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カテゴリー「3-6 過労死等防止対策推進法」の25件の記事

2017年8月14日 (月)

No.322 「かいじゅうの会 in 池の平」に参加してきました

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 8月8日~10日の2泊3日で、長野県の池の平(白樺湖畔)で行われた「かいじゅうの会」に参加してきた。
 「かいじゅうの会」とは、「過労死遺児交流会」の愛称で、全国過労死家族の会の会員の遺児(大学生程度まで)とその保護者を対象に、平成28年度から国の事業として行われることになり、今回が2回目である。
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 通常、過労死・過労自死は突然起こり、遺された配偶者(親)は精神的・経済的な困難、一人での子育ての困難、更には労災申請や裁判などの困難を抱えるが、子どもたちもそれまでの暮らしを突然奪われ、悲しみや不安、恐れなどによって成長上、大きなダメージを受ける。また、レジャーなどで外に遊びに出る機会も減る。
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 そこで、同じ体験を持つ親子が集まり、子どもたちは年齢を超えて交流しあい、親たちも専門家の助言も受けながら、子育てや労災の苦労を語り合う場として、「遺児交流会」が始まったのである。
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 もともとは、2002年から始まった年1回の「大阪過労死家族の会一泊交流会」に子ども連れで参加した遺族のために、2004年ころから交流会の一部として遺児交流のプログラムが始まったが、2008年ころから「遺児交流会」として独立して行われるようになった(たぶん、2008年3月の東京ディズニーランド行き(10家族26人)が最初ではなかったかと思う)。
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 そして、2014年に過労死等防止対策推進法(過労死防止法)が成立し、過労死等防止対策の一つである民間団体支援の一環として、2016年度から国の事業として行われることになった。私は今回、初めて準備委員として参加したのである。
 長年、過労死遺族の交流や遺児交流に関わってきた私にとって、感無量だった。
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 初回となる前回(2016年12月25日~27日)は、山梨県の清里でスキー体験が中心だったが、今回は夏に長野県の池の平(白樺湖畔)で行われた。
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 参加者の多くは東京駅と名古屋駅にそれぞれ集合し、バスで宿泊会場の池の平ホテルに向かった。私は名古屋組に加わってバスに乗ったが、バスの中でもビンゴゲームをしたりアニメのDVDを観たりと、子どもたちは大喜びだった。
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 1日目の夜は参加者の自己紹介と花火見学、メインの2日目は子どもたちはカヌー(午前)と乗馬・釣り(午後)、親たちはグループトークと希望者に対する個別相談、昼食は参加者全員でバーベキュー、夕方はマジックショーとクロージングセレモニー、という充実したメニューだった。
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 私は親たちとのグループトークや個別相談に参加したので、屋外でのアクティビティには参加できなかったが、子どもたちはすぐに仲良くなり、年上の子が年下の子の世話をするなど、昔の子ども会のような和気あいあいとした雰囲気で、胸が熱くなった。
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 親たちのグループトークでは、それぞれの自己紹介と体験を語り合い、お互いに励まし合っていた。私は個別の法律相談を担当し、2人の方の相談を受けた。
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 参加した家族は20家族くらいで、私たち準備委員や厚労省の担当者、学生ボランティア、受託事業者のプロセスユニークの人たちも加えると、総勢70人くらいだっただろうか。
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 2日目の夜のイベント終了後、一部の親御さん、準備委員、ボランティアやプロセスユニークの人たちと事実上の打ち上げ会をして、遅くまで語り合ったのも楽しかった。
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 楽しい2日間はあっという間に過ぎ、3日目の朝、みんなでお別れをするのは少し寂しかったが、また来年、一回り成長した子どもたちや、元気な親たちに会えることを楽しみにしたい。
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 ※画像は上から
 ①今回のかいじゅうの会のしおり 表紙
 ②同 保護者向けプログラム
 ③同 スケジュール
 ④家族の会一泊交流会での遺児交流の一コマ(2005年7月)
(1日目)
 ⑤バスに乗って出発
 ⑥社内でのビンゴゲーム
 ⑦自己紹介(オープニングセレモニー)
 ⑧花火
(2日目)
 ⑨グループトーク
 ⑩・⑪お昼のバーベキュー
 ⑫マジックショー
 ⑬残念だけど、帰りのバスへ
 ⑭車窓からの白樺湖

 (なお、参加者の顔にはモザイクを施してあります。)

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2017年3月10日 (金)

No.315 「過労死を考える香川のつどい」大成功!

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 3月6日、香川県高松市の社会福祉総合センター7階大会議室で、「過労死を考える香川のつどい」が行われた。
 このつどいは、東京の過労死遺族の中原のり子さんが香川大学医学部の先生方のルート、私が香川県内で労働問題に関わる弁護士のルートで声かけをし、昨年12月ころからこれが合流して実行委員会ができ、開催に至ったものである。

<過労死を考える香川のつどい>

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日 時:2017年3月6日(月)18:30~20:45
場 所:香川県社会福祉総合センター 7F 大会議室
プログラム:
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(1)主催者あいさつ 平尾智広 香川大学医学部教授
(2)来賓あいさつ
  香川労働局 村野労働基準部長
  香川県健康福祉部 星川洋一参事
(3)香川労働局からの報告 香川労働局 片山監督課長
(4)講演
  ①電通事件などに見る過労死の現状と防止のための課題
    岩城 穣 弁護士(過労死防止全国センター事務局長)
  ②過労死防止法制定にかけた遺族の思い
   中原のり子(東京過労死家族の会代表)
  ③香川県の過労死、過重労働の現状と産業保健スタッフの取り組み
    矢野智宣 医師(香川産業保健総合支援センター)
(5)過労死遺族の体験談
  ・Oさん(徳島県在住)
 ・Sさん(高知県在住)
(6)パネルディスカッション、質疑応答
(7)閉会あいさつ(重 哲郎弁護士)
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主催:過労死を考える香川のつどい実行委員会
代表:平尾智広(香川大学医学部)
委員:平尾智広(香川大学医学部)、西屋克己(香川大学医学部)
    重 哲郎(重哲郎法律事務所)、藤本孝英(高松あさひ法律事務所)
事務局:高松あさひ法律事務所(香川県高松市塩上町1-2-30三宅ビル2階)
Tel:087-802-2463 / Fax:087-802-2473

共催:香川産業保健総合支援センター、香川大学医学部公衆衛生学
後援:香川労働局、香川県、香川県医師会、香川県社会保険労務士会、全国過労死を考える家族の会、過労死弁護団全国連絡会議

 いったい何人が参加してくれるか心配しながら会場に向かったが、90人を超える参加者があった。
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 私の報告では、過労死とは、過労死問題の歴史、過労死防止法の意義、過労死の現状と課題、過労死の具体的事例などについて全般的にお話しするよう努めた。
 小児科医だった夫を過労自死で亡くし、自身の行訴・民訴の闘いのあと過労死防止法制定運動に奔走した中原さんのお話は、心に迫るものだった。
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 香川県としての来賓あいさつや、香川県の過労死、過重労働の現状と産業保健スタッフの取り組みについて報告がなされたことは、全国的にみても大変画期的であった。

 夫を過労死で亡くした徳島のOさん、息子さんを過労自死で亡くした高知のSさんのお話もよかった。
 私も含め、登壇した人たちが少しずつ時間オーバーしたため、パネルディスカッション・質疑応答の時間がなくなったうえ、終了時刻が午後9時を少し回ってしまった。関係者の皆様に深くお詫びを申し上げたい。
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 この香川のつどいは、全国47都道府県で46番目の開催であり、この4月に予定されている福島県で開催されれば、全都道府県で行われることになる。過労死防止法制定以降、過労死防止全国センターとして全都道府県でのシンポ開催を追求してきただけに、本当に嬉しく思う。

 もう一つ、うれしかったのは、この日、愛媛、徳島、高知の3県の過労死遺族が顔合わせをし、「四国過労死家族の会」の結成に向けて動き出すことになったことである。
 これまで、九州と四国には家族の会がなかったのであるが、昨年11月に「東九州過労死家族の会」が結成された。今回、四国に家族の会ができれば、四国での過労死の救済と予防のために大きな意義があると考えている。
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 つどい終了後、準備にかかわった実行委員の皆さん、登壇者の皆さんと打ち上げ懇親会を行った。皆さんと語りながらいただいた料理とお酒は、最高であった。
 お世話になった皆様、本当にありがとうございました。
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※画像は上から
 ①つどいのチラシ
 ②会場の様子(前方から)
 ③主催者あいさつをする平尾智広教授
 ④会場の様子(後方から)
 ⑤講演をする私
 ⑥講演をする中原のり子さん
 ⑦香川県の過労死、過重労働の現状と取り組みについて講演をする矢野智宣医師
 ⑧懇親会(仲見世)にて
 ⑨翌日帰りの電車から見た瀬戸内海


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2017年2月15日 (水)

No.312 政府案は、過労死防止にならない

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 2月14日、政府の「働き方改革実現会議」が開かれ、そこで政府が示した案では、残業時間を原則月45時間などと定めるものの、「特例」として労使協定(36協定)を結べば、繁忙期にはこれを超えてもよく、残業時間を年720時間(月平均60時間)まで認めるとしている。

 しかし、これでは全く過労死の防止にならないし、刑事罰を科すことは極めて困難である。
 例えば、次のような例を考えてみよう。

 Y社では、繁忙期には年間720時間まで残業させてもよいとする労使協定を結んでいた。Aさんは、ある年の1月から、次のような時間外労働をした。

   1月 80時間
   2月 75時間(1月からの累計155時間)
   3月 80時間(1月からの累計235時間)
   4月 75時間(1月からの累計310時間)(9月からの逆累計465時間、6か月平均77.5時間)
   5月 80時間(1月からの累計390時間)(9月からの逆累計390時間、5か月平均78時間)
   6月 75時間(1月からの累計465時間)(9月からの逆累計310時間、4か月平均77.5時間)
   7月 80時間(1月からの累計545時間)(9月から逆累計235時間、3か月平均78.3時間))
   8月 60時間(1月からの累計605時間)(9月からの逆累計155時間、2か月平均77.5時間)
   9月 95時間(1月からの累計700時間)
 9月30日、疲労困憊で帰宅したAさんは、翌朝未明、急性心筋梗塞を発症して死亡した。


 このケースでは、Aさんの時間外労働時間は、①発症1か月前は100時間に至らず(95時間にとどまる)、②発症前2か月前から6か月前まで順次平均しても80時間に達しないため、現行の過労死認定基準を満たさない。そして、③時間外労働時間の累計が年間720時間に達する前(700時間)で死亡したため、刑事罰も受けないということになるのである。
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 仮にAさんが、9月にあと5時間時間外労働をしていたら①の「発症1か月前100時間」の基準を満たしたことになるし、7月にあと5時間、又は6月と5月であと10時間の時間時間外労働をしていたら②の「発症前2か月から6か月で平均80時間」基準を満たしたことになる。そして、10月に入ってあと20時間働いていたら、累計時間外労働時間が、刑事罰を受ける年720時間を超えたことになる。

 上記のうち労災認定に関する部分は現在も同じであり、このような不都合な例は実際に数多くあるが、これを法律をもって正当化することになる。
 また、刑事罰に関する部分(年間720時間を超えると処罰する)は、今回初めての導入となるが、刑罰法規の運用は厳密になされなければならないから、「Aさんが持ちこたえてあと20時間時間外労働をしていたら有罪となるが、その前に倒れたから無罪」となるのは当然ということになる。

 このような結果をもたらす政府案が、過労死防止に役立つとは到底思えない。かえって、「100時間、80時間ギリギリまで働かせても問題ない」というお墨付きを与え、また、今でさえまともに行われていない労働時間の管理・把握を、いっそう杜撰にした方が得だということにならざるを得ない。
 国に過労死防止の責務を負わせた「過労死等防止対策推進法」のもとで、このような、いわば「過労死推進法案」が認められてよいはずはない。

【2月18日追記】
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 2月17日の衆議院予算委員会で、大西健介議員が、私のこの設例を取り上げて安倍首相に質問をした。
 前々日の2月15日に、この私のブログ記事をご覧になった大西議員から、「質問に使わせてほしい」との要望があった。大変光栄なことであり、もちろん了解した。
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 予算委員会での質疑を録画しておき、見せていただいた。
 年間720時間の時間外労働の規制と、1か月100時間、2か月から6か月平均で80時間という過労死ラインを上限にしただけでは、このような過労死事例を防げないのではないかという大西議員の質問に対し、安倍首相の答弁は、「大西委員の設例はいわば架空のものにすぎない」、「時間外労働を延長する特別な事情があるかどうかについては、現場のことをよく知っている労使が決めるので問題ない」といった、逃げの答弁に終始した。
 一方で首相は、「働き方改革実現会議で、労使の合意が得られなければ国会に提案しない」という趣旨の答弁もしていた。これは、反対を押し切って決定するつもりはないという反面、「合意が得られないのであれば上限規制の立法自体をやめますが、いいんですか」という脅しともとれた。
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 私たち過労死事件に取り組む弁護士にとっては、この設例のような事例はしばしば見受けられ、決して机上の空論ではない。にもかかわらず、首相の答弁は、そのような現場の実態を無視するものであり、真に過労死を防止する働き方改革をする意思などないのではないか、という疑いを拭えないものであった。

 この設例を使って追及してくださった大西健介議員に、心から感謝したい。


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2017年2月12日 (日)

No.311 真に過労死を防止できる労働時間規制を!~長時間労働の規制を求める院内集会に350人~

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◆2月10日、衆議院第一議員会館の地下大会議室で開かれた「高プロ・裁量労働制の規制緩和に反対し、真に実効性のある長時間労働の規制を求める院内集会」(日本労働弁護団、過労死弁護団全国連絡会議、全国過労死を考える家族の会の3団体主催)に参加してきた。
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 院内集会というのは、衆議院に2つ、参議院に1つある議員会館で、市民と国会議員が一緒に参加する集会のことで、国民・市民の声を国会に届ける重要な場である。
 私達が過労死等防止対策推進法(過労死防止法)を議員立法で制定する運動をしたときは、2010年10月から2014年6月の法律の制定までの間に、合計11回の院内集会を開き、毎回たくさんの国会議員の方々に参加していただいたことが、議員連盟の結成につながり法律制定の大きな力になった。
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◆この日は各地で大雪が降る寒い日で、新幹線も少し遅れたが、何とか開始までにすべり込むことができた。会場に着くと、入りきれないほどの参加者で、後に350人と発表された。私たちが開いてきた院内集会は200名前後から最大で274名だったから、今回の参加者数の多さがわかる。
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◆主な進行次第は、次のようなものであった。
・開会挨拶 日本労働弁護団 (弁護士)棗一郎幹事長
・報告 過労死弁護団全国連絡会議 (弁護士)川人博幹事長
・電通事件ご遺族(高橋幸美さん)からのビデオメッセージ
・長時間労働による被害者など当事者の声 2人(過労自殺で26歳の長男を亡くした高知県在住の男性、三菱電機の研究所で過重労働により精神疾患を発症し労災認定を受けた31歳男性)
・報告 全国過労死を考える家族の会 寺西笑子代表
・報告 森岡孝二関西大学名誉教授
・報告 労働団体3団体(連合、全労協、全労連)
・集会アピール採択
(終了後、厚労大臣・副大臣、公明党代表・副代表へ資料を持参)
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◆この合間合間に、以下の13人の国会議員の皆さんが次々と会場に来られ、挨拶をされた(もし抜けている方がおられたらお詫びします。)。
 蓮訪(参、民進)、山井和則(衆、民進)、長妻昭(衆、民進)、大西健介(衆、民進)、泉健太(衆、民進)、井坂信彦(衆、民進)、田村智子(参、共産)、高橋千鶴子(参、共産)、吉良佳子(参、共産)、長尾敬(衆、自民)、福島みずほ(参、社民)、牧山ひろえ(参、民進)、阿部知子(衆、民進)

 この中で、過労死防止を考える超党派議員連盟の事務局長をされている泉健太議員の「今日この場に、与党議員の方にこそ来てほしかった。」という言葉が、私にとって印象的だった。
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◆日本労働弁護団の棗(なつめ)一郎幹事長の挨拶のあと、過労死弁護団全国連絡会議の幹事長で電通の高橋まつりさん事件の代理人でもあった川人博弁護士が報告した。

 川人弁護士は、電通で過労自殺した高橋まつりさんの労働実態を報告し、「上限100時間、80時間はあってはならない。もっと低いレベルでないといけない。これが、電通事件で明らかになった教訓だ」と批判するとともに、過労死対策の決定打として、勤務と勤務の間に一定の「休息時間」を義務付ける「インターバル規制」の導入を訴えた。
 また、政府が導入しようとしている、一部専門職を労働時間規制の対象から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ制)」の導入や、「裁量労働制」の拡大について、「裁量労働制が導入された職場でも過労死は発生している。ほとんどの場合、10時間以上働いても、8時間労働とみなされる。当然、裁量労働制度の導入は長時間労働を促進する。」、「高プロは労働法そのものの破壊といってもよい。長時間労働で高度のプロの仕事が果たせるのか。過労死寸前の長時間労働を繰り返すことで、日本の技術革新や企画開発が本当に促進されるのか」と批判した。

◆続いて、電通過労自死・髙橋まつりさんのお母様からのビデオメッセージが流された(以下全文)。


 はじめまして。髙橋幸美と申します。
 亡き娘まつりの過労死について、多くの励ましの言葉をいただき、ありがとうございます。
 この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。
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 娘は、たくさんの夢を抱いて社会に出てから間もなく、望みを叶えることなく、亡くなってしまいました。
 母である私は、会社から娘を守ることができませんでした。悔しくてなりません。
 娘は、一日2時間しか、一週間に10時間しか眠れないような長時間労働の連続でした。この結果、疲れ切ってしまい、うつ病になり、いのちを絶ちました。
 娘のように命を落としたり、不幸になる人をなくすためには、長時間労働を規制するための法律が、絶対必要だと思います。
 36協定の上限は、100時間とか80時間とかではなく、過労死することがないように、もっと少ない残業時間にしてください。
 また、日本でも、一日も早く、インターバル規制の制度をつくり、労働者が、睡眠時間を確保できるようにして下さい。
 残業隠しや36協定違反などの法令違反には厳しい罰則を定めるのが大事だと思います。

 逆に、労働時間の規制をなくす法律は、大変危険だと思います。
 高度プロフェッショナル制や裁量労働制など、時間規制の例外を拡大しないでください。
 24時間365日、休息を取らずに病気にならないでいられる特別な人間など、どこにもいないからです。人間は、コンピューターでもロボットでもマシーンでもありません。
 娘のように仕事が原因で亡くなった多くの人たちがいます。それが日本の現実です。
 経済成長のためには、国民の犠牲はやむをえないのでしょうか。
 今の日本は、経済成長のために国民を死ぬまで働かせる国になっています。
 娘は戻りません。娘のいのちの叫びを聞いて下さい。
 娘の死から学んで下さい。死んでからでは取り返しがつかないのです。
 ぜひ、しっかりと議論をして、働く者のいのちが犠牲になる法律は、絶対につくらないでください。

◆和光大学教授の竹信三恵子さんは、「WEBRONZA」の記事(2017年2月7日付け)の中で、次のように述べている。まさに、言い得て妙だと思う。
 http://webronza.asahi.com/business/articles/2017020300001.html
「今回の政府案をスピード違反に例えるなら、制限速度45キロを守らないと重大事故が起きかねない道路でのスピード違反を規制するとして、「80キロ、100キロを超えたら罰金」と立札だけは立て、監視装置も沿道の警察官も増やさないようなものだ。これでスピード違反を取り締まれるのだろうか。

 規制だけでなく、全企業に罰則付きの客観的な労働時間の把握・記録義務を課し、監督官だけでなく労働行政の担当官全体も増やさなければ、実効性は担保できない。」

「労基法で規定された週40時間労働の基準が、「働き方改革」の名の下、知らぬ間に月80時間・100時間残業の基準へとすり替えられていくおそれはないのか。
 「総活躍」とは、だれもがそうした残業を前提とする働き方で目いっぱい働かされることにならないか。
 「働き方改革」が「過労死促進改革」にならないよう、今後の関係会議の動きを監視していく必要がある。」


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2017年1月18日 (水)

No.308 誇らしい3人の過労死事件「卒業生」たち

 私にとって、過労死事件(過労死の労災認定、企業に対する民事訴訟など)は、弁護士としてのライフワークとなっている。強い責任感でまじめに働いた末に、突然訪れる理不尽な死。相談に来る遺族の目は、悲しみとやり場のない怒り、愛する人の死を止められなかった自責の念にうるんでいる。

 そんな傷ついた遺族を励まし、弁護団を組み、労災申請や行政訴訟、民事訴訟に取り組む。遺族たちだけでなく、私たち弁護団にとっても辛く、苦しい闘いである。そして結果は、認定や勝訴を勝ち取れる場合もあれば、残念な結果に終わる場合もある。

 かくして事件が決着すれば、依頼者は原告でなくなり、私たちの任務は終わり、弁護団は解散する。寂しさも感じるが、遺族が次のステージに進んでいく以上、それはやむを得ない。中には、元弁護団に声をかけて、「同窓会」を開いてくれる遺族もいて、とても嬉しいことである(かつて担任をした卒業生たちから同窓会に招かれる先生の気持ちがわかる気がする。)。

 しかし、闘いの中で過労死家族の会や過労死を防止する活動に関わり、過労死問題の社会問題としての本質を学び、自分の事件が終わった後も、家族の会などで後に続く人たちの力となり、また過労死を亡くすために社会に働きかける活動を共に担ってくれる「同志」になってくれる人たちがいることは、私にとって本当に誇らしい。

 そんな最高の「卒業生」として、次の3人を紹介しておきたい。

 1人目は、寺西笑子さん。京都の和食店チェーンで店長として働いていた御主人を過労自殺で失い、労災認定の闘いに続き、会社と社長を被告として民事訴訟を闘い、勝利和解を勝ち取られた。10年に及ぶ闘いを終えた翌年(2007年)の寺西さんからの年賀状には、「なごり惜しいけれど原告を卒業します。」と書かれていた。そして寺西さんは、過労死家族の会の活動に本格的に関わり、「全国過労死を考える家族の会」の代表に就任。全国の過労死遺族たちを惜しみなく支援するとともに、過労死防止法制定運動に共に取り組んだ(「No.64 朝日新聞の「ニッポン人脈記」に紹介されました」、「No.77 東京新聞に「過労死防止法」の取り組みが紹介されました」)。ジュネーブの国連社会権規約委員会の会議にも参加し、国会の厚生労働委員会でも意見陳述をされ(「No.187 「過労死防止法」いよいよ制定への最終ステージへ!──(その2)5/23衆議院厚生労働委員会で意見陳述と満場一致採択!」)、法律制定後は過労死遺族の全国の顔として、押しも押されぬ大黒柱となっている。

 2人目は、小池江利さん。和歌山県内の老人介護福祉施設で事務責任者をしていたご主人を過労死で失い、寺西さんと同じく労災認定と民事訴訟を闘い、一審和歌山地裁で勝訴判決(「No.251 和歌山の介護老人施設職員過労死事件で勝訴判決!」)、二審大阪高裁で勝利和解を勝ち取った。和歌山県在住にもかかわらず、闘いの中で大阪過労死家族の会に入会し、過労死防止法制定の署名活動に熱心に取り組み、和歌山県議会、和歌山市議会、有田町議会の3つの地方議会で「過労死防止基本法の制定を求める意見書」の採択を実現した(「No.159 「過労死防止基本法の制定を求める意見書」を和歌山県と和歌山市が同時採択!」)。2015年4月からは大阪過労死家族の会の代表に就任した小池さんは、勝利記念文集の中で、「近い将来、日本、世界中で過労死がなくなり、私達のような苦しい思いをする遺族がいなくなるように願い、過労死問題は私の一生の課題であると決意を新たにしています」と述べている。

「過労死の悲しみ、もう二度と」法整備訴え署名活動(2013年11月8日付け読売新聞) http://blog.goo.ne.jp/stopkaroshi/e/737ff6eb0d3b52bf9e966b9380e66788

 家族を過労死で亡くした遺族らが7日、「過労死防止基本法」の制定を国に求める意見書を有田川町議会の議長らに手渡した。議会での採択を求めており、広川町の介護老人福祉施設で働いていた夫(当時49歳)を亡くした主婦小池江利さん(51)(有田川町)は「夫の死を無駄にしたくない」と活動に励んでいる。(落合宏美)

 2003年から事務職として働いていた小池さんの夫は、10年10月、残業中に脳動脈瘤(りゅう)破裂が原因のくも膜下出血で倒れ、8日後に亡くなった。11年6月に御坊労働基準監督署から労災認定を受けた。

 就職してから本来の業務である経理に加え、ヘルパーの資格を生かした業務や宿直もこなし、休日に出勤することも少なくなかった。小池さんが「きちんと休んで」と訴えても時間が取れないようで、ほぼ毎日4、5時間は残業していたという。「まじめで責任感が強い人でした」と振り返る。

 小池さんは、そうした夫の仕事ぶりに疑問を抱き、「過労死110番」に相談。弁護士の紹介で入会した「大阪過労死を考える家族の会」(大阪市)で、同じ境遇の遺族らと出会った。

 「過労死と認められても大切な人が戻らない現実に、『無理にでも仕事を辞めてもらっていれば』と遺族は自分を責める。こんな思いをもう誰にもしてほしくない」と、同法制定に向けた署名活動などに参加するようになった。

 遺族や弁護士らでつくる同法制定実行委員会は、国や企業に過労死を防止する責任があることなどを明記した過労死防止基本法の制定を求める活動を11年にスタート。今年6月には同法制定を目指す超党派の国会議員連盟が結成され、開会中の臨時国会への法案提出を目指している。


 3人目は、桐木弘子さん。宮崎県で23歳の息子さんを過労自殺で失った桐木さんは、労災申請から国を被告とした行政訴訟(「No.69 宮崎の地で、過労自殺行政訴訟を提訴」、「No.195 過労自殺させた会社と、防止できなかった労基署の「醜い野合」」)、会社に対する民事訴訟(「No.211 宮崎ホンダ23歳青年過労自殺事件、民事訴訟でも証人尋問──問われる裁判所の「眼力」」)のすべてが不当にも認められなかったが、各地の過労死防止啓発シンポジウムで遺族として発言し、2016年11月に「東九州過労死家族の会」を結成し、その代表に就任した。桐木さんは、過労死防止全国センターのニュースの中で、「インターネットで、「大阪過労死を考える家族の会」と出会うことができ、労災申請から裁判まで、たくさんの方達の支援を受けて闘うことができた」、「息子の死を無駄にしないために、今度は私が、被災者や遺族のためにこの経験を生かし、地元に家族会を作ろうと決心しました」と述べている。

過労死の悲劇なくそう 「東九州家族の会」発足 (2016年11月23日付け大分合同新聞) https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2016/11/23/JD0055222907

 過労死をなくそうと、大分・宮崎両県の遺族らが22日、「東九州過労死を考える家族の会」を立ち上げた。結成集会が大分市のホルトホール大分であり、過労死を生まない社会にするための啓発活動や遺族支援に取り組んでいくことを誓った。
 会員は、家族を失った大分・宮崎の遺族5人と弁護士9人の計14人。代表に桐木弘子さん(59)=宮崎県川南町、副代表に野本幸治さん(74)=大分市=を選んだ。桐木さんは「手を取り合い、周りの力を借りながら頑張っていきたい」と決意を述べた。
 同会は、過重労働に苦しむ人や遺族からの相談を受ける他、啓発活動に力を入れる。会員が労災申請する際などには、孤立しないよう心理的支援や情報提供をして寄り添う。九州全体に活動を広げる方針。
 2007年に次女(当時31歳)を労災で亡くした野本さんは「娘の死を無駄にしないために、過労死を防ぐ活動を夫婦でしたいと思っていた」と話す。設立が具体化してきた今年8月、妻の美千世さんをがんで亡くした。「『やっとできたね』と妻も言ってくれるだろう」と話した。
 相談、問い合わせは桐木代表(TEL090・9484・2016)。

 3人とも、既に弁護士と依頼者という関係を卒業し、一人立ちして大きく羽ばたいている。頼もしくもあり、また、いとおしくもある。教え子が甲子園やオリンピックに出場した、高校時代の元監督(?)の気持ちは、こんなだろうか。

 私にとって「卒業生」はみんな大切だが、残された人生を過労死の救済と予防に尽くしたいと願う私にとって、上記の3人のような「卒業生」を送り出すことができ、これからの人生を共に手を携えて生きていけることを、本当に嬉しく思うのである。

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2016年11月13日 (日)

No.300 2人の過労自死遺族の発言に思うこと

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◆11月9日、東京の霞が関・イイノホールで、「過労死防止啓発シンポジウム中央会場」が行われた。これは、11月18日に八王子市で開かれる「東京会場」とは別に、全国的な位置づけで行われたものである。会場は満席で、後で聞くと480人を超える参加者があったとのこと。
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 主な進行次第は次のとおりである。
(1) 塩崎厚労大臣の挨拶
(2) 超党派議員連盟の世話人として出席された3人の紹介と馳浩代表世話人の挨拶(他の出席者は泉健太さん、高橋千鶴子さん)
(3) 厚労省の過労死防止対策推進室の村山誠室長から「現状の説明」
(4) 川人博弁護士から「過労死防止全国センター報告」
(5) 北里大学医学部公衆衛生学の堤明純先生から「過労死等防止のためのストレス対策」

(休憩)

(6) 金沢大学名誉教授の伍賀一道先生の「今日の働き方と過労死問題」
(7) 過労死遺族4人の体験談
 ①大学の准教授をしていた夫(当時48歳)を過労自殺で亡くした宮城県の前川珠子さん
 ②電通の新入社員であった娘(当時24歳)を過労自殺で亡くした高橋幸美さん
 ③経理の仕事をしていた長男(当時35歳)を亡くした茨城県の岩田徳昭さん
 ④老人福祉施設で働いていた夫(当時49歳)をクモ膜下出血で亡くした、和歌山県の小池江利さん
(8) 全国過労死家族の会代表の寺西笑子さんの閉会あいさつ

◆どの発言、報告も大変貴重なものであったが、すべてを紹介することはできない。
 ここでは、(7)の①・②の2人のご遺族のお話(発言の文字起こし)を紹介しておきたい(下線は私)。

【前川珠子さんのお話】ご本人のブログにも掲載されている。)

わたしは前川珠子と申します。

2012年、当時大学准教授であった夫を
過労自死で亡くしました。
享年48歳。あとには13歳の息子とわたしの2人が残されました。
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夫は仙台にある大学の工学部の工学部10年任期の准教授でした。
任期が終わるまであと四年を残し、
イレギュラーな形で、准教授だけの研究室を独立して構えておりました。
任期の終わりを4年後に控え、研究室の存続のための勝負をかけたところで、東日本大震災に被災しました。
膨大な日常業務をこなしながら、
ほぼ一人で、被災した研究室を立て直しました。

亡くなった2012年1月は、過酷な仕事が実り、仮設の研究室が整い、ようやく研究再開のめどが立った時期でした。
突然の解雇予告を受け、過労の局地にあった彼の精神はその直後に壊れました。
一週間後彼は爆発するように自ら命を絶ちました。

仕事が多すぎるんだよ。
回せないんだ。
亡くなる前に言っていた言葉が
今も耳をよぎります。
あの時、どうしてすぐ仕事を辞めてと
言えなかったんだろう。

仕事が命のひとでした。
彼からその愛する仕事が奪われた状態を
わたしはどうしても想像することができなかった。

それでも、死ぬほどつらいとわかっていたら
どんなことでもしたでしょう。

どんな状態でもいい。
わたしは彼に生きていてほしかったのです。

それはいま、ここにいらっしゃるすべての遺族のみなさんも
同じ気持ちではないかと思います。

今更、なにをどうしたところで
わたしたちの大切な家族が帰ってくることはありません。
でも、わたしは思いたい。
わたしたちの家族は、無駄死にではなかったと。
彼らはその生命をかけて
働くことの意味を、日本で生きる、すべてのひとに問うているのだと。

その問いに答えるのは残されたわたしたちの、そして
生きるためにはたらく、すべてのみなさんの責任です。

想像してみてください。
ある日あなたに電話がかかってきて
昨日まで元気だった
あなたの親御さんが、伴侶が、兄弟が、子どもが
突然命を絶った、と知らされるところを。

それがわたしたち遺族に起ったことです。

わたしたちの家族が間に合わなかったように
もしかしたらあなたの大事な人が、
ある日突然死んでしまうかもしれない。
次はあなた自身かもしれない。

いのちのはかなさと尊さ、そのかけがえのなさを
わたしたちは遺族は、嫌というほど思い知りました。
それはどんな犠牲を払っても、大切にする価値があります。

わたしたちは大きな歴史の一部にすぎず、
個々に起きる不幸を止めることはできない。

それでも、過労死はいつか必ずなくすことができる。
とわたしは信じています。

わたしは夫を失いましたが
その死は労働災害として認められました。
働くことで人が命を落とすのは、理不尽なことです。
しかし、現在のように過労死が
そのすべてではないとしても、
労災として救済の対象になることは
自然に得られた制度でも、権利でもありませんでした。

高度成長期の終わりと同時に頻発するようになった過労死を問題視し、
未来のわたしたちのために失われた命の重さを
訴えてくださった遺族の先輩方、
過労死弁護団の弁護士さんをはじめとした沢山の方々のお力で
わたしはいま、過労死遺族として、ここに立っています。

大きな力を持たない一人ひとりの人々が、
共通の思いのもとに集まり、ほぼ四半世紀の歳月をかけて
過労死という概念が育ち、法律がつくられました。
このシンポジウムはその流れの途上にある。
わたしたちはいまここで、新しい歴史を創っているのです。

誰もが健康でしあわせに働くことのできる未来を、
次の世代に残していきましょう。みんなで。


【高橋幸美さんのお話】

 娘の名前は高橋まつりと言います。  娘は昨年12月25日、会社の借上げ社宅から投身し、自らの命を絶ちました。

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 3月に大学を卒業し、4月に新社会人として希望を持って入社してから、わずか9ヶ月のことでした。
 娘は高校卒業後、現役で大学に入学しました。大学3年生の時は文部科学省の試験に合格して、1年間北京の大学に国費留学しました。
 帰国後も学問に励み、その後人一倍のコミュニケーションの能力を活かして、就職活動に臨みました。そして、早い時期に内定をもらい大手広告代理店に就職しました。
 娘は、日本のトップの企業で国を動かすような様々なコンテンツの作成に関わっていきたい。自分の能力を発揮して社会に貢献したいと夢を語っていました。

 入社してからの新人研修でも積極的にリーダーシップをとり、班をまとめた様子を話してくれました。
 「私の班が優勝したんだよ。」と研修終了後にはうれしそうに話してくれました。
 「憧れのクリエイターさんに何回も褒められたのを励みに頑張るよ」と希望に満ちていました。

 5月になり、インターネット広告の部署へ配属されました。「夜中や休日も仕事のメールが来るので、対応しなければならない」と言っていました。締め切りの前日は、終電近くまで頑張っていましたが、夏頃からたびたび深夜まで残って仕事をするようになりました。
 週明けに上がってきたデータを分析して報告書を作成し、毎週クライアントに提出する仕事に加え、自宅に持ち帰って論文を徹夜で仕上げたり、企画書を作成していました。

 10月に本採用になると、土日出勤、朝5時帰宅という日もあり、「こんなにつらいと思わなかった。今週10時間しか寝てない。会社辞めたい。休職するか退職するか自分で決めるので、お母さんは口出ししないでね。」と言っていました。

 11月になって、25年前の過労自殺の記事を持ってきて、「こうなりそう」と言いました。私は「死んじゃだめ。会社辞めて」と何度も言いました。
 その頃、先輩に送ったメールに「死ぬのにちょうどいい歩道橋を探している自分に気が付きます」とあります。
 SNSにはパワハラやセクハラに個人の尊厳を傷つけられていた様子も書かれていました。
 私には、「上司に異動できるか交渉してみる。出来なかったら辞めるね」と言っていましたが、仕事を減らすのでもう少し頑張れということになったようです。

 しかし、12月には娘を含め、部署全員に36協定の特別条項が出され、深夜労働が続きました。その上、数回の忘年会の準備にも土日や深夜までかかりきりになりました。
 「年末には実家へ帰るからね、お母さん。一緒に過ごそうね」と言ったのに、クリスマスの朝、「大好きで大切なお母さん、さようなら。ありがとう。人生も仕事も全てがつらいです。お母さん、自分を責めないでね。最高のお母さんだから」とメールを残して亡くなりました。

 社員の命を犠牲にして業績を上げる企業が、日本の発展をリードする優良企業だと言えるでしょうか。
 有名な社訓には取り組んだら放すな。死んでも放すな。目的を完遂するまではとあります。
 命より大切な仕事はありません。娘の死は、パフォーマンスではありません。フィクションではありません。現実に起こったことです。
 娘が描いていたたくさんの夢も、娘の弾けるような笑顔も、永久に奪われてしまいました。
 結婚して子どもが産まれるはずだった未来は、失われてしまいました。

 私がどんなに訴えかけようとしても、大切な娘は二度と戻ってくることはありません。手遅れなのです。
 自分の命よりも大切な娘を突然なくしてしまった悲しみと絶望は、失った者にしかわかりません。
 だから、同じことが繰り返されるのです。
 今、この瞬間にも同じことが起きているかもしれません。
 娘のように苦しんでいる人がいるかもしれません。

 過労死過労自殺は、偶然起きるのではありません。
 いつ起きてもおかしくない状況で、起きるべくして起きているのです。

 経営者は社員の命を授かっているのです。
 大切な人の命を預かっているという責任感を持って、本気で改革に取り組んでもらいたいです。
 伝統ある企業の体質や方針は一朝一夕に変えられるものではありません。
 しかし、残業時間の削減を発令するだけでなく、根本からパワハラを許さない企業風土と業務の改善をしてもらいたいと思います。

 残業隠しが、再び起こらないように、ワークシェアや36協定の改革、インターバル制度の導入がなされることを希望します。
 そして、政府には国民の命を犠牲にした経済成長第一主義ではなく、国民の大切な命を守る日本に変えてくれることを強く望みます。
 ご清聴ありがとうございます。

◆お二人のお話から言えるのは、過労死は決して「人ごと」でないこと、にもかかわらずそれが「人ごと」だと思われているから、過労死がなくならないのだ、ということである。
 要するに想像力の問題ということだが、一人ひとりに余裕がなく、社会全体が、相手の立場になって物事を考えたり感じることができなくなってしまっているのかもしれない。パワハラやいじめがなくならないのも、共通のものがあるのではないだろうか。
 しかし、遺族のこのような体験談は、自分の夫が、息子が、娘が、親が突然倒れたり自死したらどうだろうかと、否が応でも聞く人々の想像力、共感を呼び起こさずにおかない。
 その意味で、過労死遺族の話はたまらなく辛いが、それだけに貴重なのである。
 このような辛い体験を話される遺族の皆さんに、本当に頭が下がる思いである。


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2016年10月16日 (日)

No.298 過労死防止啓発シンポジウム、今年は全国43か所で開かれる──「過労死落語」も目玉の一つに

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◆2014年11月に施行された過労死等防止対策推進法(過労死防止法)では、毎年11月を「過労死等防止啓発月間」と定めている。これを受けて、11月を中心に全国各地で国主催でシンポジウムが行われ、またそれ以外の地域でも、民間主催のシンポジウムが行われる場合には、国や地方自治体が後援をすることになっている。
 初年度の2014年度は国主催1か所、自主開催28か所であったが、2年目の昨年度は国主催29か所、自主開催13か所となり、3年目の今年度は国主催43か所(うち東京では中央集会と2回開かれる。)、自主開催3か所まで増える予定である。

 各地のシンポジウムでは、様々な講演や遺族の体験談、パネルディスカッションなどが多彩に行われる予定である。私も、このうち大阪(11月11日)、徳島(11月12日)、和歌山(12月9日)で「過労死防止法施行から2年」と題して、講演をさせていただくことになっている。

 全国の国主催シンポジウムは、受託業者のプロセスユニークの特設サイトで、内容の紹介と参加受付が行われている。全国どの会場にも、何度でも参加でき、参加費はすべて無料である。
 なお、自主開催は、沖縄(既に8月20日に開催済み)、鹿児島(12月10日)、高知(来年1月21日)で行われる。なお、福島と香川は未定である。

◆その中でも、今年の目玉の一つといえるのは、「過労死をテーマにした落語」の上演である。
 奈良(11月10日)、大阪(11月11日)、岡山(11月12日)、兵庫(11月22日)、福岡(12月3日)の各会場で上演される予定である。
 以下に、神戸新聞と産経新聞に記事を紹介しておく。
 ぜひ、多くの皆さんにご来場いただき、聴いてほしいと思う。

過労死遺族の思いを落語に 落語家桂福車さん 2016/10/7 11:20神戸新聞NEXT 161007_2

 落語を聞いて過労死問題を考えて-。落語家桂福車さん(55)=大阪市=が11月22日、神戸・元町である「過労死等防止対策推進シンポジウム」で、新作「エンマの願い」を披露する。過労死を扱った「エンマの怒り」を改作し、神戸市の遺族らが過労死等防止対策推進法の成立に奔走した姿を盛り込んだ。(段 貴則)

 同法は2014年11月に施行され、毎年11月が「過労死等防止啓発月間」となった。「怒り」「願い」を書いた落語作家の小林康二さん(76)=大阪市=は「法律づくりに遺族がどれほど努力したかを知ってもらうことが、法律に魂を込めることになる」と話す。

 「願い」に登場する人物のモデルは、過労死等防止対策推進兵庫センター共同代表幹事の西垣迪世さん(72)=神戸市=と、過労が原因で亡くなった西垣さんの一人息子。生前、システムエンジニアだった27歳の男性が死後、死因が働き過ぎだったことなどを鬼から知らされる-という展開。小林さんと桂さん、西垣さんが、落語の細部を詰めて完成させた。

 桂さんは「遺族の思いに少しでも近づけられるように演じ、法律施行がゴールではなくスタートだと伝えたい」と意気込んでいる。

 シンポは同日午後2時から、神戸・元町の県民会館で。定員360人。参加無料。専用ホームページ(https://www.p-unique.co.jp/karoushiboushisympo/)から申し込む。


過労死問題に“一席” 異色の創作落語で防止呼びかけ
2016.10.8 13:05 産経新聞WEST
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 上方落語の作家らによるお笑い集団「笑工房」(大阪市淀川区)が、過労死防止を呼びかける異色の創作落語を作った。題して「エンマの願い」。過労自殺して冥土に来た若者と現世で暮らす母親のために、閻魔(えんま)大王や鬼が一肌脱ぐという人情噺(ばなし)だ。重くて暗くなりがちな社会問題に、笑いあり涙ありの“一席”を投じる筋書きとなっている。(小野木康雄)

鬼の目にも…
 あらすじは、こうだ。

 《うちの会社、仕事がキツうてね。あの日もそうでした…》
 三途(さんず)の川を渡った若者が、閻魔大王の手下である鬼の取り調べを受け、自殺した経緯を説明する。長時間労働やサービス残業を強いていた会社の実態が分かると、鬼は「鬼やなあ。いや、鬼はわしか」とあきれ、若者にこう諭す。

 《まじめに働くことは悪いこっちゃない。けどな、命まで会社にささげてるわけやないんや》
 冥土から現世を見る「浄玻璃(じょうはり)の鏡」には、過労死防止に向けた署名活動に取り組む大勢の遺族たちと、やつれ果てた母親の姿が映し出された。若者は涙する。

 《アホやったなあ…なんであんな無理してしもうたんかな。お母ちゃん、ごめんな》
 その一部始終を見ていた閻魔大王は、一計を案じ、あることを鬼に命じた-。

励ましの笑い
 「エンマの願い」は、桂米朝さんが得意とした古典落語「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」から着想を得て、落語作家で「笑工房」代表の小林康二さん(76)が書いた。

 小林さんは労働組合の専従を31年間務めた経験があり、54歳で早期退職した後、労働問題を扱う作品を多く作ってきた。目指すのは「励ましの笑い」だ。

 演じるのは桂春団治一門の桂福車さん(55)。古典から新作まで幅広い噺を持ちネタとする一方、社会派の落語家として講演などでも活躍している。
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 2人が過労死問題を落語で扱った背景には、平成26年に議員立法で成立、施行された「過労死等防止対策推進法」がある。50万人を超える署名を集め、国会議員を動かした遺族たちの頑張りを、多くの人に知ってほしいとの願いがあった。

講演よりも関心
 だが、過労死・過労自殺はここ数年、高止まりの状態が続いている。

 政府が7日に公表した「過労死等防止対策白書」によると、27年度に労災認定された過労死は96件、未遂を含む過労自殺は93件。一方、自殺につながる精神疾患の労災申請件数は1515件にのぼり、3年連続で過去最多を更新した。

 「どんな立派な法律でも、生かされなければないのと同じ」と小林さん。8月から遺族らへの取材を重ね、9月には福車さんが全国の弁護士らが集まる会議で一席を披露した。

 制作に協力した遺族の西垣迪世さん(72)=神戸市=は「苦しくて悲しい問題だからこそ、何ともいえない面白さは救いになる。講演はしんどいと思う人にも、落語なら関心を持って聞いてもらえるのでは」と期待を寄せる。

 一般向けのネタ下ろし(初演)は、11月に各地で開かれる厚生労働省主催の「過労死等防止対策推進シンポジウム」。奈良(10日)、大阪(11日)、岡山(12日)、兵庫(22日)の各会場で上演される。問い合わせは笑工房((電)06・6308・1780)。

◇過労死等防止対策推進法 過労死・過労自殺の防止対策を国の責務で進めるとの理念を打ち出した法律。規制や罰則は設けず、調査研究、啓発、相談体制の整備、民間団体への支援の計4項目に取り組むと明記した。事業主は協力し、国民は関心と理解を深めるという努力義務も定めている。議員立法で成立し、平成26年11月に施行された。

 ※画像は上から
 ①全国の啓発シンポジウムを紹介するプロセスユニークのサイト(リンクは本文に)
 ②神戸新聞の記事
 ③弁護士らの会議で「エンマの願い」を演じる桂福車さん=9月30日、神奈川県箱根町(産経新聞より)


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2016年10月10日 (月)

No.297 25年後に再び電通で若者が過労自殺──企業責任の重さと過労死防止の喫緊性

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◆史上初めての「過労死白書」の公表をトップで報じた10月8日付け朝日新聞記事のすぐ下に、電通に入社後わずか9か月足らずで過労自殺した女性社員の労災認定が報じられた。

電通の女性新入社員自殺、労災と認定 残業月105時間 朝日新聞デジタル 10月7日(金)21時50分配信

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 広告大手の電通に勤務していた女性新入社員(当時24)が昨年末に自殺したのは、長時間の過重労働が原因だったとして労災が認められた。遺族と代理人弁護士が7日、記者会見して明らかにした。電通では1991年にも入社2年目の男性社員が長時間労働が原因で自殺し、遺族が起こした裁判で最高裁が会社側の責任を認定。過労自殺で会社の責任を認める司法判断の流れをつくった。その電通で、若手社員の過労自殺が繰り返された。

 亡くなったのは、入社1年目だった高橋まつりさん。三田労働基準監督署(東京)が労災認定した。認定は9月30日付。

 高橋さんは東大文学部を卒業後、昨年4月に電通に入社。インターネット広告を担当するデジタル・アカウント部に配属された。代理人弁護士によると、10月以降に業務が大幅に増え、労基署が認定した高橋さんの1カ月(10月9日~11月7日)の時間外労働は約105時間にのぼった。
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 高橋さんは昨年12月25日、住んでいた都内の電通の女子寮で自殺。その前から、SNSで「死にたい」などのメッセージを同僚・友人らに送っていた。三田労基署は「仕事量が著しく増加し、時間外労働も大幅に増える状況になった」と認定し、心理的負荷による精神障害で過労自殺に至ったと結論づけた。

 電通は先月、インターネット広告業務で不正な取引があり、広告主に代金の過大請求を繰り返していたと発表した。担当部署が恒常的な人手不足に陥っていたと説明し、「現場を理解して人員配置すべきだった」として経営に責任があるとしていた。高橋さんが所属していたのも、ネット広告業務を扱う部署だった。

 電通は00年の最高裁判決以降、社員の出退勤時間の管理を徹底するなどとしていたが、過労自殺の再発を防げなかった。代理人弁護士によると、電通は労基署に届け出た時間外労働の上限を超えないように、「勤務状況報告書」を作成するよう社員に指導していたという。電通は「社員の自殺については厳粛に受け止めている。労災認定については内容を把握していないので、コメントは差し控える」としている。(千葉卓朗)


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 高橋さんが亡くなる前にSNSに行ったとされる書き込みや、記者会見に臨むお母さんを見ていると、無念の涙を抑えることができない。

◆この件については、既にあちこちで紹介・論評がなされているが、私なりに思うことを何点か書いておきたい。

①25年前にも若者の過労自殺を発生させながら、今回再び同様の事件を引き起こした電通の責任の重大性
 電通では、1991年にも入社2年目の24歳の男性社員が過労自殺し、両親が民事訴訟を起こし、東京地裁(平成8年3月28日原告勝訴判決)→東京高裁(平成9年9月26日原告一部勝訴判決)→最高裁(平成12年3月24日原告敗訴部分破棄差戻し判決)→東京高裁(平成12年6月23日和解成立)、という経過をたどった。
 この和解において、電通は遺族に謝罪し、過失相殺なしの賠償金全額を遺族に支払い、同社はその後労働時間管理を徹底しているとされていた。
 しかし、今回の事例も、膨大な仕事量と長時間労働によって高橋さんは精神障害を発症し、過労自殺に至っている。
 広告業界の最大手で日本の代表的な企業でありながら、25年後に再び同様の過労自殺事件を引き起こした電通の責任は、極めて重大というほかない。
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②前回の事件以降、多数の裁判例や認定基準の制定・改定、過労死防止法や大綱の制定が行われてきたにもかかわらず本件の発生を防止できなかったことの痛恨さ
 1988年の「過労死110番」開設以降、全国の過労死遺族や弁護団が、上記の裁判を含めた多数の過労死・過労自殺の労災認定を求める裁判や企業責任を追及する裁判などに取り組み、過労死・過労自殺の労災認定基準の改正や勝訴判決を積み重ねてきた。また、2010年から過労死を防止する法律の制定運動に取り組み、2014年6月「過労死等防止対策推進法」(過労死防止法)が制定され、2015年7月には「過労死等防止対策大綱」が閣議決定されるなど、過労死防止に向けた取り組みが本格的に始まっている。
 その間、「日本海庄や」や「ワタミ」での過労死・過労自殺事件が社会的な批判を浴びてきたが、それに追い討ちをかけるような今回の過労自殺の発生は、痛恨の極みである。
 このことは、法律や大綱ができただけで過労死・過労自殺がなくなることはなく、日本社会全体を変えていかなければならないことを示している。

③高校・大学等での過労死問題や自らを守るワークルールについての教育の重要性
 上記にも関連するが、高橋さんは東大文学部を卒業して電通に就職したのであるが、これまで高校や大学で、過労死・過労自殺についての知識や、自らを守るワークルールについてしっかりと学ぶ場を与えられていたら、違った結果になっていたのではないかと思わずにいられない。
 前回の過労死事件が発生したときは、高橋さんはまだ生まれていなかった。その後の25年間で、彼女が過労死の恐ろしさを学び、自らの働き方を問う教育、また職場で過労死を防止できるだけの啓発が行われていたら、彼女は自ら助けを求め、また周囲が彼女を救うことができたかもしれない。
 今年の秋以降、全国の高校等で過労死防止とワークルールについての啓発授業が一定の予算措置を伴って行われていくことになっている。このような悲しい事件が、今度こそ最後になるよう、私も力を尽くしていきたいと思う次第である。

 ※画像は上から、
 ① 高橋まつりさんの写真(ニュース報道より)
 ②・③ 高橋さんの過労自殺の労災認定を報じた朝日新聞記事(2016・10・8付)
 ④ 高橋さんの死亡前のSNSの書き込み(毎日新聞より)
 ⑤ 高橋さんの両親と川人博弁護士の記者会見

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2016年10月 8日 (土)

No.296 国が初めて「過労死白書」を作成し公表──過労死防止のために活用を

 昨日10月7日、厚労省は過労死の実態や防止策の実施状況などを報告する「平成28年版 過労死等防止対策白書」(過労死白書)を初めてまとめ、公表した。
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 これは、2014年11月に施行された過労死等防止対策推進法(過労死防止法)第6条が、「政府は、毎年、国会に、我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況に関する報告書を提出しなければならない。」と定めたことを受けて、これから毎年作成されるもの(法定白書)であり、同法7条に基づいて昨年2015年7月24日に閣議決定された過労死防止対策大綱と並んで、国の過労死防止対策の推進力になっていくものである。

 過労死白書は、その「概要」と「本文」のいずれも、厚労省のサイトで閲覧・ダウンロードすることができる。
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 今回の白書(全280ページ)は、初めての報告であることから、「第1章 過労死等の現状」に続いて「第2章 過労死等防止対策推進法の制定」、「第3章 過労死等の防止のための対策に関する大綱の策定」について詳しく説明している。

 そのうえで、「第4章 過労死等の防止のための対策の実施状況」として、①調査研究、②啓発、③相談体制の整備等、④民間団体の支援の4つの過労死防止対策の到達点を報告している。
 最後に、末尾の資料編には、関係法令等や関係指針・通達等も掲載されている。

 大綱が教科書とすれば、この白書はその副読本のようなものだといえよう。

 この白書の作成に当たっては、過労死遺族や私たち過労死防止全国センターのメンバーも加わった過労死等防止対策推進協議会でも議論がなされ、私たちも積極的に意見を述べた。

 また、今回の白書には12の「コラム」が掲載されているが、以下の8つは、私たち過労死弁護団全国連絡会議、全国過労死を考える家族の会、過労死防止全国センターのメンバーが書いたものである。
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<コラム1> 「過労死110 番」から始まった過労死の救済・予防の取組(72ページ)
<コラム2> 励まし合い、社会に過労死問題を訴えてきた四半世紀 ~全国過労死を考える家族の会の歴史と活動~(73ページ)
<コラム3> 過労死防止法の制定にかけた過労死遺族たちの思い(76ページ)
<コラム4> 各地の過労死家族の会の紹介(87ページ)(今回は北海道、東北、大阪の会が紹介)
<コラム6> スタートした過労死防止学会(95ページ)
<コラム10> 第2回過労死等防止啓発月間、過労死防止シンポジウムが全国各地で多彩に開かれる(124ページ)
<コラム11> 過労死遺児交流会(かいじゅうの会)(125ページ)
<コラム12> 各地の過労死等防止対策センターの紹介(127ページ)(今回は全国センターと兵庫センターが紹介)

 この過労死白書が、多くの国民の皆さんに読まれ、話し合われ、活用されることを願っている。

 奇しくも同じ昨日、広告大手の電通に入社してわずか8か月で自殺した女性新入社員の過労死が労災認定されたことの記者会見がなされた(労災認定は9月30日付)。
 電通では、1991年にも入社2年目の男性社員が長時間労働が原因で自殺し、遺族が起こした民事訴訟で最高裁が下した判決が使用者の過労死を防止する安全配慮義務を認めた(最高裁平成12年3月24日判決)。この最高裁判決から15年が過ぎたが、電通は過労死の再発を防げなかった。
 このことは、まだまだ過労死を防止するのは容易ではないことを示している。

 今回の過労死白書の公表を受け、過労死の防止と救済に、いっそう力を尽くしていきたい。

 ※画像1・2枚目は、過労死白書の「概要」から、3枚目は過労死遺族の記者会見(毎日新聞より)


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2015年12月11日 (金)

No.263 『労働判例』のコラムに私のエッセイが掲載されました

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 労働事件の判例実務誌『労働判例』の1121号(2015年12月1日号)のコラム「遊筆」欄に、「過労死防止法の挑戦」と題する私のエッセイが掲載された。

 この『労働判例』は、労働事件(労働裁判や労働委員会)に関わる多くの人々が読む判例誌である。
 特に、裁判官や使用者側の弁護士、さらには企業の労務担当者に読んでほしい、という思いを込めて書いた。皆さんもぜひご紹介ください。

過労死防止法の挑戦

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 平成26(2014)年6月20日、過労死等防止対策推進法(以下「過労死防止法」)が成立し、同年11月1日施行された。
 1980年代後半から社会問題となった過労死がその後四半世紀を経ても減少せず、精神障害や過労自殺、若者を含めた全世代へと広がっていることから、これに危機感をもった過労死遺族や、過労死弁護団の弁護士らが平成23(2011)年11月、過労死防止の立法をめざす団体を発足させた。
 その後約2年半にわたり、55万を超える署名、143にのぼる自治体の意見書採択、更には国連の社会権規約委員会へ日本政府に勧告を出すよう働きかけるなどしつつ、全国会議員に粘り強く要請を行っていく中で、国会内外で立法の機運が高まり、超党派議員連盟がとりまとめた法案が衆参両院とも満場一致で可決されたのである。
 この法律はわずか14か条のシンプルなものであるが、目的、過労死等の定義、基本理念、関係者(国、地方公共団体、事業主、国民)の責務、4つの過労死防止策(調査研究、啓発、相談体制の整備、民間団体の活動支援)、これらを総合的に推進するための大綱の作成、大綱作成に当たって意見を聴く過労死等防止対策推進協議会の設置、調査研究を踏まえた法制上・財政上の措置などを定めている。
 施行後設置された協議会(委員20名)において約半年間にわたって大綱の内容が議論され、平成27(2015)年7月24日、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が閣議決定された。これは、我が国の過労死問題の歴史、過労死に関する現状、過労死防止対策の基本的な考え方、国と国以外の主体が取り組む重点対策などをまとめたもので、今後約3年間の過労死防止対策の指針となるものである。
 私自身、協議会の委員の一人として大綱の作成に関わって改めて感じるのは、過労死問題の根は思いのほか深いということである。労働基準法で労働時間の上限や勤務間インターバル(勤務と勤務の間の休息時間の確保)が定めてられていないうえに労働分野で規制緩和が進められてきたこと、過労死についての調査研究が不十分なことや労働者の知識が乏しいこともあるが、より根本的に、国民一人ひとりの意識や文化によるものも大きいと思う。例えば、休まずに自己犠牲的に働くことを美徳とする勤労観がある一方で、同じ労働者でありながら、消費者としてサービスを受ける場面では他の労働者に厳しく接するといった社会連帯の希薄化も進んでいる。これらがあいまって過労死の背景にあるのではなかろうか。
 この法律は、ただちに労働時間や勤務形態などの労働条件を規制するものではないが、過労死について本格的に調査研究を進めていくとともに、広報や教育による啓発、相談体制の整備、過労死防止に取り組む民間団体との連携などを通じて、国民全体の意識を変えていくという壮大な仕組みを持っている。この「挑戦」が成功してはじめて、過労死がなくなっていくのである。
 この法律により毎年11月は過労死防止啓発月間とされた。裁判官や弁護士の皆さんにも、まずは過労死防止法と大綱を読んでいただくとともに、各地の啓発シンポジウムなどに積極的に参加していただきたいと思う。
(いわき・ゆたか)

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