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2014年5月22日 (木)

No.185 「司法は生きていた」──大飯原発稼働差止め認めた福井地裁判決

◆こんなことは、10年、20年に一度あるかないかだろう。主要新聞のトップに報じられるような判決が、同じ日に2つ出された。

 2014年5月21日、1つは福井地裁(樋口英明裁判長)の大飯原発の運転差し止め、もう1つは横浜地裁(佐村浩之裁判長)の厚木基地の自衛隊機の深夜・早朝の飛行差し止めの判決である。
 いずれも、地元で暮らす住民たちの人格権の侵害を根拠にしたものである。

 原発、基地いずれも、私は全く関わっていない分野であるが、一国民として重大な関心を持っており、裁判官たちの勇断と、それを粘り強い闘いによって引き出した原告・弁護団の皆さんの頑張りに、心から敬意を表したい。
 どちらにもコメントしたいが、両方について書く余裕がないので、差し当たり福井地裁の判決についてのみ、簡単な感想を記しておきたい。

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◆福井地裁の大飯原発運転差し止め判決
 判決で印象深いのは、「生存を基礎とする人格権は憲法上の権利であり、法分野において最高の価値を持つ」と述べ、差し止めの判断基準として「新規制基準への適否ではなく、福島事故のような事態を招く具体的な危険性があるか」を挙げたこと、「関電は、原発の稼働が電力供給の安定性につながるというが、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題とを並べた議論の当否を判断すること自体、法的には許されないと考えている」と述べたこと(いずれも要旨)、福島第一原発の使用済み核燃料プールをめぐるトラブルで250キロ圏内の住民の避難が検討されたことを踏まえ、大飯原発から同じ距離圏内に住む原告166人について差し止め請求を認めたことである。
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 ある意味で、非常に常識的であり市民感覚に沿った判断であるが、そこに「人間としての言葉の息吹」を感じるのである。同じ「判決」という表題がついていても、裁判官の人間としての言葉がなく、現実の実態から目をそらした「形ばかりの判決」に悔しい思いをさせられることの多い我々にとって、このような、人間としての心の通った判決に出会うと、ほっとするのである。

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 福井地裁の門前で原告と弁護団が掲げた紙幕に「司法は生きていた」と書かれていた。いま、元裁判官が書かれた「絶望の裁判所」という本がベストセラーになっているように、国民の裁判所不信は相当進んでいる。それだけに、このような紙幕にも救われる気がした。

 関電は当然控訴し、舞台は高裁(名古屋高裁金沢支部)に移ることになる。
 わずか12日前の5月9日に、同じ大飯原発の差し止めの仮処分を求めた事件で、大阪高裁(林圭介裁判長)が申立を却下したばかりであり、福井地裁判決が維持されるかどうかは、予断を許さない。
 しかし、少なくとも、「やっぱり司法は死んでいた」と言われないよう、市民感覚に沿う、人間としての心の通った判決を期待したい。

 ※2番目と3番目の画像は、5月22日付け朝日新聞から借用しました。


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