現在、過労死・過労自殺(自死)が労働災害に当たるかどうかは、厚労省が定めたそれぞれの認定基準に基づいて、労働基準監督署が判断している。この認定基準の内容と運用が適切でなければ、過労死・過労自殺の遺族が切り捨てられるばかりか、労基署による是正勧告や刑事訴追、企業名公表といった措置も執られず、過労死・過労自殺を生み出す労働実態が改善されないことになる。
現在の過労死(脳・心臓疾患)の認定基準は2001年12月12日に制定されたもので、既に16年、過労自殺(精神障害)の認定基準も2011年12月23日に制定されて、既に6年が過ぎている。また、内容的にも、私たち過労死弁護団からみて不十分な点や不合理な点も多い。
例えば、脳・心臓疾患の認定基準では、発症前の時間外労働時間が100時間以上、2か月以上の平均で80時間以上という基準が一人歩きし、これを超えると認定されやすく、それを下回るとほとんど認定されないというのが実情であるが、例えば20歳の若者と65歳の高齢者が同じ基準でよいのだろうか。身体障害者と健常者はどうか。また、同じ時間外労働時間数でも、昼間と深夜、交替制労働では疲労が異なるのではないか。
精神障害の認定基準についても、労働時間については同じことがいえる。また、いったんうつ病などの精神障害にかかった人については、それが「増悪」したか、いったん「治ゆ」したうえで「再発」したと認められるかで認定要件が全く異なるのは不合理である(「増悪」の場合は、初めて精神障害にかかった場合よりもはるかに厳しい「極度の長時間労働や「極度の心理的負荷」が求められている)。
2014年に制定された過労死等防止対策推進法(過労死防止法)は、過労死等があってはならないとし、これをゼロにするために総合的な対策を執るとしているが、たくさんの過労死遺族たちが、この認定基準のハードルによって切り捨てられ、苦しんでいる。極端にいえば、認定基準のハードルを上げれば上げるほど、過労死等は「減らせる」のである。
過労死防止法の附則第2項は、「この法律の規定については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。」としており、3年が過ぎたことから、「過労死防止を考える超党派議員連盟」で同法の規定の見直しが始まっており、また、これとあわせて改訂が行われる予定の「過労死等防止対策大綱」についても厚労省に設置された「過労死等防止対策推進協議会」で議論が始まっている。
過労死・過労自殺の認定基準の改正は、法律や大綱の改定そのものではないが、過労死防止法14条は「政府は、過労死等に関する調査研究等の結果を踏まえ、必要があると認めるときは、過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講ずるものとする。」としているのであるから、認定基準の然るべき改正が「過労死等の防止のために必要な法制上の措置」に当たることは明らかである。
私が所属する過労死弁護団全国連絡会議では、本年9月29~30日に宮崎市で開かれた総会で、過労死弁護団としてこれら認定基準の改定案を作ることを決め、来年4月には公表できるようにすることを視野に、それぞれについて検討チームを設置し、議論を開始している。私は脳・心臓疾患のチームに所属し、議論に参加している。
そのような問題意識から、10月28日に開かれた「第9回過労死等防止対策推進協議会」で私は、次のように発言した(議事録が厚労省のホームページに公開されている)。
(引用開始)
○岩城委員 弁護士の岩城です。私は4年目に入ろうとしている過労死防止の取組を大きく進める上で、過労死防止法14条の過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置としての心臓疾患と精神障害それぞれの労災認定基準の見直しが急務になっているのではないかということをお話をしたいと思います。
過労死防止法2条は、過労死等について定義をし、このような過労死等はあってはならないということで、防止対策を定めております。他方、労基法、労基法の施行規則、労災保険法では、血管病変等、著しく増悪させる業務による脳・心臓疾患、心理的に過度な負担を与える自死を伴う業務による精神障害について、労働災害として補償を行うとしておりますが、これは過労死防止法における過労死、過労自殺の定義とほぼ同じものと考えられます。
そして、厚労省や人事院、地方公務員災害補償基金は、これら認定のために、いわゆる認定基準を作って運用しており、これに基づいて労災と認定されたものが、いわゆる過労死、過労自殺の件数や事例として、今回の白書などでも取り扱われております。
また、業務上認定がなされると、過労死を発生させたということで、刑事訴追や是正勧告等の監督行政が行われたり、企業名が公表されるなどして、過労死防止に向けた働きかけが行われております。
そうであるならば、これらの認定基準は、社会的実態として発生している過労死、過労自殺を過不足なく、労災として認定するものでなければなりません。なぜなら、もし認定基準の要件が不当に厳しく、社会通念上は過労死防止法や労基法に定める過労死等であるにもかかわらず、認定要件の基準の要件に当てはまらないために、労災ではないとされると、当該事案は過労死等には該当しないとされ、遺族への補償もされず、また防止措置も取られないことになり、過労死の防止は進まないということになります。私は旧認定基準の時代に、3か月連続で100時間を超えた事案で、当時は直前1週間しか中心に見ないという制度の下で、業務外の認定がなされ、非常に悲しい思いをした記憶があります。

このような観点から、現在の過労死と精神障害の認定基準を見ますと、以下のような点が指摘できます。1つは、現行の認定基準は、脳心は2001年から実に16年、精神障害は2011年から既に6年が過ぎております。いずれも、過労死防止法が成立する前に制定されたものであり、過労死防止法の趣旨に合致するものかどうかの検証が十分とは言えません。また、その後の調査研究や、社会意識の変化の反映も担保されておりません。
例えば、①脳・心臓疾患の認定基準では、80時間、100時間といった時間外労働時間を中心としており、80時間を下回る事案では、今回の白書33ページの表1-10を見ても、60時間以上~80時間未満の事例では、248件中わずか14件しか認定をされておりません。80時間というのは、事実上の足切りの基準になっているというのが実状です。

また、②労働時間を会社が適切に把握していなかったために、かえって労災認定が受けられないという不都合も生じております。さらに、 ③60歳、70歳といった高齢者や、身体障害や内部障害を抱える障害者であっても、若者や健常者と同じ100時間、80時間という時間外労働時間によって評価をされている。また、④出張のための移動時間、持ち帰り残業、自主的に疲れの取れない中途半端な中抜けの休憩時間といったものも、きちんと評価すべき仕組みがありません。さらには、⑤深夜交替制勤務や不規則な勤務、精神的な負荷の強い勤務などの質的過重性が、事実上軽視されているといった問題もあります。
このように、一方では過労死防止法で過労死をなくすという宣言をしながら、他方で、明らかに社会的に見れば過労死とされる事案が十分な評価を受けられていないという問題があることから、認定基準の見直しについて御検討いただけないかということで、厚労省のほうに御質問したいと思います。
○岩村会長 では、厚労省の方、いかがでしょうか。今日、担当部局が来ていないので難しいかとは思いますけれども、可能な範囲でお願いします。
○村山総務課長 御意見は、担当の部局にもしっかり伝えたいと思います。他方で、現行の認定基準は多数の訴訟の中でも業務上外判断の規矩準縄として一定認められてきている、そういう積み重ねもあろうかとは思います。いずれにしても、御意見があった点については、しっかり担当の方に伝えたいと思います。
(引用終わり)
※画像は、10月28日の第9回過労死等防止対策推進協議会の会合の様子
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