2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

2017年8月の4件の記事

2017年8月31日 (木)

No.324 「孫はなぜかわいいか」についての一考察

170717img_6971
 7月16日、長男夫婦に、私たち夫婦にとっては初孫にあたる男の子(たっくん)が生まれ、お母さん(お嫁さん)と一緒に1週間後の7月22日から我が家で過ごしてくれた。妻は、これまで事実上使っていなかった和室をきれいにし、私も小さなベッドを組み立てるのを手伝ったりして迎えた。
170722img_7044
 この間、授乳、入浴、あやし、寝かしつけから、「ウンチが出ていない」「おならをした」などなど、我が家は本当に賑やかだった。義母も「総監督」として大活躍(笑)。私はまったく大したことはしていないが、それでも、入浴を手伝ったり、泣いているときは「じいじの出番だよ」と言われてあやしに行ったり、私の下手な歌とギターを聴いてもらったりした(不思議と泣き止んだ(笑))。毎朝仕事に行く前や、仕事から帰って来た時に起きていれば、抱いたりあやしたりさせてもらった。
170722img_7041
 まだ目も見えていないし、言葉もわからないが、光や声に反応するし、ここ最近では、時々笑うようになっていた。
 見ていて飽きないし、本当にいとおしく思う。頬ずりしたくなるし、いたいけさにふと涙が出そうになったこともある。自分の2人の子の時もかわいいとは思っていたが、これほどまでの感覚になったことはなかった。
 私の周りの同世代以上の人たちも、口を揃えて「孫はかわいいでしょう。目の中に入れても痛くないでしょう」と言うが、本当にそのとおりだ。
170731img_7100
 その理由を、私なりに考えてみた。
①よく、「自分の子の時は責任を負っていたが、孫の場合は責任がないから」と言われる。もちろんそれ自体は事実だが、責任がないことと、かわいさ、いとおしさは直接の関係がないように思う。
②自分の子のときは、仕事や日々の生活に追われ、ちゃんと見ていなかったが、今は多少の時間も心の余裕もあり、まじまじと子どもの様子を見ることができる。これは一理ある。ただ、そうだとすれば、それは自分の子だからとか孫だからという問題ではないということになろう。最近増えているという「イクメン」の男性たちが、子育てと格闘しながらも、子に愛情を持って楽しんでいるということが少しだけ理解できた気がする。私は、恐らく人生で大きな損をしたのだろう。
③もう一つの大きな理由は、自分が老年期を迎え、人生の終盤に近づきつつあり、生というものにいとおしさを感じるようになってきているだけに、自分の「直系」である新しい生に対して、格段にいとおしさを感じるということである。これを一番しみじみと感じる。
170805img_7166
 しかし、いつまでもという訳にはいかない。我が家に来て39日後の8月29日、たっくんとお母さんは、長男に連れられて自宅に帰っていった(妻も一緒に送っていき、部屋の掃除などをしたとのこと)。再び我が家は静かになったが、寂しさは否定できない。
 妻は、自分が前日、たっくんとお母さんを自宅まで送っていったのに、「今朝、たっくんの泣き声がしたので起きてしまった。おかしいなと思って耳を澄ませたら、外で鳴いているカラスの声だった」と言っていた(笑)。間違いなく「たっくんロス」状態である。
170828img_7540
 39日間も楽しませてくれた、たっくんと長男夫婦(長男は車で何度も通ってくれた。)に心から「ありがとう」と言いたい。そして、家は奈良県で少し離れてはいるけれど、時々は顔を見せに来てほしい。

 ※写真は上から、
 ①7月17日、生まれた翌日、病院にて
 ②自宅のテーブルに置いてあった「育じぃ、育ばぁ」の本(笑)
 ③7月22日、我が家に来訪
 ④7月31日、心地よく入浴中
 ⑤8月5日、入浴後なのに、何がそんなに悲しいのか(笑)
 ⑥8月28日、K、N弁護士からいただいた「ガオガオタオル」にくるまれて
 ⑦8月29日、主のいなくなったベビーベッド
170829img_7603


         ↓   ↓   ↓  

♪ここまで読んで下さった方は・・・ワンクリックしていただけたらとっても嬉しく、励みになります。
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村

2017年8月27日 (日)

No.323 今年もやります!大阪憲法ミュージカル2017「無音のレクイエム」にご来場を!

1708272017_3
 昨年、5年ぶりに行われた大阪憲法ミュージカル「無音のレクイエム」が今年も行われることになり、現在準備が大詰めを迎えている。

 「大阪憲法ミュージカル」は、若手弁護士らが呼びかけ、オーディションに合格した約100人の一般市民の皆さんが練習に練習を重ね、日本国憲法の人権や平和をテーマにしたミュージカルを演じあげるという、壮大な取り組みである。
 2008年以降、次の3つの作品が上演され、大好評を得てきた。
 ①2008年4月~5月 ロラ・マシン物語(フィリピンの従軍慰安婦問題)
 ②2009年6月~7月 ムツゴロウ・ラプソディ(長崎県諫早湾の干潟の水門閉鎖問題)
 ③2011年10月 ドクターサーブ(アフガニスタンで用水路を開いた日本人の中村哲医師をモデルに)(「No.50 すばらしかった憲法ミュージカル「ドクターサーブ」」参照)
   ※③は大阪・神戸で共同の取り組み。
1708272017_2
 その後、しばらく充電期間が続いたが、昨年来、集団的自衛権行使を容認する閣議決定がなされ、さらに国民の大きな反対運動を押し切って安保法制が議決されるなど、「憲法の危機」ともいうべき状況が深刻化している。

 そのような状況のもとで、昨年、改めて日本国憲法のすばらしさ、平和の大切さをテーマに、新たに在阪劇団「劇団往来」とタッグを組んで、「無音のレクイエム」を上演することになった。昨年は6月2日~6日の日程で、合計7公演が行われ、どの舞台もほぼ満席で、大好評を得た。

 ストーリーは、昭和初期の大阪千日前を舞台に、活動弁士を夢見る明、作家を目指す貞夫、それを応援する三智子の3人の若者が、日米開戦、出征、大阪大空襲に翻弄されていく青春群像を描いている。

 昨年以降も、数多くの犯罪を実行準備段階から処罰し、日本を監視・密告社会にする危険のある共謀罪(テロ等準備罪)法が強行成立させられるなど、国民の権利や自由を制限し、戦争へ向けた動員準備ともいえる動きが進んでいる。さらに安倍首相は今年5月3日、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べ、憲法改正の意欲をいっそう強くしている。
 その一方で、戦後72年を経て、戦争や空襲の体験者が激減し、戦争体験を若い世代に伝えていくことが大きな課題となっている。
1708272017_4
 そこで、今年も、再度この「無音のレクイエム」を上演しようということになり、10月6日(金)~9日(月・祝)の公演に向けて、現在取り組みが大詰めを迎えている。

 今回も私は共同代表7人のうちの1人となり、また、当事務所でチケットも取り扱っている。
 詳細はお聞きしていないが、新しい出演者もたくさんおられ、また、ストーリーも少し変わっているとのことである。
 昨年観られた方も、初めての方も、ぜひご覧になってほしい。チケット購入ご希望の方は、ご希望の日時を明示のうえ、当事務所まで電話・メールなどでご連絡ください。


         ↓   ↓   ↓  

♪ここまで読んで下さった方は・・・ワンクリックしていただけたらとっても嬉しく、励みになります。
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村

2017年8月14日 (月)

No.322 「かいじゅうの会 in 池の平」に参加してきました

170711__
 8月8日~10日の2泊3日で、長野県の池の平(白樺湖畔)で行われた「かいじゅうの会」に参加してきた。
 「かいじゅうの会」とは、「過労死遺児交流会」の愛称で、全国過労死家族の会の会員の遺児(大学生程度まで)とその保護者を対象に、平成28年度から国の事業として行われることになり、今回が2回目である。
170711___2
 通常、過労死・過労自死は突然起こり、遺された配偶者(親)は精神的・経済的な困難、一人での子育ての困難、更には労災申請や裁判などの困難を抱えるが、子どもたちもそれまでの暮らしを突然奪われ、悲しみや不安、恐れなどによって成長上、大きなダメージを受ける。また、レジャーなどで外に遊びに出る機会も減る。
170711___3
 そこで、同じ体験を持つ親子が集まり、子どもたちは年齢を超えて交流しあい、親たちも専門家の助言も受けながら、子育てや労災の苦労を語り合う場として、「遺児交流会」が始まったのである。
050723p1010570_2
 もともとは、2002年から始まった年1回の「大阪過労死家族の会一泊交流会」に子ども連れで参加した遺族のために、2004年ころから交流会の一部として遺児交流のプログラムが始まったが、2008年ころから「遺児交流会」として独立して行われるようになった(たぶん、2008年3月の東京ディズニーランド行き(10家族26人)が最初ではなかったかと思う)。
Img_7212
 そして、2014年に過労死等防止対策推進法(過労死防止法)が成立し、過労死等防止対策の一つである民間団体支援の一環として、2016年度から国の事業として行われることになった。私は今回、初めて準備委員として参加したのである。
 長年、過労死遺族の交流や遺児交流に関わってきた私にとって、感無量だった。
Img_7219_2
 初回となる前回(2016年12月25日~27日)は、山梨県の清里でスキー体験が中心だったが、今回は夏に長野県の池の平(白樺湖畔)で行われた。
Img_7257_2
 参加者の多くは東京駅と名古屋駅にそれぞれ集合し、バスで宿泊会場の池の平ホテルに向かった。私は名古屋組に加わってバスに乗ったが、バスの中でもビンゴゲームをしたりアニメのDVDを観たりと、子どもたちは大喜びだった。
Img_7281_2
 1日目の夜は参加者の自己紹介と花火見学、メインの2日目は子どもたちはカヌー(午前)と乗馬・釣り(午後)、親たちはグループトークと希望者に対する個別相談、昼食は参加者全員でバーベキュー、夕方はマジックショーとクロージングセレモニー、という充実したメニューだった。
Img_7311
 私は親たちとのグループトークや個別相談に参加したので、屋外でのアクティビティには参加できなかったが、子どもたちはすぐに仲良くなり、年上の子が年下の子の世話をするなど、昔の子ども会のような和気あいあいとした雰囲気で、胸が熱くなった。
Img_7346_2
 親たちのグループトークでは、それぞれの自己紹介と体験を語り合い、お互いに励まし合っていた。私は個別の法律相談を担当し、2人の方の相談を受けた。
Img_7344_2
 参加した家族は20家族くらいで、私たち準備委員や厚労省の担当者、学生ボランティア、受託事業者のプロセスユニークの人たちも加えると、総勢70人くらいだっただろうか。
Img_7364_4
 2日目の夜のイベント終了後、一部の親御さん、準備委員、ボランティアやプロセスユニークの人たちと事実上の打ち上げ会をして、遅くまで語り合ったのも楽しかった。
Img_7375_2
 楽しい2日間はあっという間に過ぎ、3日目の朝、みんなでお別れをするのは少し寂しかったが、また来年、一回り成長した子どもたちや、元気な親たちに会えることを楽しみにしたい。
Img_7389
 ※画像は上から
 ①今回のかいじゅうの会のしおり 表紙
 ②同 保護者向けプログラム
 ③同 スケジュール
 ④家族の会一泊交流会での遺児交流の一コマ(2005年7月)
(1日目)
 ⑤バスに乗って出発
 ⑥社内でのビンゴゲーム
 ⑦自己紹介(オープニングセレモニー)
 ⑧花火
(2日目)
 ⑨グループトーク
 ⑩・⑪お昼のバーベキュー
 ⑫マジックショー
 ⑬残念だけど、帰りのバスへ
 ⑭車窓からの白樺湖

 (なお、参加者の顔にはモザイクを施してあります。)

         ↓   ↓   ↓  

♪ここまで読んで下さった方は・・・ワンクリックしていただけたらとっても嬉しく、励みになります。
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村

No.321 始まりの場所に戻ってきた私たち──打田中学校第2回同窓会

1708131img_7398
 8月11日、私が1972年に卒業した和歌山県打田町立(現在は紀の川市立)打田中学校の同窓会があった。昨年、卒業後初めて、44年ぶりに同窓会を行ったが(No.292 44年ぶりの再会に、最高に盛り上がった中学同窓会)、今年も続けてやろうということになったのである。
 参加者数は、昨年と結果的に同じ31人であったが、11人が入れ替わっていて、45年ぶりに会う人も多く、新鮮だった。
 昨年と比較して特筆すべきは、以下のような点である。
1708132img_7406
(1) 昨年は和歌山市内のホテルだったが、今年は打田中学校の西側にある「いわき」という居酒屋(私の名前と同じだが、親戚関係はない)を借り切って、広い畳の部屋でくつろいで過ごすことができた。打田中学校は数年前に全面建替えがなされ、残念ながら当時の校舎は残っていないが、懐かしいグラウンドと道路を挟んで向かいの会場で、45年前に思いっきりタイムスリップすることができた。

(2) 昨年は午後1時30分~午後4時30分までの3時間で、今年も正午から午後3時までの3時間の予定だったが、お店のご厚意で事実上1時間延長して、4時間もさせていただいた。だいたい30人以上になると、全員とそれなりに話し込むのは困難だが、4時間近くあったおかげで、ほとんど全員とゆっくり話すことができた。言葉で表せないような苦労をされた人も何人もいた。
170813351
(3) 冒頭のU田君の開会挨拶の後、私が乾杯の挨拶をしたのだが、その中で、中学時代に英語を教えてもらったU谷先生(結婚されて現在はN村姓となっている)からのメッセージを読み上げて紹介し、また送っていただいた近影の写真を回覧した。
1708134
 U谷先生は教師になったばかりの新人で、とってもきれいだったが、今も十分におきれいである。先生からの欠席ハガキに書かれていた先生のメールアドレスに私からメールを送ったところ回答をくださり、電話でも長時間話した。先生によれば、先生は私たちが中学を卒業したのと同時に退職して結婚され、神奈川で暮らすようになったとのこと。今年古稀になられるという先生は、今回の同窓会の案内で45年振りにつながることができて、本当に嬉しかったとおっしゃってくださった。
 メッセージを読み上げると、悪ガキだったK口君が、「そういえばあの頃、先生をからかっていろいろイタズラしたなあ」と言っていたが、その詳細はここでは書けない(笑)。
1708137img_7433
(4) 最後に、昨年に続いて当時の懐かしい歌を歌ったのであるが、今年は、昨年のU田君(元大阪府立大学軽音楽部で、中学校の校長先生まで務めたが今は退職している。今回の同窓会の幹事代表として引っ張ってくれた)とN谷さん(女性)に加え、私もフォークギターを持って参加した。
1708136img_7438
 曲は「あの素晴らしい愛をもう一度」、「花嫁」、「打田中学校校歌」、そしてオマケで「岬めぐり」。実は、今回の同窓会は、私の45年ぶりのフォークギター再開のデビューの場となったのである。
1708135zs
 3人で音合わせをしたのは同窓会の始まる1時間前だったが、参加者の皆さんが盛り上げてくれたこともあって、自分としては予想以上の出来だったように思う。参加者のK・I君か誰かが「昭和やなあ」と言い、U田君が「昭和の歌で元気をつけて、明日からの平成を生きていきましょう」と返したのが印象的だった。
Img_7440
(5) 二次会は、昨年はD口君の馴染みのスナックを借り切ったが、隣の人の声も聞こえないほどの賑やかさだった。今年はカラオケボックスに行き、ステージ付きの巨大なパーティルームを借りたので、好きなだけ話したり歌ったりすることができた。これも大正解だったと思う。みんな思い思いに懐かしい歌を歌い、最後は円陣になって「あの素晴らしい愛をもう一度」と「岬めぐり」を歌ってお開きとなった(私が参加するカラオケでは、最後はだいたいいつもこうなる(笑))。

 私は最初の乾杯挨拶で、「私たちの人生は、打田中学校のあるこの場所から始まったが、今、還暦を過ぎて、またここに戻ってきた。これからもう一度親交を深めましょう」というようなことを言った。平凡な田舎の公立中学校だが、そこを苗床にして共に育った仲間たちは、お互いにとって宝物だと、今回改めて思った。

 さて、来年もまた(3年連続で)やるのかな~。皆さん、どうします?

 ※画像は上から
 ①・②JR和歌山線からの風景。①について、同窓生のK瀧君は、「タイトルとJR和歌山線の画像がマッチしていいですね。ジブリみたい」と言ってくれました。
 ③U田君の開会あいさつ
 ④私の乾杯あいさつ
 ⑤~⑧歌う3人組(紀の川市のピーター・ポール&マリーという説も?)

         ↓   ↓   ↓  

♪ここまで読んで下さった方は・・・ワンクリックしていただけたらとっても嬉しく、励みになります。
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

無料ブログはココログ