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2016年3月24日 (木)

No.279 公立病院のパワハラ上司は、個人責任を負わない──公立八鹿病院事件で最高裁が原告の上告を不受理

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 新人医師が長時間過密労働と上司のパワハラでうつ病を発症し、赴任してわずか70日後に自殺した事件(公立八鹿病院34歳青年医師パワハラ自殺事件)について、1審の鳥取地裁米子支部平成26年5月26日判決、2審の広島高裁松江支部平成27年3月18日判決が揃って「判例時報」に掲載されたことを、3月15日付けの本ブログで紹介したが、そのわずか2日後の3月17日、最高裁から、「上告棄却・上告不受理決定書」が届いた(3月16日付け。なお、病院側からも上告受理申立がされていたが、同様の決定がなされた)。

 そこに書かれているのは、「法定の上告理由に該当しない」、「受理すべきものとは認められない」という、定型の「三行半」の文章だけであり、なぜそうなのかについての理由は一切書かれていない。
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 パワハラによって新人医師をわずか赴任後70日で過労自殺に追いやった上司の医師に対して、国家賠償法の適用を根拠に個人責任を認めないのは不当であるとして、私たちは上告受理申立を行った。
 提出した30ページの上告受理申立理由書には、53人の弁護士が代理人に名を連ねた。また、立命館大学大学院法務研究科の松本克美教授が書いてくださった33ページに及ぶ意見書を提出し、さらに、医師、医療関係者、一般市民の皆さんから寄せられた80人の意見書も提出したにもかかわらず、この結果であった。

 民間病院であればパワハラ上司も当然個人責任を負わされるのに、公立病院だという理由だけで免罪・免責されてよいのか。高裁判決の理屈に立てば、例えば国公立大学の教授がセクハラをしても、それが「その職務を行うについて行ったもの」と認められれば、個人責任を負わなくてよいことになる。こんな、誰が見ても聞いてもおかしいことについて、最高裁は何の説明もせず、問答無用の決定をしたのである。
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 私たちの訴えが「箸にも棒にもかからない」とまでいえない以上、せめて何らかの理由を述べるべきではないか。しかも、地裁の印紙代の2倍もの高額な印紙代(50万8000円)を貼らされているのである。
 これが、民主国家の最高裁判所といえるのか。このような最高裁の理不尽な対応に対する悔しい思いは、いつものこととはいえ、今回はひときわ悔しい。

 とはいえ、原告であったご両親が、「息子の為に、私達夫婦家族の納得の為に、やれるだけの事は全てやったという満足感に満たされています」「最高裁が双方棄却でも、地裁・高裁とも勝訴であり、輝かしい結果を獲得した満足のいく裁判でした。ここまでやれば、やり残して後悔する事は何もありません。」とおっしゃってくれていることに、救われる思いである。

 以下は、NHKのニュースである。

勤務医自殺 病院に1億円余の賠償命令が確定

NHK NEWS WEB 3月18日 20時30分

 兵庫県の病院の勤務医が自殺したことを巡り、鳥取県の両親がパワーハラスメントなどが原因だと訴えた裁判で、最高裁判所は上告を退ける決定を出し、病院に1億円余りの賠償を命じた判決が確定しました。

 9年前、兵庫県養父市の「公立八鹿病院」に勤めていた当時34歳の男性医師がうつ病になって自殺したことを巡り、鳥取県米子市に住む両親は、当時の上司のパワーハラスメントや長時間の労働が原因だとして、病院と上司2人に賠償を求める裁判を起こしました。
 1審の鳥取地方裁判所米子支部と2審の広島高等裁判所松江支部は、いずれもパワーハラスメントや長時間の時間外労働が自殺の原因だと認めました。
 1審が病院と当時の上司に8000万円余りの賠償を命じたのに対して、2審は賠償額を1億円余りとした一方、「職務上の行為について公務員個人に賠償責任を負わせることはできない」として、病院にだけ賠償を命じ、双方が上告しました。
これについて最高裁判所第2小法廷の山本庸幸裁判長は、18日までに双方の上告を退ける決定を出し、病院に1億円余りの賠償を命じた2審の判決が確定しました。

 ※画像は上から、
 ①今回の最高裁決定
 ②最高裁の外観
 ③最高裁判所大ホールにあるブロンズ像。ギリシャ神話に出てくる法の女神テミスに由来するものであるといわれ,右手には正邪【せいじゃ】を断ずる剣を掲げ,左手には衡平【こうへい】を表す秤【はかり】を持っている。(裁判所のホームページより)
 

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3-4 過労死・過労自殺事件」カテゴリの記事

コメント

 岩城先生、本当にお疲れさまでした。
久しぶりにブログを拝見しに来たのですが、岩城先生の無念は当職にも良く分かります。

 それでもクライアントたる遺族のご両親が納得され、でもやっぱり悔しいです。岩城先生の能力は、当職は重々承知していますので、最高裁判所が保守的でおかしいと思っています。画期的な判決を出して欲しかったと一市民として考えます。

 しかしながら、最終最後まで猛然と遺族の為に闘った岩城先生達には、ご両親も納得していると思っています。

 当職も岡大病院がカルテの誤開示を行い、岡大病院の医師は優秀なので名誉を傷つけるような真似はしたくなかったのですが、腐れ弁護士が代理人についていて、裁判官の和解勧告を蹴って、判決となった次第です。

 絶対に敗訴はあり得ないのですが、こういう結末を望んでいませんでした。前々回から、読売新聞、共同通信社、NHKが取材にきており、原告の当職らのほうが岡大病院を慮っている始末です。

 こういう腐った弁護士事務所もいて、真逆の事案であると思っています。トラブルを大きくすれば、金になりますからね。

 それに引き換え、過労死弁護団は、本当にクライアントのことを考え、最終最後まで共に闘い、見事であったと思います。

 最高裁が受理してくれなかったことは、本当に無念です。
それでも挫けず闘っていることが、明日に繋がり、司法も動かすと信じています。

 岩城先生、当職も昨年4月から、労働社会保険諸法令に基づく裁判であれば、補佐人として出廷陳述権が認められ、嬉々として法廷に出て行き、発言している次第です。

 先般など、合議法廷の裁判長が行政訴訟で弁論準備手続にすると言ったのを、当職の陳述で、10分程退廷して奥で合議をした挙げ句、次回期日を口頭弁論にしてくれたこともありました(笑)。

 玉木先生にも、その後、その言動につき絶賛して頂きまして、
非常に嬉しかったです。岡山の弁護士の方とも労災の民事損害賠償請求事件で、これから補佐人として出て行くことになっています。
 これからは、法廷で直接裁判官に言いたいことが言える立場となりました。だから、当職も頑張ります。

 今回は、本当に無念でした。
しかしながら、諦めずに今後も闘うことが、我々士業者の責務であると考えています。

 一番良かったのは、その岩城先生の闘いぶりをみて納得してくれた遺族たるご両親の思いです。岩城先生が、どれほど悔しかったか当職は、分かります。

 それでも、このご両親のためにも、我々士業者は闘い続けましょう。本当に司法の場はストレスが溜まる。
当職も54歳となり、裁判官が殆ど年下なのである。こんな市場社会も分かっていない者にジャッジを託すのかと思うと、岩城先生、正直言ってぞっとします。

 だからこそ、人事・労務管理に励み、絶対に裁判に行かないうちに、当職の顧問先会社で非違行為があったなら、そこで裁判前に決着をつけるつもりである。

 当職の顧問先会社で労働裁判になったことは、一社たりともない。顧問先企業からは、監督署より久保先生のほうが恐い!!と言われています。労働者を大切にしない企業は、絶対に繁栄しない。これは、当職の持論です。

 社労士で開業した当時から思っていましたが、玉木弁護士と知り合い、過労死弁護団の皆様と付き合ううちに、本当に学習させていただき、その現状を知りました。

 だから、当職は、企業に対して絶対に人事・労務管理について、甘い助言・指導など致しません。それで気に入らないなら切って貰って結構と言っています。

 先生方とお付き合いがあることによって、企業に対する助言・指導が迫力を増し、当職の顧問先企業は過重労働について、真摯に取り組んでくれています。

 今回は、最高裁で上告が棄却されましたが、今後も挫けず闘っていくことが重要であると思っています。いずれ、門戸は開かれる。そう、信じています。

 岩城先生、本当にお疲れさまでした。

お示しの決定文が事実とすれば、誠に残念です。不受理の理由を「明らか」の一言で片付けていますが、仮に上告理由が検討するまでもないにしても、被害者無過失の案件ですから家族が当然抱くであろう感情に些かでも配慮するべきでした。配慮するとは、読んで分かるような書き方をするということです。民事裁判を利用した人のうち訴訟制度に満足している人の割合は2割にも満たないという調査結果があるそうですが、裁判官でなくても書けるこのような決定文を見ると、当然に思えます。
この度の上告は、実質的には、なぜ公務員個人はパワハラ免責特権を認められているのか、なぜ被害者の家族が不要としているのに国家賠償法の適用が正当化できるのか、という最高裁への問いかけだったと思います。しかし最高裁は、上告理由に該当しないのは「明らか」であるなどと、名を連ねた原告代理人弁護士53人をまとめて無能扱いし(ごめんなさい)、手続き論を口実に逃げたと言えるでしょう。
裁判官の使命は、社会のために、損害賠償請求事件として提起されたその事件の本質を見抜き、その時代の正義を考え、公平性を測り、法の一つ一つについて立法理由、立法経過、立法目的、判例までをも顧慮してこれを適用し、そのことを通じて法の解釈を整理し、そして後世における評価のために判決文などの形で残すことだと思います。この仕事は裁判官でなければできないし、裁判官にしか許されていません。裁判官がその良心に従って使命を果たしていると信じたればこそ、国民は例え結果に不満があっても裁判所を信用するのでしょう。示された決定文には、裁判官としての知的活動の痕跡が全く認められません。将来誰かが同様の訴えを提起するなどのために勉強しようとしても、何の役にも立ちません。憲法で身分まで保証されながら、最高裁第二小法廷全員一致で裁判所の信用を失墜させているようなものと言え、誠に残念です。
国民の中で議論を深めるために、上告理由や集まった意見書の要点が、広く公になることを願います。

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