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2014年6月の6件の記事

2014年6月29日 (日)

No.196 集中証人尋問の打ち上げと、宮崎一日ツアー

前回の投稿で紹介した2回目の集中証人尋問が終了した後、被災者のご家族(お母さんと妹さん)が、打ち上げの夕食会を持って下さった。
 場所は「ふるさと料理 杉の子」という、成見弁護士の事務所の向かい側のお店であった。
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 ご家族、弁護団のほか、被災者の友人の2人、大阪過労死家族の会からの傍聴者3人、今私のもとで弁護修習をしている修習生のYさん、さらに地元宮崎の西田隆二・北川貴史両弁護士も参加して、大いに盛り上がった。西田さんは私の3期下(43期)で、過労死弁護団のメンバーで「過労死110番」の電話相談では一貫して宮崎の窓口を務めて来られ、県の弁護士会の会長も歴任された、とても頼もしく、愉快な先生である。北川さんは西田さんと同じ事務所で、「韓流弁護士」(笑)と呼ばれているとのことである。

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 お料理もとってもおいしくて、宮崎の味を堪能させていただいた。初めて食べたのは「旭カニ」。小さなカニだが、身が詰まっていて、ミソもとてもおいしかった。
 お酒も、地元で有名という「綾錦」を竹の筒に入れた熱燗(名前を失念してしまった)が、竹の香りが心地よくおいしかった。また、焼酎では「霧島」シリーズで初めて「茜霧島」というのをいただいた。後で調べると、この6月18日に発売されたばかりの超レア物ではないか。味もフルーティで最高だった。

 ほぼ全員が異動した二次会(スナック)では、カラオケで盛り上がった。皆さんお上手だったが、私のところで修習している修習生のYさんが、私の好きな「Let It Go」(アニメ「アナと雪の女王」の主題歌)を歌ってくれたので、大満足でした(ちなみに、Yさんは実はセミプロの歌手で、予想どおりその歌唱力はハンパではありませんでした)。
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 その後さらに地元弁護士の西田さんと北川さんには、瓦井さんと一緒に、地元で有名な「宝来」というラーメン店にまで連れていっていただいた。スープがとてもまろやかで、不思議な魅力を持った味であった。ぜひ、また来たいと思う。


◆翌6月28日は、前日までのどしゃ降りの雨と打って変わっての快晴の中、被災者のお母さんの運転で、宮崎一日ツアーを楽しんだ。
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 まずは、北の方にある「酒泉の杜」という、お酒のテーマパーク。面白いのは、ワイン、焼酎、日本酒、ウイスキーなどあらゆるお酒を店内で自由に試飲したり、飲み比べたりできるのである。一見太っ腹だが、よく考えると営業効果抜群であり(酔っぱらうと気持ちも大きくなる)、実際いくつもお酒を買い込んでしまった)、もっとあちこちで行われてもいいように思った。
 それ以外にも、ガラス工芸のお店を見学したり、「甘乳蘇ソフトクリームを楽しんだりした。

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 次に行ったのは、今度は南の方にある青島という小さな半島。お昼は「岩見」というお店で、定番という「魚すし」と「釜上げうどん」をいただいた。どちらも本当においしかった。値段もリーズナブルで、ほっこりした気分になった。読売ジャイアンツのキャンプ地に近いために馴染みがあるようで、原辰徳監督の昔の写真などが飾っていた。
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 続いて、近くにある青島と青島神社へ。私は初めてだが、宮崎の有名な観光地でありスポットとのことである。
「鬼の洗濯板」と呼ばれる珍しい波状岩は、まさに芸術的である。
 青島神社は、よくある地味な神社ではなく、結構「商売っ気」があり、アベック(もしかして今は死語?)や家族連れで来ても楽しめる、明るい雰囲気を持っていて、楽しかった。
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 青島神社を出た後、美しい日南海岸のドライブを楽しみながら、宮崎空港へ到着したのは、午後6時ころになっていた。

 これまで、この事件の関係で何度か宮崎には来ていたが、こんな形で一日ツアーが楽しんだのは初めてだった。2回にわたる証人尋問が終わった解放感と、一気に晴れ上がった快晴の中、思い出深いツアーとなった。
 Kさん、ありがとうございました。
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 ※写真は、上から、
 ①旭カニ
 ②茜霧島のボトル
 ③「宝来」のラーメン

 ④酒泉の杜(試飲テーブル)
 ⑤「岩見」の魚すし

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 ⑥青島神社の鳥居
 ⑦巨人選手の願掛け絵馬(左上の原辰徳監督以下、有名選手がズラリ。なお、これは5、6枚あるうちの1枚である。)
 ⑧青島神社内にて
 ⑨日南海岸


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No.195 過労自殺させた会社と、防止できなかった労基署の「醜い野合」

 23歳の自動車整備士の過労自殺の労災不認定の取消しを求める行政訴訟(「No.69 宮崎の地で、過労自殺行政訴訟を提訴」参照)で、6月16日の午後(第1回)と、6月27日の終日(第2回)、宮崎地裁で集中証人尋問が行われた。

 被災者はホンダ学園を卒業後2004年4月(株)ホンダ四輪販売南九州に入社し、最初の3年間は新車販売店「ホンダカーズ宮崎花ヶ島南店」で新車の整備を担当していたが、2007年8月から、中古車販売店である「オートテラス花ヶ島店」に異動した。
 それ以降、被災者の帰宅時間は遅くなり、疲労の様子が強まっていたが、同年12月12日から会社に出勤しなくなり、12月23日、練炭自殺した遺体が発見された。
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 解明されるべきは、「花ヶ島店」に異動するまでは元気で仕事をしていたのに、異動後の4か月余りの間に何があったのか、である。被災者の遺書には、「工場長、つかえない人間ですみませんでした。」と書かれていた。

 第1回の証人尋問は被告国側申請の4人で、①当時の本社総務課長(現・事業管理部長)のY氏、②当時の工場長のK1氏、③当時の同僚(先輩)であったK2氏、④同じく同僚(先輩)であったT1氏の4人。
 第2回は原告側申請の6人で、①当時の店長(現在は定年退職)であったN氏、②当時の同僚(先輩)であったK3氏、③被災者の前任者で入れ替わりに被災者の前勤務店に異動となったS1氏、④被災者と一時期(7月~9月)のみ同店で勤務し、個人的にも親しかったS2氏の4人と、⑤被災者の妹さん、⑥原告である母親である。
 もっとも、第2回は原告側申請といっても、①は元店長であり、②~④は現在も同じ会社に勤務していることから、証言にあたって多かれ少なかれ会社の意向を受けざるを得ないと考えられる人たちであった。

 尋問の結果の詳細はここで紹介することはできないが、当時の職場の状況や、被災者に生じた出来事を相当程度明らかにできたと思う。
 また、国や会社側が、あたかも被災者の自殺の原因が被災者の家庭不和や借金にあったと主張してきたことが、根拠のない決めつけにすぎなかったことも明らかになった。
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 もともと過労死・過労自殺事件では、被災者本人が亡くなってしまっているうえ、重要な資料のほとんどは会社が持っているため、発症や死亡前に何があったのかを明らかにすることが困難なケースが多い。特に、閉鎖的な職場で証人同士の口裏を合わせられると、真実の解明はいっそう困難となる。

 しかも、許しがたいことは、行政訴訟で、労基署は会社と事実上タッグを組んで、被災者の発症・死亡が業務と無関係であったと、遺族側を攻撃してくることである。

 ①そもそも、労基署や労働局は労働者の諸権利を保護する機関であり、少なくとも中立でなければならないはずである。
 ②また、過労死・過労自殺事案では、ほとんどのケースで労働法令違反(典型的なのは、労働時間の適正管理義務違反、違法な時間外労働、時間外手当の不払いなど)がみられ、労基署の監督が不十分であったために悲惨な過労死・過労自殺を発生させてしまったともいえる。
 ③にもかかわらず、労基署はまさにその加害企業とタッグを組んで、過労死・過労自殺ではなかったと主張・立証してくるのである。
 これは、二重、三重に理不尽といわなければならない。労基署は、いったい誰のための官庁なのか。
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 今回の事件でも、本件職場では月の残業が20時間に抑えられる中で、タイムカード打刻後も、店の施錠まで数時間のサービス残業が行われていたこと、その残業時間のカウントも30分未満切り捨てという違法な取り扱いがなされていたことは明らかである(この点については、その後労基署の指導があり改善されているのである)。
 にもかかわらず、法廷では被告国(労基署)の代理人と役人たちが被告席にずらりと並び、傍聴席には会社関係者が陣取り(民事訴訟の会社代理人も来ていたとのことである)、被告国の代理人は恐らく事前に会社側と十分に打合せをしたうえで、会社に責任がなく、自殺の原因は本人側にあったとの方向で主尋問・反対尋問を行うのである。

 私は、この光景を見て、本当に醜いと思った。「いったい誰のためにやってるんだ。恥ずかしくないのか」と心底腹が立った。
 これ自体は、現在の訴訟構造上、違法とまでいうことはできないであろう。しかし、世間一般の目、社会通念からみれば「醜い野合」であり、不当極まりないことは明らかである。

 過労死防止法が成立し、厚労省が過労死をなくしていく国の責務を果たす主務官庁になった今、このような国、労基署の姿勢は根本的に改められるべきである。
 また、裁判所も、過労死をなくしていく責務を負う国の三権の一つとして、形式的な主張・立証責任に拘泥することなく、過労死が発生する労働現場の実態や労働者の弱い立場を直視して、公正・妥当な判断を行うことが求められている。

 このことを特に痛感した、今回の集中証人尋問であった。
 (弁護団は、成見暁子、瓦井剛と私の3人である。)

 ※写真は上から、
 ①被災者の残した遺書の一部
 ②修理工場内の様子(インターネットより)
 ③2回目の尋問終了後の裁判所での集合写真


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2014年6月24日 (火)

No.194 「過労死防止法」成立の喜びを、札幌の皆さんと共有──北海道過労死問題研究会総会で講演

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 前夜の参議院本会議での可決・成立の興奮も醒めやらぬ6月21日(土)、早朝に羽田から札幌に飛び、午後1時30分から北海道過労死問題研究会の総会で、「過労死等防止対策推進法制定と過労死をめぐる状況について」と題して、2時間近くお話をさせていただいた。

 北海道過労死問題研究会は、札幌のたかさき法律事務所の高崎暢先生が中心となって作られた、過労死の予防と救済を目的とした団体である。
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 私は2000年6月に大阪過労死問題連絡会のホームページを立ち上げたが、その後まもなくしての2001年3月に、この北海道過労死問題研究会の作ったテレフォンカードのイラストを使わせていただいたので、もう相当な歴史があるはずである(右のイラストの右下に、小さく説明している(笑))。

 講演では、若い弁護士さんやいのけんセンター、北海道過労死家族の会の人たちなど約20人の前で、1988年に「過労死110番」を開始(この年に私は弁護士登録をした)してから今日までの過労死問題の歴史、過労死防止基本法制定に取り組むことになった経緯と経過、今回成立した法律の内容などについて、思い出やエピソードを交えながら話させていただいた。

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 何よりも、お話をさせていただいた私が一番楽しかったが、幸い、参加者の皆さんから大変好評を得ることができて嬉しかった。

 終了後には、心を込めた接待を受け、おいしい料理を堪能しながら、皆さんと交流することができた。二次会の「昭和レトロ」なスナックも含めて、最高の一日となった。
 特に高崎先生には、ご多忙の中、深夜までお付き合い下さり、ただただ感謝である。
 北海道過労死問題研究会の皆様、ありがとうございました。


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2014年6月23日 (月)

No.193 ついに、ついに「過労死防止法」が成立!!

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 通常国会の実質的な最終日である6月20日(金)午後8時過ぎ、参議院本会議で、私たち傍聴者約30人は、待ち望んでいた瞬間を迎えた。「過労死等防止対策推進法案」の採決。議長席の両側にある電光掲示板に数字が出る。「投票総数239、賛成239、反対0」! そう、全会一致、全員賛成なのである。この瞬間、ついに「過労死防止法」が誕生した。
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 まだ実感がわかないが、会議場を出ると、家族の会の人たちがみんな泣いている。私たちを叱咤激励しつつ導いて下さった山井和則議員も目を赤くしているのを見て、ようやく実感がわいてきた。過労がたたって入院し、退院したばかりの色部 祐さん(いのちと健康東京センター)と抱き合ったとき、ちょっと泣きそうになった。

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 議員会館に戻り、お世話になった議員さんの部屋で、紙コップのビールで乾杯。これまでの人生で数々の乾杯をしてきたが、一番嬉しい乾杯であった。また、これほどビールがおいしいと思ったことはなかった。

 実行委員会の事務局長である私がこんなことを言ってはいけないのだが、本当に法律ができるとは思っていなかった。最初の院内集会から3年8か月、実行委員会の結成総会から2年7か月。ひたすら全力疾走を続けてきたら、本当に法律ができてしまった。よかった、本当によかった。

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 もっとも、この法律自体は理念法であり、ただちに世の中から過労死がなくなるわけではない。しかし、国が過労死をなくしていくことを宣言し、4つの過労死防止対策(過労死の調査研究、啓発、相談体制の充実、民間団体の支援)を定め、政府が、過労死遺族の声も聴いて「過労死防止対策大綱」を作り、毎年「過労死白書」を作成して国会と国民に報告し、調査研究の結果必要であると認めたときは法制上・財政上の措置を執るという、大きな仕組みができた意味は、とてつもなく大きい。

 自殺対策基本法の成立に尽力された清水康之さんは、「法律ができた後の方が大変ですよ」とおっしゃっていた。まだその点は実感がわかないが、今はこの歴史的な法律の実現を、じっくりと噛みしめたい。
 ご協力下さったすべての皆様、本当にありがとうございました。


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2014年6月17日 (火)

No.192 父の日に“3段ロケット”のプレゼント

 5月の第2日曜日の「母の日」と対になる形で「父の日」は6月の第3日曜日とされているが、梅雨で祭日も少ない地味な時期で(笑)、スルーされることも多いのではないだろうか。
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 今年の父の日は6月15日であったが、16日(月)に宮崎で過労自殺事件の集中証人尋問があったので、前日の15日から宮崎に行き、尋問を終えて帰って来たところ、大きな箱が届いていた。「もしかして、父の日のプレゼント? とすると、もしかしてK子さん?」と言いながら開けると、やっぱりそうだった。
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 ①まず、箱には「お父さん ありがとう」の文字。②箱の蓋を開けると、日本酒が入ったカラフルなビンがズラリと並び、「飲みすぎないよう、気をつけて下さいね。」との温かいメッセージカード。③さらに、よく見ると、まん中のビンのラベルは私の名前「穣」になっているではないか。
 う~む、これは気が利いている。父を喜ばせる“3段ロケット”。これをもらって、喜ばないお父さんはいないだろう。
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 K子さんは、来年長男と結婚することになっている、長男のフィアンセである。
 2人の息子から積極的にプレゼントをもらったことはなく(昔は妻が裏で糸を引いてくれたことはあったが)、私自身、照れくささもあり、自分の父親に父の日に何か贈った記憶もない。
 それだけに、こそばゆい感じだが、お嫁さんに来てくれる人からプレゼントをもらって、とても嬉しい。
 K子さん、ありがとう。


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2014年6月 2日 (月)

No.191 気分は同窓会!──1年半ぶりの欠陥住宅全国ネット大会参加

 5月31日(土)~6月1日(日)の1泊2日で、三重県四日市市で行われた欠陥住宅全国ネットの第36回大会に参加してきた。
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 欠陥住宅全国ネット(欠陥住宅被害全国連絡協議会)は、1996年12月、阪神大震災の被災地神戸で、欠陥住宅被害の救済と予防を目的として結成された弁護士・建築士・学者・市民のネットワークで、現在13の地域ネットが全国を網羅し、会員数は1000人を超えている。毎年5月と11月に全国各地で大会を開き、研究と交流を重ねている。今回は東海ネットの担当で、初めて三重県で大会が開かれた。
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 とはいえ、今回参加するのは、少し気後れがあった。なぜなら、2年前の第32回札幌大会(2012年5月)で副幹事長職を降りたうえ、2011年11月以降過労死防止基本法制定実行委員会の活動が忙しくなったことから、2012年11月の和歌山大会は1日目のみ、2013年5月の福岡大会と同年11月の横浜大会は欠席させていただいていたからである。
 そんなこともあってちょっと気が重かったが、今回は三重県で近いこともあり、意を決して参加することにした。
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 大会はいつものように充実した内容であった。①「がけ(崖)と擁壁 法的ルールとその原理」と題して、東京の木村 孝弁護士、②「建築瑕疵訴訟の到達点と課題 住宅の安全確保と被害回復の観点から」と題して、立命館大学の松本克美教授、③「弁護士にもわかる建築講座 建物の外装・外壁(基礎知識、よくある瑕疵、訴訟上の留意点)」と題して木津田秀雄一級建築士が、それぞれ詳細な講演をして下さった。
 また、2日目は恒例の勝訴判決・和解報告。頑張って頑張って、頑張り抜いて得た勝訴判決。欠陥住宅被害を理解しない、しようとしない裁判官に対する怒りと無力感、それを乗り越えての勝利和解。各地の弁護団と建築士の人たちの努力に頭が下がる。 今回は、大会の内容もさることながら、数年ぶりに再会した友人がたくさんいて、まるで同窓会のような気分になった。また、何人もの人から、「過労死防止法が成立しそうで、よかったね!」と声をかけてもらえたのも、嬉しかった。
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 懇親会では、講演をして下さった木村孝先生、松本克美先生に続いて司会からお呼びがかかり、久しぶりの大会参加の感想と、過労死防止法の見通しなどについてお話をさせていただいた。
 また、新人弁護士や修習生とも親しくなることができたのも楽しかった。
 そんなわけで痛飲してしまい、確か4次会くらいまで行った10人余りの人達と解散したのは午前2時を回っていた。

 次回大会は11月22(土)、23日(日)に山口で開くことになった。山口での開催は初めてで、欠陥住宅中四国ネット事務局長の風呂橋弁護士の構想では、できれば「山口支部」の結成にこぎ着けたいとのことである。
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 もし過労死防止法が制定されていたら、今年11月が最初の「過労死防止啓発月間」になることもあり、確実に参加できるかどうか、現時点ではわからないが、できる限り参加したいと思う。

 ※写真は上から、
 ①吉岡幹事長の基調報告
 ②当日配布された資料集
 ③松本克美先生の講演のパワーポイント表紙
 ④昨年、司法試験の論述試験に欠陥住宅問題が出題されたとのこと。でも、今の私はこれを解けるのだろうか・・・。
 ⑤懇親会で、代表幹事の伊藤学先生、福岡の山上先生。今年88歳の米寿になられる伊藤先生の「生涯現役」の扇子がカッコいい。


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