼女がいなかったら日本の憲法に24条はなかっただろう」。ダワーはベアテが残したものを「理想主義」と表現する。

 「当時は多くの人々が日本が民主主義国になれると信じていなかった。だがベアテは日本人を信頼していた。この理想主義が、合衆国憲法にも書かれていない女性の権利を保障する進歩的な憲法を生んだ」

 皇后美智子さまは、ベアテさんの生前に交流があり、昨年10月の79歳の誕生日に出した文書の中で、ベアテさんに対する追悼の言葉もあったという。

 皇后の言葉は、静謐でしっとりと美しいのに、とても重みがある。

 作家の高橋源一郎さんは、同紙の昨年10月31日付け論壇時評「皇后陛下のことば 自分と向き合って伝える」で、次のように書いている。
 「わたしは、皇后のことばを読み、それから、そこで取り上げられた人たちのことばを、懐かしく振り返り、彼らのことばには一つの大きな特徴があるように思った。彼らは、「社会の問題」を「自分の問題」として考え、そして、それを「自分のことば」で伝えることができる人たちだった。そして、そのようなことばだけが、遠くまで届くのである。」

 ※なお、上の画像は、「映画「ベアテの贈りもの」製作委員会」のサイトから借用させていただきました。

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