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2014年5月14日 (水)

No.183 今こそ「憲法裁判所」創設の検討を!(その1)

◆1 三権分立と「違憲立法審査権」
 憲法第81条は、次のように規定する。
 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」
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 これは、下級裁判所(地裁・高裁)を含めた裁判所に、法令の合憲性審査権(違憲立法審査権)を与えたものと解されている。権力分立の1つである「三権分立制」の中で、司法権から立法権への抑制手段として導入された制度であり、憲法の最高法規性の確保と基本的人権尊重を目的とするとされる。
 中学校の社会科の政治経済の教科書には、右のような図が掲げられ、司法権(裁判所)が違憲立法審査権によって「憲法の番人」「人権保障の最後の砦」となっている、といった説明がなされている。

◆2 最後の最後まで合憲性判断をしたがらない裁判所
(1)しかし、現実は、裁判所が法令の違憲判断を行うことはほとんどない。その最大の原因は、違憲審査制の法的性格として、「付随的審査制説」が採用されているからである。
 違憲審査制の法的性格については、次の3説があるとされる。
A 付随的審査制説
 憲法81条は付随的違憲審査制を採っており、裁判所は具体的争訟の解決に付随してのみ違憲審査をすることができるとする。
B 抽象的審査制説
 憲法81条は最高裁判所に抽象的違憲審査権を付与したものであり、最高裁判所は具体的事件を離れて違憲審査権を行使することが可能あるいは違憲審査が義務づけられているとする。
C 法律事項説
 憲法81条は付随的違憲審査制を採っているが、法律の制定によって最高裁判所に抽象的違憲審査権を付与することは憲法上許容されており可能であるとする。

 学説では、①導入のモデルとなったアメリカでは付随的審査制がとられていること、②「第6章 司法」の章に規定されていること、③憲法には提訴要件、提訴権者、憲法裁判所の裁判官の選任方法、裁判の効力などが規定されていないことなどの理由から、Aの付随的審査制説が通説である。
 私たちも司法試験の勉強では、当然のように付随的審査制が正しいと信じ込んできた。
 最高裁は警察予備隊違憲訴訟において、A説のような判示をしているが(最大判昭和27年10月8日)、C説を明確に排除しているわけではないとされている。

(2)そして、付随的審査制のもとで、ようやく訴訟で憲法論争が行われても、裁判所は、①司法消極主義(裁判所は、本来非民主的な機関だから、国民を代表する議会の意思を最大限尊重する必要があり、その為には違憲審査を控え、自己抑制すべきとの考え方)、②立法裁量論(法律の合憲性判断が求められたとき、裁判所が、その法律の制定にあたって行った立法府の政策判断や決定等を尊重し、法律の目的や目的達成のための手段に詮索を加えたり、独自の判断を加えることを差し控えるべきであるとの考え方)、更には、③統治行為論(国家統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、司法審査の対象から除外すべきとする考え方)などによって、とにかく違憲判断を避け続けてきた。
 その結果、現在の憲法体制で67年(1947年5月~2014年5月)にもなるのに、最高裁が法令違憲の判決を下したのは、つい最近の最判平成25年9月4日(非嫡出子相続分規定違憲判決)を含めて、わずか9件しかないのである。
 極め付けは、今や誰が見ても陸・海・空軍の実態を持つ自衛隊について、最高裁は未だに合憲とも違憲とも判断していないのである。これでも、裁判所は法令の合憲性審査を適切に行ってきたといえるだろうか。
 もっとも、今世紀に入ってから最近10年ほどの最高裁の判例を見る限り、最高裁は従前と変わってきたのではないかとの評価がなされており(後掲参考文献1参照)、この点は注目に値する。

◆3 付随的審査制で、果たして憲法保障を果たせるのか
 しかし、そもそも付随的審査制のもとで、本当に憲法の基本原理と最高法規性を守れるのであろうか、最近疑問を感じるようになってきた。それは、次の3点からである。
 ①付随的審査制のもとでは、裁判所に憲法判断をしてもらおうと思えば、事件性(争訟性)が必要であるため、何らかの形で原告となる人の権利侵害(基本的人権の侵害)があったと構成しなければならないが、そのような人権の構成自体に大変な苦労を余儀なくされるうえ、最終的に人権として認められるかどうかわからないし、仮に認められても、その原告には当事者適格がないなどとして門前払いされる可能性も高い。
 ②具体的な事件性をもって訴訟になるまでには長いタイムラグがあるため、それまでに事態が進んでしまい、ほとんど既成事実化されてしまう可能性が高い。
 ③そもそも、政府の行為には、人権侵害と構成することが困難なものがあり、その場合、人権侵害を介在させなくても憲法の最高法規性を担保する必要がある。

 ①の具体例として、自衛隊のイラク派遣の差止めを求める訴訟で、憲法前文にある「平和に生きる権利」が侵害されたとして提訴がなされた例や、首相の靖国神社参拝が政教分離原則(憲法20条)に反し、一般市民である原告が精神的苦痛を受けたとして国に慰謝料を請求した例などがある。
 ②の危険性を感じるのは、昨年12月に世論の反対を押し切って成立した特定秘密保護法である。マスコミの取材や内部告発が同法違反として検挙された場合には刑事事件や民事訴訟になる可能性があるが、それ以前に政府の不正も含めた膨大な秘密が半永久的に「お蔵入り」となり、また公務員の守秘義務が徹底され、違反そのものが極めて起こりにくくなる。
 ③の典型は、今安倍首相が行おうとしている、「日本と密接な関係にある国が攻撃を受けたとき、日本への攻撃とみなして反撃することができる権利」(集団的自衛権)は憲法に違反しないという閣議決定を行おうとしていることである。
 これは、憲法9条の解釈の重要な変更であり、憲法81条がある以上、最終的には最高裁の判断によって最終的に決着されなければならないはずである。ところが、このような閣議決定がなされても、この段階で具体的な事件性・争訟性を持たせて裁判所に判断を求めることは、極めて困難である。集団的自衛権の行使として自衛隊が海外で武力を行使し、戦闘で死者が生じたり、また、武力行使を受けた相手国が日本に反撃して攻撃を受ける(これは戦争の開始を意味する)などしない限り、裁判が起こせないのであろうか。為政者が確信犯的に暴走した場合でも、憲法の番人である裁判所が止めることはできないのであろうか。
(以下、「No.184」(その2)に続く)

 ※画像は、ウィキペディアの「権力分立」の項から借用しました。


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