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2016年8月の3件の記事

2016年8月31日 (水)

No.293 過去への旅路

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 この表題は、私が一時ハマった韓国ドラマ「冬のソナタ」の第15話のタイトルである。
 交通事故で過去の記憶を失っていたチュンサン(ペ・ヨンジュン)は、2度目の交通事故の結果、自分がチュンサンだった記憶を取り戻し始めるが、なかなか思うように戻らないことから、恋人のユジン(チェ・ジウ)と2人で、高校時代に過ごした懐かしい場所を次々と訪れ、記憶を取り戻す旅に出るのである。

 この8月は、私にとっての「過去への旅路」が4回もあった。
①まずは8月13日(土)、中学校(現・紀の川市立打田中学校)の同窓会。1972年(昭和47年)の卒業から実に44年後、1学年4クラス160人のうち31人が集まった(「No.292 44年ぶりの再会に、最高に盛り上がった中学同窓会」)。私が中心メンバーの一人として頑張り、開催にこぎつけられたこともあって、感慨深いものだった。
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②翌週の8月20日(土)には、高校(和歌山県立那賀高校)のクラス同窓会があった。かつては4年に一度(オリンピック開催の年)だったが、最近は2年に一度開かれている。参加者は15人と、若干少なめだったが、心がくつろいだ。

 これに加えて、この夏は私にとって特別な友人2人と旧交を温めることができた。
③8月18日(木)、中学時代のクラスメートのM君(昔のニックネーム「モッカン」)と会い、妻と3人で食事をした。和歌山県紀の川市(当時は打田町)にあったM君の実家は妻の実家と数百メートルしか離れておらず、妻とは保育園時代からの幼なじみである。私は中学校に入って知り合ったが、仲がよかった。最後に会ったのは、確か私の結婚式(1982年)にM君が来てくれた時だったので、34年ぶりということになる。M君に①の中学校同窓会のことで電話をした際、同窓会には行けないが別途会おうか、ということになったのである。

 M君と私は別々の高校に進学したが(私は那賀高校の普通科、M君は隣の粉河高校で開設2年目の理数科に進んだ)、疎遠になった感じはしなかった。同じ国立大学を受験したが(学部は別)どちらも不合格。私は浪人の道を選んだが、M君は名古屋にある別の国立大学(当時は国公立大学は「一期校」「二期校」の2つを受験できたのである。)に進学した。M君は大学卒業後、巨大企業のK電力に就職。原子力発電所関係の要職を歴任し、現在は同社のトップに近い役職に就いている。
 大学卒業後は全く違う道を歩んできたが、会えば10代の頃のままだった。小学校時代から高校までの懐かしい話に花が咲いた。

④8月29日(火)には、浪人時代の友人のS君と会って会食をした。お互いに前に会ったのがいつか、はっきり覚えていなかったが、1994年前後ではないかと思われ、そうすると22年ぶりの再会である。

 私は京都で浪人時代、京都駿台予備校の上賀茂寮で生活していたが、4人部屋だったこともあり勉強に集中できなかったためか、秋の終わりころ寮を出て、当時の下宿屋に転居したのである(転居の理由も時期も、よく思い出せない)。「新井寮」と言われていたその下宿屋には、10人くらいの浪人生が下宿していただろうか。S君はその中の一人だった。
 同じ京大法学部志望ということもあって、なぜかS君とはウマが合い、短い期間だったが親しくなったが、私は合格したが彼は不合格となり、S君は中央大学の法学部に入学した(ちなみに、私も京大に合格できなければ中央大学に行く予定で、入学金も納付済みだった)。
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 S君とは大学時代もつながっていたが、S君は司法試験は受験せず埼玉新聞社に就職。Jリーグ発足前から「浦和レッズ」の担当記者となり、2005年に同社を退社してフリーランスになった後も、サッカー専門のスポーツライターとして活躍し、「浦和レッズの歴史を間近で見続けたジャーナリストの一人」として、その世界では有名になっているようである。
 あのとき、一緒に京大に合格していたらどうなっていただろうかとか、2人で中大に行ってたらとか、入れ代わっていたらどうだっただろうかなどと、ふと考えてみることもある。
 そんなS君と20数年ぶりに会い、浪人時代と大学時代から現在までの来歴について話した。続いてスナックに行き、尽きない話をし、懐かしい歌を歌った。本当に楽しいひとときだった。

 この9月13日私は還暦を迎える。そんな時期に4回も過去に旅ができたのは、私にとって本当に感慨深いことだった。あとどれだけ人生が与えられているかわからないが、これまでの60年間、その時々に家族とともに友人たちがいたからこそ今の自分があるということを噛みしめながら、一日一日を大切に生きていきたいと思う。


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2016年8月15日 (月)

No.292 44年ぶりの再会に、最高に盛り上がった中学同窓会

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 8月13日、JR和歌山駅近くのホテルで、「打田中学校1972年卒業生同窓会」が行われた。
 この同窓会は、5月初めにこのブログに書いたように(「No.283 44年ぶり!の中学同窓会開催に奮闘中」)、中学卒業後44年ぶりに、初めて開いたものである。

 昨年4月ころ、中学の卒業アルバムから名簿を作り始めた時点では、1学年160人のうち10人から20人くらいしか住所がわかっていなかったが、今年4月あたりから本格的に情報を集め始め、最終的には100人以上の住所や連絡先がわかり、案内状を発送した。
 5月29日と7月24日の2回にわたり有志で準備会を行い、当日の進行や役割分担などを行って、準備万端を整えて当日を迎えたのである。
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 当日は、準備会メンバーは12時過ぎに集まって会場の設営と受付準備。12時半くらいから同窓生たちが集まりはじめるのをみんなで出迎えた。
 次々と現れる同級生たちは、すぐにわかる人もいたが、多くの場合、一瞬誰かわからない。「え~っと、どちらさんでしたっけ?」「○○です」「うわー、懐かしい!」と握手、握手、握手。
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 開会時刻には、当日参加できなくなった1人を除き、出席回答をした31人が集まった。
 クラスごとの4つのテーブルに着席してもらい、事前に用意したパンフレット(進行次第、後で歌う予定の歌詞、同窓生からの一言集を綴じたもの)と卒業アルバムのクラスごとの集合写真のコピーを配布。みんな食い入るように読んでくれていた。
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 同窓会本番は、1組のW狭さんと2組のK瀧君の司会で始まった。
 最初に私が開会あいさつとこの日までの経過報告を行ったあと、現在は和歌山市消防局の偉い人になっているという3組のD口君の音頭で、全員で乾杯。
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 続いて、和歌山の地元で様々な活動をしている3組のN谷さんが、当時体育の先生で現在もご健在で活躍されている鈴木常二先生宅を2組のU田君と一緒に訪問して聴いてきた、当時の思い出話の報告と、切り紙(折った紙にハサミを入れ、開くと美しい模様の中に「幸」という漢字が散りばめられている)と折り鶴のパフォーマンスをしてくれて、会場は一気に和やかに盛り上がった。
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 その後テーブルごとに少し食事と歓談をした後、参加者から順次自己紹介。44年間の人生を2、3分で語れるはずもないが、それでも、44年間の歳月の年輪が加わった懐かしい顔を見ながら、それぞれの来し方に思いを寄せることができた。
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 その後、テーブル間も移動しながら、さらに賑やかな歓談が続いた。

 終盤の一番の盛り上がりは、みんなで歌うコーナー。私たちが中学時代に流行った「翼をください」と「戦争を知らない子供たち」、そして最後は「打田中学校校歌」。これらは、中学校の校長を最後に退職した2組のU田君が数十年ぶりに(笑)ギターの練習をし、N谷さんも少し前から一緒にボーカルの練習をして準備してくれたものである。
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 中学校の校歌はインターネットなどでも見当たらず困っていたが、U田君のルートで、現在の打田中学校の関係者から歌詞と楽譜をもらうことができたとのことであった。
 期待どおり、大変な盛り上がりだった。
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 続いて全員で記念撮影。みんな、本当にいい顔をしていた。
 そして、最後に4組のK口君が閉会のあいさつと三本締めで、一次会はお開きとなった。
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 続いて徒歩で移動し、夕方5時半くらいから、D口君が予約してくれていたスナックを借り切って二次会が行われた。事前には、参加者は半分くらいではないかと想像していたが、当日の飛び入りも含めて、大半の23人くらいが参加。
 これも大変な盛り上がりで、耳元で大声で話してもらわないと、他の人の声が聞こえない(笑)。カラオケも次々と懐かしい歌が歌われ、本当に楽しかった。

 カラオケが普及したのはここ20年くらいのことであり、私たちの中学・高校時代にはもちろんカラオケなどなかった。その代わり、みんなで集まってギターを弾いたりしながら歌ったりしたものである。
 それだけに、みんなカラオケをしっかり歌うのは意外だったが、その後これまで長く生きてきてるんだから(笑)、当然といえば当然かもしれない。

 この二次会の途中で、突然2組のK口君から、「みんな、白けさせて悪いけど、亡くなった友だち7人のために黙祷しようよ」という提案があり、すべての音楽もおしゃべりも止めて黙祷をした。本当なら、同窓会の本体の中で私から提案してもおかしくなかったものであり、私の至らなさを申し訳なく思うと共に、そんな風に当時の同級生の友人たちを思いやるK口君の気持ちに胸が熱くなった。K口君、ありがとう。

 二次会は約2時間くらいでお開きとなり、予定していた「公式日程」は終了。私は更にD口君が予約してくれた次の店に7、8人で行き、更におしゃべりとカラオケを楽しんだ。
 お店を出たのは午後10時半くらいで、タクシーでホテルに着いたのは11時前くらいなので、普段からすれば健全なものである(笑)。

 参加者からは、「またやろうよ」「今度はもっとたくさんの人に声をかけようよ」(いずれも実際は和歌山弁である(笑))と、口々に言われた。
 差し当たりは、2年後くらいにまた集まることになりそうである。今回一度開いたので、次回は準備も声かけもずっとやりやすいはずである。

 また、9月10日(土)午後7時から、今回の同窓会の打ち上げ会(笑)を、JR和歌山駅の東口の近くにある「中心屋 あしゃぎ店」というお店で行う予定である。準備に関わったメンバーのほか、今回の同窓会に来れなかった人、更には今回参加したが、まだ物足りない人(笑)も参加できる。人数は当日にならないとわからないが、15人から20人くらいにまで増えるかもしれない。

 この4、5か月間、この同窓会の準備に頑張ってきたので、大成功を喜ぶと共に、「祭のあと」的な寂しさもある(ちょっとした「同窓会ロス」かも(笑))。
 しかし、9月10日にはもう一度集まるし、来週8月20日には高校のクラス同窓会もあるので、これらを楽しみにしたい。

 参加者の皆さん、ありがとうございました。
 準備段階から関わってくれた皆さん、本当にお疲れさまでした。
 また、「同窓会本舗」の皆さんには、本当にお世話になりました。
 ありがとうございました。

 ※画像は上から
 ①ホテル内の会場案内
 ②受付で配布したパンフレットと折り鶴
 ③司会をしてくれたW狭さんとK瀧君
 ④私の経過報告
 ⑤乾杯あいさつをしてくれたD君
 ⑥N谷さんの切り紙パフォーマンス
 ⑦歓談する参加者の人たち
 ⑧みんなで歌ってます
 ⑨打田中学校の校歌
 ⑩閉会あいさつをするK口君
 (なお、①・②・④は、私のクラスメートであったO井君のフェイスブック投稿から拝借しました。)


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2016年8月12日 (金)

No.291 参議院の選挙制度改革に必要な視点

 今日(8月12日)の朝日新聞社説は、「参院選挙改革 国会は「合区」を論じよ」との社説を掲載している。
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 7月10日に投開票が行われた今回の参院選では、鳥取と島根、徳島と高知が「合区」され、それぞれ両県から1人しか議員が選出できなくなった。特に「徳島・高知選挙区」では3人の候補全員が徳島出身であったため、高知では選挙が盛り上がらず史上最低の投票率に終わったとされる。
 選挙後の7月29日、全国知事会は、選挙区の合区の解消を求める決議を採択した。

 他方、このように合区して行われた選挙で、鳥取・島根選挙区での当選者(青木一彦氏)の得票数は387,787票、徳島・高知選挙区での当選者(中西祐介氏)の得票数は305,688票であったのに対し、例えば東京選挙区の田中康夫氏(おおさか維新)は459,314票で落選し、埼玉選挙区の伊藤岳氏(共産)は486,778票で落選しているのである。

 選挙制度は民主主義の要であり、国民がその主権を行使するほぼ唯一の場であることから、圧倒的多数の国民が納得できるものにすべきである。
 私は3年前にこのブログで、「参議院議員の選挙は、様々な属性に着目して別枠で選出できる制度にし、同一の枠内では許容される格差は衆議院と同じく1.5倍未満とすべきである」との一文を書いたことがあるが(No.152 「一票の格差」(投票価値の平等)について──国民主権と選挙制度のあり方(その1))、そこまで一足飛びに改善できないとしても、当面、以下のような視点での改革を急ぐべきだと思う。
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① 最も重視されるべきは、やはり「投票価値の平等」であり、衆議院と同じく「2倍」を超えてはならない。
 最高裁は2014年11月26日の判決で、2013年の参院選での1票の格差「4.77倍」について、「著しい不平等状態」であり「違憲状態」と判断した上で、「都道府県単位の区割り方式を改めるなど、現行の選挙制度自体を見直して不平等状態を解消する必要がある」としている。

 その際、他のいかなる理由をつけても、格差を2倍以上にすることは、「1人2票」を認めるのと同じ結果となり、絶対に正当化されないと考える。
 この点、今回の参院選は上記の「合区」をしても「3.08倍」であり、これは憲法違反だと考える。選挙翌日の7月10日にはさっそく違憲訴訟が提起されており、今後の判決が注目される。

② 特定の県だけを「合区」して議員定数1人を割り当てるのは、合区される県を他の都道府県と合理的理由なく差別するものであり、許されない。
 都道府県が現在の形になったのは様々な歴史的経緯があり、隣県だから仲がよいとか課題が共通しているわけではなく、その逆の場合も多いといわれる。それを無理やり合区させると、選出できなかった方の県は事実上切り捨てられる可能性があり、憲法14条1項が禁止する不合理な差別に該当すると考える。

③ 都道府県別の選挙区が地方代表的性格を持つことは否定できないが、憲法43条1項は、国会議員は「全国民を代表する」としているし、その地方にも様々な意見があるはずであり(東京などの大都市だけに多様な意見があるのではない)、それは1人が代表できるものではない。

 そもそも参院の「1人区」は、衆議院の小選挙区と同じで、その時々の支持率が比較第1党の政党が、得票率をはるかに上回る数の議席を得る、極めて非民主的な制度である。今回の選挙でも、全国32の1人区で自民党は21勝11敗で、約3分の2の議席を獲得している。11の選挙区では野党共闘が実現し、野党候補が競り勝ったためこのような結果になったが、野党共闘がなければ自民党がほぼ全部の議席をとった可能性がある。実際、前回2013年の参院選では自民党は29勝2敗と圧勝したのである。
 このように、そもそも選挙区に「定数1」を割り当てることは、衆議院の小選挙区と同じく、極めて重大な弊害があるのである。
 この点、朝日の社説は、「選挙区の定数を増やして、比例区を減らすといった策が考えられるのではないか」としているが、国民の多様な声が反映しやすい比例区を減らすのは論外である。

④ 国民の声が届きにくいのであれば、むしろ議員数を増やすべきである。
 合区は地方の声を切り捨てるものだというが、その一方で国会議員の数は「多すぎる」という。どこかおかしくないか。どこかに、余っている議員がいるのか。業界代表や労働組合代表であっても、それも「国民の声」である。

 国民の声が十分に国会に届かないとすれば、そもそも国会議員が少ないのである。もともと、議員定数削減を声高に叫んできたのは、国会に多様な国民の声が反映するのを快く思わない、大企業と富裕層(いわゆる「1%」の人たち)であり、議員定数削減によって切られるのは国民の声なのである。

⑤ 国会議員の経費削減を言うのなら、議員歳費を減らすか、むしろ政党交付金をやめるべきである。
 現在、国会議員には、「歳費」(給与)、文書・交通費、秘書(3人分)給与、立法調査費(所属政党へ)など(以下「歳費等」という。)で1人年間約6000万円が支払われているとされる。そして、これに加えて、所属国会議員5人以上の政党に、政党交付金(政党助成金)が合計320億円も、同じく国から支払われている。議員一人あたりにすると4300万円以上になる。

 政党交付金の320億円というのは、上記の国会議員の歳費等(1人6000万円)で割ると、何と530人分の歳費等の額に相当する。国会議員を仮に100人増やしても、それに要する歳費等(60億円)は、毎年の政党交付金の5分の1にしかならないのである。
 政党交付金が始まったのは1995年であるが、その前は政党は自前で活動資金を工面していたのである。この政党交付金こそが、現在の政治を金まみれにし、国民の声を遠ざけている元凶である。

 必要な議員数を増やし、それに要する経費は、政党交付金や議員歳費を減らすことによって捻出すべきである。この点朝日社説は、議員歳費を削ることには言及するが、政党交付金については触れていない。何かタブーでもあるのだろうか。
 いずれにせよ、国民はもうそろそろ、国会議員の定数削減を「身を切る改革」などともてはやし、とにかく「善」だとする誤った呪縛から、自らを解放すべきではないか。

⑥ 私としては、結論として、あるべき参議院の選挙制度は、「地域ブロック別の比例代表制」がベストだと考える。
 これによって、投票価値の平等は限りなく平等にできるし、また、ブロック内の政党はそのブロックの中の過疎の問題などで議論を戦わせ、その地域の住民はそれを評価して投票し、その投票数に応じて選出された議員によって、住民の声が国会に反映されることになる。

 ぜひ、国民の議論を深め、このような方向で制度の改正につなげていってほしいと思う。

 ※画像は、いずれも日本経済新聞のサイトから借用しました。

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