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2015年3月の4件の記事

2015年3月18日 (水)

No.230 新人医師のパワハラ自殺事件、控訴審判決は「過失相殺ゼロ」と判断!

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◆控訴審判決の言渡し
 新人医師が長時間過密労働と上司のパワハラでうつ病を発症し、赴任してわずか70日後に自殺したという事案(公立八鹿病院34歳青年医師パワハラ自殺事件)で、昨年5月26日に鳥取地裁米子支部で判決があったことは、「No.189 新人医師のパワハラ自殺事件で勝訴!──鳥取地裁米子支部で判決と記者会見」で紹介したとおりである。
 これに対して、双方が控訴して争われていたが、本日3月18日、控訴審判決が広島高裁松江支部で言い渡された。

◆主な争点と一審判決の判断
 判決書で整理・認定された争点は5点であるが、今後の先例となり得る重要な争点は、次の3点である。

 (1) 被告らの予見可能性の有無の判断基準
 被告側は、少なくとも何らかの精神疾患の発症を予見し得たことが必要であり、被告らはそれを予見できなかったと主張し、原告側は、心身の健康を害するような労働環境にあったことを認識していれば十分であると主張したのに対し、一審判決は、判断基準は被告の主張を採用しつつ、被告らは何らかの精神疾患の発症を予見し得たと認定していた。

 (2) 過失相殺の可否と割合
 被告側は大幅な過失相殺を主張し、原告側は過失相殺は認められるべきでないと主張したのに対し、一審判決は、被災者自身医師であったのに精神科医を受診するなどしていないことや、周囲の人たちに対して「大丈夫です」と述べていたことなどから、過失相殺として2割を減額していた。

 (3) パワハラ上司の個人責任の有無
 被告側は、パワハラを行った上司ら(D、E)は公務員であるから、公務員は個人責任を負わないとする国家賠償法が適用され個人責任は負わないと主張し、原告側は、本件病院は民間病院と実態は変わらないから国家賠償法は適用されず、上司個人も民法の不法行為責任を負うと主張したのに対し、一審判決は原告側の主張を認め、上司らの個人責任を認容していた。
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◆控訴審判決の判断

 (1) 予見可能性について
 控訴審判決は、原告の主張を容れ、「精神疾患の発症など専門的な判断を要する事項まで予見し得なくても、その労働環境等に照らし心身の健康を損なう恐れがあることを具体的かつ客観的に認識し得た場合」には予見可能性が認められるとした。そのうえで、本件では、被告はこれを具体的かつ客観的に認識し得たとした。この点は、高く評価することができる。

 (2) 過失相殺について
 控訴審判決は、いわゆる電通事件最高裁判決(最高裁平成12年3月24日判決)に基づいて、「労働者の性格が(同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される)範囲を外れるものでない場合には、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、被害者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因としてしんしゃくすることはできない」とした上で、被災者の能力や性格等の心因的要素が通常想定される範囲を外れるものであったとは認められないとした。
 また、ちょうど1年前の東芝事件最高裁判決(最高裁平成27年3月24日判決)に基づいて、「労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の変化が看取される場合には、体調の異変等について労働者本人からの積極的な申告は期待し難いものであって、このことを踏まえた上で、必要に応じた業務軽減などの労働者への心身の健康への配慮に努める必要がある」から、被災者が本件疾病を発症する前に、責任感から自ら職務を放棄したり、転属を願い出る等しなかったことを捉えて、被災者の落ち度ということはできないとした。
 そして、それ以外の被告側が挙げていた過失相殺の事情をすべて否定し、過失相殺又は素因減額は認められないとしたのである。
 この点についても、当方の主張が全面的に取り入れられたものであり、高く評価したい。

 (3) 上司の個人責任について
 もっとも、上司の個人責任の点については、控訴審判決は、「公立病院における医師を含めた職員の継続的な任用関係は、特別職を含め全体の奉仕者として民主的な規律に服すべき公務員関係の一環をなすもので、民間の雇用関係とは自ずと異なる法的性質を有するというべきであり、これら公務員に対する指揮監督ないし安全管理作用も国賠法1条1項にいう「公権力の行使」に該当するというべきである。」とした。
 そして、「1審被告D及び同Eの被災者に対するパワハラはその職務について行ったものであり、1審被告組合には国賠法1条に基づく責任が認められることから、1審被告D及び同Eは個人としての不法行為責任を負わないというべき」であるとしたのである。

 この点については、到底承服することはできない。
 ①まず、上記の前段(「任用関係」や「全体の奉仕者」論)は、かつての「特別権力関係理論」を想起させるものであり、現在の流れ(公務員を特別扱いしない、公務と民間の競争や相互乗り入れなど)にも反するし、「民間の雇用関係とは異なる法的性質を有する」からといって、なぜ「国賠法1条1項にいう「公権力の行使」に該当する」のかの説明はなされていない。
 ②また、「D、Eのパワハラはその職務について行ったもの」とする点にも、違和感を感じる。本件では加害上司は患者の前で罵倒したり暴力を振るったりまでしており、完全な違法行為であるのに、責任を問われないというのである。これが「民主的な規律に服すべき公務員関係」の名のもとに免責されるのであれば、国民はおよそ納得できないのではないか。
 ③さらに、このようなパワハラが個人責任を問われないのであれば、いじめやセクハラ全般に広げられることにならざるを得ない。例えば、民間のセクハラ上司は責任追及されるのに、公務員のセクハラは責任追及されないのか。このような差別に、どのような合理性があるというのだろうか。

◆今後について
 このように、控訴審判決には画期的な判断と、1審判決よりも後退した点が含まれている。
 不満な点について最高裁に上告して判断を求めるかどうか、これから原告ご家族と弁護団で慎重に検討していきたい。
 いずれにせよ、踏み込んで判断して下さった高裁の裁判官の皆様に、心から敬意を表したい。


 ※写真上‥‥鳥取県庁の記者クラブ室から見える、雨の松江城
      下‥‥記者会見後の記念撮影(弁護団3人だけを切り取っています。左から私、中森俊久、林裕悟弁護士)


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2015年3月17日 (火)

No.229 大阪から過労死をなくそう──“過労死防止大阪センター”結成される

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 3月13日、府立労働センター(エル大阪)で「過労死防止大阪センター」の結成総会とイベントが行われた。参加者は、想定をはるかに上回る137名にのぼった(座りきれず立ち見となった参加者の皆さんには、申し訳ありませんでした)。
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 昨年6月20日に過労死防止法が成立した2か月後の8月28日、大阪で立法活動を行ってきた「過労死防止基本法大阪実行委員会」として、森岡孝二先生、林裕悟弁護士、私の連名で結成準備会を呼びかけ、9月12日の第1回準備会を皮切りに合計6回にわたり準備会の会合を重ねてきた。
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 その間、10月29日の「過労死防止全国センター」の結成、11月1日過労死防止法施行、11月20日大阪での過労死等防止啓発月間シンポジウムなどの一連の流れも見据えつつ、大阪での過労死をなくす取り組みの歴史、現状、課題の議論や、幅広い団体への働きかけなどを粘り強く行ってきたうえでの、満を持した結成総会であった。
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 大橋さゆり、林裕悟の両弁護士の司会のもとで、準備会代表の松丸正弁護士が開会あいさつをされ、続いて大阪労働局労働基準部長の高井吉昭氏から来賓あいさつをいただいた。
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 その後、名古屋工業大学名誉教授で精神科医の粥川裕平医師から、「21世紀の日本のメンタルヘルスと過労死防止」と題して記念講演をいただいた。粥川先生には、昨年10月29日の全国センター結成総会でも記念講演をいただいたが、とても新鮮で、また所どころにユーモアも交えられ、参加者には「元気が出た」「励まされた」と、大好評であった。
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 続いて、私が司会を務めたリレートーク。西野方庸さん(関西労働者安全センター 事務局長)、北口修造さん(大阪労働健康安全センター 元事務局長)、橋本好章さん(NPO労働と人権サポートセンター大阪 事務局長)、寺西笑子さん(全国過労死を考える家族の会代表)という「知る人ぞ知る」、錚々たる顔ぶれで、いずれも長年にわたって大阪の過労死運動、いのちと健康を守る取り組みに関わってきた方々による、画期的なリレートークになったのではないかと思う。
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 その後、結成総会の議事に入り、規約案、基本方針案、役員案が採択され、事務局長に選出された柏原英人さんがあいさつを行うとともに、大阪センターの「結成宣言」が、大阪全労協の友延秀雄さんによって格調高く読み上げられた。
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 最後に、大阪過労死家族の会の小池江利さんが、ご自分の体験も踏まえた素晴らしい閉会のあいさつをされ、最高の盛り上がりのうちに閉会となった。

 思えば、1990年前後から私たちが大阪で過労死の救済と予防の取り組みを行う際に口ずさんできたスローガンは、「ノーモア・カローシ 今、大阪から」であった。
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 それが、20年余を経た今、過労死防止法が制定され、過労死防止の責務を負う国・地方自治体と、過労死防止に取り組む民間団体の連携の要(カナメ)として、「大阪から過労死をなくす」ことを目的に掲げたこの大阪センターが設立されたのは、私にとって余りにも感慨深いことなのである。
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 この大阪センターが、今後発展していくことを願うばかりである。

 ※写真は上から
 ①事前に拡散されたチラシ
 ②開会あいさつをする松丸弁護士
 ③満席になった会場
 ④大橋さゆり、林裕悟さんの名司会
 ⑤大阪労働局高井吉昭氏の来賓あいさつ
 ⑥精神科医粥川裕平医師の記念講演
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 ⑦粥川先生の、大阪へのエール
 ⑧事務局長に就任した柏原英人さん
 ⑨結成宣言を読み上げる友延秀雄さん
 ⑩閉会あいさつをする小池江利さん
 ⑪閉会を宣言する林弁護士


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2015年3月 7日 (土)

No.228 障害者への勤務配慮打ち切り(阪神バス)事件、大阪高裁で和解成立

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 障害を持つバス運転手に対する「勤務配慮」を一方的に打ち切った事件(阪神バス事件)について、これまで3度にわたってこのブログで紹介してきた。
 ①No.43 障害者への配慮は「温情」、廃止は「自由」か
 ②No.68 障害者への勤務配慮打ち切りに仮処分命令
 ③No.174 障害者に勤務配慮の継続を命令する判決!
 この事件について、去る2月24日、大阪高裁で和解が成立し、最終的に解決したので、改めて事案と経過、和解内容について、ご報告しておきたい。

◆事案の概要
(1) 原告Aさん(1968年7月生・男性)。
 1992(H4)年に阪神電鉄㈱に入社。
 2009(H21)年4月に阪神電鉄㈱の自動車運送事業部門が阪神バス㈱に承継(分社化)されたため、阪神バス㈱に転籍。
 入社から現在まで、路線バスの運転手として勤務。

(2) 阪神バスにおいては、バス運転手の勤務シフトは、概ね以下の5種類に区別されている。
  ①早朝から午後早い時間まで(「早上がり運番」)
  ②早朝から夕方まで(「通常・延長運番」)
  ③朝のラッシュ時に勤務後、勤務終了し、夕方ラッシュ時に再度勤務(「分割運番」)
  ④午後の早い時間から深夜まで(「深夜運番(通常)」)
  ⑤午後遅くから深夜まで(「深夜短時間運番」)
 通常のバス運転手は、上記①~⑤の勤務シフトをランダムに割り当てられている。

(3) 1997(H9)年に「腰椎椎間板ヘルニア」を発症。その術後後遺症で「末梢神経障害」・「馬尾症候群」による排尿と排便の障害が残った。現時点では、排尿については勤務に支障のない程度に回復しているが、排便については、自然に排便することができず、毎晩就寝前に下剤を服用して翌朝起床してから数時間かけて強制的に排便しなければならない。
 しかし、Aさんは、排便障害のために下剤を服用して毎朝数時間かけて強制的に排便しているため、午前中の勤務シフトを担当することが難しく、また、下剤を服用して強制的に排便するため毎日決まった時間に下剤を服用することが望ましくランダムに勤務シフトを割り当てられると対応が困難である。
 そのため、試行錯誤の結果、遅くともH15(2003)年頃からは、原則として、上記⑤「深夜短時間運番」のみを割り当てるという「勤務配慮」が行われてきた。

(4) ところが、会社は、H23(2011)年1月から「勤務配慮を廃止して、通常の勤務シフトで勤務させる」として、Aさんに対する「勤務配慮」を打ち切り、上記①~⑤の勤務シフトをランダムに割り当てるようになった。
 その結果、Aさんは勤務時間に合わせて排便をコントロールすることができなくなり、2011年1月だけで当日欠勤が3回、同年2月は6回、同年3月は8回にも及ぶことになった。
 そこで、「勤務配慮」を受けない通常の勤務シフトでの勤務する義務のないことの確認を求める裁判(本訴及び仮処分)を提訴した。

◆主たる争点
 身体や精神に長期的な障がいがある人への差別撤廃・社会参加促進のため、2006年の国連総会で「障害者権利条約」が採択された(日本は2014年1月20日に批准)。同条約では、①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3類型をいずれも障がい者に対する差別として禁止している。合理的配慮とは、「障がいのある人に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、不釣り合いな又は過度な負担を課さないもの」と定義される。

 Aさんの勤務シフトに関する「勤務配慮」は、この障害者権利条約の「合理的配慮」にあたるものであり、これを一方的に打ち切ることは、障害者権利条約が禁止している障がい者に対する差別に該当し、私法関係においては公序良俗違反ないし信義則違反として無効だというべきではないか。

◆裁判の経過
H23(2011)年3月4日  第1次仮処分 申立(神戸地裁尼崎支部)
      8月4日   第1次仮処分 和解成立(H24.3.31まで勤務配慮する)
      8月26日  本訴訟 提訴(神戸地裁尼崎支部)
H24(2012)年2月7日  第2次仮処分 申立(神戸地裁尼崎支部)
      4月9日   第2次仮処分 決定 神戸地裁尼崎支部(判例タイムス1380-110、労働判例1054-38)
            →会社が「勤務配慮」を打ち切ったことが公序良俗違反ないし信義則違反で無効だとして、「勤務配慮」がないままでの勤務シフトによって勤務する義務のないことを仮に確認。
      7月13日  第2次仮処分 保全異議決定 神戸地裁尼崎支部(労働判例1078-16)
H25(2013)年5月23日  第2次仮処分 保全抗告決定 大阪高裁(労働判例1078-5)
H26(2014)年4月22日  本訴訟 第1審判決 神戸地裁尼崎支部(判例時報2237-127、労働判例1096-44)
H27(2015)年2月24日  大阪高裁にて和解成立
 このように、これまでに上記の下線をつけたとおり、裁判所の判断が4度にわたって示されており、いずれも原告Aさんを勝訴させるものであった。

◆和解の概要(大阪高裁第13民事部平成27年2月24日)
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(1)会社は、「勤務配慮」が労働条件であって、その内容は労使間で誠実に協議したうえ合意によって決定すべきものであることを確認する。
(2)会社は、以下の内容の「勤務配慮」を行う。
 ①出勤時刻が午後0時以降
 ②時間外勤務がない
 ③前日の勤務終了から当日の勤務開始までの間隔が14時間以上
 ④拘束時間が1日9時間未満
(3)病状が改善又は悪化した場合は、その時点での病状にあった「勤務配慮」に変更するべく、労使間で誠実に協議する。

◆本件和解の評価
1、本件和解において、会社が従前から行ってきた「勤務配慮」は単なる温情的措置ではなく労働条件であり、そうである以上、その変更は労使間で誠実に協議すべきものであることを確認した意義は大きい。
2、今後行う勤務配慮の内容についても、Aさんの現状を十分考慮した内容となり、今後Aさんが安心して働き続けることができるものとなった。
3、折しも、2006年に国連で定められた「障害者権利条約」が日本でも2014年1月20日に批准された。この条約では、差別には①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3類型があるとしているが、本件は、会社がAさんに対して行ってきた合理的配慮としての「勤務配慮」を一方的に打ち切るものであり、障害者差別の③の類型に該当するものであった。
 本裁判で、Aさんに対する勤務配慮が維持され、会社との労働条件として確認されたことは、この障害者権利条約の理念に沿うものとして、評価されるべきである。
4、Aさんは、会社が勤務配慮を打ち切ると通告してから約4年間にわたって、仮処分と本裁判を余儀なくされてきた。ようやく最終解決を勝ち取ったAさんの頑張りに、心から敬意を表したい。
(なお、弁護団は、中西基、立野嘉英と私である。)

 ※上の画像は、「フォト蔵」のサイトから借用させていただきました。御礼申し上げます。


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2015年3月 4日 (水)

No.227 交通事故後5日目に脳内出血を発症した事案で、6年半後に全面解決

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1 2008年10月3日、外出先から事務所に戻ると、それまで面識のなかった京都のN弁護士からの電話メモが机に置かれていた。「京都のK弁護士(私が親しくしている欠陥住宅京都ネットの弁護士)から紹介を受けて電話しました。その人は高速道路上で追突されて血圧が上昇し、5日後に仕事中に脳出血で倒れ、半身不随になっています。どちらかというと過労死関係の事案に似ているので、過労死の労災事件をよくされているという岩城先生を紹介したいと思い、電話しました。何の面識もなく急で申し訳ありませんが、電話下さい。」

 私はN弁護士に電話し、「その方は仕事の途中なので労災申請もできますね。事故の5日後でも脳出血と因果関係が認められる可能性があると思います。よろしければ一緒にやりませんか」と話し、当時、当事務所の弁護士2年目であった長瀬弁護士にも声をかけて、3人で担当することにした。

2 当事者はIさん(事故当時40歳)。2008年8月20日、現場での仕事を終えて車に同僚らを乗せて会社に戻る途中、中央自動車道の上で渋滞に差しかかり、停止したところ後方から来た車に追突された。他の同僚3人はさほど症状を訴えなかったが、Iさんだけが後頭部と頸部の痛みと吐き気を訴え、救急車で病院に搬送。外傷性頸部症候群と診断されたが、最高血圧が216という高値が測定された。
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 Iさんにはもともと、高血圧の傾向があったが、本件事故前の定期健康診断での測定血圧は、①146/92(2001・2)、②130/80(2002・2)、③147/93(2003・7)、④162/90(2004・7)、⑤106/86(2006・2)であり、「高血圧治療ガイドライン2009」によれば、④を除けば、Ⅰ度(軽度)高血圧と正常高値の範囲で推移していた。

 Iさんは、上記病院で降圧剤を処方されたこともあって、血圧は少しずつ下がり、収縮期血圧が150台~120台まで下がっていたが、事故から5日後の8月25日の昼食時に突然脳出血を発症し、病院に搬送された。緊急開頭による血腫除去術が施行され、その後リハビリが行われたが、①重度の片麻痺(後に後遺障害等級2級と認定)と、②高次脳機能障害(後に後遺障害等級5級と認定)が残った。

3 この種の事案では、(a) 自賠責保険に対する被害者請求と、(b) 労基署に対する労災請求が考えられるが、私たちは先に(b)を行うこととし、2009年4月、京都南労基署に労災請求を行った。

 代理人意見書を作成して労基署の担当者と面談したところ、当初は「非外傷性の事案なので、労働時間などの基準によることになるのではないか。」「中立的に考えれば、労災認定は難しいのではないか。」と消極的な対応であったが、私たちが提出したM医師の意見書も功を奏したか、2010年8月業務起因性を認め、併合2級の認定がなされた。これで今後の療養と最低限の生活保障が得られる。本当に嬉しかった。

4 続いて私たちは、同月、(a)の自賠責保険への被害者請求を行ったが、自賠責保険は、本件事故と脳内出血の因果関係を否定し、異議申立を行うも結論は変わらず、「自賠責保険・共済紛争処理機構」に紛争処理申請まで行ったが結果は変わらなかった。
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5 そこで私たちは、2013年4月、やむなく大阪地裁に民事訴訟を起こした。訴訟で被告側は保険会社内のT医師の意見書を提出してきたことから、私たちも新たにS医師の意見書を提出して医学論争を行った。Iさんの妻Y子さんの尋問が終わった段階で裁判所から和解勧告があり、その後何度かの和解協議を経て、この2月19日、和解が成立した。

 和解金額は私たちからすれば十分とはいえないものであったが、既に労災認定によって療養と生活保障が行われていることもあり、Iさんご夫婦の意向もあって、和解に応じることにした。お世話になったM先生とS先生に、さっそくご報告とお礼の電話をさせていただいた。
 振り返れば、本件交通事故から6年半、提訴からも1年10か月が過ぎていた。

6 本件は、決して容易な事件ではなかった。裁判例を調べてみると、交通事故の4日後に発症した小脳出血について災害保険金請求を認めなかったもの(奈良地裁平成14年8月30日判決)がある一方で、交通事故の8日後に外傷性脳幹出血を発症した事案で因果関係を認めたもの(ただし7割の素因減額。横浜地裁平成15年4月18日判決)や、交通事故の約9日後に脳殻出血を発症した事案で因果関係を認めたもの(ただし、同じく7割の素因減額。大阪地裁平成17年4月14日判決)もあることがわかった。

7 3月3日、Iさんご夫婦と弁護団3人が締めくくりとして当事務所に集まり、事件解決を喜び合った。Iさんはリハビリや作業所での仕事も順調とのことで、いい笑顔をされていた。3人の娘さんも大きくなり、長女は既に社会人、二女も社会人となる日が近いとのことだった。

 難しい事件だったが、依頼者ご夫婦と弁護団3人で、やれることをすべてやり尽くして解決できたことを、心から嬉しく思う。また、欠陥住宅全国ネットで親しいK弁護士からN弁護士に紹介がなされたこと、N弁護士が私に直接電話を下さったことをはじめ、いろんな「縁」と「決断」の積み重ねが今回の結果につながったことを思うと、改めて感慨深く思うのである。

 ※真ん中のグラフは、apital(朝日新聞の医療サイト)から借用させていただきました。


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