No.312 政府案は、過労死防止にならない
2月14日、政府の「働き方改革実現会議」が開かれ、そこで政府が示した案では、残業時間を原則月45時間などと定めるものの、「特例」として労使協定(36協定)を結べば、繁忙期にはこれを超えてもよく、残業時間を年720時間(月平均60時間)まで認めるとしている。
しかし、これでは全く過労死の防止にならないし、刑事罰を科すことは極めて困難である。
例えば、次のような例を考えてみよう。
Y社では、繁忙期には年間720時間まで残業させてもよいとする労使協定を結んでいた。Aさんは、ある年の1月から、次のような時間外労働をした。1月 80時間
2月 75時間(1月からの累計155時間)
3月 80時間(1月からの累計235時間)
4月 75時間(1月からの累計310時間)(9月からの逆累計465時間、6か月平均77.5時間)
5月 80時間(1月からの累計390時間)(9月からの逆累計390時間、5か月平均78時間)
6月 75時間(1月からの累計465時間)(9月からの逆累計310時間、4か月平均77.5時間)
7月 80時間(1月からの累計545時間)(9月から逆累計235時間、3か月平均78.3時間))
8月 60時間(1月からの累計605時間)(9月からの逆累計155時間、2か月平均77.5時間)
9月 95時間(1月からの累計700時間)
9月30日、疲労困憊で帰宅したAさんは、翌朝未明、急性心筋梗塞を発症して死亡した。
このケースでは、Aさんの時間外労働時間は、①発症1か月前は100時間に至らず(95時間にとどまる)、②発症前2か月前から6か月前まで順次平均しても80時間に達しないため、現行の過労死認定基準を満たさない。そして、③時間外労働時間の累計が年間720時間に達する前(700時間)で死亡したため、刑事罰も受けないということになるのである。

仮にAさんが、9月にあと5時間時間外労働をしていたら①の「発症1か月前100時間」の基準を満たしたことになるし、7月にあと5時間、又は6月と5月であと10時間の時間時間外労働をしていたら②の「発症前2か月から6か月で平均80時間」基準を満たしたことになる。そして、10月に入ってあと20時間働いていたら、累計時間外労働時間が、刑事罰を受ける年720時間を超えたことになる。
上記のうち労災認定に関する部分は現在も同じであり、このような不都合な例は実際に数多くあるが、これを法律をもって正当化することになる。
また、刑事罰に関する部分(年間720時間を超えると処罰する)は、今回初めての導入となるが、刑罰法規の運用は厳密になされなければならないから、「Aさんが持ちこたえてあと20時間時間外労働をしていたら有罪となるが、その前に倒れたから無罪」となるのは当然ということになる。
このような結果をもたらす政府案が、過労死防止に役立つとは到底思えない。かえって、「100時間、80時間ギリギリまで働かせても問題ない」というお墨付きを与え、また、今でさえまともに行われていない労働時間の管理・把握を、いっそう杜撰にした方が得だということにならざるを得ない。
国に過労死防止の責務を負わせた「過労死等防止対策推進法」のもとで、このような、いわば「過労死推進法案」が認められてよいはずはない。
【2月18日追記】
2月17日の衆議院予算委員会で、大西健介議員が、私のこの設例を取り上げて安倍首相に質問をした。
前々日の2月15日に、この私のブログ記事をご覧になった大西議員から、「質問に使わせてほしい」との要望があった。大変光栄なことであり、もちろん了解した。
予算委員会での質疑を録画しておき、見せていただいた。
年間720時間の時間外労働の規制と、1か月100時間、2か月から6か月平均で80時間という過労死ラインを上限にしただけでは、このような過労死事例を防げないのではないかという大西議員の質問に対し、安倍首相の答弁は、「大西委員の設例はいわば架空のものにすぎない」、「時間外労働を延長する特別な事情があるかどうかについては、現場のことをよく知っている労使が決めるので問題ない」といった、逃げの答弁に終始した。
一方で首相は、「働き方改革実現会議で、労使の合意が得られなければ国会に提案しない」という趣旨の答弁もしていた。これは、反対を押し切って決定するつもりはないという反面、「合意が得られないのであれば上限規制の立法自体をやめますが、いいんですか」という脅しともとれた。
私たち過労死事件に取り組む弁護士にとっては、この設例のような事例はしばしば見受けられ、決して机上の空論ではない。にもかかわらず、首相の答弁は、そのような現場の実態を無視するものであり、真に過労死を防止する働き方改革をする意思などないのではないか、という疑いを拭えないものであった。
この設例を使って追及してくださった大西健介議員に、心から感謝したい。
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