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2017年5月 5日 (金)

No.319 3年ぶりのメーデー参加の雑感

 5月1日、3年ぶりにメーデーに参加した。私が2年前まで所属していたあべの総合法律事務所では、5月1日が平日の場合には事務所としてメーデーに参加し、デモ行進解散後に食事会をするという伝統(?)があり、新事務所開設後も受け継ぐ予定だったが、2年前は私だけが花粉症の症状がひどかったために食事会からの参加となり、昨年は5月1日が日曜日だったので事務所としての参加は見送ったのである。
 そこで、3年ぶりのメーデー参加となったわけである。
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◆メーデーの起源は、今から130年余り前の1886年5月1日、合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟、AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求(8-hour day movement)の統一ストライキを行ったのが最初だとされる。1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行われた(日本では未だ実現されていないどころか、当時の労働時間に戻っているといえる)。
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 しかし、その3日後の5月4日、運動の中心地だったシカゴで、ヘイマーケット広場に集まったストライキ参加者を武装警官が襲い、多数の死傷者が出たことから、1889年の第二インターナショナル創立大会で、AFLのゼネスト実施に合わせて労働者の国際的連帯としてデモを行うことを決議し、1890年5月1日、ヨーロッパ各国やアメリカなどで第1回国際メーデーが実行された。これ以来、メーデーは労働者の権利を主張する運動、また、国民がその時々の要求を掲げ団結と連帯の力を示す日として継続・発展してきた。

 このように、メーデーは8時間労働制を求める労働者の連帯の行動であるとともに、自由な時間のために闘い犠牲となった人々を忘れず、労働者の闘いを国際的に祝う日でもある。世界の大半の国では祝日とされている。
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 日本では、1920年5月2日(日曜日)、上野公園で5千人が参加したのが最初とされる。集会では「(ストライキ等を弾圧した)治安警察法17条撤廃、失業の防止、最低賃金制の確立」を決議し、また8時間労働制、東京市電争議支援、シベリア即時撤兵の動議が可決されたという。
 戦前のメーデーは1935年の第16回まで各地で取り組まれたが、1936年の2・26事件で戒厳令が敷かれたのを機に禁止された。
 戦後は、1946年の第17回メーデーから復活。東京では皇居前広場に約50万人(!)が集まり「民主人民政府の即時樹立」「食える賃金を」などを決議したとのことである。

 その後、日本では、長年「統一メーデー」が続けられてきたが、労働組合の全国中央組織の再編による組織対立の激化で、1989年以降は統一メーデーの開催ができなくなり、日本労働組合総連合会(連合)と非連合系の全国労働組合総連合(全労連)や全労協が別々に開催している。また、連合は2001年以降、4月後半の土曜日や祝日にメーデーを行うようになった。

 大阪でも、連合大阪系は大阪城公園、大阪労連系は扇町公園、大阪全労協系は中之島公園と、3つのローカルセンターが別々に開催している。
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◆当日、本当は開会は午前9時だが、横着をして午前10時に扇町公園に到着。翌日の新聞によれば、参加者は4500人。この日は少し曇があったが、風が爽やかだった。「自由法曹団大阪支部」や「民主法律協会」の旗の近くに行くと、法律事務所の弁護士や事務員さんたちがたくさん来ている。そのため、演壇で誰かがしゃべっている演説はそっちのけで、久々に顔を合わせた知り合いの人とおしゃべりが中心だ。
 私も、普段あまり顔を合わせないたくさんの弁護士や事務員さんと話をすることができた。特に、約10年前に民主法律協会の活動を一緒にしたことのあるNさんや、一緒に北欧ツアーに行き、今は2児のお母さんのFさん、20年ほど前に一緒にPTA役員として、給食の民間委託の是非を問う運動をしたIさんなどと懐かしい話ができたのは楽しかった。
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◆集会後のデモは、「西梅田公園コース」に参加。歩いた時間は40分くらいだろうか。
 歩きながらのシュプレヒコールを聞いていて、読み上げるスローガンに、今一つ工夫が必要と思った。抽象的なうえ紋切り型で、沿道で聞いている市民の心にあまり響かないのではないか。
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 例えば、「森友疑惑を糾明せよ!」というのは、昔の「ロッキード疑惑を糾明せよ!」と同じで、あまり芸がない。「8億円も値引きした理由を明らかにせよ!」とか、「昭恵氏を国会に証人喚問せよ!」など、今の時点の市民の関心事を具体的に叫ぶべきである。
 「大企業は社会的責任を取れ!」というのもあった。一般論として重要なことだが、具体的にどういうことなのか、さっぱりわからない。CSR(企業の社会的責任)のことをいっているのか、労働者に対する雇用責任をいっているのか。
 「共謀罪反対!」があったが、なぜ反対するかの理由が一言ほしい。「現代の治安維持法、共謀罪反対!」とか、「メールもラインも捜査の対象にする共謀罪反対!」とか。

 私が関わっているテーマでは、「過労死をなくそう!」というスローガンがあったが、今の世論の到達点との関係では、「企業は労働時間管理を徹底せよ!」とか、「月の100時間まで残業を認める労基法改悪反対!」とか、「過労死を自己責任にする裁量労働制の拡大反対!」といった感じで具体的に挙げた方がいいと思った。
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◆デモ行進修了後の事務所の食事会は、天満にあるイタリア料理店「アレグロ」へ。このお店は、勝利解決した過労自殺事件のNさんご家族と弁護団の年1回の同窓会で、昨年12月に連れていってもらったところ、とても美味しかったので、今回お世話になることにした。
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 所員の安田知央弁護士が、7か月になった赤ちゃんを抱いて食事会から参加したことから、大変盛り上がった。
 メーデーの歴史を考えると、こんなゆる~い感じで参加していいのかという気もするが、これも「お祭り」の楽しみ方として、大目に見てほしい。

 ※画像は上から
 ①8時間労働制を訴えるイラスト(ステッカー?)
 ②「写真でみるメーデーの歴史」(旬報社、1979年)の表紙
  この本は、旬報社のサイトで読むことができます。世界のメーデーの始まり、日本の戦前・戦後のメーデーの歴史が、とても分かりやすく書かれています。
  上述のヘイ・マーケット事件では、弾圧を受けたメーデーの指導者が8人も、証拠なしに死刑に処せられたそうです。これまで、そんな歴史は知りませんでした。
 ③今年の扇町でのメーデー(2枚)
 ④デコプラコンクール(プラカード部門)で優勝した北大阪総合法律事務所の皆さんによるデコレーション(共謀罪反対を訴える檻)と、マネキンモブ。カッコ良すぎます。お友達のフェイスブックから借用させていただきました。
 ⑤「アレグロ」での食事会(3枚)


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