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カテゴリー「3-5 「過労死防止基本法」制定運動」の53件の記事

2017年11月12日 (日)

No.330 マー君の詩「ぼくの夢」が歌になりました

 皆さんは「ぼくの夢」という詩をご存じだろうか。
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 この詩は、2000年3月にお父さんを過労自死で亡くした、当時6歳(小学1年生)の「マー君」が書いた詩である。お父さんの命をどうすれば救うことができたのか、小さな胸を痛めながら考えたこの詩は、読む者の心を打つ。
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 2011年11月から始まった過労死防止法制定を目指す取組みで、私たちは「100万人署名」の署名用紙にこの詩を掲載し、また衆議院の厚生労働委員会でこの詩が読み上げられて紹介されるなど、過労死防止法制定運動のシンボルとなった。
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 マー君は、中学3年のときに書いた「命こそ宝」と題する作文の中で、6歳の時のこの詩も紹介しながら、「僕は、仕事のための命ではなく、命のための仕事であると考えます。」と訴えた(この作文は、大阪人権博物館の「労働者の権利」のコーナーで常設展示されている)。
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 私たちは、この「ぼくの夢」を歌にすることができないか、かねてから願っていたところ、今般、宮崎県在住の山本友英さんが作曲し、歌手グループの「ダ・カーポ」さんが、マー君の中学3年の時の作文をもとにした2番・3番の歌詞とともに歌ってくださり、私たちの願いが実現したのである。

   ぼくの夢 ~ある過労死遺児の詩~

      作詩:マー君  作曲:山本友英 編曲:渡辺雅二
      歌:ダ・カーポ

大きくなったら ぼくは 博士になりたい
そしてドラえもんに出てくるような
タイムマシンを 作る
ぼくは タイムマシンに乗って
お父さんの死んでしまう 前の日に行く
そして 仕事に 行ったらあかんて 言うんや

大きくなっても ぼくは 忘れはしないよ
得意な顔して作ってくれた
パパ焼きそばの 味を
ぼくは タイムマシンに乗って
お母さんと一緒に 助けに行こう
そして 仕事で 死んだらあかんて 言うんや

仕事のための命じゃなくて
命のための仕事だと ぼくは伝えたい
だから 仕事で 死んだらあかんて 言うんや

 曲も、2・3番を含めた歌詞もすばらしいし、ダ・カーポさんの優しく柔らかい歌声はこの歌にぴったりだと思う。
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 CDは限定200枚の製作で非売品なので市販されていないが、この11月に行われている各地の啓発シンポジウムのオープニングで流されるなど、今後様々なところで紹介されていくことと思う。
 この楽曲が、今後の過労死防止の取組みに生かされていくことを願ってやまない。

 なお、ダ・カーポさんから楽譜をいただき、私が素人ながらそれをギターの弾き語り用にシンプルにした楽譜を作ってみたので、ご希望の方は、私の事務所(いわき総合法律事務所)まで、メール又は電話にてお問い合わせください。

 ※画像は上から、
 ①「ぼくの夢」のCDの装丁
 ②「100万人署名」の署名用紙
 ③その中の「ぼくの夢」の詩
 ④CDの裏表紙のイラスト
 ⑤「ぼくの夢」のCD


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2015年9月24日 (木)

No.254 韓国で開かれた「過労死防止法の制定に関するシンポジウム」に参加

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◆9月19日(土)午後2時~5時30分、韓国・ソウルで「日本の過労死防止法の制定に関する講演会」が開かれ、過労死防止全国センター共同代表の森岡孝二名誉教授、全国過労死家族の会の寺西笑子さんと私の3人で参加した。
 主催はソウル地方弁護士会の人権委員会、民主社会のための弁護士会(民弁)の労働委員会、労働環境健康研究所の3団体である。
 シンポジウムは、次のような進行次第で行われた。

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【1】開会あいさつ(及び司会)
 開会のあいさつをされたコ・ユンドク弁護士は、「韓国でも過労死が起こるのは生産現場だけではなくなってきている。政労使会議は年間労働時間を1800時間に短縮するよう努力することを9月13日に合意したが、なかなか時短は進んでいない。過労死の労災認定率は2009年以降、30%台に落ちている。」と述べたうえで、「韓国でも過労死を減らすよう国家が管理すべきだという意見が出ているが、日本では過労死防止法が制定され、既に施行されている。今日は法律制定に関わった3人の方々に来ていただいた。」と、私たちを紹介してくれた。

【2】日本側からの報告
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(1) 「日本の労働時間と過労死」森岡孝二名誉教授
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(2) 「過労死防止法と過労死防止対策大綱」岩城 穣弁護士
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(3) 「過労死のない社会の実現をめざす遺族の願いと防止法の課題」寺西笑子さん

 いずれも、事前に送付した報告の原稿やレジュメが予め韓国語に翻訳されたパンフレットが配布され、また通訳の方(パク・ウンジョンさん(女性)と鈴木明さん)が流暢に通訳をして下さったことから、大変よく理解していただけたと思う。

【3】韓国側からの報告
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(1) 民弁の事務局次長をされているチョン・ビョンウク弁護士は、最近出された次の3つの大法院判例と、最近の判例の動向について報告した。
 ①大法院2010年12月9日判決(造船下請労働者の脳梗塞発症(存命)事案で、業務起因性は普通平均人でなく当該労働者の健康と身体条件を基準に判断すべきとした。)
 ②大法院2012年6月18日判決(軍人が服務中に自殺した事案で、自殺が自由な意志が完全に排除された状態で行われなくても、公務災害から除外されないとした。)
 ③大法院2015年6月11日判決(公務と疾病発生の間の因果関係の立証責任は主張する側にあるが、必ずしも医学的・自然科学的に明白に証明されなければならないのではなく、規範的観点から相当因果関係が認められる場合には証明があり、そして相当因果関係を認めるためには、諸事情を総合的に考慮して行わなければならないとした。)

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(2) 続いて、労働環境健康研究所所長のイム・サンヒョクさんは、「過労死防止法のことを聞いたとき、その必要性がよく理解できなかったが、今日3人の話を聞いて、すばらしい法律であることがわかった。韓国と日本の状況は似ている。韓国では最近、徹夜を含む1か月160時間の時間外労働をしていたが、脳出血を発症して亡くなったのが2か月間休業した後であることを理由に業務外とされた例や、月2日しか休日がなかったが、自発的な労働であったことを理由に業務外とされた例がある。これから日本の皆さんと一緒に、社会に警鐘を鳴らして、過労死防止のために運動をしていきたい。」という主旨のことを述べた。

【4】パネルディスカッション
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 その後、上記の5人が壇上に並んで、パネルディスカッションが行われ、次のような論点について、やり取りがあった。
・韓国では、残業代をもらうために、自ら進んで長時間労働をする場合が多いが、日本では残業代が払われないのに、重い責任やリストラ不安から長時間労働をしている。しかし、韓国もこれからそうなっていく可能性もあるのではないか。
・そのため、日本では使用者が労働時間をきちんと記録しようとせず、労災申請をする遺族は、労働時間の立証のために大変な苦労をする。
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・業務起因性の判断枠組みは韓国と日本はほとんど変わらないが、韓国では労働者本人基準説をとっている点が違っている。
・日本では会社、更には会社代表者や上司の民事責任を追及することが一般的になっているが、韓国では労災認定がされればそれで終わりということが多い。そのため、日本の電通事件判決のように、使用者の注意義務について言及した判例はない。

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◆参加者は約30名であったが、皆さん食い入るように聞き入ってくれた。韓国と日本の労働環境は、違う点もあるが共通しているところも多い。また、同じ儒教文化の国であることから、職場での上下関係や仕事に対する責任感といった点でも共通しているのではないだろうか。
 日本の過労死防止法の制定や過労死家族の会の活動などが、韓国の過労死の予防と救済に役立っていけば望外の喜びであるし、また、判例や運動面でも、お互いに学び合っていけたらよいと思う。

◆実は、シンポジウムの前夜、中心メンバーの皆様(その中には、これまでも日本の弁護士や運動団体と交流の深いキム・ジンク(金 晋局)弁護士もおられた。)が、歓迎の食事会をしてくださった。2年ほど前に交換留学で立命館大学の櫻井純理教授のもとで過労死について研究し、卒業論文を書いたカン・ミンジョンさんも来てくださり、懐かしかった。
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 また、シンポ終了後の懇親会でも、懇親会からの参加者も含めて、私たち3人を大変歓待してくださった。その場で、今後も継続的な交流をしていくこと、そのための打合せを近いうちに持とうということも決まった。

 早くからシンポジウムを準備してくださった皆様、当日の前後を含め細やかな心遣いをしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

 ※写真は上から、
①ソウル地方弁護士会館の入口
②司会のコ・ユンドク(高 胤德)弁護士
③~⑤森岡、岩城、寺西3人の講演
⑥チョン・ビョンウク(鄭秉郁)弁護士の話
⑦労働環境健康研究所所長、イム·サンヒョク(任 祥赫)さんの話
⑧5人によるパネルディスカッション
⑨会場風景
⑩当日配布されたパンフレット
⑪懇親会にて


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2015年8月16日 (日)

No.251 和歌山の介護老人施設職員過労死事件で勝訴判決!

1 勝訴判決

 和歌山県の広川町の介護老人福祉施設で勤務していた男性職員(当時49歳)のK・Sさんがクモ膜下出血を発症して死亡した事件の民事訴訟で、2015年8月10日、次の新聞記事のとおり、和歌山地裁で勝訴判決を得ることができた(弁護団は林裕悟、舟木一弘弁護士と私)。

◆職員死亡「過労が原因」施設側に7千万賠償命令

読売新聞 8月11日付
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 和歌山県広川町の介護老人福祉施設の男性職員(当時49歳)がくも膜下出血で死亡したのは過労が原因として、遺族が、施設を運営する社会福祉法人などに約8300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が10日、和歌山地裁であった。

 山下隼人裁判官は、男性が死亡直前の4か月間に月約90~150時間の長時間労働をしていたと指摘し、施設側に約7000万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は2003年から、「和歌山ひまわり会」が運営する施設「広川苑」に経理担当者として勤務。同僚職員の退職に伴って09年9月頃から業務量が増加し、10年10月に死亡した。遺族は12年3月に提訴していた。

 判決で山下裁判官は、厚生労働省の基準に照らして「著しい疲労の蓄積をもたらす過重な業務に就いていた」と言及し、「施設側は、男性の業務内容や業務量を適切に調整する措置を採らなかった」と述べた。

 また、男性が働き続けていた場合、時間外労働が継続した可能性が高いとして、月45時間分の時間外手当(月額約9万5000円)も逸失利益として賠償額を算定した。遺族側代理人の弁護士によると、こうした判断は異例という。

◆4カ月の平均時間外労働116時間 介護施設勤務の男性「過労死」認定、7千万円賠償命令 和歌山地裁
産経新聞8月11日付
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 和歌山県広川町の介護老人福祉施設で勤務していた男性=当時(49)=がくも膜下出血で死亡したのは過労が原因として、遺族が施設を運営する社会福祉法人「和歌山ひまわり会」などに約8390万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が10日、和歌山地裁であった。

 山下隼人裁判官は「くも膜下出血と業務との間には因果関係がある」と過労死を認定した上で、男性の心身の健康への注意義務を怠ったとして約6980万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は平成15年から施設の事務管理室長として勤務。同僚2人が退職してからは業務が増加し、22年10月にくも膜下出血で死亡した。発症前4カ月の月平均の時間外労働は約116時間で、御坊労働基準監督署は23年6月、男性の死亡が業務に起因すると判断し遺族補償年金の支給を決定していた。

 判決を受け男性の妻(53)は「全面的に認められて感謝しているが、夫は2度と帰ってこない」と涙をぬぐった。同施設は「判決文を精査し対応を決める」とコメントした。

 過労死問題をめぐっては、過労死防止基本法の制定を国に求める意見書を遺族らが提出し、25年12月に同県有田川町議会で採択された。その後、26年11月に「過労死等防止対策推進法」が施行され、今年7月には同法に基づく対策大綱が閣議決定された。

 遺族は「過労死ゼロを目指して、雇用者に過労死について関心を持ってもらいたい」と力を込めた。

2 本判決の画期的な点
 この判決は、法的な点では、以下の2点で画期的と考えている。
(1)過失相殺を認めなかったこと
 過労死事件でも過労自殺事件でも、民事訴訟になると、何かと理由をつけて過失相殺や素因減額がなされることが多い。本件でも被告側は、①被災者は健康診断で脂質異常を指摘されていたこと、②相当程度の飲酒と喫煙を続けていたことなどを挙げて、相当程度の過失相殺を主張したが、裁判所はこれを排斥し、過失相殺を認めなかった。
(2)逸失利益の計算に当たって月45時間分の時間外手当を基礎収入に含めたこと
 判決の該当部分を引用する。
 「別紙労働時間一覧表〔裁判所認定〕のとおり、Sは、くも膜下出血を発症して死亡する前、1月当たり90時間を超える時間外労働をしていたものであるところ、被告ひまわり会から時間外手当の至急を受けていなかったものの、上記のとおり労働基準法41条2号所定の管理監督者に該当しない以上、時間外手当を請求することができたものであり、また、Sの死亡前の稼働状況に照らすと、Sが将来的にも時間外労働を継続した蓋然性が高いというべきであるから、Sの逸失利益を算定する際の基礎収入については、時間外手当分も考慮するのが相当である。
 もっとも、Sが就労可能年数にわたって1か月当たり90時間以上の時間外労働を続けることができたとは考えがたいところ、脳・心臓疾患認定基準において、脳・心臓疾患の業務起因性に関して、1か月あたりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には業務と発症との関連性が弱いとされていることを考慮すると、Sが継続することができた時間外労働は1か月当たり45時間程度であったと考えるのが合理的であるから、1か月当たり45時間分の限度で時間外手当を基礎収入に含めるのが相当である。」

 被災者が過労死直前まで長時間のサービス残業を余儀なくされていたケースは多いが、本来支払われるべきであった残業手当相当額を逸失利益計算の基礎収入に加えるべきか、加える場合どの程度の時間数分を加えるべきかについて、これまで取り上げた裁判例は見当たらなかった。本件で弁護団がこの点を強く主張したところ、裁判所が認めてくれたものである。

3 過労死をなくす取り組みでも頑張ってきたKさん
 Sさんが亡くなった2010年10月13日は、くしくも、過労死を防止する法律の制定を求めて、全国過労死を考える家族の会が初めて衆議院議員会館で「院内集会」を開催した日であった。

 Sさんの妻のKさんは、2010年11月に御坊労基署に労災申請後、「大阪過労死家族の会」に入会し、過労死問題は社会問題であることを知った。2011年11月から本格的に始まった「過労死防止基本法」制定の取り組みでも頑張り、2013年12月には、Kさんの働きかけを受けて、有田川町議会(12月10日)、和歌山県議会・和歌山市議会(いずれも12月19日)で「過労死防止基本法の制定を求める意見書」が全会一致で採択されたのである(「No.159 「過労死防止基本法の制定を求める意見書」を和歌山県と和歌山市が同時採択!」参照)。
 そして、その後Kさんは、過労死防止全国センターと大阪センターの幹事に就任され、さらに今年4月には大阪過労死家族の会の代表に就任されたのである。
 そんな頑張り屋のKさんがこのような勝訴判決を勝ち取ったということで、私にとって嬉しさも格別なのである。

4 控訴され、舞台は大阪高裁へ
 もっとも、この判決に対して被告らは控訴し、舞台は大阪高裁に移ることになった。
 気を引き締めて、さらに頑張っていきたい。


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2014年11月 3日 (月)

No.217 「詩」の力

 「全国過労死を考える家族の会ニュース 第63号」(2014年10月10日発行)の「各地のニュース」欄に、名古屋家族の会会員の杉林和子さんの詩が載っていた。
 過労死防止法の制定を実現した全国の過労死遺族たちの思いを代表する、すばらしい詩だと思ったので、紹介させていただきたい。

      あってはならぬこと

                名古屋家族の会会員 杉林和子

院内集会は
怒りが塊になっていた
涙は溢れつづけ
拭っても 拭っても
止まることはなかった

働いて 働いて
働き切った夫たち
息子たち 娘たち
長時間過密労働
パワハラと成果主義に
追い打ちをかけられ 殺された

母親たちは
いとしい息子の命を
明るかった娘の命を
わたしの命と引き換えにと
なんど泣き叫んだことだろう

優しかった息子よ
利発だった娘よ
もう一度
母さんの胸に戻ってきておくれ
抱きしめて 抱きしめて
頬ずりをさせておくれ

だから
私たちは立ち上がった
度重ねられた院内集会
怒りの塊は政策となった
過労死防止基本法制定を求める署名が
飛んで 飛んで 飛び交って
50万筆をはるかに超えた

働くことは生きること

過労死は
あってはならぬことなのだ

 「ストップ!過労死 100万人署名」の署名用紙にも載せられていた、父親を過労自殺で亡くした、当時小学校1年生だった「マー君」の「僕の夢」という詩も、わずか9行の詩が、過労死問題の本質を訴えている。
 この詩を読んだだけで泣いた、という人が何人もいた。

      ぼくの夢 141103

大きくなったら
ぼくは博士になりたい
そしてドラえもんに出てくるような
タイムマシーンをつくる
ぼくはタイムマシーンにのって
お父さんの死んでしまう
まえの日に行く
そして「仕事に行ったらあかん」て
いうんや

 私には詩心といったものはないが、人間の心を歌った詩に、最近特に感動するようになった。
 詩でも、俳句でも、絵でも、音楽でも、何でもいいからやってみたいなあ。


 【付記 2014・11・15】
 杉林さんの詩の一部に誤記と脱落がありましたので、修正しました。

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2014年9月15日 (月)

No.208 森岡孝二先生(関西大学名誉教授)、過労死防止法成立の意義を語る

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 少し日が経ってしまったが、毎日新聞(2014年9月3日付け)の「オピニオン」のページで、森岡孝二先生(関西大学名誉教授)が、過労死防止法の成立の意義について、インタビューで語っている。
 聞き手は、過労死問題を一貫して報道してきた東海林智記者だけに、大変よくまとまっていると思う。
 「残業代ゼロより過労死ゼロが優先されるべきだ」──大変いいキャッチコピーだと思う。
 法律の施行を前にして、ぜひたくさんの人に読んでほしい。

<そこが聞きたい>過労死防止法成立 森岡孝二氏 http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20140903org00m010006000c.html (毎日新聞2014年09月03日)

 ◇国・自治体の責務に−−関西大名誉教授・森岡孝二氏
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 先の国会で過労死等防止対策推進法(過労死防止法)=1=が成立した。「過労死防止基本法制定実行委員会」の委員長として遺族らとともに立法措置を求めてきた森岡孝二・関西大学名誉教授に、その意義や今後の課題を聞いた。【聞き手・東海林智、写真・梅田麻衣子】

−−過労死が社会問題化してから四半世紀が経過し、「KAROSHI」として国際的にも知られる異常な状況に歯止めをかける過労死防止法ができました。

 過労死や過労自殺は「あってはならない死」です。よくここまでこぎ着けたなというのが実感です。2011年11月に被災者家族や弁護士、学生らで法制定を求める実行委員会を結成しました。55万筆の署名を集め、道府県議会を含む全国121の地方議会で制定を求める意見書が採択されるなど運動が広がりました。昨年6月には超党派の議員連盟が作られ、約130人が参加、法制定の大きな力になりました。

−−超党派の議員が動いた背景に何があったのですか。

 過労死は人災です。被災者家族らが中心になって熱心に議員を訪ね歩き、過労死の現状を伝えた結果、理解が広がりました。また、法制定を求める院内集会に参加した議員のあいさつでは、身内や近しい人、支援者らの間に過労死や過労自殺の被災者がいるという話が参加の動機として語られました。「人ごとではない」という思いが危機感を持って広がったことも背景にあると思います。国会の総意として防止法が成立したことは大きな意義があると思います。

−−法律ができたことで具体的にはどのような効果が期待できますか。

 この法律は、過労死の防止を国と自治体の責務として初めて定めました。防止対策として調査・研究、啓発、相談体制の整備、民間団体の活動支援などを盛り込んでいます。

 例えば、調査・研究の分野では、個々の労災請求を詳細に検討して積み重ねていけば、これまで見えていなかった長時間労働の健康への影響を具体的に解き明かすことができます。深夜労働やシフト制、連続勤務や休憩時間のあり方がどのように健康被害につながるのか分かるかもしれません。

 また、現在、過労死認定=2=されている脳・心疾患以外の疾病、例えば糖尿病のような疾病に対する長時間労働の影響の解明も重要です。これまで、長時間労働の実態があっても関連が解明されなかったケースでの労災認定に役立つでしょう。

−−防止対策は進むでしょうか。

 労災認定される過労死・過労自殺は「氷山の一角」と言われています。全体像が見えてくれば、具体的な防止策も前進し、命を危うくする働き方への抑止につながっていくものと期待しています。

 その他にも、国や自治体による過労死の広報・教育活動や、11月の「過労死等防止啓発月間」を通じて、過労死の防止を国民的課題として可視化することも期待できます。

−−法成立直後に、政府は労働者の一部を労働時間規制から除外する「新たな労働時間制度」を成長戦略に位置づけました。長時間労働を助長するとの批判も根強くありますが。

 現状から見たら、逆立ちした提案です。正社員の労働時間は既に限界を超えるほど長くなっており、その抑制が求められています。しかし、この制度は一部の人を労働時間規制の対象外とし、際限のない長時間労働を容認するものです。また、働く人の命と健康を守るべきなのに、命と健康を経済発展の道具にしようとしています。二つの意味で逆立ちしていると言わざるを得ません。

−−除外の対象者は年収1000万円以上で専門的な仕事などと要件を挙げていますが。

 対象者の多くは、勤続20年ぐらいで40〜50代、部長や課長、それに準じる人々でしょう。部下を指導、指揮する立場の人には出退勤の裁量があったとしても、部下が仕事をしている中で先に帰ることができるかと言えば難しい。専門職というくくりも、日本の職務区分は大ぐくりです。専門分野があいまいで、多様な仕事を抱えているのが現実です。いずれにせよ、労働時間規制から除外されれば、長時間労働から逃れるのは極めて難しい。

 また、労働者派遣法が派遣可能な職種を限定して始まりながら、後に全面解禁されたように、いずれは年収要件も専門性の要件も緩和されることが予想されます。命の危険にさらされる労働者はあっという間に拡大するでしょう。そうなれば、今以上にひどい状況を招いてしまいます。

−−過労死防止法ができたからといって手放しで喜べる状況ではないということですね。

 法の成立は、過労死防止対策の長く困難な道の入り口に立ったに過ぎません。制定された法をどう生かすかは、国と自治体、事業主の責務であると同時に私たちの課題でもあります。
 ◇聞いて一言

 2006年の第1次安倍政権時代に、労働時間規制から管理職に近い人を除外する「ホワイトカラー・エグゼンプション」構想が出された。思えばこれに「過労死促進法案だ」と反対したのも被災者家族だった。その家族や森岡さんらが、過労死防止法の成立に全力を挙げたのは「これ以上働く者の犠牲を許さない」との願いからだ。くしくも、法成立直後に、再びエグゼンプションが成長戦略として提案された。当然、残業代ゼロより過労死ゼロが優先されるべきだ。
………………………………………………………………………………………………………
 ■ことば
 ◇1 過労死等防止対策推進法
 「過労死はあってはならない」を基本理念に、国に過労死防止の施策を策定・実施することや、自治体に協力して地域の施策を策定する責務を課した。事業主には防止策への協力、国民には過労死防止への関心と理解を深める努力義務も課した。今秋に大綱を作り、過労死等防止対策推進協議会が設置される。

 ◇2 過労死認定
 2013年度の脳・心疾患による過労死の労災請求件数は784件(前年度比58件減)、認定は306件(同32件減)と過去最多レベルで高止まりしている。精神疾患の労災請求件数は前年度比152件増の1409件(自殺177件含む)で過去最多、認定は436件(前年度比39件減)だった。過去最悪の前年度は下回ったが400件台の認定が続いている。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
 ◇もりおか・こうじ
 1944年生まれ。専門は企業社会論。近著に「過労死は何を告発しているか 現代日本の企業と労働」(岩波現代文庫)。


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2014年8月24日 (日)

No.205 法律制定を喜び合い、新しい活動のスタートを!──実行委員会の「発展的解散式」

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 8月23日(土)、東京・四ツ谷の主婦会館(8階)で、「過労死防止法制定実行委員会 新たな活動への一歩を! 発展的解散式」が行われた。
 参加者は、ここ数日で急速に増えて60名を超え、大変な盛会であった。
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 第1部は会議。前半は「実行委員会解散総会」で、2011年11月の結成からこの2年9か月の活動を総括した。
 森岡実行委員長のあいさつ、私の基調報告に続いて、寺西、中原、西垣の御三方(合体した「寺西垣のり子」で有名になった)が前に並んで、ロビー活動についてそれぞれ個性豊かな(?)報告を行い、拍手に包まれた。

 後半は、「(仮称)過労死防止センター結成準備会」として、過労死防止法制定後の活動について議論を行った。
 最初に私から総論的な報告と「(仮称)過労死防止センター」についての提案、森岡先生から「(仮称)過労死防止学会」についての提案を行い、続いて川人弁護士から、既に厚労省内に設置され活動を開始している「過労死等防止対策推進室」のスタッフの人たちとの協議状況の報告がなされた。
 こちらの方は、初めての取り組みになるため、活発な意見交換や決意表明が行われた。
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 第2部は、場所を7階に移しての「懇親会」。
 司会はPOSSEの佐藤さんと、東京家族会の中原さんの絶妙ペア。

 最初に、司会の中原さんの提案で、大阪で長年過労死問題に取り組まれた医師の田尻俊一郎先生、大阪過労死家族の会のキタジンさんこと北村 仁さん、昨年ジュネーブの社会権規約審査委員会でお世話になりつい最近亡くなられた吉田好一さんなど、これまで過労死運動に大きく貢献をされて亡くなった人たちを偲んで、黙祷を行った。突然の提案であったが、これらの人たちのことを思い出して胸が熱くなった。
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 続いて、過労死弁護団代表幹事の岡村親宜先生の発声で乾杯。
 その後は、マスコミ記者の方や過労死弁護団の弁護士、家族の会の会員、関係団体の人たちから、次々と祝辞や喜びの発言が述べられた。
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 その合間に、森岡先生が編集した、実行委員会の結成総会から法律制定までの懐かしい映像やTV報道を編集したものがスクリーンに映され、参加者みんなで楽しんだ。

 約2時間はあっという間に過ぎ、最後に過労死弁護団代表幹事のお一人である水野幹男先生が閉会のあいさつ。熱い余韻を残しながらの散会となった。
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 この取り組みを始めたときは、こんな日がやってくるとは思っていなかった。
 このような仲間たちと、法律制定後の新しいステージに勇躍、飛翔できる喜びを噛みしめ、ちょっと涙もろくなった「解散式」であった。
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 ※写真は、上から
①第1部での森岡先生あいさつ
②寺西、中原、西垣さんのロビー活動報告
③第2部での岡村弁護士の乾杯あいさつ
④乾杯
⑤玉木弁護士のあいさつ(その左は順に尾林、川人、佐久間各弁護士)
⑥水野弁護士の閉会あいさつ
⑦最後に全員で集合写真
⑧解散式を報じた京都新聞記事
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2014年8月15日 (金)

No.203 龍基金の「第8回中島富雄賞」を、我らが森岡孝二先生が受賞!

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 8月10日、東京で、「過労死をなくそう!龍基金」の「第8回中島富雄賞」の授賞式が行われた。
 今年の受賞者は、我らが森岡孝二先生であった。
 「過労死防止基本法制定実行委員会」委員長として今年6月の国会で成立した「過労死等防止対策推進法」づくりを多くの過労死遺族とともに先頭で担ってきた点と、長らく過労死防止や長時間労働抑止のために研究活動を続けてきた点が、授賞理由とのことである。

 「過労死をなくそう!龍基金」は、ファミリーレストラン「すかいらーく」で過労死した中島富雄さんの遺族がNPO法人労働相談センター、全国一般東京東部労働組合と協力して2006年12月に設立。中島富雄賞は、過労死・過労自殺の撲滅に貢献した団体や個人を中島さんの命日である8月に毎年表彰している、同基金の継続事業である。

 過去の授賞者は以下の通りである。
第1回 「過労死110番全国ネットワーク」
第2回 高野広志さん(日本マクドナルド「名ばかり管理職」裁判原告)
第3回 前沢笑美子さん(すかいらーく契約店長過労死遺族)
第4回 寺西笑子さん(過労死企業名公表裁判原告)
第5回 吹上了さん・隆子さん(居酒屋「日本海庄や」過労死遺族)
第6回 森豪さん・祐子さん(ワタミ過労自殺遺族)
第7回 東京新聞の中沢誠記者・皆川剛記者、産経新聞の小野木康雄記者(過労死問題を報道)

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 今回、私は参加できなかったが、受賞した森岡先生は、「過労死防止法はいかにして作られたか」と題して講演。「反過労死運動の担い手は何よりも被災者の妻や母たちだった。悲嘆の涙から怒りの涙へ、涙をこらえて闘う活動家に変わった。過労死防止法制定にはワタミ事件のインパクトもあった。できた法律をどう過労死をなくす運動につなげていくかは労働組合にかかっている」と叱咤激励した。
 講演後、森岡先生とともに過労死防止法制定に尽力してきた全国過労死を考える家族の会の寺西笑子代表と、東京過労死を考える家族の会の中原のり子代表も壇上で過労死をなくす運動を進めていく決意を述べたとのことである。

 また、ワタミ過労死遺族の森豪さんと森祐子さんの発言、ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉(しん・すご)さんの記念講演「生きる権利を守る」も行われ、台風の中であったが、会場には112人が集まり盛況であったとのことである。

 これらの詳細は、労働相談センターの「スタッフ日記」で報告されているので、参照されたい(なお、この投稿の画像も、同日記から借用させていただいた)。

 森岡先生は、実行委員会のメールに、「何であれ一般に賞というのは嫌いですが、私個人ではなく、過労死防止基本法制定実行委員会が受賞するものと理解し、今回は実行委員会が受賞したものと理解し喜んでお受けしました。」と書かれている。

 そう、壇上に並んでいるこの3人の後ろには、全国で頑張った私たちの仲間と、力を貸して下さった関係者の皆さんが並んでいるのである。
 この賞の受賞に恥じないように、過労死防止法が実効性あるものになるよう、頑張っていきたい。


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2014年7月31日 (木)

No.199 過労死防止法制定に大奮闘=「オール兵庫」の皆さんに乾杯!

 7月27日(日)、神戸市内のラッセホールで、過労死防止基本法制定兵庫実行委員会主催(兵庫県弁護士会後援)の「過労死防止法成立報告集会」が開かれた。
 私は「「過労死防止法」は、過労死・過労自殺をなくせるか」と題して、約40分間基調報告をさせていただいた。

 兵庫実行委員会が結成されたのは、2年ちょっと前の2012年5月12日。私はこの結成総会で、「いま、なぜ「過労死防止基本法」か」と題してお話をさせていただいたことを、まるで昨日のことのように思い出す。
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 結成後、兵庫実行委員会は、自民党から共産党まで幅広い政党の議員の方が実行委員に加わり、全国を牽引する取り組みを行ってきた。集めた署名は76,714筆(東京に次いで全国2位)、目標達成率は175%(京都に次いで全国2位)。連合兵庫や政党支部からもたくさんの署名が届けられた。
 「過労死防止基本法の制定を求める意見書」を採択した自治体は、兵庫県、神戸市を含む8自治体に及ぶ。
 兵庫過労死家族の会の代表の西垣迪世(みちよ)さんは、兵庫実行委員会の事務局長を務めながら、昨年10月以降は週の大半を東京に常駐してロビー活動にも全力投球された。

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 今回の報告会は、このように奮闘した実行委員会の慰労会の意味あいもあった。参加された兵庫県選出の国会議員の秘書や、幅広い政党の県会議員や市会議員の方々を含めた約80人の皆さんは、とてもよい笑顔をされていた。
 第2部の懇親会は、結成総会の時と同じ「サロン・ド・あいり」で行われた。約20人の参加者の皆さんと酌み交わしたビールは、本当においしかった。

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 防止法が制定された今、今度はこれを活用して、国のみならず地方自治体においても、具体的な過労死防止対策を推進していくことが求められる。「オール兵庫」の皆さんには、この「兵庫方式」で、全国をリードしていってほしい。
 皆様、本当にお疲れさまでした。

 下記の神戸新聞のほか、サンテレビと関西テレビのカメラが入り、それぞれニュースで報道してくれた。これら地元マスコミの皆さんにとっても、この集会は、一つの区切りであったと思う。
 一緒に歩んできていただいたことに、心から感謝したい。ありがとうございました。

過労死防止法実効性を 成立受け遺族ら報告集会 神戸 (7月28日付け神戸新聞) http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201407/0007184810.shtml

 働き過ぎによる死亡を防ぐ対策を国の責務とする「過労死等防止対策推進法」が6月に成立したことを受け、「過労死のない社会実現へ」と題した集会が27日、神戸市中央区のラッセホールで開かれた。法整備を求めて署名活動などを続けた遺族らが、施行後の実効性確保などを訴えた。

 同法は、過労死や過労自殺の防止に向けた初の法律で、11月施行に向けて準備が進む。国が取るべき対策として、過労死の実態調査・研究▽相談体制の整備▽啓発▽民間団体の支援▽防止策に関する大綱作り‐などを盛り込んだ。

 集会は兵庫県内の遺族や弁護士らでつくる実行委員会が主催し、約80人が参加した。

 過労死防止法制定全国実行委員会事務局長の岩城穣(ゆたか)弁護士は、今後、専門家や遺族らの意見を聴く協議会が設けられることなどを挙げ「署名が多かった兵庫で、条例や協議会の地方版をつくるなど先進モデルができれば」と提案した。

 全国過労死を考える家族の会兵庫代表で、一人息子を過労が原因で亡くした西垣迪世(みちよ)さん(69)=神戸市垂水区=は「今からがスタート。防止策の推進センターのような機関をつくり、法律を生かしたい」と語った。
(宮本万里子)

 ※写真は上から、
 ①経過報告をされる西垣迪世さん
 ②報告会終了後、集合写真
 ③二次会の様子


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2014年6月29日 (日)

No.195 過労自殺させた会社と、防止できなかった労基署の「醜い野合」

 23歳の自動車整備士の過労自殺の労災不認定の取消しを求める行政訴訟(「No.69 宮崎の地で、過労自殺行政訴訟を提訴」参照)で、6月16日の午後(第1回)と、6月27日の終日(第2回)、宮崎地裁で集中証人尋問が行われた。

 被災者はホンダ学園を卒業後2004年4月(株)ホンダ四輪販売南九州に入社し、最初の3年間は新車販売店「ホンダカーズ宮崎花ヶ島南店」で新車の整備を担当していたが、2007年8月から、中古車販売店である「オートテラス花ヶ島店」に異動した。
 それ以降、被災者の帰宅時間は遅くなり、疲労の様子が強まっていたが、同年12月12日から会社に出勤しなくなり、12月23日、練炭自殺した遺体が発見された。
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 解明されるべきは、「花ヶ島店」に異動するまでは元気で仕事をしていたのに、異動後の4か月余りの間に何があったのか、である。被災者の遺書には、「工場長、つかえない人間ですみませんでした。」と書かれていた。

 第1回の証人尋問は被告国側申請の4人で、①当時の本社総務課長(現・事業管理部長)のY氏、②当時の工場長のK1氏、③当時の同僚(先輩)であったK2氏、④同じく同僚(先輩)であったT1氏の4人。
 第2回は原告側申請の6人で、①当時の店長(現在は定年退職)であったN氏、②当時の同僚(先輩)であったK3氏、③被災者の前任者で入れ替わりに被災者の前勤務店に異動となったS1氏、④被災者と一時期(7月~9月)のみ同店で勤務し、個人的にも親しかったS2氏の4人と、⑤被災者の妹さん、⑥原告である母親である。
 もっとも、第2回は原告側申請といっても、①は元店長であり、②~④は現在も同じ会社に勤務していることから、証言にあたって多かれ少なかれ会社の意向を受けざるを得ないと考えられる人たちであった。

 尋問の結果の詳細はここで紹介することはできないが、当時の職場の状況や、被災者に生じた出来事を相当程度明らかにできたと思う。
 また、国や会社側が、あたかも被災者の自殺の原因が被災者の家庭不和や借金にあったと主張してきたことが、根拠のない決めつけにすぎなかったことも明らかになった。
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 もともと過労死・過労自殺事件では、被災者本人が亡くなってしまっているうえ、重要な資料のほとんどは会社が持っているため、発症や死亡前に何があったのかを明らかにすることが困難なケースが多い。特に、閉鎖的な職場で証人同士の口裏を合わせられると、真実の解明はいっそう困難となる。

 しかも、許しがたいことは、行政訴訟で、労基署は会社と事実上タッグを組んで、被災者の発症・死亡が業務と無関係であったと、遺族側を攻撃してくることである。

 ①そもそも、労基署や労働局は労働者の諸権利を保護する機関であり、少なくとも中立でなければならないはずである。
 ②また、過労死・過労自殺事案では、ほとんどのケースで労働法令違反(典型的なのは、労働時間の適正管理義務違反、違法な時間外労働、時間外手当の不払いなど)がみられ、労基署の監督が不十分であったために悲惨な過労死・過労自殺を発生させてしまったともいえる。
 ③にもかかわらず、労基署はまさにその加害企業とタッグを組んで、過労死・過労自殺ではなかったと主張・立証してくるのである。
 これは、二重、三重に理不尽といわなければならない。労基署は、いったい誰のための官庁なのか。
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 今回の事件でも、本件職場では月の残業が20時間に抑えられる中で、タイムカード打刻後も、店の施錠まで数時間のサービス残業が行われていたこと、その残業時間のカウントも30分未満切り捨てという違法な取り扱いがなされていたことは明らかである(この点については、その後労基署の指導があり改善されているのである)。
 にもかかわらず、法廷では被告国(労基署)の代理人と役人たちが被告席にずらりと並び、傍聴席には会社関係者が陣取り(民事訴訟の会社代理人も来ていたとのことである)、被告国の代理人は恐らく事前に会社側と十分に打合せをしたうえで、会社に責任がなく、自殺の原因は本人側にあったとの方向で主尋問・反対尋問を行うのである。

 私は、この光景を見て、本当に醜いと思った。「いったい誰のためにやってるんだ。恥ずかしくないのか」と心底腹が立った。
 これ自体は、現在の訴訟構造上、違法とまでいうことはできないであろう。しかし、世間一般の目、社会通念からみれば「醜い野合」であり、不当極まりないことは明らかである。

 過労死防止法が成立し、厚労省が過労死をなくしていく国の責務を果たす主務官庁になった今、このような国、労基署の姿勢は根本的に改められるべきである。
 また、裁判所も、過労死をなくしていく責務を負う国の三権の一つとして、形式的な主張・立証責任に拘泥することなく、過労死が発生する労働現場の実態や労働者の弱い立場を直視して、公正・妥当な判断を行うことが求められている。

 このことを特に痛感した、今回の集中証人尋問であった。
 (弁護団は、成見暁子、瓦井剛と私の3人である。)

 ※写真は上から、
 ①被災者の残した遺書の一部
 ②修理工場内の様子(インターネットより)
 ③2回目の尋問終了後の裁判所での集合写真


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2014年6月24日 (火)

No.194 「過労死防止法」成立の喜びを、札幌の皆さんと共有──北海道過労死問題研究会総会で講演

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 前夜の参議院本会議での可決・成立の興奮も醒めやらぬ6月21日(土)、早朝に羽田から札幌に飛び、午後1時30分から北海道過労死問題研究会の総会で、「過労死等防止対策推進法制定と過労死をめぐる状況について」と題して、2時間近くお話をさせていただいた。

 北海道過労死問題研究会は、札幌のたかさき法律事務所の高崎暢先生が中心となって作られた、過労死の予防と救済を目的とした団体である。
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 私は2000年6月に大阪過労死問題連絡会のホームページを立ち上げたが、その後まもなくしての2001年3月に、この北海道過労死問題研究会の作ったテレフォンカードのイラストを使わせていただいたので、もう相当な歴史があるはずである(右のイラストの右下に、小さく説明している(笑))。

 講演では、若い弁護士さんやいのけんセンター、北海道過労死家族の会の人たちなど約20人の前で、1988年に「過労死110番」を開始(この年に私は弁護士登録をした)してから今日までの過労死問題の歴史、過労死防止基本法制定に取り組むことになった経緯と経過、今回成立した法律の内容などについて、思い出やエピソードを交えながら話させていただいた。

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 何よりも、お話をさせていただいた私が一番楽しかったが、幸い、参加者の皆さんから大変好評を得ることができて嬉しかった。

 終了後には、心を込めた接待を受け、おいしい料理を堪能しながら、皆さんと交流することができた。二次会の「昭和レトロ」なスナックも含めて、最高の一日となった。
 特に高崎先生には、ご多忙の中、深夜までお付き合い下さり、ただただ感謝である。
 北海道過労死問題研究会の皆様、ありがとうございました。


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