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カテゴリー「5-8 旅行・ツアー(国内・海外)」の12件の記事

2016年6月30日 (木)

No.287 アジア・太平洋の22か国の法律家がネパールに集う

◆6月17日(金)~19日(日)、ネパールのカトマンズで開かれた「COLAP6」という国際会議に参加してきた。Img_5091


「COLAP」というのは、“Conference of lawyers in Asia Pacific”(アジア太平洋法律家会議)のことで、アジア・太平洋地域の国々の法律家団体が、5年に1回程度、各地で開いているものである。私自身は、2005年9月のコラップ4(韓国・ソウル)、2010年9月のコラップ5(フィリピン・マニラ)に続いて3回目の参加であった。
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 今回のネパールでの会議は、本来昨年予定されていたのであるが、直前の4月25日、マグニチュード7.8のネパール大地震が発生したため、延期されて今回の開催となったものである。
 ネパールは、長年王政が続いてきたが、1996年から内戦状態となり、2008年王制が正式に廃止されて連邦民主共和制となった。その後も混乱が続いたが、2013年制憲議会選挙が行われ、昨年の地震後の2015年9月、ついに憲法が制定公布された。
 そのような中で、今般COLAP6が開催されたのである。

◆1日目(6月17日)お昼過ぎ、バンコク経由でカトマンズに到着後、市内観光。
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 夕方からマーラホテルにて開会式(オープニングセレモニー)。ネパールの大統領・首相以下、国の幹部がずらりと壇上に並び、長年の苦難の歴史と憲法制定に至った経緯について、ネパールの人たちからの誇らしいあいさつが続いた。各国からの参加者が順次紹介。参加団体はアメリカを含む22か国、開会式の参加者は200名以上と見受けられた。私たち日本からの参加者(22人)は、現地ネパールの次に多かった。
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 2日目(6月18日)午前の全体会は、「ネパールにおける民主化プロセスの発展と課題」と題して、憲法、人権、司法の各点について報告と討論が行われた。
 2日目午後は分科会Ⅰ(世界平和と地域平和)と分科会Ⅱ(人権)が並行して開催された。私が出席した分科会Ⅰでは、笹本潤弁護士が基調報告、個別報告として日本からは大久保賢一(埼玉)、喜多自然(沖縄)、飯島滋明(名古屋学院大)各氏の報告があった。人によってはパワーポイントも使って英語で短時間で行うので、準備も発言も本当に大変だったと思う。
 2日目の夕方には、アジア太平洋地域法律家協会の設立総会が行われた。これまでの“Conference”(会議)を常設の“Confederation”(協会)にするもので、頭文字が同じCであるため、略称はこれまでと同じ“COLAP”である。
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 3日目(6月19日)は分科会Ⅲ(経済的発展の権利)と分科会Ⅳ(民主主義を脅かすもの)が、同じく並行して行われた。私が出席した分科会Ⅳでは、日本からは安原邦博(大阪)、菅野亨一(治安維持法国家賠償要求同盟)、中坂恵実子(広島大学)、高部優子(映像作家)各氏の個別報告がなされた。
 3日目の夕方には、全体会から分科会までの報告、予め起草されたコラップ6宣言案の討論と採択が行われた後、参加者全体の交流会(ソリダリティナイト)が行われた。
 本来会場のマーラホテルの中庭で行う予定だったが、激しい雨になったため、狭い屋内での事実上の交流にとどまることになった。日本の参加者は、大矢勝さんの計画のもと、横断幕や団扇・ノボリなどを掲げながら童謡(シャボン玉、こいのぼり、さくらなど)を歌う出し物をする予定で、一時は断念も危ぶまれたが、狭い屋内の喫茶フロアで強行。多少勇気がいったが、意外に反応はよく、その後あちこちで参加者たちが輪になって歌う声が聞こえた。

◆4日目の6月20日から23日までは、関西を中心とする10人のグループによる観光ツアーに出かけた。
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 6月20日は飛行機でポカラに行き、フェワ湖の湖畔での昼食とボートクルーズ、ナウダンダからカンデまでのミニハイキング。
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 6月21日は午前3時50分に起きて、午前5時過ぎからのサランコットからの朝日鑑賞に出かけたが、あいにく曇りで、朝日に映えるヒマラヤの山々を拝むことはできなかった。
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 朝食後バスで移動し、ルムレからチャンドラコットへミニハイキング。午後はポカラの市内観光(パタレ・チャンゴ、オールドバザール、セティ・リバー・ゴージ、ビンドゥバシニ寺院など)。
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 6月22日はカトマンズに戻るためポカラ空港に行き搭乗手続まで済ませていたが、雲が低く立ち込めているためカトマンズからの飛行機が着陸できないということで、バスでカトマンズに戻ることになり、実に9時間のバス移動となった。深夜カトマンズに着きグッタリ、バタンキュー。この日予定されていた民族舞踊を見ながらの夕食などはすべてキャンセルとなった。
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 6月23日午前、本来前日に予定していた古都パタンの市内観光。ダンバール広場、クリシュナ寺院、ゴールデン・テンプルなどを見学。
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 その後、帰途につき、カトマンズ空港からバンコク着、約5時間のトランジットではタイ料理をつまみながら大量のワインを飲んで、関空に向けて出発。実質3、4時間しか寝る時間がないため、半ば二日酔い状態で6月24日午前8時ころ関空到着。いや~、なかなかきつかった‥‥。

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◆今回のコラップの会議とネパールの感想を一言で書くのは簡単ではないが、以下思いつくままに。
・体制も国情も、抱える課題も全く異なるアジア・太平洋の国々の法律家が一同に会して、平和、人権、経済発展、民主主義といったテーマについて意見交換と交流がなされることは、すばらしいことだと思う。日本から、沖縄の基地問題やヘイトスピーチなどについて写真や映像も使った報告がなされると、参加者は驚きの声をあげていた。
・日本からの若手弁護士たちの活躍に感心した。英語が得意な人もいれば苦手な人もいるが、それぞれ全力で準備をし、スピーチの練習をしたうえで壇上に立ち、他の国からの参加者とも笑顔で会話をし、交流していた。既にロートルの部類になっている私は、よくわからない英語にオドオドしながら、そんな彼らを本当に頼もしく感じた。
・ネパールの人々は、みんな人懐っこく、よく話しかけてくる。ただ、全員スピーチが長く、聴き疲れている参加者の空気を読まない(笑)。会議の時間も、あまり守らない(「ネパール時間」というらしい(笑))。
・観光で観たネパールの寺院は、ヒンズー教なのに、仏教と融合しているような印象を受けた。入口の両側には狛犬がいたり、手を合わせてお辞儀をするなど。
・1年前の地震の爪痕が痛々しかった。歴史ある寺院の建物が倒壊したり、大きく傾いたりひび割れができたままになっているのがあちこちにあった。観光が大きな産業になっている国だけに、打撃は大きいと思う。また、地震の点では日本も人ごとではないと、改めて思った。

 ※写真は上から
 ①着陸直前のカトマンズの街
 ②到着後カトマンズ空港にて
 ③会場となったマーラホテル
 ④開会式直前の会場
 ⑤宿泊したバイシャリホテル前にて
 ⑥ポカラ空港
 ⑦フェワ湖でのボートクルーズ
 ⑧ジクリポコリという町のハイキングにて(N君と)
 ⑨同上(地元の子どもたちと)
 ⑩雲の間から顔を出したヒマラヤの山々
 ⑪マチャプツレ(魚の尻尾の山という意味)
 ⑫パタンのゴールデンテンプルにて


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2015年10月 1日 (木)

No.256 韓国東北部の江原道を訪ねる

 No.252で紹介したように、9月19日(土)の午後にソウルで行われた過労死防止法シンポジウムに参加することになったので、それに先立つ9月17・18の両日、韓国東北部にある江原道に行ってみることにした。

 6月16日(水)18時30分関空チェックイン、20時30分のアシアナ航空で韓国・金浦空港に入り、ガイドのパク・ヨンミ(朴 英美)さんと合流。車でコリアナホテルに到着し、宿泊。
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◆6月17日(木)
 ①8時30分ホテルを出発し、ワンボックスカーで韓半島を東に横切って江原道の江陵(カンヌン)へ。日本で言えば東京から日本列島を新潟に横切る感じだろうか。

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 ②お昼ころに江陵に着き、江陵名物の【豆腐ランチ】をいただく。数種類のカラフルな豆腐の鍋と約10種類の小皿。経営者のオッチャン(梅宮辰夫さんに似ていた(笑))が自らお碗に豆腐をよそってくれた。辛くて大量の汗をかいたが、とてもおいしかった。これは日本でやっても受けるのではないか。

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 ③続いて【烏竹軒(オジュッコン)】へ。朝鮮王朝時代の大儒学者とその母で理想の良妻賢母とされている女性の生家とのこと。この2人とも韓国のお札(5千ウォン札と5万ウォン札)の肖像にもなっているとのこと。「カラスのように黒い竹が生えている建物」という意味だそうだ。

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 ④次に、【船橋荘(ソンギョジャン)】へ。これは李朝時代後期の上流両班(ヤンパン)の屋敷である。名前の由来は、かつてはこの建物の前は湖で、船を連ねて橋にして渡ったとされているとのこと。

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 ⑤続いて、南に少し下った海岸沿いにある【正東津(チョンドンジン)駅】へ。美しい海と線路が一つになった風景は実に美しい。この駅は驚異的な視聴率を出した韓国ドラマ「砂時計」(現地名モレシゲ)のロケ地になったことで有名だそうだ。
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このドラマは私も好きだったので、一本松と海を背景に向こうのプラットホームに向かってヒロインの女性が線路を渡る場面は覚えている(右下の写真)。
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 実は、当初の旅行計画では、江陵から三陟というところまでの海岸沿い約58キロを走る「海列車」に乗るはずだったが、たまたまこの期間は整備中ということで叶わなかったのは残念だった。

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 ⑥その代わりということで予定に入ったのが、崖の上に建った客船型の豪華な【ホテルサンクルーズ】に行き、最上階の回転するスカイラウンジで、カフェを楽しんだ。
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 ⑦夕食は海の近くのレストランで海鮮料理をいただいた。海鮮鍋と刺身がメインだが、それ以外にも、お皿の数がすごくて食べきれない。
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 ⑧夕食後、車で北上し、「束草(ソクチョ)」から内陸に入ったところにある「雪岳(ソラク)山」の近くまで行き、「ケンシントンスターホテル」で宿泊。いかにもイギリス風で、イギリスの有名人の写真がたくさん飾っていた。部屋には広いベランダがあり、重厚な家具で贅沢な造り。
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 ホテルでWifiが繋がり、フェイスブックや朝日新聞デジタル、さらにテレビでNHKの国際放送を見ると、安保法案が参院の特別委員会で強行採決されたことが報じられていて、悔しい思いで見入った。

◆6月18日(金)
 ①朝は少しゆっくり目に起床し、10時20分ころホテルを出発。

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 ②雪岳小公園から【ロープウェー】で山頂駅へ。景色も空気も最高だった。この山頂駅から歩いて「権金城(クォングムソン)」というお城に行けるが、時間がなく断念。

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 ③続いて【新興寺(シヌンサ)】というお寺へ。四天王や境内など、このあたりは日本人にとって全く違和感がない。大きな露座の大仏も見ものだった。何と大仏の地下に参拝室があり、ここにも入ることができた。

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 ④昼食は、松茸御飯定職。あまり辛くなく、食べやすかった。

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 ⑤午後2時ころ、再びソウルに向かって出発。ソウルで宿泊予定のホテルに着いたのは17時30分ころだった。そこで、この日到着した森岡先生と寺西さんに合流。
 この後、翌日のシンポの主催者の皆さんが、私たちのために開いてくれた夕食会に参加した。

 以上が、実質的には2日間だけの江原道ミニツアーであった。
 江原道は、韓国ドラマ「冬のソナタ」の舞台にもなった春川(チュンチョン)や、2018年に冬季オリンピックが開催される平昌(ピョンチャン)もある、自然豊かな美しい地方であった。ここを2日間とはいえ、車で快適に観光できたことは、大変良かった。
 韓国が、さらに身近になったように思う。


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2015年9月24日 (木)

No.254 韓国で開かれた「過労死防止法の制定に関するシンポジウム」に参加

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◆9月19日(土)午後2時~5時30分、韓国・ソウルで「日本の過労死防止法の制定に関する講演会」が開かれ、過労死防止全国センター共同代表の森岡孝二名誉教授、全国過労死家族の会の寺西笑子さんと私の3人で参加した。
 主催はソウル地方弁護士会の人権委員会、民主社会のための弁護士会(民弁)の労働委員会、労働環境健康研究所の3団体である。
 シンポジウムは、次のような進行次第で行われた。

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【1】開会あいさつ(及び司会)
 開会のあいさつをされたコ・ユンドク弁護士は、「韓国でも過労死が起こるのは生産現場だけではなくなってきている。政労使会議は年間労働時間を1800時間に短縮するよう努力することを9月13日に合意したが、なかなか時短は進んでいない。過労死の労災認定率は2009年以降、30%台に落ちている。」と述べたうえで、「韓国でも過労死を減らすよう国家が管理すべきだという意見が出ているが、日本では過労死防止法が制定され、既に施行されている。今日は法律制定に関わった3人の方々に来ていただいた。」と、私たちを紹介してくれた。

【2】日本側からの報告
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(1) 「日本の労働時間と過労死」森岡孝二名誉教授
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(2) 「過労死防止法と過労死防止対策大綱」岩城 穣弁護士
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(3) 「過労死のない社会の実現をめざす遺族の願いと防止法の課題」寺西笑子さん

 いずれも、事前に送付した報告の原稿やレジュメが予め韓国語に翻訳されたパンフレットが配布され、また通訳の方(パク・ウンジョンさん(女性)と鈴木明さん)が流暢に通訳をして下さったことから、大変よく理解していただけたと思う。

【3】韓国側からの報告
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(1) 民弁の事務局次長をされているチョン・ビョンウク弁護士は、最近出された次の3つの大法院判例と、最近の判例の動向について報告した。
 ①大法院2010年12月9日判決(造船下請労働者の脳梗塞発症(存命)事案で、業務起因性は普通平均人でなく当該労働者の健康と身体条件を基準に判断すべきとした。)
 ②大法院2012年6月18日判決(軍人が服務中に自殺した事案で、自殺が自由な意志が完全に排除された状態で行われなくても、公務災害から除外されないとした。)
 ③大法院2015年6月11日判決(公務と疾病発生の間の因果関係の立証責任は主張する側にあるが、必ずしも医学的・自然科学的に明白に証明されなければならないのではなく、規範的観点から相当因果関係が認められる場合には証明があり、そして相当因果関係を認めるためには、諸事情を総合的に考慮して行わなければならないとした。)

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(2) 続いて、労働環境健康研究所所長のイム・サンヒョクさんは、「過労死防止法のことを聞いたとき、その必要性がよく理解できなかったが、今日3人の話を聞いて、すばらしい法律であることがわかった。韓国と日本の状況は似ている。韓国では最近、徹夜を含む1か月160時間の時間外労働をしていたが、脳出血を発症して亡くなったのが2か月間休業した後であることを理由に業務外とされた例や、月2日しか休日がなかったが、自発的な労働であったことを理由に業務外とされた例がある。これから日本の皆さんと一緒に、社会に警鐘を鳴らして、過労死防止のために運動をしていきたい。」という主旨のことを述べた。

【4】パネルディスカッション
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 その後、上記の5人が壇上に並んで、パネルディスカッションが行われ、次のような論点について、やり取りがあった。
・韓国では、残業代をもらうために、自ら進んで長時間労働をする場合が多いが、日本では残業代が払われないのに、重い責任やリストラ不安から長時間労働をしている。しかし、韓国もこれからそうなっていく可能性もあるのではないか。
・そのため、日本では使用者が労働時間をきちんと記録しようとせず、労災申請をする遺族は、労働時間の立証のために大変な苦労をする。
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・業務起因性の判断枠組みは韓国と日本はほとんど変わらないが、韓国では労働者本人基準説をとっている点が違っている。
・日本では会社、更には会社代表者や上司の民事責任を追及することが一般的になっているが、韓国では労災認定がされればそれで終わりということが多い。そのため、日本の電通事件判決のように、使用者の注意義務について言及した判例はない。

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◆参加者は約30名であったが、皆さん食い入るように聞き入ってくれた。韓国と日本の労働環境は、違う点もあるが共通しているところも多い。また、同じ儒教文化の国であることから、職場での上下関係や仕事に対する責任感といった点でも共通しているのではないだろうか。
 日本の過労死防止法の制定や過労死家族の会の活動などが、韓国の過労死の予防と救済に役立っていけば望外の喜びであるし、また、判例や運動面でも、お互いに学び合っていけたらよいと思う。

◆実は、シンポジウムの前夜、中心メンバーの皆様(その中には、これまでも日本の弁護士や運動団体と交流の深いキム・ジンク(金 晋局)弁護士もおられた。)が、歓迎の食事会をしてくださった。2年ほど前に交換留学で立命館大学の櫻井純理教授のもとで過労死について研究し、卒業論文を書いたカン・ミンジョンさんも来てくださり、懐かしかった。
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 また、シンポ終了後の懇親会でも、懇親会からの参加者も含めて、私たち3人を大変歓待してくださった。その場で、今後も継続的な交流をしていくこと、そのための打合せを近いうちに持とうということも決まった。

 早くからシンポジウムを準備してくださった皆様、当日の前後を含め細やかな心遣いをしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

 ※写真は上から、
①ソウル地方弁護士会館の入口
②司会のコ・ユンドク(高 胤德)弁護士
③~⑤森岡、岩城、寺西3人の講演
⑥チョン・ビョンウク(鄭秉郁)弁護士の話
⑦労働環境健康研究所所長、イム·サンヒョク(任 祥赫)さんの話
⑧5人によるパネルディスカッション
⑨会場風景
⑩当日配布されたパンフレット
⑪懇親会にて


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2015年6月 6日 (土)

No.243 花巻・盛岡のプチ観光とグルメ

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【童話の森のマップ】
◆5月30日・31日の欠陥住宅全国ネットの大会には今回は夫婦で参加したが、「せっかく盛岡に行くのだから、トンボ返りはもったいない」ということで、ささやかな観光とグルメツアーを試みた。
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◆5月29日(大会前日)の朝花巻空港に到着し、少しゆっくりした後、「宮沢賢治童話の森」エリアにでかけた。
 「宮沢賢治記念館」はちょうど20年前の全国過労死弁護団の総会が花巻で行われた時に行ったように思うが、再び訪れてみると、今年4月下旬にリニューアルオープンしたばかりだった。賢治直筆の原稿や写真などがたくさん掲示されていて、“宮沢賢治三昧”を堪能した。
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 「宮沢賢治童話村」も、ファンタジックで楽しかった。「賢治の学校」の「月夜のでんしんばしら」を モチーフにした幻想的な壁画は、とっても気に入った。
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◆続いて、JR釜石線で新花巻駅から釜石線で花巻駅へ行くことにしたが、何と1日に10本ほどしか電車がなく、カエルの鳴き声を聴きながら40分くらい待った。たまにはこんな時間も悪くない。
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 花巻駅に行った目的は、「新ばし」のうな重。駅から15分くらい歩いて到着したが、何と暖簾が外されていて、出てきた女将さん、「すみませんが、休憩時間中なんです」。「えー‥‥」と言って残念そうな顔をしていると、ご主人が出てきて、作っていただけることに。「やった!」 
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 このお店は6代目くらいで、このうな重は、宮沢賢治もお気に入りだったというから、すごい老舗である。
 待つこと20分くらい、芳ばしい香りが漂ってきた。この店では、客の注文があってから鰻をさばくのである。
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 重箱一面に敷きつめられた蒲焼は、まさにとろけるように柔らかい。これは大満足。これだけでも、今回岩手に来た甲斐があった。

◆5月29日夜は、盛岡の山菜料理の専門店「沢内甚句」へ。
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 これまで聞いたことがなかった「ボーナ」、「あいこ」、「ひめたけ」や、「きのこ柳川」、「沢内わらびのおひたし」、ピリ辛の「ももどり」、「ほや貝の刺身」などを肴に、「南部美人 心白」や「八重桜」などのお酒を枡いっぱいに接いでもらってちびちびと。
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 最後に「ひっつみ汁」と「きのこ汁」もいただいた。
 女将さんも、店員の若い女性も男の子も、みんな人懐っこく話しかけてくれる。岩手の人たちはすごくあったかいと感じた。
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◆5月30日の大会1日目が始まる前の昼食は、大会会場の「水産会館」の近くにある有名な「白龍(パイロン)」というお店で「じゃじゃ麺」をいただいた。京都ネット、東海ネットや神戸NETの人たちも来ていた。やっぱりみんな考えることは一緒だ。
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 「じゃじゃ麺」というのは初めていただいたが、コシのある麺と挽き肉入りの味噌がよく合い、おいしい。最後に、食べたお皿に卵1個を割り入れて作ってくれる卵スープ「ちいたんたん」もおいしかった。たった50円で、とても良心的。
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◆5月31日、大会2日目終了後の昼食は、地元の弁護士さんお勧めの盛岡駅地下の「磯よし」というお店へ。生うに丼の特上が4000円弱と聞いて少しひるんでしまい、うにとイクラが半分ずつの「海宝丼」にしたのだが、他の人が頼んだ「特上」を見ると、一回り大きな丼の一面に生うにが乗せられており、激しく後悔。生うにはとろけるように柔らかくて甘く、おいしかった。
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 花巻空港に向かうバスが出るまでに少し時間があったので、建築士の木津田さんと3人で「材木町」にある「光原社」へ。これは宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版した会社で、現在は民芸品店である。敷地内にある喫茶店「可否館」でおいしいコーヒーもいただいた。短い時間だったが、爽やかな風を楽しんだ。
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 唯一、食べれないままになるかと諦めていた「盛岡冷麺」を、空港内のレストランでいただくことができた。通常の韓国冷麺のようなものかと思っていたが、「辛み」が別なので、まずはコシのある麺とスープを楽しめる。ダシがすごく日本人好みで、おいしい。後半に「辛み」を入れると、まったく違ったおいしさが出てくる。やっぱり、名物とされるものはそれだけの根拠がある。
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 以上、ささやかな観光とプチグルメは思い出に残るものだった。またいつか、盛岡に来たい。

 ※写真は上から
 ①「童話の森」周辺のマップ
 ②宮沢賢治記念館に向かう敷地玄関にて
 ③「童話村」の「賢治の学校」の「月夜のでんしんばしら」
 ④「セロ弾きのゴーシュ」のオブジェ
 ⑤釜石線でホームに入ってくる電車
 ⑥鰻の老舗「新ばし」
 ⑦「新ばし」のうな重(3,000円)
 ⑧「あいこ」
 ⑨きのこ柳川
 ⑩清酒「八重桜」
 ⑪「白龍」(パイロン)の「じゃじゃ麺」
 ⑫麺完食後に同じ丼で作る卵スープ(ちいたんたん)
 ⑫一歩日和って注文した「海宝丼」だが、とてもおいしかった。
 ⑬材木町の「光原社」(建築士の木津田先生のFB写真から拝借しました。)
 ⑭花巻空港内でいただいた「冷麺」


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2014年6月29日 (日)

No.196 集中証人尋問の打ち上げと、宮崎一日ツアー

前回の投稿で紹介した2回目の集中証人尋問が終了した後、被災者のご家族(お母さんと妹さん)が、打ち上げの夕食会を持って下さった。
 場所は「ふるさと料理 杉の子」という、成見弁護士の事務所の向かい側のお店であった。
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 ご家族、弁護団のほか、被災者の友人の2人、大阪過労死家族の会からの傍聴者3人、今私のもとで弁護修習をしている修習生のYさん、さらに地元宮崎の西田隆二・北川貴史両弁護士も参加して、大いに盛り上がった。西田さんは私の3期下(43期)で、過労死弁護団のメンバーで「過労死110番」の電話相談では一貫して宮崎の窓口を務めて来られ、県の弁護士会の会長も歴任された、とても頼もしく、愉快な先生である。北川さんは西田さんと同じ事務所で、「韓流弁護士」(笑)と呼ばれているとのことである。

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 お料理もとってもおいしくて、宮崎の味を堪能させていただいた。初めて食べたのは「旭カニ」。小さなカニだが、身が詰まっていて、ミソもとてもおいしかった。
 お酒も、地元で有名という「綾錦」を竹の筒に入れた熱燗(名前を失念してしまった)が、竹の香りが心地よくおいしかった。また、焼酎では「霧島」シリーズで初めて「茜霧島」というのをいただいた。後で調べると、この6月18日に発売されたばかりの超レア物ではないか。味もフルーティで最高だった。

 ほぼ全員が異動した二次会(スナック)では、カラオケで盛り上がった。皆さんお上手だったが、私のところで修習している修習生のYさんが、私の好きな「Let It Go」(アニメ「アナと雪の女王」の主題歌)を歌ってくれたので、大満足でした(ちなみに、Yさんは実はセミプロの歌手で、予想どおりその歌唱力はハンパではありませんでした)。
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 その後さらに地元弁護士の西田さんと北川さんには、瓦井さんと一緒に、地元で有名な「宝来」というラーメン店にまで連れていっていただいた。スープがとてもまろやかで、不思議な魅力を持った味であった。ぜひ、また来たいと思う。


◆翌6月28日は、前日までのどしゃ降りの雨と打って変わっての快晴の中、被災者のお母さんの運転で、宮崎一日ツアーを楽しんだ。
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 まずは、北の方にある「酒泉の杜」という、お酒のテーマパーク。面白いのは、ワイン、焼酎、日本酒、ウイスキーなどあらゆるお酒を店内で自由に試飲したり、飲み比べたりできるのである。一見太っ腹だが、よく考えると営業効果抜群であり(酔っぱらうと気持ちも大きくなる)、実際いくつもお酒を買い込んでしまった)、もっとあちこちで行われてもいいように思った。
 それ以外にも、ガラス工芸のお店を見学したり、「甘乳蘇ソフトクリームを楽しんだりした。

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 次に行ったのは、今度は南の方にある青島という小さな半島。お昼は「岩見」というお店で、定番という「魚すし」と「釜上げうどん」をいただいた。どちらも本当においしかった。値段もリーズナブルで、ほっこりした気分になった。読売ジャイアンツのキャンプ地に近いために馴染みがあるようで、原辰徳監督の昔の写真などが飾っていた。
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 続いて、近くにある青島と青島神社へ。私は初めてだが、宮崎の有名な観光地でありスポットとのことである。
「鬼の洗濯板」と呼ばれる珍しい波状岩は、まさに芸術的である。
 青島神社は、よくある地味な神社ではなく、結構「商売っ気」があり、アベック(もしかして今は死語?)や家族連れで来ても楽しめる、明るい雰囲気を持っていて、楽しかった。
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 青島神社を出た後、美しい日南海岸のドライブを楽しみながら、宮崎空港へ到着したのは、午後6時ころになっていた。

 これまで、この事件の関係で何度か宮崎には来ていたが、こんな形で一日ツアーが楽しんだのは初めてだった。2回にわたる証人尋問が終わった解放感と、一気に晴れ上がった快晴の中、思い出深いツアーとなった。
 Kさん、ありがとうございました。
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 ※写真は、上から、
 ①旭カニ
 ②茜霧島のボトル
 ③「宝来」のラーメン

 ④酒泉の杜(試飲テーブル)
 ⑤「岩見」の魚すし

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 ⑥青島神社の鳥居
 ⑦巨人選手の願掛け絵馬(左上の原辰徳監督以下、有名選手がズラリ。なお、これは5、6枚あるうちの1枚である。)
 ⑧青島神社内にて
 ⑨日南海岸


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2014年5月 4日 (日)

No.178 歴史をくぐり抜けてきた美しい町並みたち───IADLブリュッセル大会とポーランドの旅(その3)

 今回のツアーのメインは、ブリュッセルでのIADL(国際民主法律家協会)の第18回大会(4月15日~17日)とポーランドのアウシュヴィッツ見学(4月19日)であったが、その合間をぬって、できる限り観光に努めたことはいうまでもない。
 主な場所をメモしておくことにする。
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◆4月15日(火)
 大会1日目終了後、短時間であったがブリュッセルの市内観光。発祥の地とされる「小便小僧」の小さな像は、とてもかわいかった【写真①】。11~12世紀に市場として開かれた広場である「グラン・プラス」は、その規模も建物も壮観だった【写真②】。
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 夜は、広場近くのホテルのレストランで、東京組と一緒に食事会をした。


  

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◆4月16日(水)
 大会2日目終了後、グラン・プラス広場近くのレストランで、前日に続いて東京組と食事。ベルギーの名物料理という鍋一杯の蒸しムール貝はおいしかった。日本ではムール貝はそれほど馴染みがないが、いろんな味付けがあるようで、食べ始めるとクセになりそう【写真③】。
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 その後、Tさんの予約のもと、Oさんご夫婦との4人で、地元の人気グループのロックコンサートに行った【写真④】。心臓にズシンズシンと来る、ものすごい音。結構広い年代の人で会場は満員電車状態だが、みんなリズムに乗って体を動かしていた。
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◆4月17日(木)
 大会3日目のお昼前に大会を抜け出して(m(_ _)m)、約1時間列車に乗って、「水の都」といわれるブルージュへ。雲一つない快晴、さわやかな空気の中で昼食【写真⑤】。ウサギの肉は初めて食べた。
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 その後、運河を約30分間船で廻る運河クルーズを楽しんだ【写真⑥】。運河で囲まれた地区全体が世界遺産とのこと。運河のほとりで地元のビールも【写真⑦】。


  

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 夕方にはブリュッセルに戻り、東京のメンバーと合流して、またしてもTさんお勧めのジャズクラブ“the Musuc Village”で「GENE TAYL0R TRIO」のジャズを聴く。


  

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 太っちょのリーダーみたいな人が、とってもいい味を出していた【写真⑧】。

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◆4月18日(金)
 この日は移動日。ブリュッセルから空路ミュンヘン経由で、ポーランドのクラクフに夕方に到着後、クラクフ市内観光。
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 ヤギェウォ大学、11世紀から17世紀にかけて歴代ポーランド王の居城だったヴァヴェル城、聖マリア教会【写真⑨】、中央市場広場【写真⑩】など。
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◆4月19日(土)
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 アウシュヴィッツ見学の後、午後からクラクフの近くにあるヴェリチカという岩塩採掘場へ。13世紀中頃から1950年代まで採掘が行われたとのことで、エレベーターで地底の底に降りていく感じ【写真⑪】。
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 華のように結晶した白い岩塩の一粒を口に含むと、やっぱり塩辛かった。世界遺産に指定された第1号だという【写真⑫】。
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 帰りに、映画「シンドラーのリスト」に出てくる、実際にあった工場も見学した【写真⑬】。

◆4月20日(日)
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 朝クラクフを出て、ワルシャワへ。この日は何とイースターと重なって(日本では元旦のような、1年で最大のお祝いの日である。)、街は人が少ない。ワジェンスキ公園【写真⑭・⑮】、ショパン像【写真⑯】、旧市街の市場広場【写真⑰】、ワルシャワゲットーの英雄記念碑などを見て廻った。
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 この日が事実上最後の日。最後に大阪組のメンバーでホテルで食事会をした【写真⑱】。
 先に帰られた東京組の皆様を含め、今回のツアーで同行いただいた皆様、有意義で楽しい旅をありがとうございました。
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 ※写真は、上から順に
① 小便小僧(4月15日、ブリュッセル)
② グラン・プラスの市庁舎(同)
③ ムール貝の鍋(4月16日、ブリュッセル)
④ 人気グループのロックコンサート(同)
⑤ 昼食をとったレストラン(4月17日、ブリュージュ)
⑥ 運河クルーズの船上から(同)
⑦ 立ち寄ったカフェで、冷たいビール(同)
⑧・⑨ ジャズクラブ“the Musuc Village”での「GENE TAYL0R TRIO」コンサート(4月17日、ブリュッセル)
⑩ クラクフの中央市場広場、左は聖マリア教会(4月18日、クラクフ)
⑪ 同広場にあった、横たわった頭のオブジェ(同)
⑫ ヴェリチカの坑道(4月19日、ヴェリチカ)
⑬ ヴェリチカの世界遺産認定の記念石碑(同)
⑭ 「シンドラーのリスト」の工場(同)
⑮・⑯ ワジェンスキ公園の中にいたリスとカモ(4月20日、ワルシャワ)
⑰ ワジェンスキ公園内のショパン像(同)
⑱ ワルシャワ旧市街の市場広場にある、剣を持つ人魚像(同)
⑲ 大阪メンバーでの最後の夕食会(同)


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2014年4月29日 (火)

No.177 人類は、過ちを次世代に伝えられるのか──IADLブリュッセル大会とポーランドの旅(その2)

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◆アウシュヴィッツとは
 ブリュッセルでのIADLの大会に参加(4月15~17日)した後、私たち関西グループ10人は、ミュンヘン経由で空路ポーランドのクラクフに行き、4月19日、クラクフから約4時間半バスに乗り、アウシュヴィッツに到着した。
 アウシュヴィッツとは、よく知られているように、第2次世界大戦中の1940年~1945年にかけてポーランド南部(現地名オシフィエンチム)に作られた、強制収容所の施設群である。第一収容所(基幹収容所)、第二収容所(ビルケナウ)、第三収容所(モノヴィッツ)の3つの施設があり、私たちが行ったのは第一と第二である。
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 ヒトラーのナチス党政権下のドイツが行ったホロコースト(ユダヤ人などに対する大量虐殺)の象徴とされる。記録が残されていないため、ここでの死亡者数自体が数十万人から数百万人まで諸説があるが、公式の数字は、第二収容所の慰霊碑に記載された「150万人」だと思われる。
 アウシュヴィッツの説明については、ウィキペディアの「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」が詳しい。
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◆アウシュヴィッツに行こうと思った理由
 私は、戦争や虐殺の実態を記録・展示する施設はできるだけ見学するようにしてきた。
 国内では広島の「平和記念資料館」、長崎の「原爆資料館」や沖縄の「平和祈念資料館」。
 海外では韓国(ソウル)の「独立記念館」や「ナヌムの家」、中国の盧溝橋や「中国人民抗日戦争記念館」、ハルビンの「731部隊罪証陳列館」、ベトナム(ホーチミン市)の「戦争証跡博物館」など。また、中国(大連)やマレーシア、カンボジアの戦争被害者からの聞き取り調査にも参加したことがあった。
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 そんな中で、唯一・最大の残っていたものが、「アウシュヴィッツ」であった。
 大阪でよく海外ツアーにでかける仲間の中では、「この次はアウシュヴィッツに行こう」といった声が出ていたが、今回ブリュッセルのIADL大会参加とセットにする形で、ついに実現したのである。
 もっとも、上記の他の施設もそうであるが、このような施設自体は「暗く、重い」ものであり、「もう、行かなくてもいいかなあ」みたいな消極的な気持ちも、正直言ってあった。
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 しかし、それでも今回意を決して参加することにしたのは、次のような理由であった。
 ① 私にとっては、これまでの国内・国外の戦争証跡施設見学の「総仕上げ」のような面があること。
 ② これまで見てきたのは、ベトナムの戦争証跡博物館を除いて、日本の侵略・戦争に関わるものが圧倒的だったが、アウシュヴィッツはナチスドイツの侵略・戦争に関わるものであり、やや距離を置いて見ることができると思ったこと。
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 ③ 単純な侵略や植民地政策ではなく、「ドイツ民族の優越」を根拠に「ユダヤ人の絶滅」を目的としたものであり、「人間が人間に対してここまでのことがやれる」ということを示すものであること。
 ④ 最近の日本での熱狂的な劇場型政治や、ヘイトスピーチなどに見られる排外主義の高まりは、ナチス台頭前のワイマール憲法下のドイツに似ているという指摘があるが、加害国ドイツを含めたヨーロッパは、この「負の歴史」をどのように次世代に伝えようとしているのかを知りたいと思ったこと。
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◆アウシュヴィッツで見たもの
 事前に多少の予備知識はあったものの、やはり現実に自分の目で見るのとそうでないのとは、全然違った。
 第一収容所の入り口。高圧電流が流されていた有刺鉄線。広大な敷地に建ち並ぶ建物。山のように積み上げられた収容者たちの頭髪や眼鏡、男性・女性・子どもたちの靴、名前を書かされた革の鞄、身体障害者たちの義足。数十万人が「処分」されたガス室と焼却炉。初代所長が死刑を執行された絞首刑台。
 第二収容所へ夥しい数のユダヤ人を運んできた鉄道の引き込み線。家畜小屋よりも酷い居住棟。1日2回15秒間一斉に用便を強制された、穴だけが並んだ便所‥‥。
 これらについては、インターネットで詳細な説明や写真が紹介されているので、ここでは省略するが、本当にここで何十万人もの人々が収容され、残虐に管理され、拷問や生体実験がなされ、殺戮されていったのか。それを完全にリアルにイメージするには、私の想像力はあまりにも貧困すぎるが、そのための材料は、間違いなく提供された。
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◆アウシュビッツで得たもの
 他方、将来に向かって希望を持てることとして、次の3つがあった。
① 施設全体が、「もはや人類はこのような過ちは起こさない」という静かな決意が伝わってくるものになっていること。
 ガス室の中の説明碑には、次のように書かれていた。
 “You are in a building where the SS murdered thousands of people.Please maintain silence here:remenber their suffering and show respect for their memory.”
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② 若者たちをはじめ多くの人々がこの施設を訪れていたこと。
 ガイドブックによれば、これまでに全世界から3000万人以上が訪問し、毎年100ヶ国以上から100万人近くが訪問している。最近では年間150万人が訪問し、過去最高の数字だそうだ。移民労働への攻撃や人種的偏見が強まる欧州のなかで、多民族共存のための教育施設としての位置づけられているという。日本人も訪問者は年間1万5000人になっているが、お隣の韓国からは4万7000人と、3倍以上が訪問しているそうである。
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 確かに、私たちが第一収容所から第二収容所に移動しようとするころから、続々と見学者がやってきた。これまで見てきた前述のような施設では、これほどの参加者を見ることはなかった。
 これに対して、日本ではどうだろうか。また、この点に関連して、今年2月に日本の各地の図書館で「アンネの日記」を破棄する事件が相次いだことは衝撃的であった。このアウシュヴィッツを見て同じことができるだろうか。
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③ 日本人の唯一の公式ガイド・中谷 剛さんのお話を聞けたこと。
 この方のお話は、私たちが普通にイメージする「ガイド」ではない。覚え込んだ知識を披露するのでなく、すべて自分の言葉で説明し、語りかけ、考えさせる。感情的にならず、押しつけをせず、事実を淡々と伝えることにより、一人ひとりが自ら課題を背負う。まるで牧師か、哲学者のような深みをもった方である。1966年神戸市で生まれ、1997年に博物館公式ガイド資格を取得されたとのこと。
 帰国して、中谷さんに教えてもらった次の著作本を、さっそく注文した。
 ・『アウシュヴィッツ博物館案内』(凱風社 2005年)
 ・『ホロコーストを次世代に伝える―アウシュヴィッツ・ミュージアムのガイドとして』(岩波書店 2007年)

◆ドイツと日本の違いを考える
 日本とドイツは、イタリアとともに日独伊三国同盟を作って第二次世界大戦で連合国と闘い、敗北した元「同盟国」である。しかし、その後の総括と約70年間の行動は、全くといってよいほど異なっている。
 ドイツは被害を与えたすべての国と人々に謝罪する一方で、戦争責任を徹底的に追及し、戦争責任に時効はなく、現在でもナチスを賛美する言動は犯罪としている。これに対し、日本はどうだろうか。また、日本での最近の動きはどうだろうか。

 人類は、国・民族が他の国・民族を侵略し、殺戮するという歴史を繰り返さないことはできるのか。ヨーロッパはどうか、アジアと日本はどうか。そんなことを考える機会と材料を与えてもらえた今回の訪問企画に、心から感謝したい。

 ※写真は、上から順に
 ① 第一強制収容所の入り口
 ② 広範なヨーロッパ各地からアウシュヴィッツに収容者が送られてきた。
 ③ ガス室のある建物の入り口
 ④ ガス室内部。ここで数万人が息絶えた。
 ⑤ 第二強制収容所の入り口の遠景
 ⑥・⑦ 収容者たちが押し込まれて生活した居住棟
 ⑧ ガス室内の説明碑
 ⑨・⑩ ぞくぞくと訪問してくる人々
 ⑪ 日本人唯一の公式ガイド・中谷剛さん


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2014年4月28日 (月)

No.176 世界各地の人権闘争を交流し合う意義───IADLブリュッセル大会とポーランドの旅(その1)

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◆4月14日~4月22日まで、ブリュッセル(ベルギー)とポーランドに行ってきた。
 前半の4月15日(火)~17日(木)は、ブリュッセルで開かれた国際民主法律家協会(International Association of Democratic Lawyers=IADL)の第18回大会に参加。3日目の4月17日(木)午後は電車でベルギー屈指の美しい町、ブリュージュに行ってきた。
 後半の4月18日(金)~21日(月)はポーランド(クラクフ、アウシュビッツ、ワルシャワ)に行き、22日(火)の早朝、関空に帰ってきた。
 今回の旅行について、3回にわけて自分なりに整理しておきたい。

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◆最初は、IADL大会について。IADLとは、国際民主法律家協会(International Association of Democratic Lawyers)の略称で、1946年パリで創設された世界で最も古く、また権威ある法律家のNGOの一つで、人種差別などあらゆる人権侵害に反対し、人権擁護と世界の平和・安全に寄与することを目的としている。
 数年に一度、世界のどこかで大会を開いており、今回、第18回大会がベルギーのブリュッセルで開かれ、世界の36か国から約300人の法律家が集まった(なお、私は5年前の2009年6月にベトナムのハノイで開かれた前回大会に引き続いて2回目の参加であった)。
 この大会には、日本国際法律家協会(国法協、Japan Lawers International Solidarity Association=JALISA)として、東京と大阪からそれぞれ10人ずつほどが参加した。

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◆会場となったブリュッセル自由大学(VUB)の大会参加受付フロアでは、どこかの国の参加者のグループが賑やかに演奏しながら歌を歌っていた。外国の弁護士たちはみんな陽気で明るい。
 1日目は、午前中は開会式、午後は全体会が行われ、2日目は第1~第5分科会、3日目は第6~第10分科会が持たれた(これ以外に、いくつかのサイドイベントもあった)。
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 私たち関西メンバーは、できるだけ日本の参加者の発言を聴こうと、あちこちの分科会を回った。第1分科会(平和への権利)では東京の長谷川弥生さんが特定秘密保護法の問題点について、第4分科会(移住民の権利、人種差別との闘い)では李洙任さん(龍谷大学経営学部教授)がヘイトスピーチについて報告を行うのを聴いた。3日目の午前中は第10分科会(平等・差別)で、同じく李さんの従軍慰安婦問題の報告を聴いた。長谷川さんはネイティブスピーカーかと思われるような流暢な英語で、また李さんの2つの報告は、それぞれ映像やアニメも使ってリアルに訴えるもので、どちらも大変説得力のあるものであった。
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 なお、2日目に第3分科会(労働権)で東京の尾林芳匡さんが日本の労働者と労働組合の状況(過労死防止基本法制定の取り組みにも言及)、同じく東京の岡田俊宏さんが日本における労働の規制緩和について発言することになっていたが、時間がずれこんだため3日目の午後に回されたことから、私たち関西メンバーは残念ながら発言の場面に参加することができなかった。また、日本の参加者の発言はこれ以外にもあったが、聴くことができなかった。

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◆全体会や分科会での、各国からの参加者の発言は、非常に多岐にわたり、かつ、極めて深刻な問題ばかりであった。日本では想像もつかないような人権侵害と、それに対する闘いが世界各地で行われている(例えばベトナムでの枯葉剤被害者の補償要求、パキスタンでの弁護士に対する攻撃との闘い、グリーンピースの活動、チュニジアやエジプトでの民衆蜂起における法律家の役割、多国籍企業に対する訴訟など)。それに対して直ちに直接的に支援し合うということにはならないが、世界各地での闘いをお互いに知り合い、学び合い、連帯することは大きな意義があると思った。参加者の誰かが、日本の青法協(青年法律家協会)の全国大会の国際版みたいなものだとおっしゃったが、言い得て妙である。
 日本の国法協は、IADLでも大きな役割を果たしている。日本ではなかなか見えにくく地味な活動であるが、世界レベルでの民主主義に貢献する重要な活動だと、改めて認識した。
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 ※写真は、上から順に
 ①今回のツアーのパンフレット
 ②大会会場のVUBのトラムの駅
 ③歌うグループ
 ④大会プログラムのパンフレット
 ⑤全体会の会場
 ⑥イラクの子どもたちの支援を訴えるデスク
 ⑦日本からの参加者


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2013年5月22日 (水)

No.118 国連社会権規約委員会が、過労死・過労自殺の防止を日本政府に勧告!

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 No.117でも少し触れたが、日本も批准している国際人権規約のうち社会権規約(A規約)の各国での実施状況の審査が2013年4月29日~5月17日の日程で行われ、うち日本の審査が4月30日に行われた。

 そこで私たちは、過労死家族の会有志で、①日本政府の報告に対するカウンターレポートを事前に提出しておいたうえで、ジュネーブへのツアーに私を含め過労死家族の会の有志10名が参加し、②審査前日に各国の審査委員と非公式・公式のミーティングを行い、③審査当日、審査の様子を傍聴した。

 そして、②の非公式・公式のミーティングでは、過労死家族の会の寺西笑子さん、中原のり子さん、榊原清子さんが「過労死は社会権規約に反する人権侵害である」というスピーチを行った。

 そして、上記の審査の最終日である5月17日、社会権規約委員会の総括所見が発表され、その17項に過労死・過労自殺についての言及があった。

 以下、原文と、須田洋平弁護士による訳文は、以下のとおりである。

17.The Committee notes with concern that a significant number of workers continue to work for excessively long hours, in spite of the measures taken by the State party to encourage employers to take voluntary actions. The Committee is also concerned that deaths caused by overwork and suicides due to psychological harassment in the workplace continue to occur. (art. 7) The Committee recommends that, in line with its obligation under article 7 of the Covenant to protect workers’ right to safe and healthy working conditions and to reasonable limitation of working hours, the State party strengthen measures to prevent long working hours and ensure that deterrent sanctions are applied for non-compliance with limits on extensions to working hours. The Committee also recommends that the State party, where necessary, adopt legislation and regulations aimed at prohibiting and preventing all forms of harassment in the workplace.
17. 委員会は,締約国が雇用主に対して自主的な行動をするように奨励する措置を講じているにもかかわらず,多くの労働者が今なお非常に長時間の労働に従事していることを懸念する。また,委員会は,過労死及び職場における精神的なハラスメントによる自殺が発生し続けていることも懸念する。

 委員会は,社会権規約7条に定められた,安全で健康的な労働条件に対する労働者の権利,そして,労働時間に対する合理的な制限に対する労働者の権利を守る義務に従って,締約国が長時間労働を防止する措置を強化し,労働時間の延長に対する制限に従わない者に対して一般予防効果のある制裁を適用するよう勧告する。また,委員会は,締約国が必要な場合には職場におけるあらゆる形態のハラスメントを禁止,防止することを目的とした立法,規制を講じるよう勧告する。

 社会権規約委員会は、過労死・過労自殺は、社会権規約第7条(恐らく(b)項と(d)項)に違反する人権侵害であるとして、その是正を日本政府に勧告したのである。
 これまで社会権規約委員会で、過労死・過労自殺の問題が取り上げられたのは初めてとのことである。
 私たちのカウンターレポートとジュネーブでの訴えが、このような形で勧告に結実したことを、心から嬉しく思う。

第7条  この規約の締約国は、すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有することを認める。この労働条件は、特に次のものを確保する労働条件とする。

(a) すべての労働者に最小限度次のものを与える報酬
  (i)  公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬。特に、女子については、同一の労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること。
  (ii)  労働者及びその家族のこの規約に適合する相応な生活
(b) 安全かつ健康的な作業条件
(c) 先任及び能力以外のいかなる事由も考慮されることなく、すべての者がその雇用関係においてより高い適当な地位に昇進する均等な機会
(d) 休息、余暇、労働時間の合理的な制限及び定期的な有給休暇並びに公の休日についての報酬

 改めてこの社会権規約第7条を読んでみると、日本は社会権規約を批准しているにもかかわらず、現状はその内容とほど遠いと思う。
 私たちが立法を目指している過労死防止基本法の制定は、まさにこの勧告に沿うものといえる。私たちは、すべての国会議員、勤労者、市民の皆さんと力をあわせて過労死防止基本法の実現に努めたい。

 ※写真は、会場の風景(開始前)。

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2012年8月18日 (土)

No.87 8月15日、日韓それぞれの重み──釜山ツアー記(その3)

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◆ 釜山ツアーの3日目はフリーで、釜山の有名な観光スポットを散策して楽しんだ。
 陸揚げされた魚介類を売る露店が並ぶ「ジャガルチ市場」では、魚をそのまま料理してくれるお店に入り、太刀魚の焼魚、アワビのお粥、刺身の盛り合わせなどを堪能した。
 PIFF広場(韓国映画祭のスターの手型などが道路に埋め込まれている)、国際市場(織物や鍋などいろいろな物を売る露店が並んでいる)、龍頭山公園と釜山タワーなど、観光の定番と思われるところを歩いた。
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 その後、地下鉄を乗り継いで(外国へ行くと地下鉄に乗るのがちょっとした冒険で楽しい)、前日に行ったヘウンデ(海雲台)のビーチに行くことにした。ヘウンデの1つ前の駅である冬柏(ドンベ)駅で降り、ビーチまで歩く。大変大きくて美しいビーチである。周囲には高級ホテルやマンションが建ち並び、文字どおり海辺の高級リゾートである。
 ビーチは夕焼けに映えて、本当に美しかった。
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 夕食は、ファミリー向けのステーキハウスに入った。しかし、肉がちと大き過ぎる。
 ホテルに戻ってからは、ホテル内のバーでライブのデュエットを聴きながら、カクテルを楽しんだ。フィリピンから来ている男女2人組で、とてもいい感じだった。
 リクエストした曲も含めて、カーペンターズ、ジョン・デンバーから、テレサテン、サザンオールスターズ、来生たかおまでたくさん歌ってくれて、とても楽しかった。

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◆ そして、最後の4日目は、再び光復路に行き、釜山ホテルの近くにある「ソムジンガン」というお店で、「シジミスープ定食」というのを食べた。辛い料理と飲み過ぎの後の胃には、とても優しく感じて、これはオススメだと思った。

 ふと気づくと、釜山の町のあちこちに韓国の国旗が掲げられていた。そういえば、8月15日は「光復節」=大日本帝国(日本)からの解放を祝う大韓民国の祝日である。
 同じ8月15日、日本では「終戦記念日」で様々なイベントがなされていた。
 そんな向かい合う歴史の重みに加えて、特にここ数日は、竹島問題や従軍慰安婦問題、オリンピックなどで日韓両国に微妙な対立感情が高まっていたこともあって、ある種の重苦しさも感じた。

 かけがえのない隣国同士なんだから、もっともっと交流が広がればいいなあと思いながら、わずか1時間余りの帰国の途についた。

※写真① 釜山タワーと李舜臣像
     ② ヘウンデビーチ
     ③ ヘウンデ(海雲台)の高級マンション群
     ④ シジミ汁定食(お勧め!)


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