2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト

« No.298 過労死防止啓発シンポジウム、今年は全国43か所で開かれる──「過労死落語」も目玉の一つに | トップページ | No.300 2人の過労自死遺族の発言に思うこと »

2016年10月29日 (土)

No.299 「みっともない!」の正体──「電車内での化粧はマナー違反」キャンペーンについて

161029
 東急電鉄が9月中旬から10月末まで、電車内で化粧する女性を「みっともない」と批判する広告を大々的に行っていることについて、ネット上で激しい論争が起こっている。

 問題となっているポスターや動画を観た(→動画はこちら)。
 「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ」の手書きのキャッチコピー。そして、若い女性が突然、座席に座って化粧する女性2人の前で踊りだす。BGMの歌詞は「教養ないない」「みっともないない」「あなたの変身見られてます」「あなたはマナーができてない」‥‥。

 私は4年前にこのブログでこの問題について書いたことがあったので(「No.97 電車内の化粧が不快な理由」)、この論争を興味深く読んでいるが、賛否それぞれの根拠について、必ずしも噛み合っていないように思う。
 私は弁護士なので、基本的人権や権利の観点を踏まえつつ、問題点を整理してみたい。

①物理的被害を周囲にもたらす化粧は、論外である。
 人は、他の人の権利を侵害しない限り自由に行動できるのであり(憲法第13条)、電車内での「化粧の自由」も幸福追求権に含まれる人権であるといえる。
 しかし、ファンデーションの粉が舞ったり、強い臭いによって他の乗客に物理的な被害を及ぼす場合は、他人の人権を侵害するものであり、許されないことは当然である。乗客の中には化学物質過敏症の人もいるかもしれない。
 ただ、これは、電車の混み具合や化粧の内容にもよるので、どんな化粧も絶対にダメだという根拠にはならない。この点では、動画の電車内は比較的空いていることから、「いったい誰に迷惑をかけているのか」という批判はもっともである。
161029_4
②他の乗客に不快感を与えるのは、化粧に限らないという批判がある。
 車内で大声で会話する、酔っぱらって騒ぐ、イヤホンから音漏れさせながら音楽を聴く、スポーツ紙のポルノ紙面をこれ見よがしに広げる、混んでいるのに足を広げて座ったり荷物を置いたりして座席を独占する、などである。
 これは、多かれ少なかれ他人の権利を侵害するものである。車内には静かに過ごしたいと思ったり考え事をしている人もいるし(特に、単なる騒音ではなく嫌でも中身を聴いてしまう、会話や音楽などの「意味騒音」は不快感が大きい)、ポルノ紙面を広げるのは明らかな「環境セクハラ」だし、座席には平等に座る権利がある。だからこそ東急も他の公共交通機関でも、これらの迷惑行為はやめましょうとキャンペーンをしているのである。

③「見たくないものを見せられたくない」という周囲の乗客の感受性は尊重されるべきである。
 電車内の化粧は、①のような物理的被害を与える場合は別にして、直ちに誰かの権利を侵害しているわけではなく、与えているのは純粋な「不快感」である。

 私が前回のブログで書いたのは、この点である。


 そもそも、化粧は文字どおり「化ける」ことであり、自分を実際以上に見栄えよく見せるために行うものである。見栄えよく見せるのは、公的な場(役者であれば舞台や撮影の場)であり、化粧は「楽屋裏」で行うものだろう。電車の中は、「舞台の上」なのか、「楽屋裏」なのか。
 「私は役者ではなく普通の個人なんだから、関係ない」と言うかもしれない。だったら、その人は、自分の恋人やその両親、会社の上司、男性の同僚、取引先の担当者を前にして、化粧するだろうか。しないとしたら、それはなぜだろうか。
 そう考えてくると、その女性が私の前で堂々と化粧をするのは、その人が私のことを「恥ずかしいところを見られても構わない、どうでもいい人間」と判断しているからである。
 私が不愉快になるのは、「私の大切な人には見られたくないけど、あんたなんか私と関係ない「石ころ」みたいなものだから、見られても全然構わない」というメッセージを感じるからなのである。

④多様な人がいてよいという社会全体の包容力、他人のマナーへの許容度が低下しているのではないか、という議論がある。
 その例として、ベビーカーを押して乗る母親や、車いすに乗った障害者、泣き叫ぶ赤ちゃんを連れた親に対する冷淡な態度が引き合いに出されることもある。しかし、これらの社会的ハンディキャップを負った人たちも公共交通機関を利用する権利があり、これを許容することは社会の責任であるが、電車内の化粧はこれと同じ性格の問題だろうか。
161029_5
⑤女性に対して、より美しさや身だしなみを強要するのはおかしいのではないか、「オッサン目線」からの批判ではないかという意見もある。
 そのような風潮があることは否定しないが、だからといって、電車内の化粧を直ちに正当化するのは飛躍があるように思う。
 また、電車内の化粧に対しては男性より女性の方が批判的である(日本民営鉄道協会の2015年度のアンケートでは、電車で迷惑と感じる行為の第8位が車内化粧だったが、男女別では男性は第9位、女性は第7位であった)。

⑤仮にマナーの改善を図るにしても、上から目線の攻撃的なキャンペーンをするのはおかしいのではないか。
 私が最も違和感を感じるのは、この点である。いくら広告用の動画とはいえ、化粧中の女性の前に立って見下ろしながら、「みっともないない」「教養ないない」と声を張り上げて踊るというのは、他人をバカにするもので、一種のイジメに近いものを感じる。
 「オッサンのパワハラ的なもの」を感じるとすれば、この点ではないだろうか。

 以上のように、戦わされている議論は、「ミソもクソも一緒」になされているきらいがある。「人は、他の人の権利を侵害しない限り自由に行動できるが、他人の権利や正当な利益を侵害してはならない」、「権利と権利が衝突したときは、どのように調整するかを考えなければならない」という、憲法第13条の「公共の福祉」の考え方に立ち返って議論されるべきであり、それによって建設的な議論が可能になると思う。
 広告キャンペーンは、泣いても笑ってもあと3日ほどである。
 見ていない人は、ぜひ見ていただいて、一緒に考えてみませんか。

 ※画像は上から
 ①東急電鉄の今回のポスター
 ②東急電鉄の今回の動画より
 ③東京メトロのマナーポスター(私が一番見たくないのは、これをしているところです(^_^;)

         ↓   ↓   ↓  

♪ここまで読んで下さった方は・・・ワンクリックしていただけたらとっても嬉しく、励みになります。
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村

« No.298 過労死防止啓発シンポジウム、今年は全国43か所で開かれる──「過労死落語」も目玉の一つに | トップページ | No.300 2人の過労自死遺族の発言に思うこと »

6-1 思いつきエッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573062/64415239

この記事へのトラックバック一覧です: No.299 「みっともない!」の正体──「電車内での化粧はマナー違反」キャンペーンについて:

« No.298 過労死防止啓発シンポジウム、今年は全国43か所で開かれる──「過労死落語」も目玉の一つに | トップページ | No.300 2人の過労自死遺族の発言に思うこと »

無料ブログはココログ