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2015年8月14日 (金)

No.250 忘れられない「アイドル」たち──②南沙織

 私がファンになった2人目の「アイドル」は、南沙織さんである。
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 デビュー曲「17歳」の発売は1971年6月なので、天地真理とほぼ同時期だが、天地真理は1951年11月生まれで私よりも5歳年上なのに対して、南沙織は1954年7月生まれで、私よりも2つだけ年上である。今となってはあまり変わらないが(笑)、当時のこの差は大きい。南沙織は2歳上の直近のお姉さんという感じだった。

 最初の2年間(1971年~72年)は「17歳」「潮風のメロディ」「ともだち」「哀愁のページ」「早春の港」などがヒットした。私は中3から高1で、「南の島の明るくて素直な女の子」のイメージに惹かれた(もっとも、南沙織は沖縄出身であったにもかかわらず、デビュー時は本土復帰前だったこともあり、当初は奄美大島の出身とされていた)。
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 次の2年間(1973年~74年)は、「色づく街」「ひとかけらの純情」「バラのかげり」「夏の感情」「女性」など、「しっとりと静かに大人になっていく女性」の歌が多かったように思う。私は高2・高3で、自分も同じように思春期後半の変化を感じながら過ごしていたので、1曲1曲に思い入れがある。

 天地真理の歌は浪人時代(1975年)以降大学に入ってからはほとんど聴かなくなったが、南沙織の歌は「人恋しくて」「気が向けば電話して」「青春に恥じないように」「哀しい妖精」「街角のラブソング」、そして最後のヒット曲「春の予感─I've been mellow─」(1978年1月)など、浪人・大学時代にも聴き続けた。この頃の南沙織は「知的な都会の学生」のイメージだった(実際、彼女は当時、上智大学の学生であった)。
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 1978年10月、南沙織は突然引退し、翌年には写真家の篠山紀信と結婚してしまった。この頃にはアイドルというより歌手の南沙織が好きだったので、引退されるのが本当に寂しかった。

 ところで、私には学年で2つ下の弟がいるが、弟も南沙織のファンで(弟はこれ以外に松田聖子も好きだった(笑))、当時東京にいたので調布市で行われた引退コンサートを聴きに行けたのがうらやましかった。

 私はこのころから本格的に司法試験の勉強を始めたが、弟もその後同じように司法試験を目指し始め、私が1982年に結婚して和歌山市内で生活し始めて以降、弟も和歌山に戻り、一緒に勉強していた時期があった。そのころ、「2人で一緒に合格して、南沙織にあいさつに行こう」と約束し合ったことがあったが、2人の合格が1年ずれたので(私が1985年、弟が1986年)、この約束は叶わなかった(弟はこんなことは忘れているかもしれないが)。
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 南沙織は、なぜか1991年末のNHKの紅白歌合戦に突然出場し、「色づく街」を歌った。これをきっかけに、1992年から97年ころまで歌手活動を再開した時期があったが、このころは「憂いの漂う大人の女性」になっていた。が、決していやらしさはなく、清純なままで、何か昔の彼女に会ったような(笑)まぶしさを感じた。

 というわけで、南沙織さんとは私が思春期から大人になるまで、ずっと一緒に歩いてきた感じがする。
 だから、1994年に限定販売された「Cynthia Memories」(6枚組)も、2000年の「CYNTHIA ANTHOLOGY」(4枚組)も、2006年の「Cynthia Premium」(21枚のLPをジャケットもそのままに21枚のCDにしたもの+紅白出場のDVD)も、全部買った(笑)。
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 今は、あまり公の場に顔を見せないが、2011年1月13日付けの新聞(共同通信配信、画像は南日本新聞)に登場した記事を読むと、元気そうで嬉しく思う。
 私も来年還暦を迎えるが、先に還暦を迎えた南沙織さんに会って、ずっとファンだったこと、司法試験に合格したら兄弟で会いに行こうと弟と話していたこと、沖縄の今をどう思うか、などについて話してみたいと思う今日このごろである。でも、今でも会ったら緊張するだろうな。

 なお、南沙織の公式ページ「Art of Loving」があり、その中に「bbs」という掲示板がある。また、これとは別にコアなファンが「Cynthia Street」というサイトを作っており、その中の「Cynthia Street 伝言板」では、1997年から実に17年以上にわたって、コアなファンの交流が続いている。

 ちなみに、私が特に好きな曲を、ほぼ時系列に並べると、以下のとおりである。
 ①17歳
 ②潮風のメロディ
 ③哀愁のページ
 ④早春の港
 ⑤20才まえ
 ⑥色づく街
 ⑦青春に恥じないように
 ⑧哀しい妖精
 ⑨さよならは貴方から
 ⑩春の予感─I've been mellow─
 ⑪私の出発(たびだち)
 ⑫Ms.(ミズ)

         ↓   ↓   ↓  

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