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2014年8月の6件の記事

2014年8月24日 (日)

No.205 法律制定を喜び合い、新しい活動のスタートを!──実行委員会の「発展的解散式」

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 8月23日(土)、東京・四ツ谷の主婦会館(8階)で、「過労死防止法制定実行委員会 新たな活動への一歩を! 発展的解散式」が行われた。
 参加者は、ここ数日で急速に増えて60名を超え、大変な盛会であった。
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 第1部は会議。前半は「実行委員会解散総会」で、2011年11月の結成からこの2年9か月の活動を総括した。
 森岡実行委員長のあいさつ、私の基調報告に続いて、寺西、中原、西垣の御三方(合体した「寺西垣のり子」で有名になった)が前に並んで、ロビー活動についてそれぞれ個性豊かな(?)報告を行い、拍手に包まれた。

 後半は、「(仮称)過労死防止センター結成準備会」として、過労死防止法制定後の活動について議論を行った。
 最初に私から総論的な報告と「(仮称)過労死防止センター」についての提案、森岡先生から「(仮称)過労死防止学会」についての提案を行い、続いて川人弁護士から、既に厚労省内に設置され活動を開始している「過労死等防止対策推進室」のスタッフの人たちとの協議状況の報告がなされた。
 こちらの方は、初めての取り組みになるため、活発な意見交換や決意表明が行われた。
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 第2部は、場所を7階に移しての「懇親会」。
 司会はPOSSEの佐藤さんと、東京家族会の中原さんの絶妙ペア。

 最初に、司会の中原さんの提案で、大阪で長年過労死問題に取り組まれた医師の田尻俊一郎先生、大阪過労死家族の会のキタジンさんこと北村 仁さん、昨年ジュネーブの社会権規約審査委員会でお世話になりつい最近亡くなられた吉田好一さんなど、これまで過労死運動に大きく貢献をされて亡くなった人たちを偲んで、黙祷を行った。突然の提案であったが、これらの人たちのことを思い出して胸が熱くなった。
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 続いて、過労死弁護団代表幹事の岡村親宜先生の発声で乾杯。
 その後は、マスコミ記者の方や過労死弁護団の弁護士、家族の会の会員、関係団体の人たちから、次々と祝辞や喜びの発言が述べられた。
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 その合間に、森岡先生が編集した、実行委員会の結成総会から法律制定までの懐かしい映像やTV報道を編集したものがスクリーンに映され、参加者みんなで楽しんだ。

 約2時間はあっという間に過ぎ、最後に過労死弁護団代表幹事のお一人である水野幹男先生が閉会のあいさつ。熱い余韻を残しながらの散会となった。
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 この取り組みを始めたときは、こんな日がやってくるとは思っていなかった。
 このような仲間たちと、法律制定後の新しいステージに勇躍、飛翔できる喜びを噛みしめ、ちょっと涙もろくなった「解散式」であった。
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 ※写真は、上から
①第1部での森岡先生あいさつ
②寺西、中原、西垣さんのロビー活動報告
③第2部での岡村弁護士の乾杯あいさつ
④乾杯
⑤玉木弁護士のあいさつ(その左は順に尾林、川人、佐久間各弁護士)
⑥水野弁護士の閉会あいさつ
⑦最後に全員で集合写真
⑧解散式を報じた京都新聞記事
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2014年8月22日 (金)

No.204 「老い支度」の始まりを思う──高校クラス同窓会

 8月16日、JR和歌山駅に隣接する「ホテルグランヴィア和歌山」で、2年ぶりの高校同窓会があった。
 かつては4年に1回、オリンピックが開かれる年に行われていたが、たしか2008年ころから、そろそろ2年に1回くらいした方がいいんじゃないか、ということになり、その後は2年に1回行われている(前回の同窓会については「No.88 37年前にタイムスリップ──那賀高校27期G組同窓会」で書いている)。
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 今回集まったのは、担任の阪口巌先生を含めて16人。毎回2、3人が入れ替わるが、だいたいこのくらいの人数で推移している。
 ただ、今回は、幹事のMさん(旧姓Yさん)が、これまで長年不参加だった人の実家にまで行くなどして調べてくれたおかげで、不参加の人からも近況を書いた回答ハガキがたくさん届いていて、懐かしかった。

 1人ひとりの近況報告を聞いていると、私のクラスは教師になった人が10人(男子5人、女子5人)もいるのだが(もしかしたら男子にはもう少しいるかもしれない)、そのうちの女子5人全員が、60歳の定年まで2年以上残して早期退職していた。
 クラスメート同士で結婚して夫婦で教師をしているSさん・旧姓Tさん夫婦も、奥さんは親の介護のために先に退職。旦那は教頭をしているが、最近はかつての教え子の子どもを教える「2周目」になり、いつまでこの仕事を続けるか悩み始めているとのことだった。

 有名な一部上場企業に勤めているN君は、今年は最後の勝負の年で、このチャンスで結果を出せなければ、事実上子会社に出される、というようなことを言っていた。
 我が学年で成績ダントツで慶応大学医学部に現役で入り、卒業して慶応病院に長年勤めてきたY君は、数年前に系列病院の副院長となり、「将来は和歌山に帰って、生まれ故郷に貢献しようかなあ」みたいなことを言っていた。

 そうか、私たちは、そろそろ定年も近づいてきて、これから早期退職も含めて、「老い支度」を始める年令なのか。私の場合はどうなんだろうか。そんなことを考えさせられた今回の同窓会であった。

 担任の坂口先生は近況報告で、原発の再稼働や、憲法をないがしろにして戦争ができるようにされていることに不安を感じていると話された。やっぱり、先生のような年代の人の方が、強い危機感を感じているのである。
 私は、ようやく過労死防止法が成立したことを、署名への協力のお礼とあわせて報告した。新聞報道や私の事務所の事務所ニュースなどで知っている人もいて、坂口先生をはじめ、何人もの人が「よかったね」と言ってくれた。

 二次会は、和歌山県庁に勤めるK君御用達のスナックへ。途中から事実上の貸し切り状態となり、懐かしい歌のオンパレード。
 深夜0時を過ぎ、更に三次会へ行く人と、和歌山ラーメンを食べて帰ろうというグループに分かれた。私はやっぱり前者だった(笑)。

 みんな、元気だった。他の人も言っていたが、何の利害関係もない、お互いに包み隠しも競争もない。まだ自分がゼロだった頃を共に過ごした友人たち。今もここに来ると、何か安らぐものがある。

                  ☆     ☆    ☆

 私の場合、同窓会があるのはこの高校のクラス同窓会だけで、小学校も中学校も大学も、同窓会が行われていなくて、ちょっと寂しい。そろそろ他の同窓会もあったらいいなあと思う。
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 しかし、誰かが言い出しっぺにならないといけない。そこで、差し当たりは来年くらいに、中学の同窓会の開催を働きかけてみたいと思い、中学の同窓生でもあるMさん(旧姓Yさん)とTさん(旧姓Wさん)、そして私の妻も加わって話し合っている。
 私の卒業した中学校は地元の打田(うちた)町(現在は紀ノ川市の一部)立の打田中学校。昭和47年(1972年)卒業なので、来年会うとすると、実に43年ぶりである。今からちょっとワクワクしている。

  ※右の画像は打田中学校。ウィキペディアからお借りしました。

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2014年8月15日 (金)

No.203 龍基金の「第8回中島富雄賞」を、我らが森岡孝二先生が受賞!

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 8月10日、東京で、「過労死をなくそう!龍基金」の「第8回中島富雄賞」の授賞式が行われた。
 今年の受賞者は、我らが森岡孝二先生であった。
 「過労死防止基本法制定実行委員会」委員長として今年6月の国会で成立した「過労死等防止対策推進法」づくりを多くの過労死遺族とともに先頭で担ってきた点と、長らく過労死防止や長時間労働抑止のために研究活動を続けてきた点が、授賞理由とのことである。

 「過労死をなくそう!龍基金」は、ファミリーレストラン「すかいらーく」で過労死した中島富雄さんの遺族がNPO法人労働相談センター、全国一般東京東部労働組合と協力して2006年12月に設立。中島富雄賞は、過労死・過労自殺の撲滅に貢献した団体や個人を中島さんの命日である8月に毎年表彰している、同基金の継続事業である。

 過去の授賞者は以下の通りである。
第1回 「過労死110番全国ネットワーク」
第2回 高野広志さん(日本マクドナルド「名ばかり管理職」裁判原告)
第3回 前沢笑美子さん(すかいらーく契約店長過労死遺族)
第4回 寺西笑子さん(過労死企業名公表裁判原告)
第5回 吹上了さん・隆子さん(居酒屋「日本海庄や」過労死遺族)
第6回 森豪さん・祐子さん(ワタミ過労自殺遺族)
第7回 東京新聞の中沢誠記者・皆川剛記者、産経新聞の小野木康雄記者(過労死問題を報道)

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 今回、私は参加できなかったが、受賞した森岡先生は、「過労死防止法はいかにして作られたか」と題して講演。「反過労死運動の担い手は何よりも被災者の妻や母たちだった。悲嘆の涙から怒りの涙へ、涙をこらえて闘う活動家に変わった。過労死防止法制定にはワタミ事件のインパクトもあった。できた法律をどう過労死をなくす運動につなげていくかは労働組合にかかっている」と叱咤激励した。
 講演後、森岡先生とともに過労死防止法制定に尽力してきた全国過労死を考える家族の会の寺西笑子代表と、東京過労死を考える家族の会の中原のり子代表も壇上で過労死をなくす運動を進めていく決意を述べたとのことである。

 また、ワタミ過労死遺族の森豪さんと森祐子さんの発言、ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉(しん・すご)さんの記念講演「生きる権利を守る」も行われ、台風の中であったが、会場には112人が集まり盛況であったとのことである。

 これらの詳細は、労働相談センターの「スタッフ日記」で報告されているので、参照されたい(なお、この投稿の画像も、同日記から借用させていただいた)。

 森岡先生は、実行委員会のメールに、「何であれ一般に賞というのは嫌いですが、私個人ではなく、過労死防止基本法制定実行委員会が受賞するものと理解し、今回は実行委員会が受賞したものと理解し喜んでお受けしました。」と書かれている。

 そう、壇上に並んでいるこの3人の後ろには、全国で頑張った私たちの仲間と、力を貸して下さった関係者の皆さんが並んでいるのである。
 この賞の受賞に恥じないように、過労死防止法が実効性あるものになるよう、頑張っていきたい。


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2014年8月14日 (木)

No.202 初体験の“3D”で、「GODZILLA ゴジラ」を観てきました!

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 8月13日、地元の映画館で、初めて“3D”で、「GODZILLA ゴジラ」(2014年アメリカ、ワーナー・ブラザーズ映画)を観てきた。

 予想していたとおり、3Dの立体感・遠近感はすごかった。特に、この種の怪獣ものやアクションものの場合に、効果は大きく、癖になりそうである。
3D用メガネで眼が疲れないか、私の場合メガネをかけている上から3Dメガネをかけることになるが支障はないか、といった心配もしていたのだが、それほどでもなかったのでよかった。

 映画の中身についてであるが、最新のCG(コンピューター・グラフィックス)の技術に上記の3Dの迫力が加わり、娯楽映画としては十分に楽しむことができた。
特に、ムートー(放射線をエネルギーとし核燃料や核爆弾を捕食する昆虫の怪獣で、今回のゴジラの敵である)とゴジラとのバトルのシーンは圧巻である(ただ、ハワイを襲う津波の様子は、東日本大震災で実際に起こった光景を思い出して、ちょっとつらかった)。

 もっとも、ストーリー的には「?」が付くことも多かった。
・核兵器や原発と人類の共存について、何らかのメッセージが込められているのかもしれないが(放射性廃棄物処分場からムートーが羽化したり、芹沢博士(渡辺 謙)の父親が広島で原爆死したなど)、もう一つはっきりしなかった。
・妻を15年前の原発事故で亡くし、執念を持って原発事故の原因を追及してきたたジョーはムートーの羽化の際に重傷を負い死んでしまうが、息子のフォードと一緒に父子でムートーと闘う展開の方がよかったんじゃないかなと思った。
・2頭(2匹?)のムートー(「つがい」(番)の夫婦である)となぜゴジラが闘うのかが、よくわからなかった(ゴジラはムートーの天敵?)。
・最後、フォードがタイマーを解除できなかった核弾頭はどうなったのか? 時間的には数キロ先のサンフランシスコ湾沖で爆発したはずだが、その場面がないし、もし爆発したらその被害は半端じゃないはずである(そうなるくらいなら、ムートーに食べてもらった方がよかったんじゃないだろうか(笑))。

 とはいえ、子どもたちも含めて一緒に楽しむ娯楽映画なんだから、あんまり難しい理屈は野暮かもしれない。
3D用のメガネ(1個300円)も今回買ったことだし、これからは時々は、3D映画を楽しむことにしよう。


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2014年8月11日 (月)

No.201 女性運動を切り開いた2人の女性─平塚らいてう、市川房枝の波瀾の人生を知って

昨夜(8月11日の深夜)、たまたまつけていたNHKのEテレで、『日本人は何を考えてきたのか「女たちは解放をめざす~平塚らいてうと市川房枝~」』という番組を見た。
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「元始、女性は太陽であった」と雑誌「青鞜」で宣言した平塚らいてう、婦人参政権の獲得を目指した市川房枝の戦前・戦後の歩みを振り返る番組であるが、大変よく出来ていたと思う。法政大学教授の田中優子さんと上野千鶴子さんの対談も、とてもよかった。

私は勉強不足で、雑駁な感想しか書けないが、
①女性の社会参加の方向性として、「分離型」(女らしい参加)と「統合型」(男並みの参加)の論争がある。
②子育てのとらえ方について、個人の問題と捉えるか、国家・社会の問題と捉えるか(後者の場合、福祉国家的要求である反面、子育てに国の介入を招いたり、子どもは国や社会のものという考えに利用されやすい)という論争がある。
③「母性」が強調されるようになるのは、大変な子育てを母親に押しつけつつ、子育ては社会全体の責任とするイデオロギー的な狙いがある。
④世の中がおかしな方向に進むとき、女性の協力が必要となるため、女性にエサが与えられる。女性に普通選挙権が認められてきた歴史には、そのような側面がある。
⑤世の中が国家主義・軍国主義的になってきて、それまで進めてきた運動が困難になったとき、挫折するか、不本意ながらでも世の中に合わせることによって維持を図るかという苦しい決断を迫られる(特に市川は後者を選び、戦争に協力した)。
など(私なりの理解であるが)、大変刺激的で、勉強になった。
いずれも、現在でもそのまま妥当する問題ではないだろうか。

あと、戦前、平塚らいてうらが婦人参政権を認める法律を制定してもらうために、国会に行き国会議員に粘り強く働きかけたことが紹介されたとき、私たちの過労死防止基本法制定のロビー活動を思い出して、胸が熱くなった。

冒頭に述べた、平塚らいてうの雑誌「青鞜」の発刊の辞は、日本ペンクラブのHPに収録されている。
100年以上も前に書かれたとは思えない、美しく格調高い文章である。
部落解放を謳った「水平社宣言」を初めて読んだ時も感動したが、これとはまた違った文学性と現代性を感じる。
例えば、
「女性の心情は表面なり、浅き水に泛(うか)ぶ軽佻浮噪の泡沫なり。されど男性の心情は深し、其水は地中の凹窩を疾走す」とツアラトゥストラは云つた。久しく家事に従事すべく極め付けられてゐた女性はかくて其精神の集注力を全く鈍らして仕舞つた。
 家事は注意の分配と不得要領によつて出来る。
 注意の集注に、潜める天才を発現するに不適當の境遇なるが故に私は、家事一切の煩瑣を厭ふ。
 煩瑣な生活は性格を多方面にし、複難にする、けれども其多方面や、複雑は天才の発現と多くの場合反比例して行く。」
といった言葉に、共感を覚える女性は多いのではないか。

平塚らいてうが、戦後平和運動に力を注ぎ、成功させた第1回母親大会がその後50年以上も続いていることなども紹介されていた。

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市川房枝が、戦争に協力したということで公職追放とされ、戦後3年間公職に付けず選挙にも立候補できなかったということも、初めて知った。

画像は、市川さんが若い女性に送ったという言葉である。
女性に限らず、先人の苦労によって権利・自由を享受している私たちに問いかけられた言葉だと思う。

このような、歴史と世相に深く切り込んだ番組を作るNHKは、まだまだ捨てたものではないし、番組作成の現場の努力を応援していかなければならないと思った(なお、後で教えてもらったのだが、この番組は3年前の放送の再放送とのことである)。

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2014年8月 5日 (火)

No.200 “雨の小豆島”も、また乙なもの──働き方ASU-NET第5回事務局合宿

 8月2日(土)~4日の2泊3日で、恒例の働き方ASU-NETの事務局合宿が、小豆島にある「森岡荘」で行われた。2010年から毎年8月上旬に行われるこの合宿は、今年で5回目となる(第2回は「No.42 小豆島での熱き3日間~働き方ネット大阪 事務局合宿~」、第4回は「No.131 瀬戸内の島に「芸術」を楽しむ──第4回働き方ASU-NET事務局合宿」で書いているので、よろしければどうぞ。)。
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 今回は、諸般の事情で参加者はコアな事務局メンバーの一部の6人にとどまったが、気の置けない仲間同士で、過労死防止法制定の慰労を兼ねた楽しいツアーとなった。

 ただ、今回は台風12号の影響で、1日目はほぼ終日雨、2日目も大半は雨。気温も24度くらいで低く、しっとりとした“雨の小豆島”となった。

【1日目】

 大阪駅近くの曽根崎警察署横で待ち合わせをして、ワンボックスカー1台で出発。神戸港を11時15分に出発して14時25分坂出港着。
 森岡荘に着くと、「3日間お世話になります」という気持ちを込めて、まずは換気と掃除。
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 夕方からのお風呂は、今年は「小豆島オリーブ公園」の中になる「サン・オリーブ」という施設まで足を延ばすことにした。お風呂に長時間つかってリラックスした後、お風呂の隣にある畳の部屋で夕食。
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 「ひしお丼」は、鯛に下味をつけて揚げたものに、オリーブオイルともろみを使った特製ソースをかけていただく丼。あとでわかったのだが、「ひしお」は「醤」の訓読みのようだ。味が独特でおいしい。
 「オリーブ牛」(よく考えるとすごいネーミングである)のコロッケも、とてもおいしかった。
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 また、味噌汁にもオリーブオイルを入れて下さい、とあったので入れると、意外にまろやかになりおいしい。ただ、カロリーは大丈夫?
 残念なのは、置いてあるアルコールがビールだけだったこと(笑)。続きは森岡荘に戻って飲むことに。

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 森岡荘では、その後延々と議論をした。テーマはあちこちに移り、終わることを知らない。日付が変わってから、森岡先生が「そうめんを食べよう」と言い出し、2回に分けて10把もゆでていただく。小豆島のそうめんは、コシがあって本当においしい。この時間から食べ始めるのはどうか、という意見もあったが、「飲み屋で深夜まで飲んでラーメンで締めるよりはマシちゃうか」みたいな、訳のわからない主張が通り、がっつり食べて、その後も更に議論を続け、寝たのは午前2時。

【2日目】
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 午前9時ころに起床。森岡先生と2人の女性が作ってくれた目玉焼きとハム、サラダ、トーストをいただく。
 11時ころから1時間半ほど、昨夜の議論を踏まえた、今後の働き方ASU-NETの活動について、会議を行う。
 昼食は、前夜の夜食に続いて、そうめん。涼しい部屋で、おなか一杯食べて、幸せ。

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 午後は、山の頂上にある小さな神社「重岩神社」へ。途中まで狭い道を車で行き、そこからは長い石段を上る。300段くらいあっただろうか。けっこうきつかった。頂上は小さな尾根になっていて、その上を歩いた端っこに神社があり、絶景。尾根を渡る風が心地よいが、雨は横殴りになっていて、自然の厳しさも感じた。
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 夜は、夕方6時ころから恒例のバーベキュー。今年は6人で、ゆったり楽しむことができた。
 食べ終わってからは、またしても飲みながらの議論。この日は、なぜか若いころの初恋とか恋愛とかの話に。ここには書けないようなナイショの話(笑)もいろいろと出て、大いに盛り上がった。

【3日目】
 最終日は、朝食のあと、みんなで掃除と片づけ。
 みんなは午後2時ころのフェリーだが、私は夕方から弁護団会議と勉強会があるので、一足早く午前11時15分大部発ののフェリーで帰路に。
 今年の小豆島合宿は、少人数であったが、その分、ほっこり、ゆったりと過ごすことができた。
 また、今年前半の活動の疲れを癒し、後半の取組みの課題を整理し、鋭気を養うことができた。
 お世話をいただいた森岡先生に、改めて感謝したい。ありがとうございました。

 ※写真は上から、
 ①小豆島の地図(フェリー会社)(抜粋)。サン・オリーブ温泉、重岩にマーカーをつけてますので、探してみて下さい。
 ②サン・オリーブ温泉(同温泉HPより)
 ③ひしお丼定食
 ④くつろぐ美女2人
 ⑤スイカを食べる森岡先生
 ⑥重岩(かさねいわ)
 ⑦重岩付近からの絶景
 ⑧恒例のバーベキュー

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