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2016年2月の4件の記事

2016年2月25日 (木)

No.274 まるでミュージカルの主役の熱唱──玉置浩二コンサート

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 2月24日、大阪のフェスティバルホールで開かれた、玉置浩二の「プレミアム・シンフォニック・コンサート」に行ってきた。

 「安全地帯」時代の1980年代の曲に好きなものがいくつもあるが、コンサートに行くのは初めてだった。
 歌のこのうえない上手さ、圧巻の声量、柔らかな声の質感、思いを込めた豊かな歌唱表現に圧倒された。

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 特に、現在行われているツアーは、オーケストラと一緒にステージを作るもので、まるで重厚なミュージカルの主役の熱唱を聴いているような錯覚さえ覚えさせるものだった。

 トークはほとんどなく、次から次へと歌っていくのであるが、その分、純粋に歌詞とメロディ、演奏に聞き入ることができた。

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 やはりCDやテレビで聴いているのとは迫力が違う。この人は本当に繊細な表現力を持ち、愛を歌の形に表現する芸術家だなあと感じた。
 切ないような、でも温かい気持ちにさせてくれるコンサートだった。記念に、奮発してCDを2枚も買ってしまった。

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 後で調べてわかったのだが、玉置さんは1958年9月13日生まれで、私と2歳違いの同じ誕生日だった。生きる分野は全く違うが、同世代としての親しみも改めて感じた。

 ※画像は上から、
  ①会場のポスター
  ②飾られていた花
  ③曲名リスト
  ④フェスティバルホールの外に飾られたイリュージョン


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2016年2月23日 (火)

No.273 日本国憲法の平和主義・立憲主義・民主主義の回復への巨大な一歩に──2・19「5野党合意」に期待する

 これは、まさに歴史的な出来事だ。
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 安保法制が強行可決された9月19日からちょうど5か月目にあたる2月19日、民主党、共産党、維新の党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの5野党が共同で安保法廃止法案を提出するとともに、党首会談を行い、次の4点を確認した。

1.安保法制の廃止と集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回を共通の目標とする。
2.安倍内閣の打倒を目指す。
3.国政選挙で現与党およびその補完勢力を少数に追い込む。
4.国会における対応や国政選挙などあらゆる場面でできる限りの協力を行う。

 これで、当面のいくつかの補選や7月の参議院選挙はもちろん、仮に衆参ダブル選挙が行われても、野党が結束して闘うことができる。
 文字どおり、日本の未来を切り開く歴史的な5党合意だと思う。

 私は、2014年12月14日の前回衆院選の告示前、「小選挙区制のもとで野党は「連携」模索を」と訴えた(「No.220 「いきなり解散」で総選挙へ──小選挙区制のもとで野党は「連携」模索を」)。

 「少なくとも現時点においては、現在の小選挙区制で選挙が行われる以上、その弊害を少しでも減らし、民意に近い国会構成にすべきである。そのためには、何が必要だろうか。

 私は、それは「野党共闘」又は少なくとも「野党連携」ではないかと思う。」

 「もちろん、本来は政策協定までも締結することが望ましいが、そんなことを言っていてはいつまでも「泡沫候補同士の足の引っ張りあい」にならざるを得ない。選挙は当選しなければ意味がなく、「独自の闘い」や「善戦」では、ダメなのである。

 もちろん、比例代表での議席を狙うことは大切だが、比例区の定数はどんどん減らされつつあり、最終的にはゼロにされてしまう可能性もある(そのようなことを許してはならないが)。国会で多数を獲得して政権を取ろうとする以上、小選挙区制でどう多数をとるかを本気で考えないと、政権をとるなど夢のまた夢である。

 今回もまたこれまでのように、野党が一強多弱で選挙に臨むならば、実質的に選択肢のない有権者は白け、投票率は上がらず、その結果、「自民・民主」の二大政党制ならぬ「自民と無関心」の二大政党制になり、日本は破滅に向かうことは確実である。

 この問題は、単にどの政党に有利だとか不利だとかという問題ではなく、日本の民主主義の根幹に関わる問題なのである。

 難しいとは思いつつ、大なり小なり政策を共通にする野党同士で、離合集散ではない、地に足のついた連携が模索されることを、切に願うものである。」

 しかし、このときの総選挙は野党乱立で行われ、自民党が「漁夫の利」を得て圧勝した。そして、悪夢のような憲法違反の「安保法制」の成立が強行されていったことは周知のとおりである。

 その後の国民的な運動の盛り上がりを経て、今般、冒頭に述べたような「5野党合意」が実現したことは、本当にすばらしいことである。

 折しも、翌2月20日に開かれた社民党の大会に4党の代表が招かれ、それぞれからあいさつと合意事項を実行する決意表明がなされた。

 以下のユーチューブで、4党の代表のあいさつを視聴することができる。
 私は、全部聴き、胸が熱くなった。

 民主党 枝野幸男 幹事長
  https://www.youtube.com/watch?v=GHShycmhGKk
 日本共産党 志位和夫 委員長
  https://www.youtube.com/watch?v=NojPZKQtZqE
 維新の党 今井雅人 幹事長
  https://www.youtube.com/watch?v=PAPd9-we5mU 
 小沢一郎 生活の党と山本太郎となかまたち代表
  https://www.youtube.com/watch?v=aa4NBhoPs8g

 ※画像は、2月20日の社民党大会に勢ぞろいした、民主・枝野幹事長、維新・今井幹事長、共産・志位委員長、生活・小沢代表、社民・吉田ただとも党首。


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2016年2月12日 (金)

No.272 吉田拓郎さんが切り開いたもの~“こっち側”と“あっち側”のはざまで

 建国記念日で祝日だった2月11日の夜の「報道ステーション」で、キャスターの古舘さんから吉田拓郎さんへの長時間のインタビューがあり、楽しく、懐かしく、また感慨深く見せていただいた。
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 インタビューで古舘さんもおっしゃっていたが、今50歳から70歳くらいまでの人にとって吉田拓郎さんの歌は自分の青春時代だという人が多いと思う。今59歳の私自身もそうである。

 1970年から1972年にかけて「イメージの詩」(1970年6月)、「青春の詩」(1971年4月)、「今日までそして明日から」(1971年7月)、「結婚しようよ」(1972年1月)、「旅の宿」(1972年7月)などの初期のヒット曲を飛ばしたが、このころ私は中学2年~高校2年で、フォークソングにはまった時期でもあった。

 しかし、吉田拓郎さんの歌は、それまでの社会的・政治的なメッセージやプロテストを含んだ「カレッジフォーク」や「関西フォーク」(岡林信康、加川良、高田渡など)から、自分の平凡な生き方や恋愛、自然や風景を歌う路線(ニューミュージック)への切り替えを模索するものだった。それはたぶん、1970年代に入り急速に学生運動が衰退する中で、若者たちの心情をとらえたものだった。古舘さんは吉田拓郎さんの「無理して闘わなくていいんだよ」というメッセージは、自分にとって「福音」だったと表現していた。

 その後吉田拓郎さんは、ニューミュージックの旗手となり、フォークとロック、ポップス、さらには旧来の演歌などとも融合させ、シンガーソングライターとして、またCMソングもヒットさせるなど、新しい時代を切り開いたといわれる。

 森進一の「襟裳岬」(1973年)や、由紀さおりの「ルームライト」(1973年)の作曲、かまやつひろしの「我が良き友よ」(1975年)の作詩・作曲も彼である。また、私は個人的には、彼が作曲し天地真理がカバーした「ある雨の日の情景」(1974年)が好きである。
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 拓郎さんは、当初は旧来のフォークファンからは「大衆迎合」とか「軟弱」、「商業主義」といった批判も受けたようだが、その背景には時代の流れがあり、彼は自分に正直に生きただけで、彼の責任ではないだろう。
 私自身は世代的にはその端境期であり、両方に対して郷愁を覚えるが、個人主義に徹することに心のどこかに抵抗も感じていた最後あたりの世代だと思う。

 インタビューで拓郎さんは、「僕はもともとこっち側(フォークソング側)にいる人間ではなく、あっち側(渡辺プロダクションや沢田研二などの華やかな側)の人間だった」という。正直な気持ちだろうと思った。

 拓郎さんは1946年4月5日生まれで、もう今年70歳になられるそうだが、肌はつやつやしてそんな年齢を感じさせない。
 「もう体が弱っているので、埼玉から横浜くらいまでの範囲での日帰りのコンサートしかしていなかったが、今年は1泊して足をのばしたい」という趣旨のことをおっしゃっていたが、ぜひ、大阪あたりまで来てコンサートをしてほしいと思う。

 他方で、当時「あっち側」の象徴であった沢田研二さんも、最近は「我が窮状」など政治的なメッセージを含んだ歌も歌うようになっている。拓郎さんは、今の政治・社会の動きについて、どのように感じておられるのだろうか。

 今回のインタビューを聴いて、拓郎さんも沢田さんも「当時」を生きていたし、「この時代」も生きているんだ、ということを改めて感じた次第である。

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2016年2月 5日 (金)

No.271 「ブラック社労士」の放置は許されない(その4)

■全国社労士会連合会の会長インタビュー
 朝日新聞デジタルに、全国社労士会連合会の大西建造会長のインタビューが掲載された。

 今回のような事案の背景には、毎年1000人という急速な社労士の増加のもとでの過度の競争があるという。それを言えば、弁護士の場合は毎年2500人くらい激増しているのだから、弁護士についても同じような問題が起こりうるし、現に一部に起こっている。

社労士の役割、どう考える 「社員をうつ病に」ブログ問題 大西健造・全国社労士会連合会会長

朝日新聞デジタル2016年1月29日05時00分

 「社員をうつ病に罹患(りかん)させる方法」をブログに書いた愛知県の社会保険労務士が、県の社労士会から処分を受けた。厚生労働省も処分する方向だ。今回のブログ記事や社労士の役割について、全国社会保険労務士会連合会の大西健造会長に聞いた。


 ■安心できる職場づくり、大原則

 ――問題になったブログの内容をどう思いますか。

 「連合会会長として、全国の皆様に深くおわびしたい。とうてい考えられない内容で、社労士としてどうか、という以前の問題であり、きちんと対処することが組織に課せられた使命だと考えている。昨年12月25日に連合会長として声明を出し、愛知県社労士会も二つの処分を同時に行った。当然の処分だと思う」

 ――社労士は“企業寄り”だと思われているのではありませんか。

 「社労士の役割は、社労士法に定められている通り、『事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資すること』。確かに、社労士は会社側から顧問料を頂いているケースが多い。しかし、会社だけのことを考えていたのでは会社は発展しない。労働者の意向も尊重しなければ、会社が伸びるはずがない。伸びる会社は、労働者が安心して働くことができて、働きがいを感じている会社だと思う。そういう職場をつくるのが労務管理の大原則だ」

 ――社労士が経営者の意向に逆らうことは無理なのでは。

 「経営者の中には『自分が法律だ』という人もいる。社労士がいきなり『それは違う』と指摘すると、経営者のプライドが傷つくし、反発もある。そこをうまくやるのが社労士の仕事。長くお付き合いして、職場環境の改善を支援していくことがだいご味だ」

 ――一部の社労士が「ブラック企業」を支えているという批判があります。

 「4万人いる個々の社労士の業務をすべて把握することは難しいので、100%ないとは言い切れないが、本来であれば、『社長、それはあきまへんで』というのが社労士の役割だ」

 ――社労士の数が増えています。競争が厳しくて刺激的なことをいう人がいるのでは。

 「ここ数年、会員数は毎年約1千人増えている。適度な競争は依頼者の利益につながるが、刺激的なホームページや過度の競争は望ましいことではない。連合会や都道府県会でも、会員のホームページをチェックしており、極端な内容であれば指導している。今回の件も報道以前に把握しており、対応を協議していた」

 ――昨年4月に改正社労士法が施行されて、業域が広がりました。

 「社労士制度は2年後に創設50周年を迎える。業務は一層高度になっている。連合会は業域を拡大することを目指しているが、そのためには、国民から信頼していただくことが大前提だ。今回のようなことがあると、社労士のイメージが落ちてしまいかねない。今後はこういうことがないように、都道府県会と会員に情報発信していきたい」

 (聞き手=編集委員・沢路毅彦)


 ■厚労省も処分を検討

 問題になったのは「すご腕社労士の首切りブログ」。昨年11月24日付で「社員をうつ病に罹患(りかん)させる方法」と題された記事が掲載された。

 ツイッターなどで批判が相次ぎ、12月4日夕方時点で記者が確認すると記事は削除されていた。

 愛知県社労士会はこの社労士の会員権を3年間停止し、退会を勧告。ただし、勧告に強制力はなく、会員権を停止されても社労士の業務はできる。業務停止の処分を出せるのは、監督官庁である厚生労働省。厚労省は2月に本人から事情を聴き、処分を決める。

 これまでの処分は、具体的な法律違反があったケースがほとんどで、講演会での発言やブログの記事などを理由にした処分は「前例がない」(厚労省監督課)という。

 若者に劣悪な労働環境を強いる「ブラック企業」の背後には、社労士や弁護士などの専門家がいるという指摘がある。「ブラック企業ビジネス」(朝日新書)の著者でもあるNPO法人POSSEの今野晴貴代表は「違法だとわかっているのに、違法行為を指南する社労士がいる。法的正義ではなくビジネスチャンスを広げることを考えている。こうした“ブラック士業”の取り締まりが急務だ」と話す。

 ◆キーワード

 <社会保険労務士(社労士)> 労働・社会保険の手続きや人事・労務の専門家としてアドバイスをする国家資格。社労士として仕事をするには、社会保険労務士試験に合格し、社労士名簿に登録する必要がある。現在の登録者は約4万人。

 研修・試験をへて特定社労士になると、労働者個人と企業の間で起きた紛争をあっせんする仕事もできる。昨年4月の改正法施行で(1)社労士が単独で扱える労使紛争の金額を120万円に引き上げ(2)裁判で、労務管理・社会保険に関して弁護士とともに陳述することができる、など権限が拡大された。

■K社労士に対し「業務停止3か月」の可能性
 2月4日の朝日新聞デジタルは、次の記事を配信した。

労務士、業務停止3カ月へ 「うつ病に」ブログで厚労省

朝日新聞デジタル 2月4日(木)12時46分配信

 愛知県内のベテラン社会保険労務士の男性がブログに「社員をうつ病に罹患(りかん)させる方法」と題した文章を載せた問題で、厚生労働省は4日、懲戒処分に向けた聴聞手続きを愛知労働局で開き、業務停止3カ月とする方針を本人に伝えた。

 社労士は「文章が刺激的だったが、うつ病に罹患させるつもりはなかった」として、業務停止でなく戒告にとどめるよう求めた。厚労省は本人の釈明を踏まえ月内にも処分を決める。

 問題の文章は連載「すご腕社労士の首切りブログ」で昨年11月に掲載。社員を「うつ病にして会社から追放したい」という質問に答える形で、「失敗や他人へ迷惑をかけたと思っていること」を社員に繰り返し、ノートに書かせるよう勧めるなどの内容だった。

 厚労省側は聴聞で、この回を含む昨年7~12月の掲載内容について「労働者への違法な権利侵害をそそのかすような内容で、社労士の信用・品位を害する」と指摘。社労士法が禁じる「重大な非行」に当たるとした。(斉藤太郎)

 社労士に対する懲戒処分は厚生労働大臣が行い、①戒告、②1年以内の業務停止、③失格(注、資格剥奪のこと)の3種類が法定されている(社労士法25条、25条の3)。

 その処分に当たっては、公開の「聴聞」期日が行われることになっており(社労士法25条の4)、この日の聴聞期日で、厚労大臣が処分内容を示したうえで、本人の弁明を聴いたものと思われる。

 今回、厚労大臣が示した「業務停止3か月」という方針は、妥当だろうか。

 私は、今回のブログ内容のひどさ、本人に十分な反省が見られないこと、社会的な反響の大きさ、社労士に対する信頼を大きく損なったことなどから考えると、③の失格処分とされてもおかしくなかったし、業務停止にとどめるとしても、少なくとも6か月以上とされるべきであったと思う。
(ちなみに、弁護士の場合、懲戒の種類は①戒告、②2年以内の業務停止、③退会命令、④除名の4種類となっており、そもそも社労士について業務停止が「1年以内」までとされているのはアンバランスといえる。)

 とはいえ、業務停止は、たとえ1か月であっても、すべての顧問契約を無条件で解除しなければならず(仮に、裏で再契約の約束をしてばれると、それ自体が新たに懲戒処分の対象となると考えられる。)、本人に対する打撃は大きい。

 これに対して「戒告」の場合はそのようなことはないため、本人への打撃は小さく、「この程度のことをしても戒告になるだけだ」という受け止めになり、一般予防の効果も小さい。

 そう考えると、業務停止3か月というのは、厳しい処分であることは間違いない。

 今回の処分を契機に、弁護士や税理士なども含め、士業者のあり方が厳しく問われることになったといえよう。
 何よりもK社労士には、猛省を求めたい。


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