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カテゴリー「1-1 法律・裁判あれこれ」の22件の記事

2017年3月 6日 (月)

No.314 新聞で世界は変えられるか──小野木記者との熱いトーク<ゆうあい会 第2回総会>

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◆3月4日、いわき総合法律事務所の友の会である「ゆうあい会」の第2回総会が、40人以上の参加者を得て、本町にある「マイドーム大阪」で行われた。
 ちょうど1年前、谷口真由美さんをお呼びして結成総会を行ってから、1周年を迎えたのである。

◆総会は、世話人の國本園子さんと当事務所の稗田弁護士が司会を務め、森岡孝二会長の開会あいさつで始まった。
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 最初に、アコーデオン奏者の寺田ちはるさんのアコーデオン演奏。短時間であったが、“愛の讃歌”、“情熱大陸”、“涙そうそう”などを笑顔で次々と演奏してくださり、最後に参加者も一緒に“この広い野原いっぱい”を歌った。アコーデオン演奏をこのようにちゃんと聴いたのは初めてだったが、両手の指の全部を使いながら腕の開閉もするので、大変難しい楽器だと改めて思った。
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◆続いて、産経新聞の小野木康雄記者に、「新聞で世界は変えられるのか」と題するメイン講演をしていただいた。
 小野木さんは、1998年に産経新聞社に入社し、2009年ころから大阪過労死問題連絡会の例会やイベントに参加するようになり、過労死事件や過労死防止基本法制定の取り組みについて数々の記事を書いてこられた。
 講演では、新聞の構成、編集局の指揮系統、デスクの心がけ、新聞の読み方、昨今の取材記者への逆風、実名報道のメリット、事件記者の一日、新聞が世界を変えた事例(トルコの海岸に打ち上げられたシリア難民の3歳の男児を警官が抱き抱えている写真〔2015年9月〕、日本の過労死問題を紹介した「仕事に生き、仕事に死ぬ日本人」と題する記事〔シカゴトリビューン、1998年11月〕など)、新聞で世界を変えるための条件(節度ある言葉、論争における寛容、時間と経費をかけた取材、心ある読者)などについて、熱く語ってくださった。
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◆休憩を挟んで、小野木さん、寺西笑子さんと私の3人で「現代社会の焦点を語る!熱い3人の熱血トーク」。聞いただけで汗が出てきそうなタイトルである(笑)。
 まずは小野木記者に、参加者から寄せられた質問用紙に書かれた質問のいくつかに答えていただいた。続いて、21年前に夫を過労自殺で亡くした寺西さんに、自らの労災認定・裁判闘争を闘った後、全国過労死家族の会の代表に就任し、過労死防止基本法制定運動の中心メンバーとして活動してきたご自身の自己紹介をしていただいた後、、トークを行った。寺西さんは、小野木さんから朝10時から夜8時まで10時間に及ぶ取材を受けたが、それを通じて自分自身の気持ちや考えが整理されていったという。ここでは詳細を紹介することはできないが、総会の後、大変面白かったとの感想がいくつも寄せられた。

◆次に、私が「必見!弁護士への上手な法律相談と依頼のしかた」と題するミニ講演を行った。弁護士とは、紛争とは、解決とは何か、法律相談の心構え、準備しておいてほしいこと、弁護士の選び方、弁護士費用、依頼後の心構えなどについて、私の28年間の経験に基づいてお話しした。短時間であったが、大変好評だったようである。

◆最後に、1年間の活動報告、今年度の活動方針、会計報告、役員体制(新たに4人の方が世話人になってくださった)を提案し了解された後、中田進副会長の閉会のあいさつで総会はお開きとなった。
 昨年と同じく、最後に参加者全員で記念写真を撮影した。
 総会後の懇親会にも約20人が参加し、参加者同士の交流が深まった。その後、今年も有志で更にカラオケを楽しんだ。

◆昨年の結成総会は、まずは結成しようとシャカリキになって準備したのに対し、今回は結成後1年間の活動を踏まえたものになるので、参加者の皆さんの受け止めや感想が気になったが、全体として大変高い評価をいただくことができ、ほっとした。
 1年目の経験や教訓を踏まえ、いっそう充実した2年目にしていきたいと思う。
 皆様、また1年間、よろしくお願いします。


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2016年3月 8日 (火)

No.276 「政治の春」を呼ぶには──谷口真由美さんをお招きして<「ゆうあい会」結成総会>

◆昨年4月に開設した「いわき総合法律事務所」の1周年を前に、3月5日、大阪天満橋のドーンセンターで「いわき総合法律事務所友の会」(愛称「ゆうあい会」)の結成総会を行った。
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 ゆうあい会は、当事務所に親しみを感じてくださる依頼者や元依頼者、友人、専門家の皆さんによる親睦団体である。日々の暮らしに役立つ講演会や相談会などを行ったり、ハイキングなどの楽しいイベントを行ったりしながら、会員同士や事務所の所員との交流・親睦を図ることを目的としている。昨年8月ころから準備を重ね、この日結成総会を迎えた次第である(なお、「ゆうあい」は、「友愛」と「You & I」と「たか・わき」の頭文字を懸けている(最後は少し苦しいが(笑))。
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 果たしてどれだけの皆さんが参加してくれるか心配であったが、続々と親しい方々、懐かしい方々が集まってくださり、50人を超え会場はほぼ満席になった。

◆中田進先生の開会あいさつの後、メインの記念講演として、大阪国際大学准教授の谷口真由美さんに、「政治の春はいつ来るか?」と題してお話をしていただいた。
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 谷口先生は、人権の国際的保障や女性の権利、ジェンダー法などを専門とされ、大阪大学での「日本国憲法」の講義は名物となっているそうである。また、「全日本おばちゃん党」の代表代行をされ、「日本国憲法 大阪おばちゃん語訳」という本を出版されたことで一躍有名になり、現在はいくつものテレビ・ラジオなどでコメンテーターを務められたり、各地でご講演をされるなど、人気急上昇中である。
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 私は、谷口先生が企画の中心に関わっておられる大阪弁護士会の「市民、弁護士のための国際人権法連続講座」の中の「長時間労働と国際人権法」(2015年5月26日)で講師の一人となり、谷口先生がコーディネーターを務められてお近づきになったことから、今回ご無理をお願いしたところ、超ご多忙であるにもかかわらず快諾してくださった。
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 谷口真由美先生のお話は、とてもわかりやすく、気づかされることがたくさんあった。
・隣の人に、「どう思う?」など、疑問形で語りかけること(問題意識を持っている人は、どうしても自分ばかりがしゃべってしまいがちである)
・マスコミがいい記事を書いたらほめて、応援すること(悪い記事に批判ばかりが集中するが、良い記事をほめることが大切)
・「空気を読まない」人がいることも大事。日本社会に根強い「同調圧力」を上手に乗り越える工夫が必要
・「パーソナル イズ ポリティカル」(日常のすべてが政治につながっている)
・自分が嫌いな政治家にも、言うべきことを言うこと(嫌いな政治家であっても私たちの「代表」である)
・「春」にするには、私たちにも努力がいること
・諦めてはいけない。諦めたら終わり
などなど・・・。
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 講演後の質疑応答にも、臨機応変、縦横無尽に回答してくださった。
 本当はかなり難しい中身を、これだけ平易に、しかも関西弁テイストで話せるのはすごいと思う。これまでの解説者やコメンテーターにはいなかったタイプで、これからもっともっと要請が増えるのではないか。
 先生の著書「日本国憲法 大阪おばちゃん語訳」は、先生がサインをして下さったこともあって20冊全部が完売。一気に「谷口先生ファン」が増えたと思う。
 谷口先生はその後の懇親会、更には有志でのカラオケにまでお付き合いくださった。本当に気さくで、魅力的な方である。
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◆谷口先生に続いて、私から「依頼者に学び、依頼者とともに」と題してお話をさせていただいた。
 まず、私の生まれ育った故郷のこと、両親のこと、小学校時代から大学時代までの、私が弁護士をめざすことに影響を与えた出来事などを話させていただいた。

 続いて、私が弁護士として努めている次の3点について話した。
 ①「なぜ闘うか、どう闘うか」を依頼者と共に考える(単に経済的救済を求めるだけでなく、過去に受けた傷を回復し、未来に向かって歩きだすために闘うこともあるし、「こんなことは許せない」といった義憤・公憤から闘うこともある。そのための手段選択も重要)

 ②「汝は事実を語れ、余は法を語らん(ローマの法格言)」(これは依頼者と弁護士の役割分担でもあるし、二人三脚でもあるし、また、弁護士としての最高水準の活動が求められる)
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 ③支援者がいる場合の「依頼者・弁護士・支援者のトライアングル」(この「3本の矢」が一つになると大きな力を発揮する)
について、実際の事例を挙げながらお話しした。
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◆休憩をはさんで、ゆうあい会の規約と役員の提案をさせていただき、承認された。本当は、今後のゆうあい会の活動のイメージについて意見交換をしたかったが、時間不足でできなかったのが残念である。
 最後に、会長に就任してくださった森岡孝二先生のお礼の言葉と閉会のあいさつで、結成総会はお開きとなった。
 終了後、約50人で撮影した記念写真は壮観だった。
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◆二次会にも、「ドタ参」も含めて約40人の参加があり、谷口先生も参加してくださって、大いに盛り上がった。お互い、それまで知らない者同士だった人たちが親しくなり、話し込んでいるのを見て、私が作りたかったのはこのような会だったと、改めて嬉しく思った。
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◆終了後、まだ物足りない(笑)有志15人くらいでカラオケに繰り出した。なんと谷口先生までお付き合いくださり、振り付け付きで美声を披露してくださった。歌う人も、歌わない人も他の人に「同調圧力」を加えることなく(笑)、皆が楽しめたと思う。

◆このようにして誕生したゆうあい会が、参加者が「楽しかった。勉強になった。参加してよかった」と言ってくれる会になっていくよう、所員一同、世話人の皆さんと力をあわせて頑張っていきたい。

 ※画像は上から、
 ①開会あいさつをする中田進先生
 ②司会をする寺西笑子さんと岩城陽さん
 ③谷口真由美さんの「日本国憲法 おばちゃん語訳」の本の表紙
 ④会場の様子
 ⑤講演する谷口真由美さん
 ⑥谷口真由美さんに花束贈呈
 ⑦講演する岩城弁護士
 ⑧「3本の矢」のイラスト
 ⑨閉会あいさつをする森岡孝二先生
 ⑩二次会の乾杯
 ⑪翌日誕生を迎える谷口真由美さんにサプライズでお贈りしたバースデーケーキ(とっても喜んでくださいました)

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2015年11月 7日 (土)

No.259 「女性のみの再婚禁止期間」を乗り越え、再婚を果たしたAさんのこと

(再婚禁止期間)

第733条  女は、前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ、再婚をすることができない。

2 女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。


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 女性のみが、離婚後6か月間再婚が禁止される民法733条が憲法違反かどうかが争われた裁判で、11月4日、最高裁で当事者双方の意見を聴く口頭弁論が開かれた。これまで合憲としてきた最高裁判例が変更され、新たな憲法判断が下される可能性が高い。
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 法律には、その必要性を支える社会的事実(立法事実)が必要である。この条文の立法事実として、「生まれた子の父親が誰なのかを巡る争いが起こり、子どもが不利益を受けるのを防ぐ必要がある」ということが挙げられている。

 すなわち、民法772条は「離婚後300以内に生まれた子の父は前夫」と推定する一方で、「婚姻後200後に生まれた子の父は現夫」と推定すると規定していることとの関係で、離婚後すぐに再婚を認めると推定期間が重なり、どちらの子か決めにくくなるため、女性のみ禁止期間が設けられたとされる。
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 しかし、この民法772条を前提としても、100日たってからの再婚なら推定が重ならないことから、再婚禁止期間は100日で十分ということになり、これを超えて6か月(180日)も再婚を禁止するのは、過度に再婚の自由を侵害するものだということになる。

 また、仮に女性が妊娠していたとしても、現在は医療やDNA鑑定などの発達で妊娠の有無や父子関係の判断ができることから、そもそも妊娠していない場合や、父子関係が証明できる場合には、「推定」の競合自体が生じないはずである。

 さらに、これはあまり議論されていないが、そもそも女性が「妊娠する可能性がない場合」もある。女性が閉経後であったり、卵巣や子宮を摘出している場合などがこれにあたる。このような場合にさえ、女性のみが6か月間も再婚の届出を待たなければならないのだろうか。6か月も待てない特別の事情がある場合はどうか。

 私が担当したのは、まさにそのような事案であった。
 これについて、私が今年3月まで所属していたあべの総合法律事務所の事務所ニュース(2014年1月発行)に掲載しているので、以下、紹介したい。

女性のみの再婚禁止期間は、何のため?

1 A子さん(1945年生まれ)は1969年にB氏と結婚したが、1985年ころから夫婦仲が悪くなり、1989年から別居を開始した後はほとんど音信不通の状態が続いた。
 一方でA子さんは、別居開始後の1993年ころからC氏と同棲を開始し、事実上の夫婦として暮らしてきた。
 A子さんは、B氏の年金分割の問題やお墓の問題もあるので、いつまでもこのような状態を続けていてはいけないと離婚を決意して、私に相談に来られた。私は、20年以上別居と音信不通が続いていたのだから、比較的容易に調停が成立するのではないかと考えて、2010年11月、家裁に調停を申し立てた。

2 ところが、予想に反してB氏は年金分割に難色を示して調停は長期化し、訴訟も避けられない可能性も出てきたうえに、C氏が末期ガンで、死期が近いという深刻な事実が判明したのである。
 私はA子さんと協議して方針を転換し、B氏の年金分割は断念し離婚だけを認めてもらって調停を成立させた。
 しかし、調停成立後すぐにC氏との婚姻届を提出することはできるのか。民法733条は、女性に限って、前婚の解消から6か月を経過しないと再婚できないと定めているからである。最高裁は、この規定は憲法に違反しないとしている(最高裁平成7年12月5日判決)。

3 とはいえ、民法733条が女性だけに待婚期間を定めている理由は、「父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐ」(前記最高裁判決)ことにあるはずであり、だとすれば、既に65歳で生物学的に子どもが生まれる可能性がない女性にも、一律に再婚禁止期間を強制するのはおかしいのではないか。そして、その間にC氏が亡くなってしまうと、Cさんの遺産も相続できないという、取り返しのつかない結果となってしまう。これは、どう考えてもおかしい。

 そこで、私はA子さんに対して、「民法の再婚禁止期間の問題はありますが、とりあえずB氏との離婚届とC氏との婚姻届の両方を役所に提出して下さい。窓口で受理してもらえなかった場合は私からできる限り説明し、それでもダメなら、再婚禁止期間の一律適用は違法だと主張して国家賠償請求訴訟を起こすことも考えましょう。」と説明して、そのようにしてもらった。

 すると、予想どおり戸籍係の担当者から電話があったので、これまでの経過を説明し、「とにかく時間がないので、受理してもらわないと困る。もし受理してもらえなければ国賠訴訟も考えます!」と啖呵を切っておいた。

 後日、A子さん自身も役所に呼び出されて一生懸命説明したところ、何と婚姻届が受理されたのである。

4 A子さんによれば、婚姻届が受理されたということでC氏は泣いて喜んでくれた。C氏は2か月後の2012年1月に亡くなったが、2人で寄り添いあって最後まで暮らすことができ、また、自分もC氏と同じお墓に入れることになってよかったとのことであった。
 恐らく、戸籍係の担当者は、場合によっては法務省にまで伺いをたてて受理を決めたのではないか。英断を下していただいたことに感謝するとともに、おかしいと感じることに最初から諦めてはいけないと、改めて肝に銘じた。
 なお、A子さんによれば、B氏も同じころに亡くなったという。B氏とも不毛な争いを続けなくてよかったと、心から思った。

 もし、この事案で、私が上記のように機転を効かせて役所を説得せず、その間にCさんが亡くなってしまった場合には、その後に国家賠償訴訟を起こして勝訴しても、わずかな慰謝料が認められるだけで、Aさんに妻としての相続権は認められなかっただろうし、何よりも、Aさんが法律上の妻としてCさんを見送ることはもはやできなかった。
 それゆえ、違憲訴訟は起こさなかったが、この件はこれでよかったのだと、改めて思う次第である。

 ※画像は上から、
 ①最高裁大法廷の様子(NNNニュースより)
 ②最高裁に入る原告・弁護団(同上)
 ③民法772条の推定規定(東京新聞より)


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2015年3月 7日 (土)

No.228 障害者への勤務配慮打ち切り(阪神バス)事件、大阪高裁で和解成立

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 障害を持つバス運転手に対する「勤務配慮」を一方的に打ち切った事件(阪神バス事件)について、これまで3度にわたってこのブログで紹介してきた。
 ①No.43 障害者への配慮は「温情」、廃止は「自由」か
 ②No.68 障害者への勤務配慮打ち切りに仮処分命令
 ③No.174 障害者に勤務配慮の継続を命令する判決!
 この事件について、去る2月24日、大阪高裁で和解が成立し、最終的に解決したので、改めて事案と経過、和解内容について、ご報告しておきたい。

◆事案の概要
(1) 原告Aさん(1968年7月生・男性)。
 1992(H4)年に阪神電鉄㈱に入社。
 2009(H21)年4月に阪神電鉄㈱の自動車運送事業部門が阪神バス㈱に承継(分社化)されたため、阪神バス㈱に転籍。
 入社から現在まで、路線バスの運転手として勤務。

(2) 阪神バスにおいては、バス運転手の勤務シフトは、概ね以下の5種類に区別されている。
  ①早朝から午後早い時間まで(「早上がり運番」)
  ②早朝から夕方まで(「通常・延長運番」)
  ③朝のラッシュ時に勤務後、勤務終了し、夕方ラッシュ時に再度勤務(「分割運番」)
  ④午後の早い時間から深夜まで(「深夜運番(通常)」)
  ⑤午後遅くから深夜まで(「深夜短時間運番」)
 通常のバス運転手は、上記①~⑤の勤務シフトをランダムに割り当てられている。

(3) 1997(H9)年に「腰椎椎間板ヘルニア」を発症。その術後後遺症で「末梢神経障害」・「馬尾症候群」による排尿と排便の障害が残った。現時点では、排尿については勤務に支障のない程度に回復しているが、排便については、自然に排便することができず、毎晩就寝前に下剤を服用して翌朝起床してから数時間かけて強制的に排便しなければならない。
 しかし、Aさんは、排便障害のために下剤を服用して毎朝数時間かけて強制的に排便しているため、午前中の勤務シフトを担当することが難しく、また、下剤を服用して強制的に排便するため毎日決まった時間に下剤を服用することが望ましくランダムに勤務シフトを割り当てられると対応が困難である。
 そのため、試行錯誤の結果、遅くともH15(2003)年頃からは、原則として、上記⑤「深夜短時間運番」のみを割り当てるという「勤務配慮」が行われてきた。

(4) ところが、会社は、H23(2011)年1月から「勤務配慮を廃止して、通常の勤務シフトで勤務させる」として、Aさんに対する「勤務配慮」を打ち切り、上記①~⑤の勤務シフトをランダムに割り当てるようになった。
 その結果、Aさんは勤務時間に合わせて排便をコントロールすることができなくなり、2011年1月だけで当日欠勤が3回、同年2月は6回、同年3月は8回にも及ぶことになった。
 そこで、「勤務配慮」を受けない通常の勤務シフトでの勤務する義務のないことの確認を求める裁判(本訴及び仮処分)を提訴した。

◆主たる争点
 身体や精神に長期的な障がいがある人への差別撤廃・社会参加促進のため、2006年の国連総会で「障害者権利条約」が採択された(日本は2014年1月20日に批准)。同条約では、①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3類型をいずれも障がい者に対する差別として禁止している。合理的配慮とは、「障がいのある人に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、不釣り合いな又は過度な負担を課さないもの」と定義される。

 Aさんの勤務シフトに関する「勤務配慮」は、この障害者権利条約の「合理的配慮」にあたるものであり、これを一方的に打ち切ることは、障害者権利条約が禁止している障がい者に対する差別に該当し、私法関係においては公序良俗違反ないし信義則違反として無効だというべきではないか。

◆裁判の経過
H23(2011)年3月4日  第1次仮処分 申立(神戸地裁尼崎支部)
      8月4日   第1次仮処分 和解成立(H24.3.31まで勤務配慮する)
      8月26日  本訴訟 提訴(神戸地裁尼崎支部)
H24(2012)年2月7日  第2次仮処分 申立(神戸地裁尼崎支部)
      4月9日   第2次仮処分 決定 神戸地裁尼崎支部(判例タイムス1380-110、労働判例1054-38)
            →会社が「勤務配慮」を打ち切ったことが公序良俗違反ないし信義則違反で無効だとして、「勤務配慮」がないままでの勤務シフトによって勤務する義務のないことを仮に確認。
      7月13日  第2次仮処分 保全異議決定 神戸地裁尼崎支部(労働判例1078-16)
H25(2013)年5月23日  第2次仮処分 保全抗告決定 大阪高裁(労働判例1078-5)
H26(2014)年4月22日  本訴訟 第1審判決 神戸地裁尼崎支部(判例時報2237-127、労働判例1096-44)
H27(2015)年2月24日  大阪高裁にて和解成立
 このように、これまでに上記の下線をつけたとおり、裁判所の判断が4度にわたって示されており、いずれも原告Aさんを勝訴させるものであった。

◆和解の概要(大阪高裁第13民事部平成27年2月24日)
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(1)会社は、「勤務配慮」が労働条件であって、その内容は労使間で誠実に協議したうえ合意によって決定すべきものであることを確認する。
(2)会社は、以下の内容の「勤務配慮」を行う。
 ①出勤時刻が午後0時以降
 ②時間外勤務がない
 ③前日の勤務終了から当日の勤務開始までの間隔が14時間以上
 ④拘束時間が1日9時間未満
(3)病状が改善又は悪化した場合は、その時点での病状にあった「勤務配慮」に変更するべく、労使間で誠実に協議する。

◆本件和解の評価
1、本件和解において、会社が従前から行ってきた「勤務配慮」は単なる温情的措置ではなく労働条件であり、そうである以上、その変更は労使間で誠実に協議すべきものであることを確認した意義は大きい。
2、今後行う勤務配慮の内容についても、Aさんの現状を十分考慮した内容となり、今後Aさんが安心して働き続けることができるものとなった。
3、折しも、2006年に国連で定められた「障害者権利条約」が日本でも2014年1月20日に批准された。この条約では、差別には①直接差別、②間接差別、③合理的配慮の欠如の3類型があるとしているが、本件は、会社がAさんに対して行ってきた合理的配慮としての「勤務配慮」を一方的に打ち切るものであり、障害者差別の③の類型に該当するものであった。
 本裁判で、Aさんに対する勤務配慮が維持され、会社との労働条件として確認されたことは、この障害者権利条約の理念に沿うものとして、評価されるべきである。
4、Aさんは、会社が勤務配慮を打ち切ると通告してから約4年間にわたって、仮処分と本裁判を余儀なくされてきた。ようやく最終解決を勝ち取ったAさんの頑張りに、心から敬意を表したい。
(なお、弁護団は、中西基、立野嘉英と私である。)

 ※上の画像は、「フォト蔵」のサイトから借用させていただきました。御礼申し上げます。


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2015年3月 4日 (水)

No.227 交通事故後5日目に脳内出血を発症した事案で、6年半後に全面解決

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1 2008年10月3日、外出先から事務所に戻ると、それまで面識のなかった京都のN弁護士からの電話メモが机に置かれていた。「京都のK弁護士(私が親しくしている欠陥住宅京都ネットの弁護士)から紹介を受けて電話しました。その人は高速道路上で追突されて血圧が上昇し、5日後に仕事中に脳出血で倒れ、半身不随になっています。どちらかというと過労死関係の事案に似ているので、過労死の労災事件をよくされているという岩城先生を紹介したいと思い、電話しました。何の面識もなく急で申し訳ありませんが、電話下さい。」

 私はN弁護士に電話し、「その方は仕事の途中なので労災申請もできますね。事故の5日後でも脳出血と因果関係が認められる可能性があると思います。よろしければ一緒にやりませんか」と話し、当時、当事務所の弁護士2年目であった長瀬弁護士にも声をかけて、3人で担当することにした。

2 当事者はIさん(事故当時40歳)。2008年8月20日、現場での仕事を終えて車に同僚らを乗せて会社に戻る途中、中央自動車道の上で渋滞に差しかかり、停止したところ後方から来た車に追突された。他の同僚3人はさほど症状を訴えなかったが、Iさんだけが後頭部と頸部の痛みと吐き気を訴え、救急車で病院に搬送。外傷性頸部症候群と診断されたが、最高血圧が216という高値が測定された。
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 Iさんにはもともと、高血圧の傾向があったが、本件事故前の定期健康診断での測定血圧は、①146/92(2001・2)、②130/80(2002・2)、③147/93(2003・7)、④162/90(2004・7)、⑤106/86(2006・2)であり、「高血圧治療ガイドライン2009」によれば、④を除けば、Ⅰ度(軽度)高血圧と正常高値の範囲で推移していた。

 Iさんは、上記病院で降圧剤を処方されたこともあって、血圧は少しずつ下がり、収縮期血圧が150台~120台まで下がっていたが、事故から5日後の8月25日の昼食時に突然脳出血を発症し、病院に搬送された。緊急開頭による血腫除去術が施行され、その後リハビリが行われたが、①重度の片麻痺(後に後遺障害等級2級と認定)と、②高次脳機能障害(後に後遺障害等級5級と認定)が残った。

3 この種の事案では、(a) 自賠責保険に対する被害者請求と、(b) 労基署に対する労災請求が考えられるが、私たちは先に(b)を行うこととし、2009年4月、京都南労基署に労災請求を行った。

 代理人意見書を作成して労基署の担当者と面談したところ、当初は「非外傷性の事案なので、労働時間などの基準によることになるのではないか。」「中立的に考えれば、労災認定は難しいのではないか。」と消極的な対応であったが、私たちが提出したM医師の意見書も功を奏したか、2010年8月業務起因性を認め、併合2級の認定がなされた。これで今後の療養と最低限の生活保障が得られる。本当に嬉しかった。

4 続いて私たちは、同月、(a)の自賠責保険への被害者請求を行ったが、自賠責保険は、本件事故と脳内出血の因果関係を否定し、異議申立を行うも結論は変わらず、「自賠責保険・共済紛争処理機構」に紛争処理申請まで行ったが結果は変わらなかった。
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5 そこで私たちは、2013年4月、やむなく大阪地裁に民事訴訟を起こした。訴訟で被告側は保険会社内のT医師の意見書を提出してきたことから、私たちも新たにS医師の意見書を提出して医学論争を行った。Iさんの妻Y子さんの尋問が終わった段階で裁判所から和解勧告があり、その後何度かの和解協議を経て、この2月19日、和解が成立した。

 和解金額は私たちからすれば十分とはいえないものであったが、既に労災認定によって療養と生活保障が行われていることもあり、Iさんご夫婦の意向もあって、和解に応じることにした。お世話になったM先生とS先生に、さっそくご報告とお礼の電話をさせていただいた。
 振り返れば、本件交通事故から6年半、提訴からも1年10か月が過ぎていた。

6 本件は、決して容易な事件ではなかった。裁判例を調べてみると、交通事故の4日後に発症した小脳出血について災害保険金請求を認めなかったもの(奈良地裁平成14年8月30日判決)がある一方で、交通事故の8日後に外傷性脳幹出血を発症した事案で因果関係を認めたもの(ただし7割の素因減額。横浜地裁平成15年4月18日判決)や、交通事故の約9日後に脳殻出血を発症した事案で因果関係を認めたもの(ただし、同じく7割の素因減額。大阪地裁平成17年4月14日判決)もあることがわかった。

7 3月3日、Iさんご夫婦と弁護団3人が締めくくりとして当事務所に集まり、事件解決を喜び合った。Iさんはリハビリや作業所での仕事も順調とのことで、いい笑顔をされていた。3人の娘さんも大きくなり、長女は既に社会人、二女も社会人となる日が近いとのことだった。

 難しい事件だったが、依頼者ご夫婦と弁護団3人で、やれることをすべてやり尽くして解決できたことを、心から嬉しく思う。また、欠陥住宅全国ネットで親しいK弁護士からN弁護士に紹介がなされたこと、N弁護士が私に直接電話を下さったことをはじめ、いろんな「縁」と「決断」の積み重ねが今回の結果につながったことを思うと、改めて感慨深く思うのである。

 ※真ん中のグラフは、apital(朝日新聞の医療サイト)から借用させていただきました。


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2014年12月30日 (火)

No.225 「週刊ダイヤモンド」が労基署・労働問題を特集!

 少し紹介が遅くなってしまったが、「週刊ダイヤモンド」12月20日号が、「労基署がやってくる!」と題する特集を、34ページにわたって組んでいる。
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 章立てと概要は、以下のとおりである。

 「プロローグ 初調査!上場237社の労務実態」
 上場企業743社に対してアンケート調査を行い、回答のあった237社からの回答を集計している。2009年以降に臨検監督を受けた会社は180社(76%)、是正勧告を受けたのは135社(57%)に及ぶという。

 「Part 1 知られざる労基署大解剖」
 現役の労働基準監督官4人の取材や、「ダンダリン」の原作者と現役監督官の覆面座談会を紹介している。

 「Part 2 あなたの会社も狙われる」
 ワタミの是正勧告の概要や、「三大労務訴訟判決」(東芝うつ事件〔メンタルヘルス〕、リコー事件〔追い出し部屋〕、阪急トラベルサポート事件〔みなし労働〕)を紹介するなどしている。

 「Part 3 最強の対労基署マニュアル」
 労基署から是正勧告を受け32億円もの巨額の未払残業代を支払ったのを機に、徹底した労働時間管理と長時間労働の削減に取り組んでいる大和ハウス工業の取り組みを紹介するほか、最新の労基署対策、訴訟対策、労務トラブル対策などについて考察している。

 「エピローグ 労働サービス後進国ニッポン 監督行政のひずみ」
 労働基準行政の2つの問題点として、監督官のマンパワー欠如と、労働関係法令の複雑さと硬直的な監督指導体制を挙げている。

 特集のタイトルからもわかるように、基本的には会社側の立場から書かれたものだが、①労基署を悪者扱いせず、②コンプライアンス(法令順守)を良とし、③アンケート結果や最新の判例を紹介する(過労死防止法も「時代を映すキーワード」として紹介されている)など、全体としては好感の持てる記事である。

 もっとも、「新しい労働時間制度」(ホワイトカラーエグゼンプション)について、「労働者が多様な働き方を模索している時代に、硬直的な監督指導体制では行き詰まる。そうなればしわ寄せがくるのは労働者であり、日本が労働サービス後進国から脱却できる日は遠い。」と述べるなど、大半の労働者を労基法による労働時間規制、労基署による監督行政の対象から外すという新制度の狙いを見誤っている点は容認できない。
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 ところで、「Part 2」の中の「労働者の賢い闘い方を伝授」のコーナーで、「頼れる労働者側弁護士20人」のリスト中に、私も入れていただいている。
 労働事件で先駆的に闘い、成果を挙げておられる弁護士はたくさんおられ、どのような基準で私が選ばれたのかわからないが、選んでいただいたことは光栄である(事前の取材も連絡もなかった)。
 また、この中に、よく知っている方々も多く含まれているのも、嬉しいことである。これも励みにして、これからも頑張っていきたいと思う(ちなみに、「頼れる使用者側弁護士20人」のリストも掲載されている)。

 ※なお、書店で既に売り切れの場合でも、kindle(キンドル)では購入できるようです。

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2014年10月13日 (月)

No.213 「日本の司法は腐っている」──中村修二氏の怒りに共感する

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 2014年のノーベル物理学賞を中村修二氏(米カリフォルニア大学教授)が受賞したニュースを聞いた時、この方が、青色LEDの発明対価をめぐって2004年1月に東京地裁で200億円の支払命令を勝ち取るも、1年後の2005年1月に東京高裁で6億円で和解した訴訟の原告だったということは忘れていた。

 10年前、「200億円」の支払を命じる判決には度肝を抜かれたが、高裁の「6億円」でも悪くないんじゃないか、くらいにしか考えていなかったが、10月7日付けの「日経ビジネスオンライン」の小笠原啓氏の記事を読んで、実は控訴審の6億円の和解は、中村氏にとっては屈辱的な敗訴的和解であったことを知った。

 私は、発明の対価といった問題については詳しくないので立ち入った論評はできないが、2005年1月上旬に中村氏が小笠原氏のインタビューに対して語ったという、次の言葉に深く共感した。

 「日本の司法制度は腐っている――。言いたいことは、この一言に尽きますよ。本当に頭にきています。」

 「私は米国でも裁判を経験しているので、日本の裁判制度自体に非常に矛盾を感じるんですよ。」

 「米国では証拠書類の開示が本当に徹底しています。相手側の弁護士が要求する書類を全部出さないとダメ。パソコンは全部押収されましたし、私が消したアダルト関連の迷惑メールまでチェックされるんですよ。
 ところが日本では、そんなのないんです。今回の訴訟に関する証拠、私の研究ノートや特許書類は全部日亜化学が持っています。持ち出したら本当に企業秘密漏洩になりますからね(笑)。それを提出しろと言っても完全に無視。しかも裁判所は何も言わない。そのくせ日亜化学側は、自分たちに有利な証拠書類だけを出してくる。
 一方、こちらは記憶だけが頼りですからね。日亜化学側が提出した証拠書類に反論したり、我々に有利なことが書いてある部分を引用したりはできますが、十分とは言えない。こんな状況では対等な裁判なんてできませんよ。
 だから日本では真実がよく分からないんですよ。そこで裁判長が「お前ら両方の主張はよく分からんから、わしが全部決める。落としどころの判決はこれじゃー」と言って終わり。封建制度そのままの、まさに裁判長の独壇場。江戸時代から全く変わってない。」

 本当に、そのとおりである。今の裁判は、「武器対等」のもとに真実を解明する場からはほど遠いのが現状である。
 私が関わっている過労死・過労自殺事件でも、会社側は、あることが明らかになっている資料でも「関連性がない」「既に廃棄した」「企業秘密である」などと主張して徹底的に提出を拒否し、裁判所は事実上これを追認するばかりである。

 中村氏の場合は、まさに開発・発明に従事した本人なので、「どこどこにこういう資料があるはずだ」とわかっているのに、それでも会社は出そうとしないのだから、過労死事件で、本人が亡くなり、詳しい事情を知らない遺族に資料を隠し通すのは、「赤子の手をひねる」ようなものである。

 こんなことを続けていれば、裁判所はますます国民から見放されていくだろう。
 最高裁はこのことにもっと危機感を持ち、アメリカの証拠開示制度を学び、民事訴訟法の改正や運用に取り入れていくべきである。

 ※画像は、青色LED(インターネットより)

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2014年9月 4日 (木)

No.206 お世話になった元裁判官との思いがけない再会に感激!

 9月2日午後、不動産取引に関わる民事訴訟で、私は当事者3人の本人尋問のために、大阪地裁のある法廷に入室したところ、法廷に学生らしき7、8人と、物腰の柔らかそうな初老の男性がいた。
 学生さんの傍聴かな、くらいの感覚でさほど気に留めなかったが、尋問の合間の休憩のとき、初老の男性が何やら書記官と立ち話をしている。「ふ~ん」という感じで男性に目をやると、どこかで見覚えがある。「そうや、元裁判長の松本さんや!」

 松本哲泓(てつおう)裁判官。1990年代後半から2000年代初めにかけて、大阪地裁民事第5部(労働部)の部総括(裁判長)をされ、その間、過労死事件をはじめとして、いくつかの労働事件でお世話になった。
 原告として裁判を起こし、勝訴させてもらうのは嬉しいことである。それほど多いわけではないが、西原過労死事件行訴1審判決(大阪地判平成12年1月26日・労働判例780号20頁)、サンマーク残業代請求事件判決(大阪地判平成14年3月29日・労働判例828号86頁)で勝訴判決をいただいた。

 しかし、それだけではなくて、松本裁判長の法廷は、何かしら優しくて、温かいのである。
 忘れられないのが「関西電力二見事件」である。二見徳雄さんは、関西電力に入社後30年間にわたり送電設備の設計などの業務を行ってきたが、ある頃から視力が急激に低下し「視神経炎」と診断され、原因不明のまま視力障害3級(両眼とも0.04)となり身体障害者手帳の交付を受けた。そんな二見さんを関西電力は強引に解雇。二見さんは解雇無効を主張して提訴。職場の人々と障害者団体の方々の取組みにより、支援の輪が全国に広がるなかで、中途障害者の働き続ける権利を問う大きな事件となった(あべの総合法律事務所ニュース第5号の私の報告「障害者になったら解雇は当然?」参照)。

 人証調べが終わった後、和解の協議が行われた。原告は現職復帰を強く求めたが、関電側は別会社のOAオペレーターとしての採用しか認めようとしなかった。通常ならそこで和解決裂、判決となるところであるが、裁判所は何と、本件を「自庁調停」(事件が係属している裁判所が自分で調停を行うこと)に付し、3か月間の「試用」を行い、その結果を見ようと提案したのである。その間、概ね2週間毎に調停期日を入れ、試用の状況報告と意見交換を行った。2週間に1回の期日というのは、裁判所にとっては大変な負担であったことと思う。
 試用期間終了後も当事者の意見は一致しなかったが、裁判所は民事調停法17条に基づく決定(いわゆる17条決定)を行った(平成12年5月16日大阪地裁決定・判タ1077号200頁)。内容は、「試用の結果、当事者双方の意向等諸般の事情を考慮して、原告が休業期間満了をもって合意退職し、その後被告において再雇用する」というものであった。

 二見さんは悩んだが、元の職場で働き続けられることを重視してこれに応じることにし、関電も異議を述べなかったため、決定は確定した(「いずみ」第11号の蒲田弁護士の報告「二見さん 職場復帰を勝ち取る」参照」。
 二見さんと私たち弁護団は、とても嬉しくて、松本裁判長にお礼を言いに地民5部の裁判官室まで赴いた。面談してくれた松本裁判長は、「よかったですね。頑張って下さい」というようなことをおっしゃってくれた。

 二見さんはその後元の職場で再雇用により職場復帰し、55歳で早期定年退職するまで働き続けた。退職後の二見さんからの年賀状に、「お蔭さまで、定年まで働き続けることができました。」という趣旨のことが書かれていて、しみじみと感慨に耽った。

 松本裁判長は、その後大阪高裁、神戸地・家地裁、富山地・家裁所長、和歌山地・家裁所長、大阪高裁を経て平成23年7月に定年退官され、その後、平成24年から関西大学のロースクール教授になられていた。
 そうか、松本さんは、関大ローの学生さんを連れて、今日は傍聴に来ておられたんだ。

 私は懐かしくて、休憩が終わる前に、思わず松本さんのところに行き、「ご無沙汰しています。その節はお世話になりました。」とあいさつをした。松本さんは、あの少しはにかんだような笑顔で対応して下さったが、果たして私のことを覚えていて下さったかは定かではない。

 「昔はよかった」などと、安易なことを言うつもりはない。しかし、松本裁判長のような優しく温かみをもった裁判官、付調停と2週間毎の調停期日、17条決定といった事案に即した柔軟な解決方法を試みてくれる裁判官は、今でもおられるのだろうか。

 そんな松本さんに、私の尋問を学生たちと一緒に午後5時まで目一杯傍聴されて、ちょっと恥ずかしかった。
 尋問が終わる前に法廷から退室されたため挨拶もできなかったが、学生の皆さんも含めて、感想をお聞きしたかった。
 松本さん、その節は本当にお世話になりました。
 二見さんにも代わって、御礼を申し上げます。ありがとうございました。


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2014年5月22日 (木)

No.185 「司法は生きていた」──大飯原発稼働差止め認めた福井地裁判決

◆こんなことは、10年、20年に一度あるかないかだろう。主要新聞のトップに報じられるような判決が、同じ日に2つ出された。

 2014年5月21日、1つは福井地裁(樋口英明裁判長)の大飯原発の運転差し止め、もう1つは横浜地裁(佐村浩之裁判長)の厚木基地の自衛隊機の深夜・早朝の飛行差し止めの判決である。
 いずれも、地元で暮らす住民たちの人格権の侵害を根拠にしたものである。

 原発、基地いずれも、私は全く関わっていない分野であるが、一国民として重大な関心を持っており、裁判官たちの勇断と、それを粘り強い闘いによって引き出した原告・弁護団の皆さんの頑張りに、心から敬意を表したい。
 どちらにもコメントしたいが、両方について書く余裕がないので、差し当たり福井地裁の判決についてのみ、簡単な感想を記しておきたい。

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◆福井地裁の大飯原発運転差し止め判決
 判決で印象深いのは、「生存を基礎とする人格権は憲法上の権利であり、法分野において最高の価値を持つ」と述べ、差し止めの判断基準として「新規制基準への適否ではなく、福島事故のような事態を招く具体的な危険性があるか」を挙げたこと、「関電は、原発の稼働が電力供給の安定性につながるというが、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題とを並べた議論の当否を判断すること自体、法的には許されないと考えている」と述べたこと(いずれも要旨)、福島第一原発の使用済み核燃料プールをめぐるトラブルで250キロ圏内の住民の避難が検討されたことを踏まえ、大飯原発から同じ距離圏内に住む原告166人について差し止め請求を認めたことである。
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 ある意味で、非常に常識的であり市民感覚に沿った判断であるが、そこに「人間としての言葉の息吹」を感じるのである。同じ「判決」という表題がついていても、裁判官の人間としての言葉がなく、現実の実態から目をそらした「形ばかりの判決」に悔しい思いをさせられることの多い我々にとって、このような、人間としての心の通った判決に出会うと、ほっとするのである。

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 福井地裁の門前で原告と弁護団が掲げた紙幕に「司法は生きていた」と書かれていた。いま、元裁判官が書かれた「絶望の裁判所」という本がベストセラーになっているように、国民の裁判所不信は相当進んでいる。それだけに、このような紙幕にも救われる気がした。

 関電は当然控訴し、舞台は高裁(名古屋高裁金沢支部)に移ることになる。
 わずか12日前の5月9日に、同じ大飯原発の差し止めの仮処分を求めた事件で、大阪高裁(林圭介裁判長)が申立を却下したばかりであり、福井地裁判決が維持されるかどうかは、予断を許さない。
 しかし、少なくとも、「やっぱり司法は死んでいた」と言われないよう、市民感覚に沿う、人間としての心の通った判決を期待したい。

 ※2番目と3番目の画像は、5月22日付け朝日新聞から借用しました。


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2014年5月 6日 (火)

No.181 「事業場外労働」(労基法38条の2)の判断基準を示す──最高裁平成26年1月24日判決

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 旅行会社の募集型ツアーの添乗員の業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとされた事例
──最高裁判所第二小法廷平成26年1月24日判決(阪急トラベルサービス事件)──

 労働基準法38条の2の第1項は、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」と定めています。
 これは、例えば「直行直帰」で1日中外回りの営業をするような場合の規定ですが、どのような場合に「労働時間を算定し難いとき」に当たるかが、しばしば争われます。
 この点について最高裁は、①ツアーの日程は予め決まっており、乗務員が自ら決定できる事項の範囲と選択の幅は限られていること、②添乗員は携帯電話を所持して、問題が生じれば会社に報告して指示を受けることが求められていること、③ツアー終了後は詳細な報告書の提出が求められ、その内容はツアー参加者のアンケートなどで確認できることなどから、本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。」としました。
 もっとも、本件のように、派遣会社から派遣された添乗員が自ら時間外手当を請求するというのは、ある意味で勇気がいることです。派遣会社も派遣先の旅行会社も、この最高裁判決を受けて、きちんと時間外手当を支払うことが求められます。
            (弁護士 岩城 穣)

 ※あべの総合法律事務所メールマガジン「メールいずみ」第32号(2014・2・24)より転載。


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