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カテゴリー「3-6 過労死等防止対策推進法」の31件の記事

2019年4月14日 (日)

No.350 「森岡孝二先生追悼のつどい」盛大に開かれる──(その2)第2部 追悼レセプション

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1 続いて隣の「燦の間」で行われた、第2部の追悼レセプションの参加者は205人。全国過労死家族の会代表の寺西笑子さんと私の司会のもと、滋賀大学名誉教授の成瀬龍夫さんが献杯あいさつ。その後食事をしながらの歓談の後、①衆議院議員で「過労死防止を考える議員連盟」会長代行の泉健太さん、②連合労働局長の村上陽子さん、③全労連副議長の橋口紀塩さん、④全労協事務局長の中岡基明さん、⑤わざわざ韓国からお越しくださった韓国過労死予防センター理事長のイム・サンヒョクさん(通訳は呉民淑(オ・ミンスク)さん)、⑥兵庫過労死家族の会の西垣迪世さん、⑦NPO法人POSSE代表の今野晴貴さん、MBSディレクターの奥田雅治さんが次々と心のこもったスピーチをしてくださった。
 次に、森岡先生の娘婿で、全盲の落語家である桂福点さんが「孝二おじいちゃんの思い出」と題して、紙芝居も使いながら楽しい落語を披露してくださった。

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2 次に、森岡先生の娘婿で、全盲の落語家である桂福点さんが「孝二おじいちゃんの思い出」と題して、紙芝居も使いながら楽しい落語を披露してくださった。

3 スピーチの後半では、①民法協会長の萬井隆令先生、②金沢大学名誉教授の伍賀一道先生、③関西大学の森岡ゼミ卒業生で現在は高校教員をしている鳥羽厚史さん、④経済理論学会の八木紀一郎先生、最後に⑤和光大学教授の竹信三恵子先生が次々と登場した。

4 続いて、上出恭子弁護士の音頭で、参加者全員で「We shall overcome」を歌った。第2部最後の閉会あいさつは、龍谷大学名誉教授の脇田滋先生が締めてくださった。
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5 森岡先生のご遺族からのご報告によれば、森岡先生が75歳の誕生日を迎えるはずであった3月23日、森岡先生の遺骨の一部を、森岡先生が愛してやまなかった小豆島の海に散骨したとのことである。森岡先生のご冥福をお祈りするとともに、先生の遺志を引き継いで、多くの方々と力を合わせて進んでいきたい。

 ※画像は上から

①スピーチをする過労死防止を考える議員連盟代表代行の泉健太さん

②第2部の会場風景

③スピーチをする韓国過労死予防センターのイム・サンヒョクさん、チョン・ビョンウクさんと通訳の呉民淑さん

④落語を演じる桂福点さん

⑤閉会あいさつをする脇田滋先生

青木圭介先生の開会あいさつ

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2019年2月26日 (火)

No.349 「森岡孝二先生追悼のつどい」盛大に開かれる──(その1)第1部 追悼シンポジウムと追悼記念誌

Photo 1 昨年8月1日、関西大学名誉教授で過労死問題の研究と救済・予防に巨大な足跡を遺された森岡孝二先生が急逝された。
223  当初はただ茫然と立ちすくむしかなかった私たちだったが、同年9月3日、森岡先生と関わりのあった有志の人たちに声をかけて追悼実行委員会を発足させ、①追悼のつどいの開催に向けた準備と②追悼記念誌の製作を開始し、半年後の2019年2月23日、これらを実現することができた。
Photo_2 Photo_3 2 2月23日「シティプラザ大阪」で開かれた追悼のつどい第1部の追悼レセプションでは、青木圭介さん(京都橘大学名誉教授)の心のこもった開会あいさつ、参加者全員による黙祷、森岡先生を振り返る20分間のビデオ上映に続いて、毎日新聞新潟支局長の東海林智さんが感動的な記念講演をしてくださった。
Photo_4 Photo_5  続いて、森岡先生が関わってきた主な団体や取り組みで共に活動した、10人の方々によるパネルディスカッションを、私がコーディネーターとなって行った。
(1)川人 博(過労死弁護団全国連絡会議 幹事長)
(2)寺西笑子(全国過労死を考える家族の会 代表)
(3)村山 誠(厚生労働省 労働政策担当参事官)
(4)黒田兼一(過労死防止学会 代表幹事)
Photo_6 (5)松丸 正(大阪過労死問題連絡会)
(6)阪口徳雄(元株主オンブズマン 事務局長)
(7)中谷武雄(基礎経済科学研究所 理事長)
(8)大口耕吉郎(全大阪生活と健康を守る会連合会 会長)
10 (9)川西玲子(NPO法人働き方ASU-NET 副代表)
(10)森岡真史(ご家族・立命館大学国際関係学部教授)

 

 これらの錚々たる方々が、森岡先生の描いた未来はどのようなものだったか、私たちは何を引き継ぐかについて語ってくれた。時間の制約から、お一人5分程度のご報告であったが、それだけに大変濃密で感動的なものだった。特に最後の、森岡先生のご子息でもある森岡真史さんの発言は大きな感動を呼んだ。
Photo_10  第1部の最後に、私が閉会あいさつをおこなったが、森岡先生を失った寂しさと先生への感謝の思い、この半年間の準備を思い返すうちに感極まってしまった。

 第1部の参加者は332人にのぼった。全国からこれだけの人たちが集まり、森岡先生のこれまでの道のりと目指したものを共有し合えたことは、何よりも森岡先生への最大のはなむけになったと思う。また、森岡先生の奥様をはじめご家族、親戚の皆さんが多数参加してくださったことも、私たちにとって嬉しいことであった。

Photo_7 3 追悼記念誌「森岡孝二の描いた未来 私たちは何を引き継ぐか」(全148ページ)は、「追悼のつどい」に合わせて製作され、当日配布された。合計116人に及ぶ方々の追悼文はその一つひとつが森岡先生のあゆみとお人柄の記録となっている。記念誌の末尾には、森岡先生のご経歴、膨大な研究業績や著作、NPO法人働き方ASU-NETのホームページに連載した348に及ぶエッセイのタイトル一覧、森岡先生の活動を紹介した新聞記事、思い出の写真などを、不十分ではあるがまとめることができた。この冊子は、残された私たちにとって、またこれから働き方や日本の企業社会のあり方を考えたいと思う人たちが森岡先生をひもとく上で、大きな資料的価値があると思う。
Photo_9 4 なお、同じくこの日、森岡先生が構想していた新著「雇用身分社会の出現と労働時間 過労死を生む現代日本の病巣」の表題で、桜井書店から発刊された。
 森岡先生がパソコンに残していた原稿などのご提供をご遺族から受け、あとがきを森岡真史さんが書かれた、文字どおり森岡先生の遺著である。死してなお本を遺すというのはそうできることではない。最後の最後まで森岡先生らしい締めくくり方だと思う。

 第2部の追悼レセプションについては、項を改めて書きたい。

 ※画像は上から
 ①シティプラザ外観
 ②つどいのチラシ
 ③会場の様子
 ④青木圭介先生の開会あいさつ
 ⑤森岡先生を振り返るビデオ上映
 ⑥東海林智さんの記念講演
 ⑦10人によるパネルディスカッション
 ⑧森岡真史さん
 ⑨私の閉会あいさつ
 ⑩しおりと記念誌
 ⑪森岡先生の新著

 

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2018年11月18日 (日)

№345 「エンマの願い」よ届け!──「過労死落語」の本が出版されました

1 最も非人間的で、あってはならない「過労死」と、庶民のお笑い、娯楽である「落語」を結びつけることができるのか。
 「過労死問題をテーマにした落語を作って上演してもらえませんか」、そんな無茶な相談を、私が小林康二さんにもちかけたのは、2001年4月ころだったと思う。
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 小林さんは、労働組合の元委員長であったが、早期退職して学校に通い、働く人々の立場に立った社会派落語を作り、演者を派遣する「笑工房」という会社を立ち上げていた。この年の9月に過労死弁護団全国連絡会議の総会が大阪担当で宝塚で開かれることが決まっており、そこで上演してほしいとお願いしたのである。私は落語については全くの素人であったが、上方落語の本場である大阪こそ、過労死落語の発祥の地にふさわしいと感じての依頼であった。

 小林さんは、「え~っ、そんなのできるんかなあ」などと言っていたように思うが、演者として白羽の矢を立てた桂福車さんを交えた3人で何度か打ち合わせをし、小林さんと福車さんによる落語作りが始まった。
 こうして生まれた落語「エンマの涙」は、過労死弁護団総会でネタ下ろしがなされ、大好評だった。
 ところが、テーマがやはり重いためか、この落語へのオファーは、その後ほとんどなかったという。
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2 次にこの落語が注目されたのは、私たちが2011年から本格的に始めた、過労死防止基本法制定の取り組みの中であった。
 当時、法律の制定を求めて「100万人署名」と「地方議会の意見書採択」の取り組みが全国で行われていたが、この世論を国会議員の方々に届ける「院内集会」を繰り返し行っていた。
 2012年11月20日の第5回院内集会で、国会議員を含む200人以上の参加者の前で福車さんが、法律制定用にリニューアルされた「エンマの怒り」を上演したのである。議員会館の大会議室に高座を作り、落語が演じられたのは、後にも先にも初めてではないだろうか。

3 私たちの運動が実り、2014年6月に過労死防止法が成立し、同年11月に施行されてからは、全国各地で開かれる過労死防止啓発シンポジウムで、さらにリニューアルされた「エンマの願い」が上演されるようになった(2016年度は全国5か所、「No.298 過労死防止啓発シンポジウム、今年は全国43か所で開かれる──「過労死落語」も目玉の一つに」)参照)。
 啓発シンポジウムは2017年度からは全都道府県と中央で国主催で行われるようになったが、36協定と過労死をテーマにした新作「ケンちゃんの夢」が加わり(「No.332 2017年 私の15大ニュース(その1)」)、演者も、福車さん以外に新たに笑福亭松枝さん、桂三風さんも加わって、全国13会場でこれら2つの過労死落語が上演された。
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4 この過労死落語に着目し、毎日新聞夕刊の「晴レルデ」というコーナーにに連載を開始してくれたのが、同夕刊編集長の松井宏員さんだった。松井さんは、福車さん、松枝さん、小林さんや私、さらには過労死防止法の制定にかかわった過労死遺族の人たちを粘り強く取材し、過労死落語とともに過労死問題を広く社会に知らせる記事を書いてくれた。
 連載は2017年5月から2018年9月まで、34回の長期に及んだが、その途中の2018年2月、福車さんが急死するという悲しい出来事も起こった。

5 このたび、この連載をもとに、桂 福車さんと松井宏員さんの共著の形で、「過労死落語を知ってますか」という本が新日本出版社から出版された(1300円(税別))。
 連載記事の抜粋のほか、「エンマの願い」の演目の再現、また、厚生労働省の雑誌に掲載された福車さんのインタビュー記事などが掲載されている。
 この落語の制作に当初から関わり、福車さん、小林さんと3人4脚で広げてきたと自負している私にとっても、本当に感無量である。
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 この本が多くの人に読まれ、また「過労死落語」が受け継がれていくことが、過労死はアカンという「エンマの願い」、そして福車さんの願いにもつながっていくと思う。

 ※写真は上から
 ①今般出版された本「過労死落語を知ってますか」の表紙
 ②過労死弁護団総会で「エンマの願い」を上演する桂福車さん(2016年10月8日付産経新聞)
 ③新作落語「ケンちゃんの夢」について私の事務所で打ち合わせをする福車さん(左下)、小林さん(左上)、寺西笑子さん(右下)と私(右上)(2017年11月11日付け毎日新聞夕刊)
 ④桂福車さんの一文(新ストップ!過労死全国ニュース第3号(2017・1・16付)


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2017年12月10日 (日)

No.331 過労死・過労自殺の正当な認定のために、認定基準の改正を

 現在、過労死・過労自殺(自死)が労働災害に当たるかどうかは、厚労省が定めたそれぞれの認定基準に基づいて、労働基準監督署が判断している。この認定基準の内容と運用が適切でなければ、過労死・過労自殺の遺族が切り捨てられるばかりか、労基署による是正勧告や刑事訴追、企業名公表といった措置も執られず、過労死・過労自殺を生み出す労働実態が改善されないことになる。

 現在の過労死(脳・心臓疾患)の認定基準は2001年12月12日に制定されたもので、既に16年、過労自殺(精神障害)の認定基準も2011年12月23日に制定されて、既に6年が過ぎている。また、内容的にも、私たち過労死弁護団からみて不十分な点や不合理な点も多い。

 例えば、脳・心臓疾患の認定基準では、発症前の時間外労働時間が100時間以上、2か月以上の平均で80時間以上という基準が一人歩きし、これを超えると認定されやすく、それを下回るとほとんど認定されないというのが実情であるが、例えば20歳の若者と65歳の高齢者が同じ基準でよいのだろうか。身体障害者と健常者はどうか。また、同じ時間外労働時間数でも、昼間と深夜、交替制労働では疲労が異なるのではないか。

 精神障害の認定基準についても、労働時間については同じことがいえる。また、いったんうつ病などの精神障害にかかった人については、それが「増悪」したか、いったん「治ゆ」したうえで「再発」したと認められるかで認定要件が全く異なるのは不合理である(「増悪」の場合は、初めて精神障害にかかった場合よりもはるかに厳しい「極度の長時間労働や「極度の心理的負荷」が求められている)。

 2014年に制定された過労死等防止対策推進法(過労死防止法)は、過労死等があってはならないとし、これをゼロにするために総合的な対策を執るとしているが、たくさんの過労死遺族たちが、この認定基準のハードルによって切り捨てられ、苦しんでいる。極端にいえば、認定基準のハードルを上げれば上げるほど、過労死等は「減らせる」のである。

 過労死防止法の附則第2項は、「この法律の規定については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。」としており、3年が過ぎたことから、「過労死防止を考える超党派議員連盟」で同法の規定の見直しが始まっており、また、これとあわせて改訂が行われる予定の「過労死等防止対策大綱」についても厚労省に設置された「過労死等防止対策推進協議会」で議論が始まっている。

 過労死・過労自殺の認定基準の改正は、法律や大綱の改定そのものではないが、過労死防止法14条は「政府は、過労死等に関する調査研究等の結果を踏まえ、必要があると認めるときは、過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講ずるものとする。」としているのであるから、認定基準の然るべき改正が「過労死等の防止のために必要な法制上の措置」に当たることは明らかである。

 私が所属する過労死弁護団全国連絡会議では、本年9月29~30日に宮崎市で開かれた総会で、過労死弁護団としてこれら認定基準の改定案を作ることを決め、来年4月には公表できるようにすることを視野に、それぞれについて検討チームを設置し、議論を開始している。私は脳・心臓疾患のチームに所属し、議論に参加している。

 そのような問題意識から、10月28日に開かれた「第9回過労死等防止対策推進協議会」で私は、次のように発言した(議事録が厚労省のホームページに公開されている)。 

(引用開始) 171120img_8328

○岩城委員 弁護士の岩城です。私は4年目に入ろうとしている過労死防止の取組を大きく進める上で、過労死防止法14条の過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置としての心臓疾患と精神障害それぞれの労災認定基準の見直しが急務になっているのではないかということをお話をしたいと思います。

 過労死防止法2条は、過労死等について定義をし、このような過労死等はあってはならないということで、防止対策を定めております。他方、労基法、労基法の施行規則、労災保険法では、血管病変等、著しく増悪させる業務による脳・心臓疾患、心理的に過度な負担を与える自死を伴う業務による精神障害について、労働災害として補償を行うとしておりますが、これは過労死防止法における過労死、過労自殺の定義とほぼ同じものと考えられます。

 そして、厚労省や人事院、地方公務員災害補償基金は、これら認定のために、いわゆる認定基準を作って運用しており、これに基づいて労災と認定されたものが、いわゆる過労死、過労自殺の件数や事例として、今回の白書などでも取り扱われております。

 また、業務上認定がなされると、過労死を発生させたということで、刑事訴追や是正勧告等の監督行政が行われたり、企業名が公表されるなどして、過労死防止に向けた働きかけが行われております。

 そうであるならば、これらの認定基準は、社会的実態として発生している過労死、過労自殺を過不足なく、労災として認定するものでなければなりません。なぜなら、もし認定基準の要件が不当に厳しく、社会通念上は過労死防止法や労基法に定める過労死等であるにもかかわらず、認定要件の基準の要件に当てはまらないために、労災ではないとされると、当該事案は過労死等には該当しないとされ、遺族への補償もされず、また防止措置も取られないことになり、過労死の防止は進まないということになります。私は旧認定基準の時代に、3か月連続で100時間を超えた事案で、当時は直前1週間しか中心に見ないという制度の下で、業務外の認定がなされ、非常に悲しい思いをした記憶があります。
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 このような観点から、現在の過労死と精神障害の認定基準を見ますと、以下のような点が指摘できます。1つは、現行の認定基準は、脳心は2001年から実に16年、精神障害は2011年から既に6年が過ぎております。いずれも、過労死防止法が成立する前に制定されたものであり、過労死防止法の趣旨に合致するものかどうかの検証が十分とは言えません。また、その後の調査研究や、社会意識の変化の反映も担保されておりません。

 例えば、①脳・心臓疾患の認定基準では、80時間、100時間といった時間外労働時間を中心としており、80時間を下回る事案では、今回の白書33ページの表1-10を見ても、60時間以上~80時間未満の事例では、248件中わずか14件しか認定をされておりません。80時間というのは、事実上の足切りの基準になっているというのが実状です。
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 また、②労働時間を会社が適切に把握していなかったために、かえって労災認定が受けられないという不都合も生じております。さらに、 ③60歳、70歳といった高齢者や、身体障害や内部障害を抱える障害者であっても、若者や健常者と同じ100時間、80時間という時間外労働時間によって評価をされている。また、④出張のための移動時間、持ち帰り残業、自主的に疲れの取れない中途半端な中抜けの休憩時間といったものも、きちんと評価すべき仕組みがありません。さらには、⑤深夜交替制勤務や不規則な勤務、精神的な負荷の強い勤務などの質的過重性が、事実上軽視されているといった問題もあります。

 このように、一方では過労死防止法で過労死をなくすという宣言をしながら、他方で、明らかに社会的に見れば過労死とされる事案が十分な評価を受けられていないという問題があることから、認定基準の見直しについて御検討いただけないかということで、厚労省のほうに御質問したいと思います。

○岩村会長 では、厚労省の方、いかがでしょうか。今日、担当部局が来ていないので難しいかとは思いますけれども、可能な範囲でお願いします。

○村山総務課長 御意見は、担当の部局にもしっかり伝えたいと思います。他方で、現行の認定基準は多数の訴訟の中でも業務上外判断の規矩準縄として一定認められてきている、そういう積み重ねもあろうかとは思います。いずれにしても、御意見があった点については、しっかり担当の方に伝えたいと思います。
(引用終わり)

 ※画像は、10月28日の第9回過労死等防止対策推進協議会の会合の様子


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2017年11月12日 (日)

No.330 マー君の詩「ぼくの夢」が歌になりました

 皆さんは「ぼくの夢」という詩をご存じだろうか。
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 この詩は、2000年3月にお父さんを過労自死で亡くした、当時6歳(小学1年生)の「マー君」が書いた詩である。お父さんの命をどうすれば救うことができたのか、小さな胸を痛めながら考えたこの詩は、読む者の心を打つ。
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 2011年11月から始まった過労死防止法制定を目指す取組みで、私たちは「100万人署名」の署名用紙にこの詩を掲載し、また衆議院の厚生労働委員会でこの詩が読み上げられて紹介されるなど、過労死防止法制定運動のシンボルとなった。
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 マー君は、中学3年のときに書いた「命こそ宝」と題する作文の中で、6歳の時のこの詩も紹介しながら、「僕は、仕事のための命ではなく、命のための仕事であると考えます。」と訴えた(この作文は、大阪人権博物館の「労働者の権利」のコーナーで常設展示されている)。
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 私たちは、この「ぼくの夢」を歌にすることができないか、かねてから願っていたところ、今般、宮崎県在住の山本友英さんが作曲し、歌手グループの「ダ・カーポ」さんが、マー君の中学3年の時の作文をもとにした2番・3番の歌詞とともに歌ってくださり、私たちの願いが実現したのである。

   ぼくの夢 ~ある過労死遺児の詩~

      作詩:マー君  作曲:山本友英 編曲:渡辺雅二
      歌:ダ・カーポ

大きくなったら ぼくは 博士になりたい
そしてドラえもんに出てくるような
タイムマシンを 作る
ぼくは タイムマシンに乗って
お父さんの死んでしまう 前の日に行く
そして 仕事に 行ったらあかんて 言うんや

大きくなっても ぼくは 忘れはしないよ
得意な顔して作ってくれた
パパ焼きそばの 味を
ぼくは タイムマシンに乗って
お母さんと一緒に 助けに行こう
そして 仕事で 死んだらあかんて 言うんや

仕事のための命じゃなくて
命のための仕事だと ぼくは伝えたい
だから 仕事で 死んだらあかんて 言うんや

 曲も、2・3番を含めた歌詞もすばらしいし、ダ・カーポさんの優しく柔らかい歌声はこの歌にぴったりだと思う。
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 CDは限定200枚の製作で非売品なので市販されていないが、この11月に行われている各地の啓発シンポジウムのオープニングで流されるなど、今後様々なところで紹介されていくことと思う。
 この楽曲が、今後の過労死防止の取組みに生かされていくことを願ってやまない。

 なお、ダ・カーポさんから楽譜をいただき、私が素人ながらそれをギターの弾き語り用にシンプルにした楽譜を作ってみたので、ご希望の方は、私の事務所(いわき総合法律事務所)まで、メール又は電話にてお問い合わせください。

 ※画像は上から、
 ①「ぼくの夢」のCDの装丁
 ②「100万人署名」の署名用紙
 ③その中の「ぼくの夢」の詩
 ④CDの裏表紙のイラスト
 ⑤「ぼくの夢」のCD


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2017年11月 4日 (土)

No.329 過労死防止啓発シンポ大阪会場、参加者・内容とも充実

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 連休前日の11月2日、大阪・梅田にあるコングレコンベンションセンターで「過労死等防止対策シンポジウム大阪会場」が開かれた。
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 2014年に成立・施行された過労死等防止対策推進法(過労死防止法)は、毎年11月を過労死等防止対策推進月間と定め、毎年11月を中心に国(厚労省)主催で各地でシンポジウムが行われることになった。4回目となる今年、ついに全47都道府県+中央会場の計48の会場でシンポジウムが実現することになっている。
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 国主催といっても、実質的には各地の過労死家族の会、過労死弁護団、各種労働団体等が地元の労働局と協力し合って準備をする。大阪では、これらの要である過労死防止大阪センターが準備を担ってきた。
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 大阪では、昨年は、電通の高橋まつりさんの過労自死事件が大きく報道された直後ということもあって、486人という全国一の参加者があった。今年はどうかなあと少し心配もあったが、ほぼ昨年に近い参加者があった。その大半が企業からの参加者と見受けられ、啓発活動が大きく広がっていることを実感した。
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 シンポジウムは、大阪労働局の小島敬二労働基準部長の主催者あいさつの後、大阪労働局労働基準部監督課の神田哲郎主任観察監督官から、「大阪労働局の過労死防止の取組」と題して、詳細な報告がなされた。大阪で30年にわたって労働基準監督官として監督行政を担当してこられた方だけに、大阪への熱い思いを感じた報告だった。
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 続いて、大和田敢太滋賀大学名誉教授が「過労死とハラスメント」と題して基調講演をされた。大和田先生のお話で、次のようなことが印象に残った。

・日本では企業経営のあり方・構造的原因から長時間労働・過重労働とハラスメントが生まれていて、この2つが「負のスパイラル」となって過労死・過労自殺を発生させている。
・ハラスメントとは、「労働者に対して、精神的又は肉体的な影響を与える言動、措置、業務によって、人格や尊厳を侵害し、労働条件を劣悪化しあるいは労働環境を毀損する目的又は効果を有する行為や事実」と広くとらえるべきである。
・過労死・過労自殺させるような長時間・過重労働をさせること自体がハラスメントである。
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・ハラスメントは企業経営のあり方から生まれるもので、対人関係の問題と捉えるべきではない。被害者は企業内ではハラスメントから逃れられないし、実行者は企業の中によく溶け込んでいて十便な信頼を得ているため、その行動を容易に正当化する。
・パワハラという言葉は、パワーそのもの(教育・指導)自体は悪いものではなく、その行き過ぎが悪いという誤った考えを助長する。
・「パワハラにならない指導や叱り方」や「どのような行為がパワハラにあたるか」という発想自体が、加害者側の立場に立つものである。
・ハラスメントは、社会的な問題としての法規制と、企業経営にかかわる問題として経営責任により廃絶することは可能である。
 このように、気づかされることが多いお話であった。
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 休憩の後、過労死防止全国センターと大阪センターの共同代表でもある関西大学名誉教授の森岡孝二先生から「過労死防止法制定から3年、取組と現状」と題する報告がなされた。1988年の最初の「過労死110番」での相談者アンケートの照会から、労災請求状況にもる過労死の現状、過労死防止法成立の経緯などを話され、最後に「賢い労働者になろう」と呼びかけられた。

 続いて4人の過労死遺族から、自らの体験に基づく過労死防止の訴えがあり、どのお話も参加者の心を打った。
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 最後に、過労死防止大阪センターの共同代表でもある松丸正弁護士が閉会のあいさつ。その中で松丸弁護士は、労働基準法の労働時間規制は岩盤規制ではなく既に液状化している。労働時間の適正把握をしないまま自分の会社を評価するのは、壊れた体温計で体調をはかるようなもの。今や、過労死・過労自死を発生させることは、企業価値そのものを損なう時代になっていると訴えた。

 同じ日に、神奈川と栃木でもシンポジウムが行われた。これから各地で次々とシンポジウムが行われる。
 各地のシンポジウムの日時・内容・申込みは、こちらに掲載されているので、ぜひご参加ください。


 ※画像は上から、
 ①今年度の大阪会場のチラシ(表)
 ②会場の様子
 ③司会を務めてくださった坂口智美さんと山中有里弁護士
 ④主催者あいさつをされる小島敬二さん
 ⑤報告をされる神田哲郎さん
 ⑥基調講演をされた大和田敢太先生
 ⑦大和田先生のレジュメより
 ⑧報告をされる森岡孝二先生
 ⑨閉会あいさつをされる松丸正弁護士


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2017年8月14日 (月)

No.322 「過労死遺児交流会 in 池の平」に参加してきました

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 8月8日~10日の2泊3日で、長野県の池の平(白樺湖畔)で行われた過労死遺児交流会に参加してきた。
 過労死遺児交流会は、全国過労死家族の会の会員の遺児(大学生程度まで)とその保護者を対象に、平成28年度から国の事業として行われることになり、今回が2回目である。
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 通常、過労死・過労自死は突然起こり、遺された配偶者(親)は精神的・経済的な困難、一人での子育ての困難、更には労災申請や裁判などの困難を抱えるが、子どもたちもそれまでの暮らしを突然奪われ、悲しみや不安、恐れなどによって成長上、大きなダメージを受ける。また、レジャーなどで外に遊びに出る機会も減る。
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 そこで、同じ体験を持つ親子が集まり、子どもたちは年齢を超えて交流しあい、親たちも専門家の助言も受けながら、子育てや労災の苦労を語り合う場として、「遺児交流会」が始まったのである。
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 もともとは、2002年から始まった年1回の「大阪過労死家族の会一泊交流会」に子ども連れで参加した遺族のために、2004年ころから交流会の一部として遺児交流のプログラムが始まったが、2008年ころから「遺児交流会」として独立して行われるようになった(たぶん、2008年3月の東京ディズニーランド行き(10家族26人)が最初ではなかったかと思う)。
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 そして、2014年に過労死等防止対策推進法(過労死防止法)が成立し、過労死等防止対策の一つである民間団体支援の一環として、2016年度から国の事業として行われることになった。私は今回、初めて準備委員として参加したのである。
 長年、過労死遺族の交流や遺児交流に関わってきた私にとって、感無量だった。
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 初回となる前回(2016年12月25日~27日)は、山梨県の清里でスキー体験が中心だったが、今回は夏に長野県の池の平(白樺湖畔)で行われた。
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 参加者の多くは東京駅と名古屋駅にそれぞれ集合し、バスで宿泊会場の池の平ホテルに向かった。私は名古屋組に加わってバスに乗ったが、バスの中でもビンゴゲームをしたりアニメのDVDを観たりと、子どもたちは大喜びだった。
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 1日目の夜は参加者の自己紹介と花火見学、メインの2日目は子どもたちはカヌー(午前)と乗馬・釣り(午後)、親たちはグループトークと希望者に対する個別相談、昼食は参加者全員でバーベキュー、夕方はマジックショーとクロージングセレモニー、という充実したメニューだった。
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 私は親たちとのグループトークや個別相談に参加したので、屋外でのアクティビティには参加できなかったが、子どもたちはすぐに仲良くなり、年上の子が年下の子の世話をするなど、昔の子ども会のような和気あいあいとした雰囲気で、胸が熱くなった。
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 親たちのグループトークでは、それぞれの自己紹介と体験を語り合い、お互いに励まし合っていた。私は個別の法律相談を担当し、2人の方の相談を受けた。
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 参加した家族は20家族くらいで、私たち準備委員や厚労省の担当者、学生ボランティア、受託事業者のプロセスユニークの人たちも加えると、総勢70人くらいだっただろうか。
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 2日目の夜のイベント終了後、一部の親御さん、準備委員、ボランティアやプロセスユニークの人たちと事実上の打ち上げ会をして、遅くまで語り合ったのも楽しかった。
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 楽しい2日間はあっという間に過ぎ、3日目の朝、みんなでお別れをするのは少し寂しかったが、また来年、一回り成長した子どもたちや、元気な親たちに会えることを楽しみにしたい。
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 ※画像は上から
 ①今回の遺児交流会のしおり 表紙
 ②同 保護者向けプログラム
 ③同 スケジュール
 ④家族の会一泊交流会での遺児交流の一コマ(2005年7月)
(1日目)
 ⑤バスに乗って出発
 ⑥社内でのビンゴゲーム
 ⑦自己紹介(オープニングセレモニー)
 ⑧花火
(2日目)
 ⑨グループトーク
 ⑩・⑪お昼のバーベキュー
 ⑫マジックショー
 ⑬残念だけど、帰りのバスへ
 ⑭車窓からの白樺湖

 (なお、参加者の顔にはモザイクを施してあります。)

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2017年3月10日 (金)

No.315 「過労死を考える香川のつどい」大成功!

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 3月6日、香川県高松市の社会福祉総合センター7階大会議室で、「過労死を考える香川のつどい」が行われた。
 このつどいは、東京の過労死遺族の中原のり子さんが香川大学医学部の先生方のルート、私が香川県内で労働問題に関わる弁護士のルートで声かけをし、昨年12月ころからこれが合流して実行委員会ができ、開催に至ったものである。

<過労死を考える香川のつどい>

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日 時:2017年3月6日(月)18:30~20:45
場 所:香川県社会福祉総合センター 7F 大会議室
プログラム:
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(1)主催者あいさつ 平尾智広 香川大学医学部教授
(2)来賓あいさつ
  香川労働局 村野労働基準部長
  香川県健康福祉部 星川洋一参事
(3)香川労働局からの報告 香川労働局 片山監督課長
(4)講演
  ①電通事件などに見る過労死の現状と防止のための課題
    岩城 穣 弁護士(過労死防止全国センター事務局長)
  ②過労死防止法制定にかけた遺族の思い
   中原のり子(東京過労死家族の会代表)
  ③香川県の過労死、過重労働の現状と産業保健スタッフの取り組み
    矢野智宣 医師(香川産業保健総合支援センター)
(5)過労死遺族の体験談
  ・Oさん(徳島県在住)
 ・Sさん(高知県在住)
(6)パネルディスカッション、質疑応答
(7)閉会あいさつ(重 哲郎弁護士)
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主催:過労死を考える香川のつどい実行委員会
代表:平尾智広(香川大学医学部)
委員:平尾智広(香川大学医学部)、西屋克己(香川大学医学部)
    重 哲郎(重哲郎法律事務所)、藤本孝英(高松あさひ法律事務所)
事務局:高松あさひ法律事務所(香川県高松市塩上町1-2-30三宅ビル2階)
Tel:087-802-2463 / Fax:087-802-2473

共催:香川産業保健総合支援センター、香川大学医学部公衆衛生学
後援:香川労働局、香川県、香川県医師会、香川県社会保険労務士会、全国過労死を考える家族の会、過労死弁護団全国連絡会議

 いったい何人が参加してくれるか心配しながら会場に向かったが、90人を超える参加者があった。
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 私の報告では、過労死とは、過労死問題の歴史、過労死防止法の意義、過労死の現状と課題、過労死の具体的事例などについて全般的にお話しするよう努めた。
 小児科医だった夫を過労自死で亡くし、自身の行訴・民訴の闘いのあと過労死防止法制定運動に奔走した中原さんのお話は、心に迫るものだった。
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 香川県としての来賓あいさつや、香川県の過労死、過重労働の現状と産業保健スタッフの取り組みについて報告がなされたことは、全国的にみても大変画期的であった。

 夫を過労死で亡くした徳島のOさん、息子さんを過労自死で亡くした高知のSさんのお話もよかった。
 私も含め、登壇した人たちが少しずつ時間オーバーしたため、パネルディスカッション・質疑応答の時間がなくなったうえ、終了時刻が午後9時を少し回ってしまった。関係者の皆様に深くお詫びを申し上げたい。

 この香川のつどいは、全国47都道府県で46番目の開催であり、この4月に予定されている福島県で開催されれば、全都道府県で行われることになる。過労死防止法制定以降、過労死防止全国センターとして全都道府県でのシンポ開催を追求してきただけに、本当に嬉しく思う。

 もう一つ、うれしかったのは、この日、愛媛、徳島、高知の3県の過労死遺族が顔合わせをし、「四国過労死家族の会」の結成に向けて動き出すことになったことである。
 これまで、九州と四国には家族の会がなかったのであるが、昨年11月に「東九州過労死家族の会」が結成された。今回、四国に家族の会ができれば、四国での過労死の救済と予防のために大きな意義があると考えている。
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 つどい終了後、準備にかかわった実行委員の皆さん、登壇者の皆さんと打ち上げ懇親会を行った。皆さんと語りながらいただいた料理とお酒は、最高であった。
 お世話になった皆様、本当にありがとうございました。
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※画像は上から
 ①つどいのチラシ
 ②会場の様子(前方から)
 ③主催者あいさつをする平尾智広教授
 ④会場の様子(後方から)
 ⑤講演をする私
 ⑥講演をする中原のり子さん
 ⑦懇親会(仲見世)にて
 ⑧翌日帰りの電車から見た瀬戸内海


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2017年2月15日 (水)

No.312 政府案は、過労死防止にならない

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 2月14日、政府の「働き方改革実現会議」が開かれ、そこで政府が示した案では、残業時間を原則月45時間などと定めるものの、「特例」として労使協定(36協定)を結べば、繁忙期にはこれを超えてもよく、残業時間を年720時間(月平均60時間)まで認めるとしている。

 しかし、これでは全く過労死の防止にならないし、刑事罰を科すことは極めて困難である。
 例えば、次のような例を考えてみよう。

 Y社では、繁忙期には年間720時間まで残業させてもよいとする労使協定を結んでいた。Aさんは、ある年の1月から、次のような時間外労働をした。

   1月 80時間
   2月 75時間(1月からの累計155時間)
   3月 80時間(1月からの累計235時間)
   4月 75時間(1月からの累計310時間)(9月からの逆累計465時間、6か月平均77.5時間)
   5月 80時間(1月からの累計390時間)(9月からの逆累計390時間、5か月平均78時間)
   6月 75時間(1月からの累計465時間)(9月からの逆累計310時間、4か月平均77.5時間)
   7月 80時間(1月からの累計545時間)(9月から逆累計235時間、3か月平均78.3時間))
   8月 60時間(1月からの累計605時間)(9月からの逆累計155時間、2か月平均77.5時間)
   9月 95時間(1月からの累計700時間)
 9月30日、疲労困憊で帰宅したAさんは、翌朝未明、急性心筋梗塞を発症して死亡した。


 このケースでは、Aさんの時間外労働時間は、①発症1か月前は100時間に至らず(95時間にとどまる)、②発症前2か月前から6か月前まで順次平均しても80時間に達しないため、現行の過労死認定基準を満たさない。そして、③時間外労働時間の累計が年間720時間に達する前(700時間)で死亡したため、刑事罰も受けないということになるのである。
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 仮にAさんが、9月にあと5時間時間外労働をしていたら①の「発症1か月前100時間」の基準を満たしたことになるし、7月にあと5時間、又は6月と5月であと10時間の時間時間外労働をしていたら②の「発症前2か月から6か月で平均80時間」基準を満たしたことになる。そして、10月に入ってあと20時間働いていたら、累計時間外労働時間が、刑事罰を受ける年720時間を超えたことになる。

 上記のうち労災認定に関する部分は現在も同じであり、このような不都合な例は実際に数多くあるが、これを法律をもって正当化することになる。
 また、刑事罰に関する部分(年間720時間を超えると処罰する)は、今回初めての導入となるが、刑罰法規の運用は厳密になされなければならないから、「Aさんが持ちこたえてあと20時間時間外労働をしていたら有罪となるが、その前に倒れたから無罪」となるのは当然ということになる。

 このような結果をもたらす政府案が、過労死防止に役立つとは到底思えない。かえって、「100時間、80時間ギリギリまで働かせても問題ない」というお墨付きを与え、また、今でさえまともに行われていない労働時間の管理・把握を、いっそう杜撰にした方が得だということにならざるを得ない。
 国に過労死防止の責務を負わせた「過労死等防止対策推進法」のもとで、このような、いわば「過労死推進法案」が認められてよいはずはない。

【2月18日追記】
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 2月17日の衆議院予算委員会で、大西健介議員が、私のこの設例を取り上げて安倍首相に質問をした。
 前々日の2月15日に、この私のブログ記事をご覧になった大西議員から、「質問に使わせてほしい」との要望があった。大変光栄なことであり、もちろん了解した。
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 予算委員会での質疑を録画しておき、見せていただいた。
 年間720時間の時間外労働の規制と、1か月100時間、2か月から6か月平均で80時間という過労死ラインを上限にしただけでは、このような過労死事例を防げないのではないかという大西議員の質問に対し、安倍首相の答弁は、「大西委員の設例はいわば架空のものにすぎない」、「時間外労働を延長する特別な事情があるかどうかについては、現場のことをよく知っている労使が決めるので問題ない」といった、逃げの答弁に終始した。
 一方で首相は、「働き方改革実現会議で、労使の合意が得られなければ国会に提案しない」という趣旨の答弁もしていた。これは、反対を押し切って決定するつもりはないという反面、「合意が得られないのであれば上限規制の立法自体をやめますが、いいんですか」という脅しともとれた。
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 私たち過労死事件に取り組む弁護士にとっては、この設例のような事例はしばしば見受けられ、決して机上の空論ではない。にもかかわらず、首相の答弁は、そのような現場の実態を無視するものであり、真に過労死を防止する働き方改革をする意思などないのではないか、という疑いを拭えないものであった。

 この設例を使って追及してくださった大西健介議員に、心から感謝したい。


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2017年2月12日 (日)

No.311 真に過労死を防止できる労働時間規制を!~長時間労働の規制を求める院内集会に350人~

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◆2月10日、衆議院第一議員会館の地下大会議室で開かれた「高プロ・裁量労働制の規制緩和に反対し、真に実効性のある長時間労働の規制を求める院内集会」(日本労働弁護団、過労死弁護団全国連絡会議、全国過労死を考える家族の会の3団体主催)に参加してきた。
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 院内集会というのは、衆議院に2つ、参議院に1つある議員会館で、市民と国会議員が一緒に参加する集会のことで、国民・市民の声を国会に届ける重要な場である。
 私達が過労死等防止対策推進法(過労死防止法)を議員立法で制定する運動をしたときは、2010年10月から2014年6月の法律の制定までの間に、合計11回の院内集会を開き、毎回たくさんの国会議員の方々に参加していただいたことが、議員連盟の結成につながり法律制定の大きな力になった。
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◆この日は各地で大雪が降る寒い日で、新幹線も少し遅れたが、何とか開始までにすべり込むことができた。会場に着くと、入りきれないほどの参加者で、後に350人と発表された。私たちが開いてきた院内集会は200名前後から最大で274名だったから、今回の参加者数の多さがわかる。
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◆主な進行次第は、次のようなものであった。
・開会挨拶 日本労働弁護団 (弁護士)棗一郎幹事長
・報告 過労死弁護団全国連絡会議 (弁護士)川人博幹事長
・電通事件ご遺族(高橋幸美さん)からのビデオメッセージ
・長時間労働による被害者など当事者の声 2人(過労自殺で26歳の長男を亡くした高知県在住の男性、三菱電機の研究所で過重労働により精神疾患を発症し労災認定を受けた31歳男性)
・報告 全国過労死を考える家族の会 寺西笑子代表
・報告 森岡孝二関西大学名誉教授
・報告 労働団体3団体(連合、全労協、全労連)
・集会アピール採択
(終了後、厚労大臣・副大臣、公明党代表・副代表へ資料を持参)
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◆この合間合間に、以下の13人の国会議員の皆さんが次々と会場に来られ、挨拶をされた(もし抜けている方がおられたらお詫びします。)。
 蓮訪(参、民進)、山井和則(衆、民進)、長妻昭(衆、民進)、大西健介(衆、民進)、泉健太(衆、民進)、井坂信彦(衆、民進)、田村智子(参、共産)、高橋千鶴子(参、共産)、吉良佳子(参、共産)、長尾敬(衆、自民)、福島みずほ(参、社民)、牧山ひろえ(参、民進)、阿部知子(衆、民進)

 この中で、過労死防止を考える超党派議員連盟の事務局長をされている泉健太議員の「今日この場に、与党議員の方にこそ来てほしかった。」という言葉が、私にとって印象的だった。
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◆日本労働弁護団の棗(なつめ)一郎幹事長の挨拶のあと、過労死弁護団全国連絡会議の幹事長で電通の高橋まつりさん事件の代理人でもあった川人博弁護士が報告した。

 川人弁護士は、電通で過労自殺した高橋まつりさんの労働実態を報告し、「上限100時間、80時間はあってはならない。もっと低いレベルでないといけない。これが、電通事件で明らかになった教訓だ」と批判するとともに、過労死対策の決定打として、勤務と勤務の間に一定の「休息時間」を義務付ける「インターバル規制」の導入を訴えた。
 また、政府が導入しようとしている、一部専門職を労働時間規制の対象から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ制)」の導入や、「裁量労働制」の拡大について、「裁量労働制が導入された職場でも過労死は発生している。ほとんどの場合、10時間以上働いても、8時間労働とみなされる。当然、裁量労働制度の導入は長時間労働を促進する。」、「高プロは労働法そのものの破壊といってもよい。長時間労働で高度のプロの仕事が果たせるのか。過労死寸前の長時間労働を繰り返すことで、日本の技術革新や企画開発が本当に促進されるのか」と批判した。

◆続いて、電通過労自死・髙橋まつりさんのお母様からのビデオメッセージが流された(以下全文)。


 はじめまして。髙橋幸美と申します。
 亡き娘まつりの過労死について、多くの励ましの言葉をいただき、ありがとうございます。
 この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。
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 娘は、たくさんの夢を抱いて社会に出てから間もなく、望みを叶えることなく、亡くなってしまいました。
 母である私は、会社から娘を守ることができませんでした。悔しくてなりません。
 娘は、一日2時間しか、一週間に10時間しか眠れないような長時間労働の連続でした。この結果、疲れ切ってしまい、うつ病になり、いのちを絶ちました。
 娘のように命を落としたり、不幸になる人をなくすためには、長時間労働を規制するための法律が、絶対必要だと思います。
 36協定の上限は、100時間とか80時間とかではなく、過労死することがないように、もっと少ない残業時間にしてください。
 また、日本でも、一日も早く、インターバル規制の制度をつくり、労働者が、睡眠時間を確保できるようにして下さい。
 残業隠しや36協定違反などの法令違反には厳しい罰則を定めるのが大事だと思います。

 逆に、労働時間の規制をなくす法律は、大変危険だと思います。
 高度プロフェッショナル制や裁量労働制など、時間規制の例外を拡大しないでください。
 24時間365日、休息を取らずに病気にならないでいられる特別な人間など、どこにもいないからです。人間は、コンピューターでもロボットでもマシーンでもありません。
 娘のように仕事が原因で亡くなった多くの人たちがいます。それが日本の現実です。
 経済成長のためには、国民の犠牲はやむをえないのでしょうか。
 今の日本は、経済成長のために国民を死ぬまで働かせる国になっています。
 娘は戻りません。娘のいのちの叫びを聞いて下さい。
 娘の死から学んで下さい。死んでからでは取り返しがつかないのです。
 ぜひ、しっかりと議論をして、働く者のいのちが犠牲になる法律は、絶対につくらないでください。

◆和光大学教授の竹信三恵子さんは、「WEBRONZA」の記事(2017年2月7日付け)の中で、次のように述べている。まさに、言い得て妙だと思う。
 http://webronza.asahi.com/business/articles/2017020300001.html
「今回の政府案をスピード違反に例えるなら、制限速度45キロを守らないと重大事故が起きかねない道路でのスピード違反を規制するとして、「80キロ、100キロを超えたら罰金」と立札だけは立て、監視装置も沿道の警察官も増やさないようなものだ。これでスピード違反を取り締まれるのだろうか。

 規制だけでなく、全企業に罰則付きの客観的な労働時間の把握・記録義務を課し、監督官だけでなく労働行政の担当官全体も増やさなければ、実効性は担保できない。」

「労基法で規定された週40時間労働の基準が、「働き方改革」の名の下、知らぬ間に月80時間・100時間残業の基準へとすり替えられていくおそれはないのか。
 「総活躍」とは、だれもがそうした残業を前提とする働き方で目いっぱい働かされることにならないか。
 「働き方改革」が「過労死促進改革」にならないよう、今後の関係会議の動きを監視していく必要がある。」


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