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2016年5月の4件の記事

2016年5月16日 (月)

No.284 憲法という希望──木村草太さん、国谷裕子さんの対談に感銘

 5月14日(土)午後1時から4時まで、大阪弁護士会主催の2016年憲法行事「憲法という希望」が行われた。
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 今回は新進気鋭の憲法学者の木村草太さんの講演と、23年間にわたるNHKの「クローズアップ現代」のキャスターをこの3月いっぱいで降板した国谷裕子さんとの対談ということで、800人収容の2階ホールはもちろんのこと、映像中継の第2・第3会場を含めて参加を受け付けた市民の数は1100人。大阪弁護士会のイベントでこれほど盛り上がったのは初めてではないだろうか。
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◆最初の30分間、私たちが現在準備を進めている大阪憲法ミュージカル2016「無言のレクイエム」(本番は6月2日~5日、大阪ビジネスパーク円形ホール)のプレビュー(一部実演)が行われた。まだ練習途中で、かつ、舞台装置も衣装もない中での短時間の実演だけだったが、ミュージカルの雰囲気はある程度伝わったと思う。実際、イベント終了後、会場の外にあるブースに、たくさんの方がチケットを買いに来てくれた。
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◆木村草太さんのお話は、報道ステーションのコメンテーターとして話されるのを聴いたことがあったが、まとまったお話を聴くのは今回が初めてだった。
 司法試験科目で憲法を勉強してきた私たちにとっても、木村さんのお話は目の覚めるような興味深いものであった。お話しされたことは多岐にわたり、とてもここに書き切れるものではないが、箇条書きにメモだけしておきたい。
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・立憲的意味の憲法とは、過去に国家がしでかしてきた失敗のリストである。無謀な戦争→軍事力の統制、人権侵害→人権保障、権力独裁→権力分立と民主主義など。
・私たちの「当たり前な生活」を支えるのが憲法である。何をしたい、何を食べたい、どこに行きたいなど。
・夫婦別姓違憲訴訟の最高裁判決(最大判平成27年12月16日)の誤りと、弁護団の闘い方の問題点。男女の区別ではなく、同氏希望カップルと別姓希望カップルの区別として法律構成をすべきであった。
・辺野古移設の法的根拠の不十分さ。そもそも、辺野古移設は内閣だけで決定してよい問題なのか。米軍基地を置く地方自治体は自治権が大きく制限される。憲法92条により、どの自治体の自治権をどう制限するかは法律事項であり、国会で定める必要がある。更に、憲法95条によって、地方特別法は住民投票の承認が必要である。本件はこのような形による解決こそが望ましいのではないか(これを先生は「木村理論」「木村定石」とおっしゃっていた)。
・善き統治を実現するために、私たち一人ひとりが国家権力に憲法を守らせていかなければならない。

◆続いて行われた木村さんと国谷さんの対談も、立ち込めた霧が晴れ渡っていくようで、すばらしかった。
 国谷さんの木村さんからの話の引き出し方が大変上手で、まるで「クローズアップ現代」を観ているようだった。
 これも、箇条書きのみ。
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・別姓違憲訴訟の戦略の誤り。意識の変化によって最近になって違憲になったというのは欺瞞的。違憲なものは最初から違憲であり、それに多くの人々が気づいたのが最近ということ。裁判は法律構成によって勝ち負けが変わってくることも多く、弁護士の能力は大変重要。
・辺野古問題について、米軍基地が自治権の問題だという意識は最近高まってきた。
・統治行為論をとった昭和34年の最高裁判決は、憲法判断の責任放棄ではあるが、究極的には国民が判断するというのは正しい(憲法の番人としての国民)。
・憲法裁判所の要否については、議論の必要はあるが、裁判官の人事が重要になり、また、悪い方に固定化させる危険もある(ドイツの憲法裁判所が憲法解釈を変更して集団的自衛権を解禁した苦い教訓)。
・憲法を専門にすることになった理由は、中学校が極めて抑圧的だったが、憲法を読むと「自由だ、自由だ」と書いてあったから(笑)。
・道徳教育よりも法学教育が重要。価値観が違う人間同士の共存の仕方を考えるのが法学教育。
・今は、憲法の危機だが、憲法を定着させるチャンスでもある。
・現在の日本はドイツやフランスの「第一共和制」のような段階。改憲派の中には、「王政復古派」と「共和制発展派」の2つのタイプがあり、これらの間には矛盾がある。
・例えば内閣総理大臣の衆議院の解散権など、憲法改正の議論が必要なものもあるが、合理的な改憲は権力者を縛るものなので、その時々の権力者は好まないものである。
・専門家は、わかりやすく説明する責任がある。

 木村さんは将棋が趣味だというだけあって、実に緻密に理論を組み立てる方である。私たちにとってバイブルのような「芦部理論」を、「緩すぎ・粗すぎで、これでは憲法を守れないと思った」という自負、自信は、すごいの一語である。その一方で、すごくユーモラスでお茶目な面もあり、決して偉ぶらない。大変魅力的な人である。

 また、このような国谷さんを失ったNHKの損失は、はかり知れないと思う。

 このようなお二人自体が、日本国憲法にとって希望ではないだろうか。

 今回の企画は、まさにタイムリーなもので、大阪弁護士会の面目躍如といってよいだろう。
 この講演と対談の中身が、広く国民、市民の間に広がっていけばいいなあと思う。

 ※画像は上から
  ①今回のイベントのチラシ
  ②進行次第
  ③「無言のレクイエム」のプレビュー
  ④講演をする木村草太さん
  ⑤木村さんと国谷裕子さんの対談


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2016年5月 4日 (水)

No.283 44年ぶり!の中学同窓会開催に奮闘中

 私は、和歌山県の紀ノ川沿いの打田町という、人口1万人ほどの小さな町で生まれ育った(今は、旧那賀郡のいくつかの近隣の町が合併してできた「紀の川市」の一部となっている。)
 町の唯一の中学校である打田中学校を卒業したのは、1972年(昭和47年)3月。それから実に44年経った今年8月13日(土)に、初めての同窓会を行うべく計画中である。
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 時々友人と会ったときなどには「そのうち中学校の同窓会をやろうね。」と言い合ったりしてきたが、実現しないまま、今年私たちの学年は還暦を迎えてしまう。

 昨年あたりから、「今やらなかったら、もう一生やらないだろう」という一種の切迫感が出てきて、ついに、「僕がリーダーシップをとって、実行しよう!」と決意するに至った。
 会場の確保、案内状の発送、当日の受付などについては、「同窓会本舗」という専門業者にお願いすることにした。
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 まずは、同窓生160人(各クラス40人×4クラス)の名簿づくりである。中学校の卒業アルバムを友人から借りて(私はなくしてしまっていた(笑))、エクセルに名前と当時の住所(ただし「字(あざ)」までしか記載されていない)を打ち込み、これに、数人の友だちに、わかる範囲で埋めてもらうように依頼。それでわかった約50人にアンケートと返信用封筒を郵送し、自分の住所や電話番号、メールアドレスなどを書き込んでもらうとともに、同窓会開催についての意見、知っている友人についての情報提供などを依頼した。その結果、80人あまりの同窓生の住所などがわかったのである。
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 調べていくなかで、同級生のうち5人が、既に亡くなっていることがわかった。また、お世話になった恩師の先生方12人のうち少なくとも5人がお亡くなりになっていることもわかった。そう、私たちにも、いつまでも時間があるわけではないのである。

 上記のような準備の過程で、20人近い当時の友人たちと電話で話した。みんな、イメージも声も当時のままなので、とても不思議な感じである。私が上記のアンケートを送ったことから、同級生たちの間で夏の同窓会のことが話題になったり、44年ぶりに電話をかけあったりして盛り上がったりしていると聞いた。

 同窓会当日に、果たして何人来てもらえるか定かではないが、今回は来れない人も含めて、当時の友人たち同士が改めてつながりを持ちはじめ、懐かしい会話があちこちで起こるようになれば最高だと思う。

 今一番心配しているのは、同窓会当日会った時に、お互いが原形をとどめていないために誰かわからないことである(笑)。

 ※画像は上から
 ①私たちが通っていた当時の打田中学校(ウィキペディアより)
 ②打田中学校の校章(卒業アルバムより)
 ③中学時代の写真(修学旅行の時のもの。左は仲の良かったN君、右端はどこかで見たことのある人(笑)、その左はFさん。私の帽子の白線が思い切り曲がってるし(笑))


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2016年5月 2日 (月)

No.282 大阪憲法ミュージカル、上演まであと1か月──準備も練習もいよいよ佳境に

 No.260No.269でもご紹介した、6月2日~5日の4日間(7公演)にわたって大阪・京橋の大阪ビジネスパーク(OBP)円形ホールで上演が予定されている、「大阪憲法ミュージカル2016」までちょうどあと1か月となった。

 この憲法ミュージカルは、大阪(第3回は大阪・神戸)の若手弁護士たちが呼びかけ人となり、平和や人権の大切さなど日本国憲法に込められたメッセージを伝えたいということで始まったもので、今回は5年ぶり4回目となる。
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 今回のタイトルは「無音のレクイエム」。昭和初期の大阪千日前を舞台に、活動弁士を夢見る明、作家を目指す貞夫、それを応援する三智子の3人の若者が、日米開戦、出征、大阪大空襲に翻弄されていく青春群像を描いている。

 戦後70年を迎えた昨年、国会で集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法が議決され、「新たな戦前」が始まっているのではないか、という懸念が広がっている。こんな時代だからこそ、身近な戦前の大阪を舞台にしたこのミュージカルで、平和のすばらしさと日本国憲法の果たしている役割を共に考えたい。
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 1月24日のオーディションを経て参加した市民と、在阪劇団の「劇団往来」の皆さんが一緒になって、2月14日から毎週土日に練習を続けている。

 昨日5月1日、天王寺区民センターで行われた練習を見に行ってきた。70人以上の出演者、スタッフの皆さんが、制作陣の人たちから厳しい指導を受けながら、全力で役を演じ、歌を歌っていた。また、完成した台本も読ませていただいたが、途中から涙をこらえるのに苦労した。
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 この取り組みがすばらしいのは、実行委員会として、出演者やスタッフ自身が、歴史の事実や日本国憲法について学びながら、それをミュージカルの成功に結びつけていくところである。

 第1回実行委員会(2015年12月16日) 弘川欣絵弁護士(明日の自由を守る若手弁護士の会=あすわか)による憲法トーク「こんな時だから、憲法のことを考えてみる」
 第2回実行委員会(2016年2月16日) 無声映画「雄呂血(おろち)」の上映会
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 第3回実行委員会(3月28日) 大前治弁護士(大阪空襲訴訟弁護団)による「大阪大空襲を考える」と、森永常博さん(空襲体験者)のお話
 第4回実行委員会(4月27日) 谷口真由美大阪国際大学准教授「谷口真由美さんと憲法を知る。──おばちゃんに聞く、おばちゃんでも分かる憲法──」

 このブログを読んでくださった皆さん、ぜひ「無言のレクイエム」を観に来てください。
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 チケットは、私の事務所(いわき総合法律事務所、電話06-6636-9361)でも取り扱っていますし、大阪憲法ミュージカル2016の公式ホームページの「チケット販売」からも、購入の申込みをすることができます(何月何日のどの公演〔昼の部、夜の部〕かを指定してください)。

 皆様のチケットの購入と当日のご観劇を、心よりお待ちしています!

 ※(1)画像は、上から
 ①「無言のレクイエム」のチラシ(表)
 ②同じくチラシ(裏)
 ③大阪大空襲後の様子。堂島朝日新聞社から東方向に写したもの。右手に映っているレトロ調の建物は旧大阪市役所、その手前の橋は大江橋。
 ④今回のミュージカルの舞台になった千日前の映画館、常盤座が空襲で破壊された写真。窓ガラスの破壊が空襲のすさまじさを物語っている。(③、④は「ピースおおさか」の展示より)
 ⑤公演の日程など(申込みの際に確認してください)

 ※(2)練習風景を取り入れたPR動画ができています。雰囲気を感じてください。
 ①無音のレクイエムPV no.1
 ②大阪憲法ミュージカル2016「無音のレクイエム」 PR映像
③無音のレクイエムPV no.2


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2016年5月 1日 (日)

No.281 新緑の故郷にて、兄弟3人で亡き両親の回忌供養

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 4月30日、1994年4月27日に亡くなった父の23回忌、2005年8月1日に亡くなった母の13回忌の法要を、和歌山県紀の川市(当時は打田町)の実家(現在は兄家族が住んでいる。)で行った。

 本来は母の13回忌は来年なのだろうが、2年連続でするのも大変だし、きっと両親も一緒にしてもらった方がいいだろう、なんて勝手に解釈して、2つの法要を一緒に行うことにした。
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 法要といっても、集まったのは兄夫婦と長女、私夫婦、弟の6人だけ。ちょっと寂しい気もするが、今さら集められる親戚も迷惑だろうと思うので、これでいいんだろうと思う。

 兄弟3人が集まったのは4年ぶりくらいだった。なつかしい実家の仏壇、両親の遺影、お坊さんの聞き慣れた読経とちょっとした講話に、何となく気持ちが安らぐ。

 そのまま全員で数百メートル歩いて、岩城家の墓のある菩提寺へ。墓石を拭き、花を供え、線香をあげる。
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 続いて、兄弟3人(私の妻と兄の娘も)が卒業した打田中学校を北から東へぐるりと廻って、JR和歌山線の打田駅まで歩いた。

 中学校はここ数年で全面建替えされ、かつての校舎や体育館などは残っていないが、それでもやはり懐かしい。
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 打田駅はもうずいぶん前から無人駅になっているが、プラットホームの懐かしい感じはそのままだ。私が高校時代まで、和歌山線には何とC61という蒸気機関車(SL)が走っていて、私たち兄弟はこれに乗って隣の岩出町(現・岩出市)の県立那賀高校まで通っていたのである。
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 駅前の小さな広場やいくつかの商店の雰囲気は同じだった。駅前の食堂で40数年前と同じようにソフトクリームを売っていた。味も昔のままだった。

 改めて、小さな田舎町ではあるが、生まれ育ったこの町を懐かしく、いとおしく思う。
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 いったん実家に戻った後、近所の喫茶店に移動して皆で昼食を食べて解散。

 次に集まるのは何回忌になるのだろうか。既に私たち自身の人生も逆算に入っている中、たまにはこんな一日があってもいいなあ、としみじみ思った。
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 ※写真は上から
 ①お坊さんの講話
 ②岩城家のお墓
 ③打田中学校全景
 ④打田中学校の門
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 ⑤⑥JR打田駅
 ⑦打田駅前
 ⑧喫茶店にて


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